真っ赤な真っ赤な太陽の下で
赤く染まっていくその人を
ブン太さんはずっと抱き締めてた。
赤い髪が風に揺れて
その人の肩に顔をうずめて。
その場に立ちすくむ俺には、
2人のその姿が
とても綺麗に見えたんだ。
『8分前の太陽11』
「・・・赤也は・・・」
「・・・・・」
「その場に・・・いたんだね・・・・」
俺の隣で幸村部長から事の顛末を聞いたさんは、
イスに腰掛けたまま。
うつむいて、膝の上で両手を拳にして握り締めていた。
俺はそんなさんから目をそらして、俺自身もそっと手のひらを握り締める。
「・・・いましたよ。レギュラーの中で事故に居合わせたのは俺だけですから。」
「・・・・・・・・・・・・」
夕日の赤。
「・・・事故のあと。救急車が来たけど、何もかも間に合わなくて・・・ブン太さんはさんから離されたあとも、ずっとその場に座り込んだまま。」
道路の上を広がっていくあの人の血の赤。
「抜け殻・・・みたいに・・・・ただ空を仰いでた・・・・。」
ブン太さんの髪の赤。
「ブン太さんは、泣いてなかった・・・泣きそうな顔・・・してたくせに」
赤が、絡まる。
視線をあげれば幸村部長と目が合った。
部室の中を見渡せば、歓迎会のままの席に座っている先輩達。
さんの真正面には幸村部長が座っていて。
幸村部長のその目は、俺からそれて、さんを見てた。
その目は強い意思を持った芯の通った目。
「・・・・俺たちが事故を知ったのはすぐだった。赤也が幸村に連絡して、幸村が俺たちに連絡してきた。」
「私たちは彼女と丸井君が付き合っていたことを知っていました。事故を知ったとき、彼の心痛が気になりました。」
ジャッカル先輩の声がしたかと思うと、続いて柳生先輩が話に加わった。
2人ともさんを見てた。
さんは今も拳を握り締め、うつむいたまま。
俺は、何かさんにかけてあげられる言葉を探したけど、見つからなかった。
「次の日。朝からの部活に姿を現した丸井は、いつもと変わらない笑顔だった。」
「・・・え・・がお・・・」
「なにも変わってなかった。いつもと同じ明るい丸井のままだったんだ。」
下をむいたままジャッカル先輩に問いかけるさん。
・ ・・・ブン太さんは、笑ってた。
笑ったんだ、あの人は。いつものように。
あの事故のあと空を仰いでいた空虚な瞳はどこにもなかった。
泣きそうなあの表情は、どこにも・・・。
「事故の、話をしようとしても、ブン太さんは話をそらした、はぐらかした。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「自分から事故の話をすることもなかった。」
さん、今どんな顔してるの?
うつむいたこの人を見る。
柳先輩に言われたことが頭をよぎった。
‘説明不足’。
・ ・・・全てを話していいのかわからなかった。
でも、俺でよければいろいろ教えるってさんに言ったから
その約束だけは破りたくなかった。
だから、元カノだって、それだけを話したんだ。
自分と同じ名前の人が本当は死んでて、その人はブン太さんの好きだった人で。
うつむくさんを見て、ただ思う。
この人は、ブン太さんのことが・・・・・。
「俺は無理やりにでも丸井から話を聞こうとした。二年の春とはいえ、丸井は3年になったとき。必ずテニス部の主戦力になる奴だったからな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前は大丈夫なのかと、そう聞いただけだった。」
柳先輩の落ち着いた声は部室の中でよく響いた。
それは、俺自身もはじめて聞く話。
柳先輩の顔を急いで見れば、いつもと変わらず目は閉じているので
何を見ているのかはいまいちわからなかったけど。
きっと柳先輩もずっとさんを見ていた。
「・・・・泣いてあいつが戻ってくるわけじゃねえし。・・・俺が悔やんでどうにかなるわけじゃない。」
それがブン太さんの答え。
ふと幸村部長に視線を送った柳先輩を期に
今の部室中の視線は、幸村部長にあった。
うつむくさんを除いて。
・ ・・俺たちレギュラーの誰もが答えを欲しがってた。
幸村部長の口から。
話してくれるまで、誰も聞くことを許されなかったこと。
その声が、静かに部室に響く。
「・・・バカはバカなりに必死で、たった一晩で、夜に隠れて考えたんだと思う。心に整理をつけたんだと思う。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「。丸井はね、彼女を忘れようとしたんだ。俺たちにも気を使わせないために。・・・気遣って欲しくなんか、なかっただけかもしれないけど。」
俺たちは幸村部長を見ていた。
幸村部長はその視線のどれとも合わせることはせず、さんを見ていた。
