「俺は丸井ブン太!テニス部の練習見に来るんだったら俺の天才的妙技見せてやるぜぃ、転校生!!」















あなたが私の心に残してくれたのは




鮮やかな赤い髪と、




底抜けの明るさだった。





























『8分前の太陽12』

































朝の春の空に両腕をのばす。



コートに立ってあたしは思い切り背伸びをした。



そよそよと吹く風が、とりつけられたネットを揺らして



あたしの髪も揺らしていた。



コートに聞こえてきた足音に元気いっぱいに振り返る。





「おはよう!!赤也、柳生君!!」


「おっおはようございます!!さん!!」


「・・・おはようございます。」





目を見開いて驚く2人の姿がそこにはあった。



あたしは明るい声を出し、2人の姿を見て笑う。





「もう部活の準備できてるよ。早く着替えてこないと真田君に怒られちゃうよ?2人とも。」





柳生君と赤也はお互い顔を合わせて、



それからもう一度あたしを見た。



赤也が、突然いつもの悪戯っぽい笑顔を見せてくれると、二人は部室の中に入っていった。



早朝に次に次にやってくるテニス部レギュラー陣。



みんなに「おはよう」と明るく言えばさっきの赤也や柳生君に似た反応が返ってくる。



目を見開いて驚き、あたしを見る。



そのあとは笑顔を見せてくれる。



柳君と真田君がやってきて、そのあと桑原君が来た。



そして、桑原君より少し遅れて丸井君が。



コートに姿を見せた。






「おはよう!!丸井君!!」


「・・・・・・・・・・・」






いつものように、丸井くんはあたしの隣を何も聞こえなかったかのように通り過ぎる。



背中のほうで部室のドアが開けられ、閉められた音がした。




(・・・・・・・・・・・・・・・)




やっと、一本の線が見えていた。



昨日部室でレギュラーたちが話してくれた丸井君の真実。



わからなかったことが次々に本当の姿を見せ始めていてくれた。



・ ・・・でも。



本当のことを知っても、私にはできることがない。



いつのように振舞うことぐらいしか、マネージャーの仕事をがんばることしか。



私にできることはなかった。



‘俺たちの新しいマネージャーに。’



そう言ってみんなはあたしをこのテニス部に迎えてくれた。



昨日初めて、部員の1人になれた気がした。





「俺は、君を利用したんだ、。」





幸村君の言葉にあたしは動揺して。



でも幸村君の目はとても真っ直ぐだった。



真っ直ぐにあたしを見ていた。その先を見ていた。



恨むことなんて出来なかった。怒ったり、疎んだり。



そんなことできるはずもなかった。



あたしはテニス部に入ったおかげでこうしてみんなに会えた。



だから、不安だったはずの転入生としての生活が、こんなにも楽しくなってる。



・・・・辛いことももちろんあるけど。



怒ったりできない。



あたしはテニス部に入れたことを後悔していないから。



幸村君に感謝していたから。



・・・・でも。




(でも。)




一つだけ。










「・・・あ。おはよう、仁王くん!!」









緑のコートにレギュラーの中で最後に現れた仁王君。



春の風が彼の銀髪をなびかせていた。



仁王君も他のみんなと同様。



あたしの姿を見ると足を止め、目を見開いて驚いているようだった。



しばらくすると足を進め。



あたしの近くまで来ると、その手であたしの頭をなでた。



あたしより背の高い彼を見上げれば、そこには優しい笑顔があった。





「おはようさん、。笑ってくれて安心したとよ。」





さらさらと揺れる銀髪は太陽に透けてきれいだった。



・ ・・・・みんな、心配してくれたのかな。



昨日の話を聞いて、あたしが落ち込んでるんじゃないかとか。



だから今日始めて会った時、あんな風に驚いて見えたのか。



あたしが思っていたより、平気そうだったから。



考え事をしようとするときうつむくのはあたしのくせで。



気付けば仁王君はずっとあたしの頭を撫でていた。





「にっ仁王くん!!もう他のみんなは着替えてるよ!急がないと。」


「くくっ・・・はいはい。」





仁王くんの颯爽とした後姿が部室に消えていった。



撫でられた頭に自分の手で触れる。




‘笑ってくれて安心したとよ’




