裏庭の桜は去年も満開だった。




は桜が大好きで、春が大好きだとよく笑った。




俺も桜が好きだったし、春が好きだった。






































『8分前の太陽10』







































!ほらこいつが切原赤也!」


「・・・昨日幸村君たちにコテンパンにやられてた・・・」


「ちょっと!なんすかこの人!!失礼っすね!!コテンパンじゃないっす!!」


「コテンパンじゃなくてボロボロに負けたんじゃね、赤也。」


「だぁからっ!!」





俺が二年の春。



おもしろい後輩がテニス部に入ってきて、



仁王と俺はよくそいつをからかった。



朝の部活が終わって俺をコート近くで待っていてくれた



ちょうどその場に赤也も居合わせたから、その時初めてに赤也を紹介した。





「ってかあんた誰?丸井先輩の彼女?」


「うらやましいだろぃ!」


「ブッブン太ッ・・・・・」





さっとの手を繋いで赤也にそれを見せ付けるかのようにして手を上げる。



は顔を赤くさせてたけど俺はそれを気にしない。



赤也はというと俺に向かって呆れ顔。



おい、俺先輩だろぃ。





「赤也それ以上つっこむんじゃなか。丸井の自惚れは長い。」


「わかりましたー。」


「あっこら!!」





俺をおいてさっさと歩いていく仁王。



その後をついて赤也もまた俺とを置いて校舎に向かっていく。



2人の背中から目を離してを見れば、



が俺に微笑む。



繋いでいる手をそっと春の風がなでた。



俺は、春が好きだった。






「あっ見てみてブン太!」






が指差す先に白い小さな蝶。



羽ばたきは忙しなく、でもその姿は懸命で。



は蝶の軌跡を目で追う。



俺はそんなを見ていた。





「やっぱり春が一番好き。」


「今日も昼、裏庭でいいんだろぃ?」


「うん!!」





俺も春が好きだった。



が好きだと笑うので、



俺も春が好きだった。























































































二人に接点は何もなかった。



ただは図書委員で、



俺は図書館になんて一年の頃から一回も行ったことがなかったけど



ある日。面白半分で、読書が好きな柳生に図書館までついていって、そこで初めてに会った。



クラスは違ったし、委員会も違えば部活ももちろん違って。



ただ、初めて会ったその日から俺はと話すようになった。



気付けば側にいて、気付けば好きだった。



も俺を好きだと言った。



毎日一緒にいた俺と



クラスは違ったし、委員会も違えば部活ももちろん違って。



でもでき得るかぎり側にいた。



愛とか恋とかよくわからなかった。



考えたこともなければ、知ってるはずもなかった。



でも好きじゃ足りなくて。



が笑えばうれしいし、側にいればうれしい。



ケンカして傷つけたこともあったし、泣かせて怒らせたこともあったけど



何があってもずっと一緒にいるんだと信じて疑わなかった。



抱きしめて、笑わせたって、何があっても一緒にいられるって。



一緒にいたいって。



愛とか恋とかよくわからなかったけど。



でも、「愛してる」って言葉だって足りないくらい、



が、好きだった。






































































































































































































































































だだだだだだっ!!




<ガチャッ>




「ブン太?」


!隠れろぃ!!」


「へ?」





はちょっとした休み時間も図書館に来ていた。



授業と授業の合間が短ければ図書館に生徒がやってくることはほとんどないが、



はいつも図書館にいた。



これもそんなちょっとした休み時間の図書館でのできごと。



だだだだだだっ!!