「彼女を忘れた丸井はいつも通りの丸井。明るくて、前向きなテニス。あいつは以前よりもずっとテニスにのめり込んで練習するようになった。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「丸井の技術はみるみるあがったよ。俺たちの主戦力にふさわしいほどに。」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、日が経つにつれ、丸井の様子がおかしくなっていった。」
今でも、覚えてる。
一年前のあの日から。
ブン太さんはいつも通りどころか、前よりずっと明るくなっていた。
目を見張るほどのテニスの進歩。
妙技には磨きがかかり。
でも、ある日。俺が打ったボールを思いっきり空振りしたんだ。
「・・・・ブン太さん?」
「・・・あーっ・・・ははっ悪ぃ!力んじまった!!」
そのとき知ったんだ。
その日の夕日は真っ赤で。
ブン太さんがあの日を思い出していたこと。
空回り始める明るさ。ひきつる笑顔。
忘れたと思っていた。ブン太さんはもう平気なんだって。
でも、そんなの間違いだった。
「丸井は忘れてた。忘れたフリをしていた。彼女のことを。でも今も彼女はいるんだ。丸井の中に。」
それでもブン太さんは明るく振舞い続けた。
俺はそれに付き合うしかなかった。
一緒に忘れたフリをするしかなかった。
「。・・・君が、証拠。」
幸村部長の言葉に、
「忘れてるなんて嘘だった。そんなことわかりきっていた。」
さんが、少しずつ顔をあげる。
「俺たちの代にはテニス部の全国三連覇がかかっていた。誰にも負けは許されない。」
「・・幸村・・・くん・・・・」
「まして、自分に負けてしまうような奴は必要ない。俺はその可能性を丸井に見るようになっていた。」
「自分に・・負ける・・・・・?」
「忘れたフリをして、それで丸井が強くなるならいい。でも、それが逆を丸井にもたらすとしたら?」
さんが顔をあげていた。
幸村部長と目を合わせている。
さんの表情は困惑して、必死で幸村部長の意図を探ろうとしていた。
「だが・・・・去年の冬に俺は倒れてしまった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「丸井のことより自分のことでいっぱいになってしまった。」
かすかに目を伏せて、幸村部長の声がとまる。
沈黙の中、
再びその声を待っていた。
レギュラーの誰もが。さんが。
幸村部長の本心を聞きたがっていた。
ねえ、さん。初めてさんが自己紹介したとき
俺たちだってとまどったんだ。
「・・・・君に初めて会ったとき、その名前を聞いたとき。俺は丸井を試そうと決めた。」
「・・・・・・・・・・・・」
「は少しだけ似てる。丸井の彼女に。」
「・・・あたし・・が・・・・・・?」
「俺たちが勝つために。そのために。」
伏せていた目が真っ直ぐに正面を向いた。
幸村部長が真っ直ぐにさんを見た。
「俺は、君を利用したんだ、。」
その名前を聞いたとき。
俺の頭をよぎったのはあの日のブン太さん。
幸村部長が何を考えて(企んで)‘’をマネージャーに選んだのか。
あの時俺にできたのは、できるだけ明るい声をだすことだけだった。
レギュラーの先輩達はみんな俺に便乗してくれた。
ブン太さんを除いて・・・。
ただ、様子を見るしかなかった。
ブン太さんはいつもと変わらない。
さんに接する態度以外は。
さんは、ちょっと抜けてるけど、明るくて、しっかりしてて。
・ ・・・でも、きっと俺たちはそんなこの人を、傷つけることになるんだろうなって思ってた。
さんはどんなに冷たくされてもブン太さんを見てたから。
初めてあの笑顔を見たときから俺はさんを見てたから。
そんなことわかりきっていた。
「・・・・・どう・・・して・・・・・」
さんが幸村部長を見てた。
俺はそんなさんの隣で、その目にこらえてる涙を見ていた。
さんの目は泣きそうだったけど、それでも確かな強さを携えていた。
「どうして丸井君は・・・・・あたしを嫌っていたの?」
・ ・・・嫌ってたんじゃない。
そうか。さんはそんな風に感じてたのか。
先輩達はみんなさんを見た。
俺はさんの震える手に気付いて。
・ ・・・何もかもが許せなくなった。
「ブン太さんは、さんを嫌ってたんじゃないっすよ」
「赤也・・・・」
「・・・・遠ざけたいんだよ、自分から。」
忘れたフリを続けるために。
「・・・あの人・・・バカだから」
「・・・・・・・・・・・・」
「名前ずっと呼んでて・・・聞こえてなかったんだ・・・・・・」
息も絶え絶えのその人がブン太さんを想う最大級の言葉。
「・・幸せにってあの人・・言ってたのに・・・・・」
「赤っ・・・・・・・」
ブン太さんは、バカだ。
忘れるフリをして。忘れたフリをしてみせて。
からまわった明るさを見せて、必死な笑顔見せて。
あんたはそれで、幸せなの?
