晴れを与える太陽がまぶしくて、



見上げた空に、目を細めた。




「・・・どうした?日吉。」


「・・・何がですか。」




コートが空くのを待っていた俺の近くで、意味もなく(もうくせなんだろう。)跳ねている向日さん。



向けた視線の先でピンクの髪が揺れる。




「最近よくぼーっとしてんじゃん。珍しい。」


「・・・・・・・・」


「なんだよ、女でもできた?」




向日さんはそう言ってははっと笑った。




「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・え。何?・・・マジ?」
















































『Definition of Love』























































<キーンコーン・・・>




授業の終わりを告げるチャイム。



教室に響いたそれに、さっきまで数学を教えていた教師は教室から姿を消した。



クラスメイトは授業中の沈黙とはうって変わってざわめきを作り出す。



数学の教科書やノート類をしまった俺は、窓際の自分の席で頬杖ついて窓の外を眺めていた。



10分もすれば始まる次の授業。



そのたった10分間ですることなど見つからない。



イスを引く音、誰かの笑い声。視線の中の窓の外。











「日吉くん、いますか?」











聞こえた自分の名前を呼ぶ声に、首を動かし視線を移す。



教室の入り口と廊下の境。



そこに立つ姿。



目が合うと、小さく彼女は笑った。




(・・・・・いつもより早い。)




ふいに目にした壁にかかった時計の針は、さっきからあまり進んでいない。



次の授業が始まるまで9分。そんなところだろう。



いつもなら、次の授業が終わった後のもっと長い休み時間に来るのに。



クラスメイトが小さく冷やかす声が聞こえたが、相手にする気も起きず。



俺は自分の席から立ち上がり、俺の名前を呼んだ声の持ち主のところにむかった。





「ごっごめんね!急に。次移動教室で日吉君の教室の前通ったから・・・・」


「・・・別に。」





謝らなくてもいい。



そんな言葉は続くことはないが。



彼女には。・・・・にはそんな聞こえない俺の声が聞こえてたとでも言うのか。



俺の顔を見ると、ほんのり赤らめた頬と一緒に小さく笑った。





「さっき何の授業だった?」


「数学。」


「あっ。一緒だね!日吉くんは数学得意?」


「・・・まぁ。」


「いいな。羨ましい。」





毎日のように、は俺のクラスに俺を訪ねてきていた。



毎日のように、俺を呼んでは



どうしようもないくらい、他愛もない話をする。



損も得もないようなことを俺に聞いてくる。



ほんのりと赤らめた頬と一緒に、小さく笑って。





「・・・日吉君?大丈夫?」


「・・・・・・・・・・」


「何かぼーっとしてるよ?」


「・・・別に。」





・・・初めて。



と初めて話をしたのは、あまりに突然だった。





















































































































































「日吉君!あのっ・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「あのっ・・・・中庭に来てくれませんか?」


「・・・・・・・・・・」


「時間はとらせないんで!!」





一週間前、放課後の部活に向かっているところだった。



突然後ろから制服の裾を掴まれた。



覚えた不快感に振り向けば、なぜか必死に息切れする女子生徒が1人。



なんとなく見覚えはあるが、名前は知らない。



隣のクラス・・・・、だったろうか。



確か同じ学年。・・・俺の勘違いでなければ。





「・・・・・・・・・・・・・・・・」





中庭よりも早く部活に行きたい。



そうは思うが、こいつの息切れの様子から見て、



必死になって俺のあとを追ってきたのではないかと思えた。



そんな姿に同情か、哀れみか、



とにかく、少し報いてやってもいいんじゃないかと思った俺は、中庭に足を向けた。



放課後の校舎。廊下は部活に向かう生徒や、帰宅する生徒で騒がしかったが、



中庭には誰一人として生徒の姿はなく、とても静かだった。





「・・・・あっあのっ・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「あのっ・・・・私、って言います!!・・・日吉君の隣のクラスで・・・・」





自分の曖昧な記憶が意外にも当たっていた。



(・・・・。)



知らない。



それが率直な思い。



俺とこいつ以外誰もいない空間。



赤く染まる頬を隠すかのようにうつむいて、震える声でが言う。






「日吉くんが好きです!!付き合ってください!」






つまって、うまく声にできなかったさっきまでとは違って、



あまりにはっきり言うから。



顔をあげて、俺の目を見たまま、強く言うから、本当に少しだけ驚かされた。




(・・・・・・・)




・ ・・何度か同じ理由でこうして呼び出されたことはあった。



それは俺が正レギュラーになってから。



答えはいつも決まっていた。













「俺は・・・・」



「幸せにするから!!」













その声に、目を丸くした俺。



本当に。



心の底から、驚いた。



その言葉に驚いた。その真剣さに驚いた。



そんなこと言う奴、聴いたことがない。



ほんのりと赤らめた頬。思わず俺が小さく笑ってしまうと、恥ずかしそうに、うつむいた。





「・・・・別に。」





バカにしたんじゃない。



そんな言葉は続くことはないが。



彼女には。・・・・にはそんな聞こえない俺の声が聞こえてたとでも言うのか。



俺の顔を見ると、ほんのり赤らめた頬と一緒に小さく笑った。




(・・・・おもしろい奴。)