笑って、くれて・・・・・。



(・・・・・・安心した。)



みんなが、笑い返してくれて。



よかった。



みんなは、笑ってくれた。



・ ・・・丸井君以外。







「今日はリターン練習からだ!!」







昨日の部室の中は重たい空気で満ちていた。



あたしは苦しかった。話を聞くだけで苦しくなった。



レギュラーのみんなも苦しそうだった。



みんなが話してくれる言葉。



その表情。



辛いのは私だけじゃなかったはず。



みんな、いろんな想いをしていて、考えていて。



丸井君が彼女を亡くしてから、



みんなが丸井君を心配して、彼のことを考えていたんだと思わされた。












「よし!!休憩!!」











真田君の力のこもった指示をきっかけに、あたしはドリンクとタオルを手にする。



それをレギュラーみんなに渡していく。





「お疲れ様、柳君。」


「ありがとう、。」


「はい。お疲れ様、真田君。」


「ああ。」





あたしにできることは何もなかった。





「はい、桑原君もお疲れ様。」


「サンキュー。」


「お疲れ様、柳生君。」


「ありがとうございます。」





ただ、あの日。



‘がんばります。’



幸村君に言ったあの言葉は嘘じゃないから。



だから、今私にできる精一杯のことを私はやるだけ。







「・・・・丸井くん!!はい、お疲れ様!!」


「・・・・・・・・・・」







丸井君はあたしの手からタオルだけ少し乱暴にとると、今日はそのまま水道に水を飲み行くことはせず、



ベンチに座って汗を拭いていた。



やっぱり飲んでもらえないあたしが作ったドリンクの入った水筒は



あたしの手に寂しく残る。



丸井君とは目もあうこともなく、



もちろんかける言葉など見つかるはずもなくて。



あたしはそのまま、まだドリンクとタオルを渡していない仁王くんと赤也の元へ向かった。



丸井君が、静かにあたしの背中を見ていたとも知らずに。










「お疲れ、赤也!はい!」


「ありがとうございます!」


「仁王君もお疲れ様!!」


「ありがとな、。」










明るい、声をだして。



選手に頑張れと言う為にも、お疲れ様と言うためにも。



自分が選手以上にがんばって。



みんなの役に立てるようにする。



昨日、1人の帰り道ででた結論だった。



それがあたしに出来ることだと思った。





「ねえ、さん。今日昼一緒に食いましょう?中庭でどうっすか?」


「うん!いいよ。」


「ちょお待ちんしゃい。赤也。と俺は一心同体。昼は俺が一緒。」


「(一心同体?!)にっ仁王くっ・・・・」


「えー!!いやっすよ!!俺さんと2人きりがいいし。」


「あっ・・・赤也?」


「ほう・・・先輩に逆らうか。えらくなったもんじゃな、赤也。」


「へっ!後輩相手にムキになるなんて大人げないっすよ?仁王せ・ん・ぱ・い。」





キャーという叫び声がギャラリーから聞こえ始めた。



まだ朝早くにも関わらず何時の間に出来上がったのか、女子たちのコートを取り巻くギャラリー。



赤也と仁王君の顔を至近距離にしての睨み合いが始まった。





「あのっ・・・2人とも?」





原因不明のにらみ合い。



何がどうしてこんな流れになったのか。



この場にいたのにわからない。



あたしは睨みあう二人にどうしていいかわからず、応援を求める。



後ろを振り向けば最初に目が合ったのは柳生君で。



彼はふーっと溜息をつくと、赤也と仁王くんの側までやってきてくれた。







「まあまあ、お2人供。落ち着いてください。」


「(柳生君、なんて冷静な!そう言えば異名は紳士!!)」







そんな紳士の声さえ無視の仁王くんと赤也。



顔面の接近戦。にらみ合い。



こんな状況なら真田君の渇がすぐにでも飛んできそうだが、



今が休憩時間内だからだろうか。



それとも柳生君にこの場を任せているのだろうか、それがなかった。



あたしの目には仁王くんと赤也を見る柳生君の横顔が映り、



あたしの耳には、再び柳生君のふーっという溜息が届いた。





「昼ならみんなで食べればいいではないですか。そうですよね?。」


「え?あっ・・・うっうん!!」





あれ?・・・・みんな?