ねえ、聞いてなかったんでしょ?
あの人言ってたのに。あの人、言ってたのに。
赤が、絡まる。
「・・・・・でも・・・初めて会ったとき」
「え?」
「・・・丸井くん・・・・ちゃんと笑ってたよ」
「さん・・・・・・・・」
部室の中は静かだった。
さんは隣に座る俺に目を向けていた。
ちゃんと、笑ってた?
他の先輩達がそれぞれ目を合わせているだろうことが予想できた。
さんの目は困惑していた。
けれど、確かに芯の強い目。
こんな話、今まで黙っていて、幸村部長からは利用していたとまで言われたのに。
「さん・・・黙っててすみませんでした!!」
「え・・・・」
「でも今日の歓迎会は嘘じゃないから・・・だから今までどおりこれからもマネージャー続けてください!!」
「赤也・・・・・・」
俺は勢いよくその場で頭を下げた。
・ ・・・・必要なんだ。きっと必要なんだ。
さんが。
ブン太さんが本当に心から笑えていたというなら、
俺たちにはさんが必要なんだ。
「・・・俺からも頼むよ、」
「俺からも。」
「ああ・・・頼む、」
「幸村君、柳君、真田君・・・・・・・」
「・・俺も、マネージャーはがよか。」
「私もです。」
「俺も。」
「仁王くん、柳生君、桑原君・・・・・」
「お願いします!さん!!」
乾杯、思い出して。
‘俺たちの新しいマネージャーに。’
何一つ嘘はついてない。
必要なんだ。俺たちには、さんが。
ちょっと抜けてるけど、明るくて、しっかりしてて。
でも、俺にとっても、さんはなくちゃならない。
あの笑顔、いつも見てたい。
これから、何が起きたって。
「みっみんながそう言ってくれるなら・・・・・・」
「(!!)マジ?さん!!」
「うっ・・・うん・・・・・」
さんが自分の両手を組んで握りしめていた。
・ ・・・震えてる。
それはきっと、今一気に話された内容を必死に頭の中で整理しているからで。
これからの部活が不安になってきたからで。
ブン太さんと・・・どう接していけばいいか。
必死になって考えていたからなんだと思う。
「・・・。ごめん」
「幸村くん・・・・・・・・」
「でも君なら立派に俺たちのマネージャーになってくれると思った。それも俺の本心だよ。」
「どうして・・・・そんなこと・・・・・」
「ふふ・・・・・勘だよ。直感。」
幸村部長は人差し指をこめかみ辺りに当てながら
いつもの含み笑い。
直感・・・って・・・・・。いつも思うけど本当に何を考えているかわからない人だ。
「さあ、お開きにしようか。今日はを疲れさせてしまっただろうから。」
「かっ片付け・・・・・」
「いいよ、。俺たちがやっておくから。今日は帰ってくれていいよ、君の歓迎会のつもりだったんだから。」
「でっでも・・・・・」
「さて、誰に送ってもらいたい?お勧めは俺だけど。」
なんというか。
本当に何を考えてるかよくわからない俺たちの部長だけど。
重かった空気を換えてくれるのは、この人が俺たちの中で絶対的な存在だからで。
いつも思うけど、鶴の一声。
「ひっ1人で・・・・・」
「え?」
「・・・今日は・・・・1人で帰るね!」
「・・・・・・・・・・さん」
柳生先輩と柳先輩がその言葉を聞いて机の上のお菓子の空き袋を片付け始めた。
ジャッカル先輩と真田先輩もそれに加わって、
俺と幸村部長と仁王先輩は、
そう言って席から立ち上がったさんを見ていた。
「今日は・・ありがとう・・・うれしかった!!」
「・・気をつけて、帰るんだよ?」
「うん!」
「。」
「ん?」
「俺が言ったこと、覚えてる?」
仁王先輩のその発言にちょっと動きがとまったさん。
俺と幸村部長はさんの次の行動を待っていて。
仁王先輩が言ったこと?