それは迫り来る複数の足音。





「ヤバイ!!来る!!」


「・・・誰が?」


「いいから隠れろぃ!!」


「きゃっ・・・・・」





図書館で本棚の整理をしていたを、近くの机の下にもぐらせ



俺もそこに入った。



図書館の机の下は意外にせまく、



との距離は近い。





「ブッブン太?」


「しー・・・」





<ガチャッ!!>





勢いよく開けられたドアと複数の足が机の下から見えた。



・ ・・多いだろぃ。



その足の数で予想する人数。



は何が起きたかわかっていないだろうが、とりあえず黙ったまま



俺と一緒に机の下からその複数の足の様子を伺っている。



気付けば俺とは手を握っていた。






「あれー?丸井くん確かにここに来たのに!」


「えーどこにいるのー?」


「(いない、いない。ここにはいないから。さっさとどっか行けぃ。)」






ばだばたと図書館内を行ったり来たりする高い声と足。



俺たちが隠れている机の前をそいつらが通るたび、甘い匂いがしていた。



シナモンとか砂糖とか。



授業の予鈴が鳴るとそいつらは文句を言いながら図書館から出て行った。



静まりかえった図書館。



俺はまだ様子を伺って静かにしていたが、が口を開いた。





「・・・・なんで探されてるの?」


「あー。なんかさっき家庭科実習だったクラスがあってアップルパイ作ったんだと。
    それをあげるーって言いながら叫んでくる女子たちにいつの間にか追われてた。」


「・・・モテモテだね。」


「まあな。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」





あ。・・・まずった。



今のは調子にのるところじゃなかった。



未だ俺とは机の下。



2人ともすっかり図書館の床に座り込んでいた。



手は繋いだまま。俺が見たの横顔は少し不機嫌で。



二年になった俺。



テニス部で相変わらずの強さを誇る幸村や真田。柳だったけど。



俺や仁王も最近は頭角を表すようになってきて。



ギャラリーはしだいに増えていき



こんなことも珍しくはなくなってきていた。





「・・あたしが一緒に隠れることなかったじゃない」


「勢い?流れだろぃ!」


「・・・もらえばよかったじゃない。アップルパイ。ブン太好きでしょ?」


「・・・・・も実習あるだろぃ。もうじき。」


「明日。」





ぎゅっと俺を見ないで不機嫌な横顔を見せるの手を



さっきよりも強く握りなおした。





「・・・いらねえよ。」


「・・・え?」


「いらねえもん、の以外。」





・・・やっと、こっちを向いた。



狭い机の下。繋いだ手。繋がった視線に。



俺はの不意をついて唇を奪う。



そっと、触れるだけ。短くもなく、長くもないその時間。



顔が離れればが赤くなっていて。



俺は笑った。



視線を俺からそらしたの横顔は、もう不機嫌なものじゃなかった。



ふと、気付く。





「この机落書きされすぎだろぃ。しかも脚に。」


「・・・・ホントだ」


「おっ。見ろよ。これ、仁王と幸村の相合傘があるぜぃ?」





俺の近くにある机の脚の落書きに目をやっていた俺は



に視線を移す。



四脚の机。



で自分の近くの脚を見ていて。



何時の間に手にしていたのか、どこからだしたのか。



かちっとだしたボールペンの先で机の脚に落書きを彫っていた。





「・・・・・?」





がりっと小さな音が聞こえる。



何度も何度も聞こえる。



の目は俺ではなく机の脚に。



によって削られていく脚。俺はの手元をじっと見た。






「・・・・・8分前の太陽?」


「・・・・・・・なんか、書きたくなっちゃった。」


「何だよそれ?」


「さっきね、地学だったの。授業。」






カチッとボールペンの先をしまった



机の脚のほうにのりだしていた体は元の位置に座り込んで。



そっと俺に笑いながら、話を続けた。



俺との手は繋がったまま。狭い机の下で2人の距離は近く。







「太陽の光が地球に届くまで8分かかるんだって。」


「・・・・・・・?」


「人は光でものを見るでしょう?つまり、私たちが見上げる太陽はいつも、8分前の太陽。」


「へえ。なるほど。」


「・・・・先生が授業中に言ったの。そう考えたら私たちが見てるすべては過去だって。」


「ん?」


「つまりね、もしかしたら今ブン太が見てるあたしは、本当は今、ブン太のことが嫌いになってるかもしれない。」


「・・・・変なこと言うなよ。・・へこむだろぃ・・・・・・」







すべてのものに時間があるように。



必ず、光が目に飛び込んでくるまで時間がかかる。



つまりどんなに目を凝らしても、本当の今のはこの目に映ることはないと。



見ることが出来るのは、過去のだと。





「だから。・・・・だから恋人同士の手はね。想う相手を離さないようにあるんだって。」


「・・・・・・」


「離れないように、手を繋いで、抱きしめあって。同じ瞬間を生きていくこと。そのためにあって、遠くからサヨナラの手を振るためにあるんじゃないんだって」





繋いでる手に、自然に力がこもった。



も、俺も。



目を合わせて、が笑って、俺はそれを見た。



どちらからか自然に距離は縮まって、



図書館の机の下で、俺たちはキスをした。