だが、名前も知らない、記憶のあやふやだった隣のクラスの生徒。



答えが変わるはずもない。





「・・・・悪いけど、俺、お前のこと知らないし、気持ちには応えられない。」


「・・・・うん。」


「・・・・・・・・」


「・・・これから、頑張る。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」





驚いてばかりいた。



予想もつかない言葉と、自身に。



‘頑張る’



・ ・・一体何を。



俺の答えがわかっていないのか、理解できていないのか。



そんな疑問を浮かべる俺に、は哀しそうに笑っていた。



そんな表情から理解する。



(・・・・俺の答えをわかっている。)



なのに。


















「じゃあ。またね、日吉君!」


















振り返っては小さく笑い、俺のクラスから遠ざかっていく



小さな背中と、ほんのりと赤く染まる頬。



(・・・俺の答えを。)



わかっていたのに。



・・・なのに。



確かにあの時、俺はをフッたのに、



は、告白の次の日から、毎日やってきては俺の名前を呼んで、他愛もない話をしては、頬を赤らめて。







<キーンコーン・・・・>







始まった次の授業中。



頬つえついて、窓の外を見ていた。




「なんだよ、女でもできた?」




(・・・・もっと、)




もっと、きっと、



やっかいなものである気がする。



当惑してるわけじゃない。



損も得もない。



別に、名前を呼ばれることが嫌なわけでもない。



一度好きと言われた相手。



・ ・・ただ、ほんの少しこの状況が不可解であることを置いては。別に。









(・・・・・別に、なんだ。)










これを、そう呼ぶには、あまりにぞんざいで。あまりに無骨で。



納得がいかない。



・ ・・会ってから間もない。



話すことなんて、



毎日、どうしようもないくらい他愛もない。



何をどうしたら、何がどうなったら。



・ ・・・人はそれを、そう呼ぶのか。



気にならないといえば嘘だ。



が、ほんのり赤らめた頬と一緒に小さく笑うから。



(・・・・だから、なんだ。)



だから、別に。



・ ・・別に。



ただ、あの言葉が。























「幸せにするから!!」



























あの言葉が。












































































































































































心を、絆してる。
























































































































































































































「・・・・日吉君?」


「・・・・・・・・・・・」


「あのっ・・・・1人?」


「・・・ああ。」


「隣座ってもいい?」


「・・・・別に。」





ダメなんて言わない。



続かない続きのあるはずの声。



パスタののったトレーを手に、が小さく笑って俺の隣に座った。



昼時の食堂。



ざわつく空間。





「日吉君、和食なんだね。」


「・・・和食ばかりってわけじゃない。」


「そうなの?・・・でも、和食似合うね。」


「・・・似合う?」


「うん!!」





横を向けば、と目が合った。



は、頬を赤らめては、俺に笑う。



いつもより近く感じたその表情に、俺はすぐさま視線をそらした。



動揺、と呼ぶには甚だしくて、



ごまかすように、食事に手をつける。



・ ・・別に、ごまかしたわけじゃない。




(・・・はずだ。)




カタっと隣から音が聞こえて、も自分のパスタに手をつけ始めたのだとわかった。



ふいに移した視線。



初めて見るの横顔と、少し元気をなくしたかのような表情。












「・・・・俺と話してもつまらないだろ。」



「・・・・え?」












自分で自分に驚いた。



何を聞くかと思えば、何を口にするかと思えば。



そんなことが、俺は聞きたかったのか。





「ううん!!つまんなくなんてないよ!!」


「・・・・・・・・・・」


「あたしのほうこそ、いつもどうでもいいようなことしか話せなくてっ・・・・・」





箸を手にしていた俺の手が、自然と下がって、



俺は、の横顔を見ていた。



かすかにうつむくその横顔を。







「でも、日吉君。いつもちゃんと聞いてくれてるから。」








損も得もない。



だけど、は頬を赤らめて俺に小さく笑う。






「・・・・・・・・・・・・・」







会ってから間もなくて。



話すことなんて、毎日どうしようもないくらい他愛もなくて。



ただ、あの言葉が。






「幸せにするから!!」







あの言葉が、



心を、絆してる。




(・・・・・・・・・・・・・・)




これを、そう呼ぶには、あまりにぞんざいで。あまりに無骨で。



納得がいかない。



何をどうしたら、何がどうなったら。



・ ・・・人はそれを、そう呼ぶのか。



何をもって、



人はそれを。






「・・・私ね!跡部先輩のファンだったの!!」



「・・・・・・・・・・は?」



「その跡部先輩の後の次期部長候補が、隣のクラスだって聞いて・・・・・」






唐突に始まったの話。



初めての口から聞いたその名前。



は手にあったフォークで皿のパスタを少しだけつつきながら、それを眼に映していた。






「どんな人なのかなぁって、その日は跡部先輩じゃなくてちょっとだけ日吉君の練習を見てたんだ。・・・そしたら、」






の手にあったフォークの動きが止まって、は俺を見る。

































「気付いたら毎日、日吉君を見てた。」
































































体温が、少しだけ上がった気がした。



赤く染まる頬。



なのに、少しも笑わずに、真剣な眼をしているがいた。



・ ・・あの、告白のように。



何も言わない俺に、はトレーを持って席から立ち上がった。






「日吉君の隣だとドキドキしてご飯食べれないや!!またね!!」






行き場のない視線は、の背中を見るしかなかった。



珍しくが俺に振り向かない。



・ ・・何も、言わなかった。




(・・・・・・・・・・言えなかった。)




