見上げた空に目を細める
雲がゆっくりと流れる空。
太陽からの光がさんさんと降っていた。
桜は満開に花を咲かせ。
温かい風に吹かれればひらりと数枚のピンクがさらわれる。
いい天気。
なんていい天気。
春だなぁなんて心から実感して
桜の群れに囲まれたあたしは目の前の一本の大きな桜の木を見上げ、思うのだ。
・・・で?
ここは、どこ?
『8分前の太陽1』
おかしい。
あたしは確かに目標に向かって歩いてた。
見えた校舎。敷地内に足を踏み入れてそのまま直進。
今日からあたしが、新しい学校生活をスタートするべき校舎へ。
(・・・そのつもりだったのに)
ここはどこ?
気付けば迷い込んだ桜の群れの林。
歩いても歩いても辿り着くのはこの大きな一本の桜の木で。
校舎はどこ?昇降口はどこ?
あたしは指定された場所に指定された時間に行かなければならないのに。
今日はこの立海大付属の入学式、始業式。
そう、この学校の生徒なら誰にとっても、新たな生活の始まりになるだろう日。
きっとその中でも緊張と期待と希望を一番抱えた新入生たちに、あたしは負けない自信があった。
「・・・・・・・・・はあ」
緊張と期待と希望と、それから。
不安。
溜息をつくと同時にその場にあたしはしゃがみ込む。
ここはどこ?校舎はどこ?昇降口はどこ?
あたしは今日この学校に転入予定の転校生。
桜が頭の上に降ってくる。
「・・・・・・・・・・・・・」
大人なんて勝手だ。
あたしの父親の転勤が決まった途端、あたしの転校があたしの知らないうちに決まっていた。
中学三年という受験もあるし、友情も恋も(・・・してないけど)青春真っ盛り、
一番繊細でナイーブなこの歳に、新しい環境で新しい生活を始めろという両親。
友達もいなければ知り合いもいないこの学校で、
まして敷地に踏み入れるとそこは満開の桜の林でした。
・ ・・っていう摩訶不思議なこの学校で。
不安だし、緊張するし。
それでも、なんとかやっていこうと、希望や期待で胸を埋めようと奮起していた矢先にこの事態だ。
このまま転校初日に遅刻とか、現れなかったなんてなったら
それこそお先真っ暗。印象が悪い。
「(・・・・・まずい)」
自分で自分の不安をあおってどうする。
やばいぞ、泣きそうだ。
不安、緊張。・・・どこ?
ここどこ?
<ガサッ>
瞬間、後ろで聞こえた物音に、感じた人の気配に
「・・・・・・・・・・・・おい」
かけられた声に、しゃがんだまま振り向いた。
あたしは思わず目を見張る。
「・・・・何そんなとこでしゃがんでんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・不審者?」
桜に埋もれたこの場所で、風がさらって揺れる、
その赤い髪。
薄桃色の花びらがかすれていくほど印象強い。
ぷーっと膨らますフーセンガム。
「しょっ・・・・!」
「・・・しょ?」
あたしはものすごい勢いで立ち上がるとものすごい勢いで赤い髪の彼に歩み寄った。
そんなあたしに彼は冷や汗をかいていた。
それくらいあたしは必死で。
「昇降口!!」
「・・・・は?」
「昇降口どこですか?!」
フーセンガムが縮んで彼はそれを噛み始める。
あたしは必死だった。
やっと桜以外に会えたのだ。
しかも赤い髪のこの人は立海の制服を着てる、立海の生徒。
「昇降口ならここ真っ直ぐ行って左に曲がればすぐ・・・・」
「ありがとう!!」
まだ間に合う。
足は彼が指差し教えてくれた方向へと進む。
急げ、自分。
あたしの担任にあたる教師はあたしに事前に連絡していた。
朝一のHRでみんなに紹介するからそれまでは職員室にいなさいと。
昇降口で職員室、昇降口で職員室、昇降口で・・・・・・
心の中でリピート、リピート。
そして気付く。
昇降口に向かって歩き始めたはずだった足を急にとめる。
ものすごい勢いで振り向き、
ものすごい勢いで再び赤い髪の彼に詰め寄る。
「なっなんだよ・・・・」
「助けて!」
「?」
「職員室どこ?!」
「・・・・・・・・・」
今にして思えばよくあんな錯乱し、混乱していたあたしを助けてくれたものだと思う。
桜の鮮やかささえかすませる赤い髪の君。
これが、初めての出会い。
「お前新入生?」
「・・・転校生です」
