2月14日。
天気は雨。
風が強い。
今日はバレンタインデー。
今日は、
あなたの誕生日。
『朝に見る月』
「ごめん。ありがとう。でも、もらえない。」
今日、何度目だろう。
そんなあなたらしくない拒絶の言葉を聞くのは。
廊下で。教室で。授業の合間に。休み時間に。
色とりどりの包み紙。
長太郎を祝う言葉たち。
長太郎は、笑顔で。
でも、なんだか苦しそうなのは、
きっと、間違いなんかじゃない。
「・・・ありがとう。でも、これはもらえないんだ。」
「・・・・・・・・」
教室であたしと2人で話していたとき。
やってきた違うクラスの女子に長太郎は言う。
‘誕生日おめでとう’
お祝いの言葉にはありがとう。
でも差し出されたプレゼントとチョコにはごめん。
「・・・長太郎。」
「ん?何、。」
「・・・・・ううん。今日、天気悪いね。」
「そうだね。風が強いから傘さして歩くの大変だった。」
彼女が去った後、長太郎が笑顔をくれる。
これでも私は長太郎の彼女、長太郎とは同じクラス。
跡部先輩や忍足先輩がバレンタインというだけで追い掛け回されているのを見た。
きっと他の3年生、元テニス部レギュラーの先輩達もみんな大変な思いをしているんだろう。
もう先輩達は部活を引退してしまっていたけど、やはり人気は根強く健在。
もちろん、現部長の日吉君や長太郎も、
多くの女子たちがチョコをあげたい対象にあった。
まして、長太郎は今日が誕生日だ。
長太郎のもとへ来る大抵の女の子が手には二つの包みを持っている。
一つがバレンタインのチョコ。一つが長太郎への誕生日プレゼント。
「・・・・長太郎?どうしたの?」
「・・・いや、机の中に。」
「・・・・・あ。」
長太郎の机の中。
いつの間にかつまっていた色とりどりの包みたち。
自分の気持ちを直接渡しに来る子。
間接的に渡す子。
いろんな女の子がいる。
でも、どんなに引っ込み思案の子でも、
好きな人に気持ちを伝える勇気をくれるから、2月14日の魔法は偉大なんだと思う。
長太郎は、自分の机の中からプレゼントやチョコの入った包みを取り出すと机の上に出していった。
「・・・名前がある子には直接返してくるよ」
「・・・・・・でも・・・。」
「名前がないのは芥川先輩にあげてみる。」
「・・・長太郎」
「ん?何、。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私が黙ってしまえば、長太郎は優しく笑い、
そっとあたしの頭を撫でてくれる。
長太郎は優しい。
いつだってそうだ。
誰にだって優しい。
なのに、今日は長太郎らしくない拒絶の言葉。
「ごめん。受け取れない。」
先輩にも同級生にも後輩にも。
次々とやってくる女の子に丁寧に断っていく。
長太郎は優しいから、心を傷めていないわけがなかった。
‘おめでとう’
それは間違いなく長太郎が生まれた今日を祝ってくれる言葉だ。
でも、次に差し出されるプレゼントもチョコも断ることで、
長太郎は自分を祝ってくれる想いを拒否していく。
優しく笑ってくれる長太郎の横顔が、
どこかいつもと違って辛そうだった。
「えー!!なんでもらってくれないの?」
「すみません。でもどうしても受け取れないんです。」
「受け取ってくれるだけでいいから。お願い!」
「・・・・すみません。」
優しい横顔が、曇る。
「・・・・・・・・・・・・・」
長太郎はいつも優しい。誰にだって優しい。
あたしが惹かれたのもそれが最初だった。
氷帝のテニス部レギュラーとメールや電話ができる女の子なんて、滅多にいなかった。
あたしは同じクラスで、長太郎とはよく委員会が一緒になったり、席が近くなったりして
奇跡的に長太郎と電話やメールのやりとりができた。
あたしは長太郎がずっと好きだった。
付き合えるようになったのは、一ヶ月くらい前のこと。
「・・・・うわぁ。」
寒い寒い朝だった。
早朝、寒さに起こされたあたしはカーテンを開けた。
窓の外に見えたのは、白い、真っ白な月だった。
月は太陽と違って朝に昇って夕方沈むわけじゃないから、朝でも昼でも月が見える日がある。
月は真っ青に晴れ渡った空に静かに存在していた。
とても綺麗な朝に見た月。
見つめていると、なんだかその白が光を帯びて、銀色になった気がした。
・ ・・似てると、思った。
優しい彼の髪の色。
(・・・・・起きてる。)
時計を確認すれば、確かに早朝と呼ぶにふさわしい時間帯だが、
前に聞いたことがあった部活の朝練のために起きる時間を思い出せば、彼はもう起きていると思った。
衝動的に、あたしは急いで携帯を手にする。
おはよう。
今朝は珍しく早く起きたら、朝の月が見れたよ。
鳳君の髪の色に似てる気がしました。
これから部活だよね、がんばってね!