あたしが柳生君に返事をした途端、仁王くんと赤也がほぼ同時にこちらを向いた。





「・・・赤也。今回は柳生の1人勝ちじゃ。」


「・・・・・・ちゃっかりしてますよね、柳生先輩も。紳士から詐欺師の相方に名前変更したらどうっすか?」


「そんな風に呼ばれるくらいなら、仁王君とのペアはなくなりますね。」


「こら、赤也。俺と柳生が破局してしまうじゃろ。余計なことは言わんでよか。」


「はいはい。」





目の前でどんどんと解決していく出来事にあたしはただこの場に立っているだけだった。





「じゃあ今日の昼は中庭集合。いいな?赤也。仁王。」





あたしの背後から綺麗にまとめに入った柳君の声。



振り向けば柳君はいつもどおり目を閉じたまま、腕を組んでこちらを見ていた。



仁王くんと赤也。2人とも黙っているということは承諾したことになるのかな。



よくわからなかったけど、一瞬のうちにレギュラーのみんなとお昼を一緒にすることになったみたいだった。





「・・・・・・・・」


「・・・・赤也?」





仁王君が赤也の名前を呼んだので、あたしは視線を赤也と仁王君に戻した。























「ブン太さん!!」


「(・・・赤也っ・・・)」


「ブン太さんは?みんなで食いましょうよ、昼!!さんと!!」
































すぐそこにあるベンチに1人腰をかけていた丸井君。



赤也は彼に向かって呼びかけるかのように話しかける。



仁王くんは丸井君に視線を移し、あたしもまた丸井くんを見た。



きっとレギュラーの誰もが丸井君を見ていた。



一瞬だったけどあたしは丸井君と目が合った。






「・・・どっかの誰かさんがいたんじゃ行かねえよ。」






丸井君はタオルを頭からかぶって、その表情を隠してしまった。



・・・・・・どっかの、誰かさん



あたしが理由。



丸井君はあたしを理由に赤也の誘いを断った。



ちょうどそのとき、休憩時間が終わったことを真田君が気合の入った声で伝え、



みんながそれぞれコートの中心へと戻っていく。






「・・・・・。」


「ん?」


「大丈夫?」


「・・・うん!」






仁王くんはあたしにそう声をかけてからみんなの後を追っていった。





明るい、声をだして。





あたしは、みんなが飲んだドリンクとおいていったタオルを片付け始める。



選手に頑張れと言う為にも、お疲れ様と言うためにも。



自分が選手以上にがんばって。



みんなの役に立てるようにする。



昨日、1人の帰り道ででた結論だった。



それがあたしに出来ることだと思った。







































































































あたしにできることなんてなかった。










































































































































朝の部活が終わり、授業が始まる。



黒板に書かれていく文字を目で追い、ノートに写す。



柳君から借りていたノートを授業中に見ることは少なくなった。



ルールを覚え始め、スコアも今朝はまともにつけられた。



今朝の片付けもいつもよりあせることなく終わらせることが出来た。



今なら、考えられる。



今なら、わかる。






「・・・一年前、別れたんすよ。・・・・・ブン太さんは、一方的にさよならを言われて」






赤也のあの言葉も。



初めて自己紹介をしたときのみんなの動揺も。



あの時、丸井君のあたしを睨んだ目が



ただ怖いんじゃなくて、なんだかとても。








・ ・・とても悲しそうで、寂しそうに見えたことも。












この名前がすべての原因。



あたしと同じ名前の丸井君の彼女は一年前に死んでしまっていて。





「・・・・・・」





昨日、みんなが話してくれてやっとわかった。



でもきっと、丸井君は知らない。



あたしが真実を知ったこと。



彼だけが知らないはずだ。




(・・・・このまま。)