「へえ。・・・・何年?」
どうせ童顔ですよ。
そうむくれながらもあえて口に出さない。
校舎の中、あたしの隣を歩いてくれる彼は職員室まであたしを案内してくれるというのだから。
廊下では生徒が行き交い。
すれ違う女子たちは、どうやら隣の赤い髪の彼に必ず視線を送っているようだった。
ふと見た横顔。かっこいいと正直に思うので女子生徒の気持ちは容易にわかった。
「3年」
「マジ?俺と一緒じゃん!」
「・・・・3年生なの?」
「何?見えない?」
「・・・・・・・・・・・」
そのままそっくり言葉を返したい。
それでも見えないと答えられたら、反論できそうもないから黙っている自分。
赤い髪の彼がふくらますフーセンガムを見てあたしは思わず笑う。
「・・・なんだよ」
「・・・・・ううん。フーセンガム膨らますのうまいなあって」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あの?」
赤い髪の彼が廊下の途中で突然足をとめた。
そうした理由がわからないあわたしは、彼より先に進んだ足をとめて振り返る。
フーセンガムを膨らましたまま、
突然固まってしまたかのようにあたしの顔をじーっと見つめる彼。
あたしが小首をかしげると
彼は何かにはっとしたかのように
頭を振って割れたフーセンガムを再び口の中で噛み始めた。
「・・・・わりぃ、わりぃ。行こうぜぃ」
「あの・・・・・・」
「・・・・・・何か、似てるんだよ。お前。」
「え?」
「・・・・・・俺の知り合いに。」
再び進み始めた彼の歩みにあわせてあたしも足を進めた。
さっきよりも少し早い足どりにあたしは小走りになる。
そんなあたしに彼が気付き、
歩く速度をゆるめてくれた。
「・・・・・・・・雰囲気が似てる。・・・感じっていうか」
「・・・・その知り合いに?」
「・・・・まっ!顔は向こうのほうがかわいいけどな!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「黙んなよ、冗談だろぃ」
赤い髪が黙ったあたしの顔を覗き込んだ。
ぷーっとふくらましたフーセンガムにあたしは再び笑わせられる。
髪の色に似て、
明るい彼に。
「ちなみにお前が入ってきたのは裏門な。あの林は裏庭。」
「そうだったんだ」
「あんなとこで迷ってる奴は始めて見たけどな」
「・・・どうせどんくさいですよ」
「そうは言ってねえだろぃ?」
「じゃあなんて?」
「・・・・・・間抜け。」
「・・・怒るよ?」
さっきまで不安でいっぱいだったのに。
緊張で震えてたのに。
曇り空が、晴れたみたいだ。
あたしをからかって笑う彼。
赤い髪のフーセンガムを膨らます君。
その髪の色に似て、明るい。
あたしの心を晴れさせる。
「ここが職員室。」
「・・・覚えた気がする。」
「・・・・・・また迷うな、それじゃ」
「だっ大丈夫!」
彼が笑うのであたしも笑う。
たどりついた職員室のドアの前。
よかった指定された時間までにはどうにかたどりついたみたいだ。
校舎内の壁にかけられていた時計でそのことを知る。
「・・・・なあ、もうクラス決まってんの?」
「え?」
「転入するクラス」
「えっと・・・確か2組。」
「ふーん。・・・幸村と一緒か。」
「幸村?」
「そ。テニス部の部長」
「テニス部?」
「俺テニス部なんだぜぃ」
確か立海のテニス部はすごく強いって聞いた。
あなたはそのテニス部なの?
<キーンコーン・・・・>
「あっじゃあ俺も行くな。幸村、本当は入院中だけど今日は学校に来るって言ってたぜぃ。何かあったら頼ってみろよ」
「入院?」
「・・・・ま。いろいろな。そんじゃ!」
「あっ・・・・・・」
赤い髪をふわっと揺らして彼が走り出した。
あたしに振り向きつつ、片手をあげて。
声をかけよとしたときにはもうだいぶ廊下の向こうに彼がいた。
(・・・・・速いな)
聞きたかったのに。
あなたは何組なのって。
それから、名前。
名前、なんて言うのって。
「あっ!そうそう!!」
「・・・・え?」
だいぶ離れた廊下の向こうで赤い髪の彼が叫ぶ。
「俺は丸井ブン太!テニス部の練習見に来るんだったら俺の天才的妙技見せてやるぜぃ、転校生!!」
・・・・・・・・・丸井、ブン太?