そんなメール。
送ってしまえば後の祭り。
思い返せば、メールを見返す。
こんな時間に何を送ったんだ、あたしは。
文面がいつもと違う調子。
何が伝えたかったといえば朝に見た月が綺麗だったと。
それにあなたの髪の色が似ていたと。
(え?!)
そのとき突然携帯が震え、確認すればかかってきた電話。
・ ・・おっ鳳君?
ディスプレイに表示された名前。
嘘だと思いながら、とまどい押した通話ボタン。
「・・・もっもしもし?」
『もしもし、さん?おはよう。起きてた、よね。』
「あっうっうん!!ごっごめんね!!」
『・・・何が?』
いきなりの電話。そのとき聞こえてきたのは間違いなく長太郎の声。
緊張で震えるのは声と、電話を持つ手。
あたしが謝ったのは、きっと、あんな変なメールを送ったから、
長太郎がクレームの電話をしてきたと思ったからだった。
『・・・・俺も今、月見たよ。』
「・・・・え?」
『綺麗だね。』
優しい声がした。
電話の向こうで、いつも見せてくれるあの笑顔。
それを向けていてくれる気がした。
あたしは、夢のようなできごとに口を閉じた。
『ごめんね。いきなり電話して。メールうれしくて、つい。』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(え?)」
『俺、これから部活に行くんだけど・・・もしよかったら今日。さん練習見に来ない?』
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
『・・・・・・・・・見に来て、欲しいんだ。』
天にも昇る気持ちってきっとこんな感じ。
うれしさに裏返った声で返事。
長太郎が電話の向こうで笑う。
その日の放課後、約束通りテニス部の練習を見に来たあたしに
長太郎は好きだと伝えてくれた。
「。」
「ん?」
「ちょっと俺。行ってくるね。先食べ始めてもいいから。」
「長太郎っ・・・・・・」
昼休み。2人分のお弁当がのった机。
長太郎が笑顔で軽くあたしに手を振って、教室から廊下へ出て行ってしまう。
片手には、色とりどりの包みの入った紙袋を持って。
・ ・・・名前の書いてあるプレゼントを、元の持ち主に返しに行く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分を祝ってくれる思いを拒否することは、
長太郎にとって心痛むこと。
優しい長太郎だから。
笑ってくれる横顔が、本当は傷ついている。
「ごめん。ありがとう。でも、受け取れない。」
・ ・・・なぜ長太郎が必要以上に、その思いに拒否を見せるのか。
きっかけは昨日のあたしの一言だった。
「・・・・明日。何もあげないほうがいい?」
「え?」
「長太郎。去年でさえ大変な思いしてたよね。バレンタインと誕生日のプレゼントで。」
「・・・・・・・・。俺は。」
「・・・・・あたしは平気だよ!何かプレゼントじゃない長太郎が喜んでくれること考えるね!!」
きっと今年は去年より、長太郎宛のチョコもプレゼントも増える。
一年の頃から、何かと目を引く存在だった長太郎。
今は子供っぽさも抜けて、夏には部活もがんばってた。
先輩からも同級生からも後輩からも人気があって、モテているのは知ってる。
ただでさえ多いチョコやプレゼントの量を増やしてしまっては
長太郎が大変だと、あたしは単純に考えた。
「・・・・・・俺は誰からも貰わないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
「チョコもプレゼントも。がいるから。」
「長太郎・・・・」
「のしか、欲しくない。」
嬉しかった。
優しい笑顔を向けて。
なんてことを言ってくれるんだ、この人は。
今にして思えば、それすらも長太郎の優しさだった気がする。
・・・たぶん。・・・・絶対そうだったと思う。
だって今日、2月14日。
いろんな女の子にごめんを繰り返す長太郎は、とても心苦しそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
今、あたしのカバンの中には、長太郎へのチョコと誕生日プレゼントが入っている。
でも、
本当にいいんだろうか。
長太郎は優しい。
そんな彼が心苦しそうに断っている中で、あたしだけが気持ちを渡すことが出来る。
そんなの、いいんだろうか。
・・・・こんなの偽善だ。
あたしは、長太郎が他の女の子達の気持ちを拒否していることに
少なからず優越感を覚えてる。
・ ・・・・・長太郎が、辛そうなのに。