誰にも見つからないように隠れてキスをした。



手を繋いだまま、何度も何度もキスをした。



本鈴が鳴っても離れなかった。離さなかった。



この手は、と側にいるためにあったから。



側にいたい思った。



今見ている過去も。次の瞬間に見る今も。



の隣に俺がいればいい。



俺たちが見上げるあの8分前の太陽のように。



いつも側にいればいい。























愛とか恋とかよくわからなかった。


















でも俺はが好きだった。



大好きだった。



接点なんか何もなかったけど。



俺たちは確かに出会って、確かに側にいた。






「ブン太・・・・・」


「ん?」


「・・・大好き。」





俺はからボールペンを借りて、8分間の太陽の隣に‘’と彫った。



そう彫り終えた俺にが笑って言うから。






「大好き、ブン太。」






またキスがしたくなって。



そっと俺はに顔を近づけたけど。



が俺から逃げた。



少し落ち込んだ俺。はと言うと俺の手からボールペンをとって。



‘8分前の太陽’、‘’その間に俺の名前を彫った。



‘丸井ブン太’






「あのね。その話を聞いたらね。」


「ん?」















































































‘どうしようもなく、あなたが大切でした。’










































































「・・・なんだよ?」


「内緒。」


?」


「内緒だよ」





はその先を教えてくれなかったけど。



言葉はなくてもなぜだか無性にうれしかった。



昼休みは桜を見に裏庭へ。



もちろん手を繋いで。



白い蝶が飛び、花びらが舞い。



が春が好きだと笑った。



俺も春が好きだった。



が好きだと笑うので、



俺も春が好きだった。



好きだった、が。



愛とか恋とかよくわからなかったけど。



考えたこともなければ知っているはずもなかった。



でも、愛してるって言葉でも足りないくらい。



好きで。一緒に。側にいたいと。






「・・なあ、。」


「ん?」







この手は離れないために。







「・・何?ブン太。」


「・・・・内緒だろぃ。」


「・・・もしかして、仕返し?」


「もちろん。」


「ブン太?」





側にいたいと思った。



今見ている過去も。次の瞬間に見る今も。



の隣に俺がいればいい。



俺たちが見上げるあの8分前の太陽のように。



いつも側にいればいい。



俺は、が好きだった。
































































































































































































「赤也はいねえの?彼女とか。」


「なんすか、いきなり。自惚れならぜってぇ聞きませんよ。」


「・・・・聞けよ」


「自惚れるつもりだったんすか?!」






だって、好きなんだよ。



しょうがねえだろぃ。



春の気候が深まる休日。



俺と赤也は部活帰り。



夕日が赤く染まり。



・ ・・・・・あれも。



あれも8分前の太陽なんだよな。



そう思うと不思議で。



話はわかるけど不思議で。






「あ。あれ彼女さんじゃないっすか?」


「え?あ。ー!」






渡ろうとする横断歩道。信号は赤。



俺たちと反対側にがいて。



信号待ちのに名前を呼んで手をふった。



も俺に気付いて手を振りかえしてきた。



信号は赤。



横断歩道の反対側ではが笑っていて。




(早く、変われ信号。)




手を振るためにあるんじゃない。



この手は、手を振るためにあるんじゃないから。



俺もも青信号を待っていた。



目が合っていて。



俺はを見ていて。



は俺を見ていて。



だから俺もも、気付かなかった。













































に向かってくる車に、気付かなかった。
















































































































































































赤い、夕日。



どこから現れたのか、白い小さな蝶が俺の目の前を横切る。



それは、














一瞬の出来事。












「・・・・・・・・・?・・・・」










全てが、スローモーションのように。



突然の轟音。



の笑顔が見えなくなる。



赤い、赤い。



夕日。



白い蝶。



が。



が、笑わない。



赤い、赤い。



・・・血?