彼はそれだけ叫ぶとすぐさま走り出してしまった。
その叫びに
かすかに感じた優しさと気遣いは、
転校生の私が抱えていた不安に、彼が気付いていた気がしたから。
・・・・・・最後の最後まで助けてもらった気がした。
あたしを元気付ける明るさ。
(・・・よしっ!)
目の前の職員室のドアを開ける。
まずは担任の先生にあいさつして、
それから教室でクラスメイトのみんなにあいさつだ。
がんばって名前を言おう。
早く仲良くなってもらえるように。
(・・そう言えば)
そう言えばあたしの名前。
丸井君に言えばよかったな。
<ガラッ>
教室のドアが開かれた。
ざわざわとざわめく教室でイスをひきずるたくさんの音がする。
あたしの担任の先生は自分が教室に入るとすぐにドアを閉めた。
職員室から先生のあとをついてきていたあたしは廊下に取り残される。
クラスのみんなに先に先生から軽く紹介をするから
そのあと教室に入って自己紹介するようにと先生と打ち合わせていた。
廊下で先生がクラスのみんなに話し始めるのが聞こえる。
初めは静まっていたクラスも
「じゃあ、もうみんな知ってると思うけど転校生紹介するからな。」
その先生の言葉に一気にざわつくのだ。
心臓の高鳴り。
緊張する、緊張する。
足がほんの少し震える。
教室の向こうで先生があたしのためにドアを開けてくれた。
視線のすぐ先には教室の前に座る生徒たち。かすかに目があった。
勇気をふるって足を進める。
先生の立つ教壇にあがらせてもらうとクラス中のざわめきが増した。
「・・・・初めまして。」
・・・ああ転校生ってこんなに緊張するものなんだ。
声震えてないかな。
顔上げられているかな。
クラスのみんなは隣同士の席の子と何かこそこそ話したり、
あたしの顔を真剣に見ていてくれる子など様々だ。
さあ、声をふりしぼって。
「といいます。いろいろ仲良くしてやってください。これからよろしくお願いします。」
一瞬にしてざわめきがますます大きくなった教室。
・ ・・あれ?あたし何か変なこと言ったかな。
声が変とか?
「・・・・・・・?」
「だって・・・・」
「同じ名前?」
みんなが口々に声にしていたのは
どうやらあたしの名前だった。
そんなに変なんだろうか。
何がなんだかわからない状態で緊張により顔は熱いし、
みんながあたしの名前でざわつくのであたしは次第にうつむいていく。
「おら、静かにしろよー!の席は・・・幸村。」
「はい」
「。今手を上げてる幸村の隣だ。」
「あっ・・・・はい!」
・ ・・幸村?
丸井くんが言っていたテニス部の部長の名前。
・・・確か。そう。幸村くん。
あたしは自分のカバンを握り締め、もう上げていた手を下ろしていた幸村君の隣。
ぽつんと一つだけ空いていた一番後ろの席まで
教壇を降りて向かった。
「今日はこのあと入学式。続いて始業式。時間通りに動けよ。」
あたしが席につくのを待たずして先生は連絡事項をクラスのみんなに話始めた。
いまだほんの少しざわつく教室で。
席につくと隣の席の幸村君が笑いかけてくれた。
「よろしく。俺は幸村。」
「よろしく。あたしは・・・・」
「自己紹介はさっき聞いたよ」
「あっ・・・そうだね!」
窓際の一番後ろ。教室の隅の席のあたしには、隣の席の人と呼べるのは幸村くんだけらしい。
いまだ小さな混乱を続けるあたしに幸村くんがくすくすと笑う。
テニス部の部長だと聞いていたからもっと体の大きい力強そうな人かと思ったけど
丸井くんの髪から派手な人を想像していたりもしたけど。
幸村君は清楚で儚げな人。
(・・・・そういえば本当は入院中なんだっけ?)