「・・・・・・・・・・・・・」
優しい彼氏。酷い彼女。
長太郎にお似合いなのは、あたしなんかより、もっとずっと。
(・・・・・・・・・・・優しい子のはずなのにな。)
2月14日。
天気は雨。
風が強い。
今日はバレンタインデー。
今日は、あなたの誕生日。
窓の外。
朝の大雨は、小雨に変わり。
・ ・・あたしはなんだか、長太郎の心を見ている気分だった。
バレンタイン限定。
騒がしい氷帝の一日が終わろうとしていた。
放課後の教室。
生徒が誰もいないのは、きっと女の子達がみんな今日のラストスパートをかけているからだ。
頬杖ついて見る窓の外。
雨が止んだのか。曇り空は変わらなかったけど、
風はまだ吹いているみたいだった。
「!帰ろう!」
「・・・もういいの?長太郎。」
「うん。日吉が今日は疲れてるみたいだから。・・・あいつも大変だったみたい。すぐミーティング終わったよ。」
今日は雨+バレンタインのせいで、まともにコートが使えないテニス部は
新レギュラーのみのミーティングだったらしい。
長太郎が教室へ姿を見せると、2人していそいそとそれぞれのカバンを持って教室を後にする。
昇降口までくると、あたしは長太郎の下駄箱にまたたくさんのプレゼントが入っているのではないかと思ったけど。
長太郎が先に片付けてしまったのだろうか。
下駄箱の中は、長太郎の靴しか入ってなかった。
あたしが不思議そうに首をかしげれば、長太郎は苦笑い。
靴を履き替えると、寒い風が吹く中で、
長太郎があたしの手を握った。
突然だったので驚いて長太郎を見れば、彼はあたし顔を覗き込んでいた。
「・・・・寒い?。」
「・・・・ううん。平気。長太郎は?」
「大丈夫だよ。」
長太郎がそう笑うので、あたしも笑い返し歩き始める。
付き合うようになって一緒に帰るようになった道だった。
吹き付ける風は冷たかったけど、
空は雲ってばかりいたけど。
長太郎とつなぐ手の体温があれば、あたしは大丈夫だった。
たわいもない話を繰り返し。
たまに立ち寄る公園に寄ろうと二人で決めた。
「なんか久しぶりだね。この公園。」
「最近帰り遅かったからね。ごめんね、。いつも待たせて。」
「・・・・待ちたくて待ってるからいいんだもん。」
いつもなら、きっとこんなこと言えないのに。
すごいね、2月14日の魔法は。
あたし自身も驚いた素直すぎる言葉に、長太郎は目を見開くけど。
目が合えば笑ってくれるのが、彼だった。
繋いでいた手をそっと離して、
ちょっとした屋根の下にあったおかげで、雨に濡れていなかったベンチに並んで座った。
長太郎の横顔。
あたしは、軽く瞼を伏せて、笑いながら話してくれる長太郎の横顔が好きだった。
彼の優しさそのものを見ることができる気がしたから。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?」
話していたはずのあたしは、いつの間にか黙った。
今日の学校で見た、長太郎の心苦しそうな笑顔と、
今見せてくれるあたしの大好きな笑顔が重なって見えた。
ベンチに座る自分の隣に置いたカバンに触れる手に少し力が入る。
長太郎へのチョコと、誕生日プレゼントが入っているカバン。
曇っていたせいか。暗がりが迫ってくるのが早い。
「?寒い?」
長太郎の問いにあたしは首を横に振った。
寒くないといえば嘘だった。
もう一度手を握って欲しかった。
(・・・・・・・言えば、よかった。)
他の子からプレゼント、もらっていいって。
かまわないって。
それが優しい彼女と言うものじゃなかったのか。
長太郎の笑顔の下の曇りに、あたしは何も言わなかった。
言わずに優越感を覚えていた。
こんなの、優しいあなたにふさわしくない。
優しい長太郎にお似合いのは、
あたしなんかよりもっとずっと。
「・・・」
「長太郎。」
「ん?」
優しい子じゃないのか。
「やっやっぱり・・・・・」
「・・・・・やっぱり?」
「(・・・・・・・・・・・あたしは何も、あげないほうがいいよね。)」
「?」
言葉につまるあたし。
続きを言えないのは、あたしが優しくないからだ。
長太郎が優しいのを利用して、
あたしは喜んでいる。
本当は、言えばよかったとかいい子ぶって。
そんな後悔していないくせに。
長太郎が誰からも何ももらわないでいてくれたこと。
本当はうれしくて仕方がないくせに。
「(・・・うれしくてうれしくて仕方がないくせに。)」
「・・・・・どうかした?。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
