朝から降っていた雨は、午後から勢いを増した。
ザァァァ・・・
「うわっ土砂降りじゃん!」
「赤也見てみて!グラウンドが丸々一つ水溜り」
『紫陽花日和』
土砂降りの雨に打たれて傘が叫んでいた。
「・・・すげぇな雨」
「ね。」
相合い傘ではないけれど
それぞれの傘をさす帰り道。
午後から強くなった雨にあたしは内心うれしがっていた。
赤也の所属するテニス部の練習は雨が降れば大抵ミーティングか中止になってしまうから。
・・・あなたと帰る時間が早まっただけなんだけど。
いつもより長く一緒にいられる時間ができたかもと思っただけなんだけど。
「あー!!今日は柳先輩に挑戦予定だったのによ!!」
赤也は土砂降りの雨の音に負けない声で言った。
喜ぶべきではないかもね。
赤也が残念そうにしているから。
ザァァァ・・・
「赤也、明日は晴れるよ!」
「ごめっ・・・!聞こえない!!」
「明日は!晴れるよ!!」
雨の音
傘の叫び声
お互いに声が通らない
「今日ブン太さんがさ・・・・」
「え?」
「ブン太さんがぁ!!」
雨の音で遮断され
それでも声を通そうとあたしの赤也も奮起した。
「それでー!!」
「うん!!」
が。
次第に疲れてきた二人。
いつの間にか雨に敗北。
無言が始まる。
ザァァァ・・・・
土砂降りは止むことを知らない。
(喜ぶべきではないかもね)
雨の音しか聞こえないのは百歩譲って仕方がない。
でも、聞こえないし、傘に隠れて見えないや。
赤也の顔が見えないや。
ただでさえ雨の重みで持ち上がらない傘。
持っていられるだけでほめてほしいくらいだ。
「!大丈夫かよ?」
「うん!歩けてるよ!!」
激しい雨の勢いに時々の赤也の心配してくれている声。
けれどやっぱり赤也の顔は見えず。
沈黙は長く。
ちょっとした寂しさ。
雨に混ざって水溜りを作って
あたしの足も赤也の足も濡らしてく。
「赤也?」
「・・・・」
それは赤也には聞こえないことを確認した声量だった。
ちょっとした寂しさ。
雨に溶けて。
降ってきてもあなたの傘にはじかれて
受け止めてはもらえない。
「赤也」
「・・・・・」
ザァァァ・・・
「・・・・赤也が愛想尽きるまででいいから一緒にいてね」
どうせ
どうせ雨に遮断され届かないから
いつも言えないことを言ってみた。
「赤也」
「・・・・」
どうせ
どうせ傘に邪魔されて顔色うかがわれることもないから
「好き」
しくしく
しくしく
泣いている訳ではないのに
雨が降るから
‘好き’の声が、泣き声に聞こえた。
「・・・・!!」
「え?何?赤也」
「あれ!」
降り続く雨の中
赤也があたしのほうへ顔を向けてくれたから
久しぶりに傘の下から赤也の顔が見えた。
赤也が指差した場所は人の家の前。
車庫なのかシャッターがしまっている場所にちょうど雨宿りができそうな屋根。
「あそこでちょっと雨宿りしてこうぜ!!」
雨に負けないように張り上げた赤也の声にあたしはうなずいた。
「道路が川だな」
「靴の中も川。」
「あっ俺も。もうしょうがねぇけどな。」
傘を閉じて、2人で屋根の下へお邪魔する。
スカートも靴の中も雨と水溜りが濡らして冷たいし気持ち悪い。
「なあ、。傘なくても状況は変わらないと思わねえ?」
「頭が濡れてないだけいいよ。傘なかったら風邪引くよ?」
「多少髪も濡れたって!」
傘をはずした赤也はいつもと同じ赤也。
変わらない笑顔であたしに話しかけてくれていた。
傘で顔の見えない赤也はなんだかいつもの赤也と違って。
「・・・・・止めばいいのにね。」
「・・・・・・・・・・実はさっき俺雨降ってくれてよかったなんて思ってたり。」
「(?)だって今日柳先輩に挑戦したかったんでしょ?」
「それはそうなんだけど。は思わなかった?」
「・・・・・・・・ちょっとだけ、思ってたけど・・・・・・・でも赤也はどうして・・・・・」
赤也が、
小さな雫が落ちてきた自分の髪をかきあげた。
「きっと、と同じ理由」
‘あなたと帰る時間が早まっただけなんだけど’
‘いつもより長く一緒にいられる時間ができたかもと思っただけなんだけど’
「・・・・・・・・・・・・・・・・赤也」
「んー?」
「・・・・・・・・・好き」
「・・・何だよ今更」
「いまさらー?」
「今更だろ?」
だってね、
さっき赤也に言った好きは雨のせいで泣き声に聞こえて届かなかったから。
だから、今一度。
髪をかきあげて照れて笑った赤也に。
愛想尽きるまでなんて言ったけれど、
聞こえなかったのなら、なかったことにして。
「雨やまないね」
「・・・・いいんじゃねえの?急いで帰らなくても。」
いつか絶対雨は止む。
でも今はどうかそのまま。
もう少しだけ降り続いて。
「急がなくてもいいの?」
「雨降ってるし。」
「・・・・それだけ?」
今しばらくはどうかそのまま。
もう少しだけ。
ザァァァ・・・・
「・・・・・・なんだよ・・・雨が降ってる間はここで一緒にいればいいだろ?」
今しばらくはもう少しだけ。
あなたと、雨宿り。
End.