笑っている時、側にいたかった。
泣いている時、側にいたかった。
あと少しだけでいいから
側にいたかった。
『愚者は笑う』
「あたし、雅治といるとダメになる」
ある日、そう告げたのはだった。
一つ年下で俺の後輩で赤也と同じクラスの。
聞いたその言葉は
俺の中で反復された。
俺がをダメにする。
「・・・はどうして欲しいと?」
「・・・・・・別れて、下さい」
うつむいたの顔色はうかがえぬまま
俺は答えをだした。
「よかよ。別れよ、」
お前さんの言う通りに。
顔をあげたが言う
‘ありがとう’
微笑むは、泣いていた。
「仁王先輩!おはよ。」
「朝から元気すぎじゃ、。」
「だって今日の時間割りはすごいんだよ?」
「何が?」
「体育、家庭科、音楽・・・」
普通に話せるようになるまで回復した2人の仲
は俺を雅治ではなく仁王先輩と呼ぶようになっていた。
「1限目、体育なんじゃろ?着替えの時間なくなるとよ」
「あっホントだ!仁王先輩またね」
本当を知ったのは、
しばらく経ってからだった。
「仁王先輩」
「おう、赤也。お前さんも体育じゃろ?」
「・・・・・またと話してたんすか?」
「・・・・悪いことじゃなか」
「・・・・・は今だって仁王先輩のこと・・・」
「・・・・・黙っとけ赤也。」
あの日が別れを切り出したのは、
俺のファンに脅されたからだそうだ。
俺たちが別れたのを不審に思った赤也が
に問い詰めて聞いたらしい。
「仁王先輩だって本当は・・・・」
「体育じゃろ?遅刻するとよ。」
俺にとってはそんな真実どうでもよかった。
あの日微笑みながら泣いていたは、今笑っている。
他に何を望めばいい。
あの日、俺が泣かしたが今は。
俺が身を引けばが笑う。
それでいい。
俺は本当にお前さんをダメにしていたんじゃ。
「えっ・・・・あれ?仁王先輩?赤也は?」
「・・・・・?」
部活が休みになった放課後。
相談があるからと赤也から呼び出された教室で、姿を見せたのは赤也ではなくだった。
「(あのワカメが・・・)」
「ああ・・・・そう言うことか。・・・・・あのワカメが。」
もどうやら赤也の策に気付いたようで。
少し俺のほうを向いて苦笑いをした。
「詐欺師も後輩にだまされること、あるんだね」
「・・・・それ言われたら俺は言い返せんの・・・」
外からはグラウンドで練習をする野球部の掛け声。
教室の机の上に俺は座った。
赤也、これ以上俺に何を望めと言う。
が笑っている。それで十分だ。
あの日を最後に俺の前では笑っている。
それですら俺の為だと思い込めるほどになったのに。
「なんか、緊張するね。・・・仁王先輩と2人っきりは久しぶりだ。」
「・・そうじゃな。」
は照れたとき髪をかきあげながら笑う。
変わらないそのくせ。
そのくせが、俺は何より好きだった。
・・・俺と別れてから笑うが本当はひどく思えた。
「どうして・・・」
「ん?」
「どうして別れたんじゃろな?俺たちは。」
今でもまだ。
好きなのに。
俺と別れてから笑う。
見つめるたびに俺がをだダメにしていたんだと俺の中で反復する。
「・・・・・・雅治」
「どうして・・・」
俺が側にいたんじゃ笑わせてやることができないのか。
「(!!)!!危なっ・・・・・・」
「え?・・・・」
俺の目に突如飛び込んできたのは
俺たちのいる教室の窓に向かって来る野球ボール。
<ガッシャーン!!>
俺はボールの飛んできた窓に背を向け、かばう様に腕にを包んだ。
散乱する割れた窓ガラスの破片。
ころころと俺たちの足元に転がってきたボール。
「・・・一体どんな暴投したらここまで来るんじゃ・・・」
「雅治っ大丈夫?!血が・・・」
「ん?ああ、大丈夫」
俺の右手首より少し上に割れたガラスの破片で切ったのか
小さな傷
「っ・・・・」
「がそんな顔することなか」
「だってっ・・・」
が俺の腕に包まれながら顔を上げたので
視線がぶつかった。
「雅治・・・」
「・・・・・・・・仁王先輩じゃろ?」
これが前までのお前と俺の距離だった
抱き締め合うような
触れ続けるような
永遠にも似た、
俺たちの距離だった。
「」
「・・・泣かせてごめん。」
あの日から笑っているお前さんへ
ずっと、伝えたかった。
きっともう二度とは好きと交わさない代わりに
「雅治っ・・・」
「仁王先輩じゃろ?」
「あなた達!大丈夫?!」
俺とがいた教室に女の教師が一人やって来た。
「先生、が・・・がガラスでケガしたみたいで」
「(!)違いますっ・・・雅治が・・・っ」
ケガした自分の腕を体の後ろへ隠して
俺はの背中を押して
教師のほうへ足を進めさせた
「・・・保健室。連れて行ってやっていただけませんか。俺がここを片付け始めておきますから。」
「わかったわ。あなたは大丈夫?」
「雅治!」
「・・・大丈夫です」
一緒には、行けない
側にはいられないから
残り香を置いて俺を置いて行って
「雅・・はる・・・」
は教師に手を引かれて俺の前からいなくなった。
本当は
明日が今日にも昨日にもなるなら
の明日を奪ってしまいたい。
未来も今も過去も
本当は、本当は。
笑っている時、側にいたかった。
泣いている時、側にいたかった。
あと少しだけでいいから
側にいたかった。
「仁王先輩じゃろ?・・・・」
割れた窓
ひび割れたそれに映った俺の顔が
まるで泣いているように見えた。
「・・・・くくっ・・・」
どうしようもなく、情けない
「ははっ・・・・」
どこまでもどこまでも情けない
情けなくてそんな自分がひどく笑えた。
笑っているのに
ひび割れた窓に映る自分は泣き続ける。
・・・・・・・・・・・・・・こんなにも
忘れられないほど
お前を好きになるつもりなど
なかったのに。
End.