このままあたしは何も知らないフリを続けていればいいのだろうか。



今朝の部活、始まりも終わりも丸井君の態度はいつもと変わらない。



でも、あたしは知ってしまった。





「ブン太さんは、さんを嫌ってたんじゃないっすよ」


「赤也・・・・」


「・・・・遠ざけたいんだよ、自分から。」






知って、しまった。





「・・・・・・・」





ふと授業中の隣の席を見る。



空いている、幸村君の席。



今日も彼が病院にいて、学校に来ていない証。



幸村君はあたしを利用していたと言った。



あたしはそれを、怒ったりできない。



あたしはテニス部に入れたことを後悔していないから。



幸村君に感謝していたから。



・・・・でも。




(でも。)




一つだけ。



たった、一つだけ。



あたしは何も出来ないけど。



どうしても気がかりなことがある。



たった一つだけ。



初めて、学校の裏庭で。



満開の桜に埋もれたあの場所で丸井君に会った。



鮮やかな赤い髪と、その髪に似て明るい彼は、あたしの不安だった心を晴らしてくれた。



笑ってくれた、笑わせてくれた。



今もそう。以前と同じ。






あたしは丸井君に笑って欲しいと願う。






それは何があっても変わらない。



あの初めて会った彼こそが本当の丸井くんだと信じて疑わなかった。



疑いようもなかった。



でも、丸井君はあまり笑わない。とくにコートの上。











あたしの、せいで。











あたしは。




(・・・・あたしは。)




何も知らないということで彼を傷つけていたかもしれなかった。



笑って欲しいと願うばかりで。



丸井君の笑顔を奪ったのが自分なんて知りもせず。



あたしには、何もできないけど。



それでも。




(ずっと、)




昨日からずっと。











<キーンコーン・・・>











昼休み前の、最後の授業の終わりを告げるチャイムだった。



机に教科書類をしまい、かばんからお弁当を取り出した。



朝約束した、みんなで昼食。



集合場所は中庭。



今日は朝から空が晴れていた。雲ひとつない空。



外でご飯を食べるにはもってこいの天気。



席が窓際のあたしは、なんとなく窓の外を眺め、空の様子を確認していた。






(・・・・・・・あ。)