変なことじゃなければいい。そればかりが頭を回った。
「・・・笑いんしゃい、だね?」
「そう」
そうしてさんはそっと笑った。
微笑んだの方が正しいだろうか。
そっと微笑まれて、俺は心臓がとまるかと思った。
だって、さんは普通にかわいい。
さんが部室の中にいる全員に向けてペコっと頭を下げた。
さんが部室のドアノブに手をかける姿をレギュラー全員で見て、その姿を見送った。
「っ・・・・・さん!!また明日ー!!」
さんが手を振り返す。
1人で帰る、その言葉に誰も反対できなかった。
・ ・・・・俺たちは酷い。
俺たちは酷いから。
きっと、傷つけたに違いないんだ。
さんは理由もわからず、今までブン太さんに嫌われていたと思っていたんだから。
俺たちが傷つけた。
見送るその背中が見えなくなるまで、
俺たちは部室の開けられたままのドアの前で、立ち尽くしたままだった。
「・・もう、いいっすよね。」
「赤也?」
大方机の上は綺麗になり、壁につけられていた飾りははずされて
部室はもとに戻りつつあった。
夜が空を覆った中で、部室で俺の呟きを聞き取ってくれたのはジャッカル先輩だった。
レギュラーの先輩達は1人も帰らずまだこの場にいた。
・ ・・・ブン太さん以外。
「もう・・・・ブン太さんは十分想いましたよね?」
「赤也・・・・」
「だって、もう一年っすよ?なんでまだ縛られなきゃいけないんすか?」
俺は閉じられた部室のドアの前に立っていた。
視線は部室の床。
レギュラーの先輩達の視線を感じながら、
言いたいことだけを声にしていた。
・ ・・・さんを傷つけた自分が許せなくて。
誰かに、許して欲しかった。
「なんで・・・まだ・・・・・・」
春がまた巡ってきた。
あの事故のあった春に。
気持ちに大きさがあって量が測れるなら
ブン太さんの想いの丈はどれくらい?
きっと、計りきれない。
「心を使ったら、何かに想いを馳せたら、減って、いつか空っぽになってしまえばいいのにな」
「仁王先輩・・・・・・・・」
「そしたら、誰もいつまでも苦しんだりせんのに」
自分の想いに縛られて。
責念にかられて。
罪の意識をもてあまして。
全部、いつかは絶えて。そしたら。
「消耗品の心か・・・相変わらずの発想だね、仁王。」
「・・・なあ、赤也。そしたら今、お前さんも俺もどんなに楽でいるんじゃろ。」
「・・・・・(・・・それができないから)」
誰もが、苦しむ。
仁王先輩はロッカーに体をあずけてもたれ。
瞳を少し伏せて、口角をあげて笑っていた。
それは自嘲にも似た笑みなのか。
仁王先輩もまた俺と同じくさんを傷つけたこと。
誰かに、許して欲しいんだろうか。
「綺麗だと・・・・想ったんすよ」
真っ赤な真っ赤な太陽の下で
赤く染まっていくその人を
ブン太さんはずっと抱き締めてた。
赤い髪が風に揺れて
その人の肩に顔をうずめて。
その場に立ちすくむ俺には、
2人のその姿が、とても綺麗に思えて。
瞼を閉じれば浮かぶ、強く強く焼きついた赤に。
ただの傍観者だった俺がこれだけ強く残ってるのに。
ブン太さんは・・・ブン太さんは。
どれほどの想いを抱えているというのか。
赤が、絡まる。
「・・・心は消耗品じゃない。塗りつぶすこともやり直すことも叶わない。」
「幸村部長・・・・・」
「でも、新しい想いを生み出すことはできる。どんなに苦しくても、悲しくても。」
綺麗だと想った。
絡まる赤が、きれいで。
どこまでもどこまでも悲しいばかり。
悲しいばかり。
「赤也。丸井はね、迷子なんだよ。」
「・・・迷子・・・・」
「そう。・・・・本当は誰かを探してるんだ。道を示してくれる人を。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
真っ赤な真っ赤な太陽の下で
赤く染まっていくその人を
ブン太さんはずっと抱き締めてた。
赤い髪が風に揺れて
その人の肩に顔をうずめて。
その場に立ちすくむ俺には、
2人のその姿が、とても綺麗に思えて。
綺麗で、悲しくて。
ねえ、さん。
あなたならきっと出来ると想うんだ。
ブン太さんが笑いかけたさんなら。
ねえ、さん。
赤が絡まったあの日から、ずっと。
あの鮮やかな赤の中で
ブン太さんは、溺れたまま。
あの鮮やかな赤の中で。
今も、ずっと、溺れたまま。
End.