広がる海。赤い、海。



呆然と立ち尽くし。



立ち尽くし。



目の前の光景が、何も。



信じられるはずもなく。



が、



が、倒れてる。



赤い海で。



赤い、自分の血で。



が溺れて。






















「っ・・・・!!」



















俺は駆け寄って。信号は青になっていた。



が轢かれた。



俺の目の前で。



嘘だ。・・・嘘だ。



真っ赤なを抱き上げる。






「ブ・・・ン太・・・・・」


「っ・・・・赤也!きゅっ救急車っ・・・・!!」


「大丈夫、ブン太さん・・・っ・・あの人、呼んでる」






俺は何も見えなくて。



赤しか見えなくて。



赤也の言葉に誰かが助けを呼んでくれていることだけ知って。



を見た。



救急車を呼んだのは、を轢いた車の運転手で。






、しっかりしろぃ・・・!!」


「・・・っ・・・ブン太・・・・ブン太・・・・。」


「俺はここにいるぜぃ?」






赤しか、見えない。



の血の海に2人して溺れてる。



の顔も血だらけで。俺のジャージも赤くて。



が、かすれるような声で俺を呼ぶ。



俺はの上半身を抱き上げるように抱きしめていた。






「ブン・・太・・・・覚えて・・・る?8分前の・・・太陽・・・」


「覚えてる!覚えてるよ!!もうしゃべるな!!すぐ救急車来るから!!」


「よかっ・・・・た・・・・・・・」


っ・・・・しっかりしろぃ・・・・」






赤い、夕日。



赤い海。



周りに人が集まってる。



俺・・・俺、何かできること、ねえのかよ?





「・・ね・・・ブン太・・・・ブン太は・・大丈夫だよね・・・・」


!・・っ・・・・・・・・」


「ブン太は・・・・幸せになるよね?・・・・あたしは・・・・幸せだったから・・・・」





俺に、できること何か。



・ ・・何か。






・・・・・・・・・・・・」


「次に好きになる子も・・・幸せに・・・してあげてね・・・」


「っ・・・・・・・・・・・・」


「ブン・・太・・・・大好き・・・・」






の声がかすれてた。



何も聞きたくなくて。



聞いてはいけない気がして。



の声を掻き消すかのようにの名前を呼んだ。



それが、俺にできることだった。






「ブン太・・・ね・・・ブン太・・・」






聞きたくないよ、何も。



何も、言うなよ。



赤しか映らない。



赤しか、ない。



俺たちの頭上にある夕日さえ赤い。



赤く、赤く。



が染まっていく。



かすかに俺に微笑みながら。

















































「・・幸せに・・・・なってね・・・」
















































































何も、聞きたくないよ。何も。



だから、の名前を呼ぶ。





・・・なあ、・・・・」





が瞼を閉じて、何も言わなくなっても。



俺の名前を呼ばなくなっても。



真っ赤に染まったを何度も呼んだ。



それが俺にできることだった。



遠くで救急車のサイレンが聞こえた。






















「なあ、嘘だろぃ・・・?なあ」

















笑って。














「なあ、













笑って。



笑って、笑って。












「おい・・・起きろって・・・・・・目っ・・覚ませよ・・・」











もう一度、俺に聞かせて。



ほら、8分前の太陽のこと。



その声で。



その、声で。俺を見て。



俺に話して。









「なあ・・・・サヨナラの手を振るためにあるんじゃないんだろぃ?」









この手は、離れないためにあるんだろぃ?










「同じ瞬間を生きていくためって・・・お前言ったじゃねえか・・・」










離れないために。手を繋いで、抱きしめるためにあるんだろぃ?



この手は。この手は。



俺を抱きしめ返してくれ。



離れないように。



けして、離れないように。




















「なあ!・・っ・・・・っ・・・・・!!」

















笑って。



いつもみたいに笑って。

































































































嘘だと、笑って。







































































































































































必死になって抱きしめるは温かかった。



でも、何度名前を呼んでも



もうそれがに届くことはなかった。



赤しか見えない俺の目の前を白い蝶が横切った。



小さく、羽ばたきながら。



8分前の太陽は赤く、赤く。



の血のように鮮やかに赤く。



俺の脳裏に焼きついた。



俺には何も、聞こえなかった。



の体を抱きしめ続ける俺を呼ぶ赤也の声も。



周囲のざわつきも。



遠くから近づいてきていたはずの救急車のサイレンも。



の、声も。



側に、いたかった。



側に。



側にいたいと思った。



今見ている過去も。次の瞬間に見る今も。



の隣に俺がいればいい。



俺たちが見上げるあの8分前の太陽のように。



8分前でもいつも見えてるあの太陽のように。



赤が全てを侵食していく。



なんで・・・?



俺には、何も聞こえなかった。













































































































































の鼓動が、聞こえなかった。
















































End.