あたしのクラスがある教室棟とは別の教室棟。



その屋上に。



春風にそよぐ、赤い髪が見えた。

















「・・・・・っ・・・・(あたしには、)」















あたしには、何も出来ないけど。








「次の日。朝からの部活に姿を現した丸井は、いつもと変わらない笑顔だった。」





「事故の、話をしようとしても、ブン太さんは話をそらした、はぐらかした。」





「・・・・泣いてあいつが戻ってくるわけじゃねえし。・・・俺が悔やんでどうにかなるわけじゃない。」





「丸井は忘れてた。忘れたフリをしていた。彼女のことを。でも今も彼女はいるんだ。丸井の中に。」










できることなんて、ないけれど。
















































































































































知らないところで、あなたを傷つけていたなら。






































































































































































































息切れで、喉が渇いていた。



肩が上下して、苦しかった。



夢中だった。片手には、お弁当箱を持ったままで。



この扉の向こうに、あなたがいるはず。



笑って欲しいと願うばかりで。



丸井君の笑顔を奪ったのが自分なんて知りもせず。



でもね、知らないフリなんて。







<ガチャッ>







屋上に続くドアをあたしは開けた。



温かい空気。



晴れ渡った空。



赤い髪の彼は、丸井君は、あたしに気付いた。



屋上の真ん中あたりで、屋上を囲む手すりに体を預けていた丸井くん。



あたしは一度息を大きく吐くと、丸井君に向かって歩き始めた。



屋上には他の人の姿はない。



丸井君は、しばらくあたしを見ていたかと思うと、



あたしが入ってきたのとは、



逆方向にある校舎へ続くドアに向かって、歩き始めた。



あたしは走ってその姿を追う。






「っ・・・待って!丸井くん!!」






あたしの声に彼が足を止めることはない。






「待ってっ・・・!お願い!!」






知らないフリなんて、できなかった。



したくもなかった。



あたしは何も出来ないけど。



ただ、あなたに。



あなたに。



赤い髪が揺れる背中に向かってあたしは叫ぶ。











!!」


「?!」


「・・・はっ・・・はあ・・・・・丸井君の、大切な人・・・」










息切れがとまらない。



丸井君の足が止まっていた。



あたしに背を向けたまま。



あたしは、丸井君に近づこうと、足を進める。



少しずつ、少しずつ。









「・・・・から・・・・」


「丸井君?」


「いつから・・・・・・」









春の風が、屋上を吹き渡る。



白い蝶が、風に乗ってきたかのように屋上に現れた。




























































「いつから、知ってたんだよ。あいつのこと。」












































































それは自嘲にも似た笑み。



振り向いた丸井君の表情に、あたしの足はその場にとまり。






「・・・全部、聞いたのは昨日・・・・。」


「幸村か?」


「丸井くん・・・・」


「・・・レギュラー全員、か。」






白い蝶があたしの横を通りすぎ、丸井君の周りを飛ぶ。



丸井君は瞼を少し伏せ、その視線は、どこを見ているのかわからなかった。



あたしの足は、進むことがかなわない。



丸井君に近づくことができない。






「(・・・・あたしは。)」


「・・・・で?」


「・・・・・・・・・」


「俺に文句でも言いに来た?」


「・・・丸井くっ・・・・」


「そんな理由でお前を邪険に扱ってきたのかって?」






名前が、同じ。



ただ、それだけ。



そのことが、どれだけあなたを傷つけたのだろう。



どれだけあなたに。







「・・・・・丸井君。」







悲しい想いを思い出させたのだろう。





















































































「・・・ごめんなさい・・・・・」

































































































「・・・・なんで、お前が。」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・なんでお前が、泣くんだよ・・・。」






なんで。







「ごめんなさっ・・・・・」







かすれるような、声にならないような声で。



そいつはその場で屋上の床に座り込んだ。



力なく。その目から雫を零しながら。







「ごめんなさいっ・・・・」


「・・・・・・・」


「ごめんなさい」







なんで。







「ごめん、・・・・」


「・・・・」


「ごめんなさい・・・・・」






なんで。






「・・・・なんでお前が、謝んの?」






俺の声も、消えそうだ。



かすれて、消えそうだ。



泣いてるわけでもないのに。













「だって・・・・だって丸井くん、辛かったでしょう?・・・あたしの名前。聞くたびに・・・」













目を見開いた俺がそこにいた。



こいつが泣くのは罪悪感?



俺に同情?



それとも、ただ自分を責めているだけなのか。









「・・・・・ちが・・・うだろぃ・・・」









俺の声がかすれていた。



かすれて、消えそうだ。



・・・・違うだろぃ。



お前は何を俺に謝ってんだよ。



お前俺に何かした?・・・・・・酷い態度をとってきたのは俺のほう。




「・・・・別にブン太さんのことだし何も言うつもりなかったけど。でもさんを傷つけるようなことはやめてくれません?」




(・・・・・・・)




「くだらない理由でさんに悲しい顔なんかさせんなよ」




(・・・わかってる。)




さん、一生懸命じゃないっすか!!」




(・・・知ってる。)





「それはこっちのセリフ。は俺たちのマネージャー。」


「・・・ブン太さん。知らないなんて言わせないっすよ」





(・・・・・・わかってんだよ、そんなこと)




