誰かに抱きしめられたのは、初めてだったかも知れない。
自分の体温じゃない温かさ感じたのは、初めてだったかもしれない。
抱きしめられた記憶も、他人の体温を感じた記憶も
少なくとも、
あたしには、ない。
『あなたがいるだけで2』
席替えします。
教師の気まぐれに感謝。
朝遅刻ぎりぎりまで教室に入ろうとしなかったあたしに朗報。
黒板に書かれた‘席替えします’の文字。
もう大体席替えのくじを引き終えてそれぞれ席についておしゃべりを続けるクラスメイト。
あたしはクジなんか引く必要もない。
空いている席に座ればいい。
空いている席は一つ
一番前の廊下側
「!」
席につこうとして
侑士と目が合った。
侑士の席は一番後ろの窓際
教室の箱の中
一番遠い距離のあたし達
(・・・よかった)
すぐ様あたしからそらした視線
まだ侑士はこっちを見ているのか。
隣の席でいつも通りなんて
無理だ。
だから遅刻ギリギリまで教室に入らないようにして。
(・・・よかった)
あたしにはわからない
恋も愛も好きも。
ただ昨日は家に帰っても眠れないほどに胸が締め付けられて。
「最近忍足笑わないよねぇ」
「なんかかっこよさ増したけど」
「あーわかる!!」
あんな上辺だけの笑顔を浮かべなくても
侑士はいとも簡単に人の心をさらう。
あたしは自分の唇を指でなぞった。
席替えをして以来
あたし達はまったく会話をしていない。
侑士は上辺だけの笑顔を誰にも見せなくなった。
席が離れてよかったと思ったのに
話せないことに寂しさを覚えてるあたし
(馬鹿みたい)
馬鹿みたい
教室の箱の中
一番遠いあたし達。
あたしはいつも
教室へ足を踏み入れる度に侑士を探して。
馬鹿、みたい
恋も愛も好きも
知らないくせに。
・・・だって
あたしの目の前にあったはずのそんな感情は
いとも簡単に消えた。
「・・・・なんや、やん」
「・・・侑士」
放課後の教室
一番後ろ窓際の席に座る侑士
「何してたん?俺学級日誌書いてた」
「あっ日直だったの?あたしは社会の教師につかまって資料の整理手伝わされてて」
「それはお気の毒やな」
「まったくだよね」
・・・告白をされる前のような
そんな会話。
違うのは侑士が笑わないことだけ
「・・・なんや、久しぶりに話したな」
「そうだね」
あたしは廊下側一番前の席でカバンに教科書をつめて帰る準備を始める
「・・・最近」
「ん?」
「最近笑わないんだね、侑士。女子が騒いでたよ?」
「ああ、そうかもな」
以前と同じ雰囲気に
居心地の悪さを感じるのは
あたしが馬鹿だからか。
「に嫌いや言われたからな」
「え?」
「言うたやん。俺の笑ってる顔が嫌いやって」
後ろへと振り返る
侑士は無表情で学級日誌の上で手を動かす
嫌いと言ったのは
張り付けたような上辺だけの笑顔であって
嫌いと言ったのは
誰にでも向けるその笑顔をあたしにも向けることであって
「・・・・・・」
「・・・それとな、。忘れてええで?」
「・・・」
「俺が好きやって言ったこと。いきなりキスしてごめんな。あれも含めて忘れてええから」
あたしは
恋も愛も好きも知らない。
知らないけど、
忘れてもいいものなの?
体温も鼓動も、あたしのものなのか侑士のものなのかわからなくなる、あの感覚を。
こっちを見ない侑士
侑士を見続けるあたし
愛なんて幻想
恋なんて夢想
・・・・だからか。
だから、忘れてもいいものなんだね。
「・・・侑士は、忘れたんだ?」
あたしを好きだと言ったこと
恋や愛は
やっぱりいとも簡単に消えるものなんだね
侑士が手を止めて顔をあげた
無表情だと思った侑士は
寂しそうに笑って
「忘れられるもんならな。」
あたしは
恋も愛も好きも知らない。
知らないくせに
誰にでも向けるような笑顔ならあたしに向けないで欲しいとか
会話ができないと寂しいとか
好きも知らないくせに
あなたがいるだけで
わがままばかりが増えていく
「・・・・・・・・・・うちの両親ね。ケンカばっかで」
「・・・・?」
「仲がいいところなんて見たことなくて。・・・気付いた時には離婚して、あたしは家を追い出されて一人暮らしだった」
一人でも寂しくなんてない。
寂しくさせるような愛情をもらったことがないからだ。
誰かを好きだと思ったことはない。
好きが何だかわからないからだ。
「だからね、知らない。恋も愛も好きも。誰も教えてくれなかった。自分で見つけることも出来なかった。」
「・・・・・」
真っ直ぐだ。
あたしが侑士を見る目
侑士があたしを見る目
教室の箱の中
一番遠いあたし達
「・・・知らないから、好きなんて言われたらどうしていいかわかんない」
「・・・急やったもんな」
「とまどった」
「うん・・・」
「けど、侑士からの好きもキスも、嫌じゃなかったんだよ?」
あたしの目の前にあったはずのそんな感情は
いとも簡単に消えた。
恋も愛も知らない。
だから好きなんて信じられない
‘忘れられるもんならな’
愛や恋は信じられない。
でも、あなたを信じてみたい
「嫌や、なかったん?」
「・・・うん」
侑士が席を立つ
あたしに一歩一歩近付く
「笑ってる顔だって、上辺だけな気がして、それが嫌で・・・」
「・・・まぁ、確かに上辺だけやったな。俺の笑いは」
一歩、一歩。
「は知らへんの?好きって」
「・・・・」
「せやったら・・・」
教室の箱の中
一番近いあたし達
「俺が教えたるわ」
あなたが、笑う。
張り付けたような笑みではなく
本当に心からの
そんな、優しい笑顔
あなたの鼓動かあたしの鼓動か
体温さえもどちらのものかわからない。
恋って何?
愛ってどういうこと?
わからない。
知らない。
知りたい。
教えて
重なる、唇
「嫌?」
「・・・・・」
恥ずかしさにうつむいて
首を横にふるので精一杯だった
「なぁ、」
愛も恋も好きも知らない
信じられない
でもあたし
あなただけは信じてみたい。
「たぶんな、お前もう俺のこと好きやで」
とくんっ
一度大きく鳴ったあたしの鼓動
その後はもう何も聞こえない
あなたの、音以外
end.