もきっと、行き場のない視線に困って席を立ったんだ。



・・・何をどうしたら。



何がどうなったら。



人は、それを。





























































































































































































































































































































あまりにぞんざいで。



あまりに無骨で。



認めるには、何かが足りない。



納得がいかない。



それを、そう呼んでしまっては。



あまりに大げさな気がした。




(・・・・・・・・・・・・・・・)




放課後。部活に向かおうとテニスバッグを肩に、廊下を歩いていた。



自分の教室から階段に向かう途中、少し遠いその場所にが見えた。



友達なんだろう女子生徒と、笑って何か話している。



俺に向けて笑う笑みとは別に。とても楽しそうに見えた。



そんな顔もするのだと。



本当に、一瞬。



たった一瞬の表情に。





(・・・何なんだ、一体。)






































































































胸が、おかしくなりそうだった。































































































































































































心の動揺さながらに、鼓動がやかましくなった気がした。



すぐさま、そらした視線。



早くなる足取り。




(・・・会ってから間もない。)




一度だけ、好きと言われた。




(話すことなんて、)




確かにフッたはずなのに。




(毎日、どうしようもないくらい他愛もない。)




毎日、俺を訪ねてきては、














(赤らめた頬と一緒に、小さく笑う。)














あのとき。



・・・あのときだ。



あの言葉。



あのたった一言。



あれが。



・・・・あれが。






「!!」






突然、ぐいっと制服の裾を引っ張られた。







「日吉くん!!」







その声に振り向いた。



赤い顔して、肩で呼吸して、息切れして。



小さく、笑う。








「あのっ・・・ごめんね!部活行く途中だよね!!」


「・・・・・・・・・・・・」


「ごめんっ・・・姿が見えたから、ついっ・・・・・」








俺の制服の裾をぱっと離したは、俺と目が合うと申し訳なさそうにうつむいた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・あのっ・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ごめんねっ・・・私っ・・・毎日日吉君を見るようになったら、傍に行きたくなって・・・・」





俺の足は止まり、俺はと向き合っていた。



うつむくは、それに気付いていたんだろうか。





「日吉くんと話したくなって・・・でも、接点なんかなくて、話す機会もあるわけなくてっ・・・だからっ・・・・・」





何をどうしたら。



何がどうなったら。



人はそれを、そう呼ぶのか。
















「・・・・好きだって言うしかなかった。」















‘理由があれば、話しかけることができるから。’



損も得もない。



もしかしたら、損得どころか、そこには何もない。



なのに、は。



ほんのり頬を赤らめて、俺に小さく笑った。



小さく、笑った。



たった、一瞬の表情に。









(・・・・どうしたら、いい。)









胸が、おかしくなりそうだ。

















「ぶっ部活がんばってね!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・それじゃあっ・・・・・」






















(・・・あの言葉。)





「幸せにするから!!」





あの、一言。






「!!」


「・・・・・・・・・・」


「・・・日吉くん?」






気付けば俺は、俺に背を向け、歩を進めていたの腕を掴んでいた。



の足が止まり、俺に振り返る。



目が合えば、はかすかに赤くなる。





「あのっ・・・・・」





を見たまま、何も言わない俺。



掴んだ腕から、手を離すことはなかった。



動揺と疑問。



困惑と緊張。



何がしたい。



自身にそれをといても、答えなんかなかった。





「・・・日吉君?」





交わした視線。





(・・・困ってる。)





眼の前の奴。



行き場のない声とまだ言葉にならない呼吸。



握った腕。



・ ・・何がしたい。



自分の行動が疑問でしかないのに。



この手を離すことも離す気もない。




(・・・何をどうしたら。)




何がどうなったら。



人はそれを、そう呼ぶのか。







「あのっ・・・部活・・・・・」







会ってから間もない。



話すことなんて、



毎日どうしようもないくらい、他愛もない。



でも。



・・・幸せにするのは、俺じゃなくていいのか。






「・・・・日吉くん?・・・・・・」






何をもって、人は。



人は、それを。







「まだ・・・お前に言ってないことがある。」



「・・・・・え?」








この熱を。



この鼓動を。



この声を。



この、





「日吉くん?」





この想いを。



他に、なす術もないから。






「・・・俺は、」






この熱を。



この鼓動を。



この声を。



この、



この想いを。



他に、なす術もないから。






「俺は、が・・・・・・」







他に、なす術もないから。

















































































































































































人は、恋と呼んだのか。
























































End.