俺だって。



こいつを傷つけることが間違ってるってことくらい。



ただこいつが、と同じ名前で。



・・・・わかんねぇんだよ、俺にも。



でも、理不尽なのは俺で。



謝るのは俺のほうだってそれくらいわかってる。



俺の周りを飛んでいた白い蝶が、遠くの空に飛んでいった。





「あー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う。・・・違ぇんだよ。」


「・・っ・・・・」


「・・・・泣くなよ。悪いのは俺だろぃ?」





わかんねぇんだよ、俺にも。



俺は歩を進めて、屋上に座り込むこいつの目の前まで来た。



目線を同じにするためにしゃがむ。



その目に溜まる涙。





「・・・・悪かったな。」


「(!)丸井くっ・・・・」


「泣くなよ。仁王たちがお前のこと大事にしてんだよ。俺が叩かれるだろぃ?」





わかんねぇんだよ、俺にも。



なんで、こんな風に。



こんなに泣かせるくらい酷く接してきたのか。



・ ・・わかんねぇんだよ、俺にも。



・ ・・でも。









こいつに、笑顔が似合うのは知っていた。









初めて会ってそれを見たときから。






















「・・・・・・おい。」


「(ずずっ)・・・はい」


「これ、弁当?」


「そう・・・・だけど」






あたしは涙を拭い、鼻をすすった。



丸井君があたしが屋上に持ってきていたお弁当の袋を手にしていた。



丸井君はずっと表情を変えることはなかった。



でも、さっきの自嘲に似た笑みより、表情は柔らかくなっていて。





「・・・・中庭集合。」


「あ。」


「忘れてたんじゃねえだろぃ?」


「・・まっ・・丸井君がここにいるのが見えて・・それで・・・・。」





ただ、謝りたかったんだ。



そんな自己満足の感情。



でも、傷つけてしまって。笑顔を奪ってしまって。



あたしには、出来ることはなかったけど。



謝りたくて。



ただ、謝りたくて。



あたしがそうしてどうなるわけでもないけれど。





「・・・・早く行けよ。待ってるぜぃ?あいつら。」


「・・・・あの・・・・その・・・・」


「あ?」





その笑顔が見たいから。





「立てなくて・・・・・」


「は?」


「あっ足が震えて・・・」





知らないフリなんてできなかった。





「・・・お前。女子たちに呼び出されたときもそうだったろぃ?」


「なっ・・・・(丸井くんが助けてくれたときだよ)」


「間抜け。」


「ひどっ・・・・・」





瞬間。



あたしの体が宙に浮いた。











































「まっ丸井くっ・・・・」


「ほら、立てんじゃねえか。」





































































腰の辺りを持たれ、そのまま丸井君に持ち上げられたあたしは



屋上の床の上にそっと下ろされた。



丸井君と目が合い、心臓の音がうるさくて、恥ずかしくて。



耳を塞ぎたかった。





「走れよ?」


「え?」


「・・・・あいつら、待たせると怖ぇぜぃ?」





ふっと、丸井君が、笑う。





「・・っ・・・・・・」


「・・・なんだよ?急げって。」


「・・あの・・・・その・・・・・」


「あ?」





足が、震えていた。



拭ったはずの涙がまたあふれてきそうで。



それを我慢するので精一杯だった。



笑って、くれた。



笑ってくれた。






「・・・まさか歩けねえとか言うなよ?」


「・・・・・・・・・」


「・・・言わなくてもわかるけどな。」






春の風が、屋上に吹いた。



あたしの手よりも大きな手に、



あたしの手は引かれる。



あたしの足は、それでやっと動き出し。






「・・・・行くぜぃ?」






・ ・・・こんな。



どうして、こんなにうれしいことばかり。



涙が、我慢しているのに。



あふれてきそうで怖かった。














嫌われていたはずだった。












さけられていたはずだった。











私はあなたの大切だった人と同じ名前で。











あたしは。何も知らなくて。










怖がって、知ろうとすらしなくて。









きっと、傷つけていたに違いないのに。






































「ちょっと待て。泣きやめ、お前。俺が叩かれるってんだろぃ?」


「(ずずっ)ちょっ・・・待っ・・・」





温かいぬくもりに手を引かれ。



鮮やかな赤い髪はあたしより半歩先で揺れていた。



あたしはうれしくて。



それでも心はずっとごめんなさいと言い続けていた。










「あっやっと来た。さーん!!」


「・・・あれは・・・丸井君?」


「・・・・参謀。」


「・・・ああ。」










中庭にはみんながいた。レギュラーのみんな。



入院中の幸村君を除いて。



手を振る赤也も。柳生君も。仁王君も。柳君も。桑原君も。真田君も。








丸井君も。








また、なんだか涙があふれてきて。





「だから、泣くなって!!」


「・・ブン太さん!ブン太さんが泣かせたんすね!!」


「おわっ。石投げんな、赤也!!危ねえだろぃ!!」





繋いでいた手はいつの間にかほどけていた。



でも、あたしはただうれしかった。



昨日、辛そうな表情を見せたレギュラー陣が、



一緒に登場した丸井くんとあたしを、自然に、明るく迎えてくれたことが。



丸井君が笑ったことが。













































































































































彼の心の奥底なんて、知りもせずに。














































End.