先生は教壇で話を続けていてクラス中が静かになりつつあったけど
それでも幸村君は小さな声であたしに話を続ける。
「・・・・・・・さん。名前どう書くの?」
「・・・・え?」
「漢字?ひらがな?」
あたしが幸村くんの突然の質問にとまどっていると
幸村君が静かに広げたノートとシャーペンをあたしに差し出した。
そこに書いてみろということなのだろうか。
彼の笑顔と行動にそう読み取ったあたしはノートとシャーペンを受け取り
そこに自分の名前を書いた。
「・・・・・同じ、か。」
「え?」
「・・・・・・ねえ、さん。」
あたしから受け取ったあたしの名前を書いたノートのページを見て、
幸村君は何かつぶやいた。
聞き取れなかったその声にあたしは幸村くんに聞き返そうとするが
彼は新たな話題を提供してきた。
「入る部活はもう決めた?」
「・・・・・・・・部活?」
「うちの学校は部活か生徒会に入るのが必須なんだ。引退までね。」
「あっ・・・そうか。」
入学要項でそんな項目を読んだことがあったのに
あまりの不安と緊張で今の今まで忘れていた。
幸村くんは再びにこっとあたしに笑いなおすと話を続ける。
「もしよかったら俺の入ってる部活に入らないか?」
「・・・テニス・・・部?」
「・・・よく知ってるね。俺がテニス部だって」
「あのっ・・・丸井くん!赤い髪の。彼に今朝助けてもらって。このクラスに転校するんだって話したら幸村くんのこと話してくれて・・・」
「・・・丸井と、会ったの?」
「(?)・・・・・・うん」
先生の話が終盤に差し掛かってる。
今まで話した連絡事項をまとめて言い直しているのでそれがわかった。
今まで笑顔だった幸村君の表情が少し曇りがかったように見えたあたし。
幸村君は口元に手をあてて何かを考えている。
「・・・・あの?」
「・・・・丸井は君の名前を知らないね?」
「え?・・・・あっうん」
「・・・そう。」
「・・・・・幸村くん?」
「・・・なんでもないよ。それで、どうかな、テニス部。」
幸村君は再び笑顔に戻っていた。
あたしは幸村君の態度が不思議でたまらないけど
なんて聞いていいかわからなかったし、転校生のあたしにこれだけ話しかけてくれる幸村君に
変なことでも言って気を悪くさせたくなかった。
「でも・・・テニス部って・・・男子テニス部だよね?」
「マネージャーだよ。ちょうどマネがやめてしまったところなんだ。これから新入生の仮入部もあるし。どうかな?」
「・・・・・マネージャー?」
あたしと幸村くんを含め。
終始SHR中完全に静かになることのない教室。
転校生のあたしのこともあるし
先生も明るい口調でわざとみんなを笑わせるような口ぶりで話すので
まったく気にはならない雰囲気だったけど。
(・・・・会える、かな?)
もう一度会えるかな?
テニス部のマネージャーになれば。
あの赤い髪に。
フーセンガムをふくらますのがうまい君に。
「やっ・・・やってもいいの?」
会えるかな?もう一度。
「うん。・・・お願いするよ」
「うん!!」
名前も、言えなかったあなたに。
「さーん!」
「うわっ・・・・はい!」
「どこから来たの?前いた学校って?」
「髪きれいだねー!」
「彼氏いるー?」
「あのっ・・・・・」
いつの間にか先生のいなくなった教室。
HRの終わったクラスで。
女子のみんながあたしのところに沢山来てくれた。
たくさん質問をされとまどうあたし。
「じゃあ、放課後。俺が部員のみんなに紹介するから。」
それは注意を払っていないと聞きそびれてしまうような声。
とても小さな、しっかりとした声。
たくさんの女の子の姿と声に囲まれたあたしは
そんな人と人の隙間から幸村君の笑顔を再び見た。
彼は自分の席から立ち上がると教室から廊下へと姿を消してしまった。
あたしの周囲にいた女の子達からさも残念そうな溜息と声が聞こえる。
「さんうらやましい!幸村の隣」
「今日久しぶりに学校来たのにねー!もう帰っちゃうのかな?」
「・・・・・え?え?」
「幸村ってモテるんだよ?」
「・・・そうなんだ。」
「あっ!好きになってもいいけどあたしライバルだからね!」
「あたしも!」
「あたしもー!」
あたしがきょとんとしているとクラスメイトの女の子達は笑い出した。
いきなりごめんと。
明るく。
(・・・よかった。)
みんな仲良くしてくれそうだ。
「そうだよ、柳。。・・・うん。・・・・・字も同じだ。」
放課後か。
・・・・マネージャー
会えるかな、赤い髪の彼に。
フーセンガムを膨らますのがうまい君に。
会えるかな?
名前も言えなかったあなたに。
(・・・・・・・・何か。)
恋を、しているみたいだ。
こんなこと思うなんて。
・ ・・・・・・・・・・・いや。
今日初対面だし。
いやいや、ひとめぼれなんて。
・ ・・・・・・・・・・ひとめぼれなんて。
ないって・・・・・・・思ってる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もう一度,、会えるかな。
あたしの心、晴らした人。
End.