誰からももらわないと決めたなら、あたしからももらうべきじゃないんだ。
それが誰にでも優しい長太郎の優しさだ。
それが、長太郎らしいと思う。
だから。
「・・・・やっぱり、あげられないよ、長太郎」
「え?」
「・・・・・・あたし、なんでもっと優しくなれないのかな・・・・。」
もっと早くに自分のずるさに気付いていたら。
誰も、今日の空のように。心に小雨を降らせることはなかったのに。
「・・・・・ごめんね。長太郎。」
「・・・・。・・・・なんでそんなこと思うの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「は優しいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(そんなことない。)」
「だから俺はが好きなんだよ。」
・ ・・・たまにね。
長太郎の優しさが苦しくなるときがある。
どこが優しいのか。
ずるいばかりのあたしをそう言ってくれたりとか。
うつむいて、泣きそうになるあたしの手を握ってくれたりとか。
顔をあげれば、笑いかけてくれたりとか。
「・・・長太郎」
「・・・・もしかして、今日俺が全部のプレゼント断ったこと、気にしてるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「他の女の子達のこと気にしてるの?」
「・・・・・・・・長太郎は、優しいから・・・・・・断るの、苦しそうに見えたよ・・・・?」
「・・・・俺のことを気にしてくれてるの?。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分がずるいことはわかりきっている。
あたしは、あなたの優しさを利用しているだけなのに。
長太郎は、いつだって。
優しく微笑んでくれる。
「・・・・俺がそうしたかったからいいんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は優しくなんかないよ。ずるいんだ。ちゃんと理由がある。だから誰のおめでとうも跳ね返していいんだって、今日一日。ずっとえらそうに思ってた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・理由?」
長太郎があたしの顔を覗き込む。
微笑んだまま。
あたしの手をさっきよりも強く握りなおして。
「俺は、がいれば 幸せです。」
その言葉に目を丸くしていたあたしの唇を、
長太郎の唇が覆う。
そっと掠め取るように。
「これが理由だよ。。」
「長太郎っ・・・」
「だから他の誰からも何もいらないって、平気で思ってた。」
優しくなんか、ないんだよ。
長太郎はそう言うと、あたしの髪を撫でて笑った。
言葉に出来ないうれしさと、恥ずかしさ。
でも、長太郎が優しいのは変わらない真実。
あたしの手を握る体温。
笑顔、声、言葉。
あなたのすべては、優しい。
ずるいあたしは、それを利用するしかできないんだ。
「ちょっ・・・・・長太郎!」
「ん?」
「こっこれ・・・・!」
カバンから自分を急かして出した、二つの箱。
一つにはチョコ。一つには長太郎への誕生日プレゼント。
二つとも細心の注意を払ってラッピングが施してある。
私がいれば幸せだと。
長太郎が言ってくれたから。
それは、優しい長太郎へ。
あたしの精一杯の気持ちだった。
「ありがとう、。」
「・・・・・・・・・・うん。」
「・・・・・・・・・もらえないかと思った。」
「ごっごめっ・・・・・」
慌てるあたしの不意をつき。
長太郎が唇を奪う。
「冗談だよ、。」
固まるあたし。
あなたは優しい上に、確かにずるいのだろうか。
自分の顔が熱くなり、赤くなっているだろうことが自分でもわかる。
長太郎がいまだあたしに笑うので。
2月14日の魔法を借りて。
あたしはがんばってみることにした。
「あたしも、長太郎がいれば 幸せです。」
長太郎がくれるキスの甘さに、あたしのチョコは勝てるだろうか。
ちょっとバカなくらいの想い。
でもそれが恋で、
それくらい好き。
唇が離れて目が合えば、今日一番大切な言葉。
「誕生日おめでとう、長太郎。」
あなたは優しく笑ってくれる。
「あっ。おはよう、長太郎。」
『おはよう、。起きるの早いね。』
「久しぶりに早起きしたんだ。そしたら朝の月が見えて。長太郎の髪の色に似てる気がして。」
『うん。』
すぐにあなたを、想ったよ。
End.