「ブン太」



「・・・・・・・・・・」



「ねえ、ブン太!」






























あいつは、春が好きだと笑った。




































『8分前の太陽13』


































「おはよう!丸井くん!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」





朝から太陽が、高く高く、上っているように感じた。



まぶしくて思わず細めた目。



コートの上、レギュラーの誰よりも早く来ていたこいつ。



俺の目の前に立っていて



明るい声が俺に向かって飛んできた。





「・・・はよ」





心がどこか迷い、とまどっているのが自分でもわかった。



俺がこいつとまともに話をするようになったのは、昨日の昼。



今までおはよう、なんて言われても聞こえない



そんな素振りしか見せてこなかった。



でも。





「部活、がんばってね!!」





どんなにぎこちなくても、こいつは俺に笑って返した。



俺たちの新しいマネージャー。




(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)




俺はその言葉には少し笑って見せるだけで、そいつの隣を通り過ぎて部室へと入った。



部室のドアを開ければ、制服からジャージに着替え始めた赤也がいて、



他のレギュラーはまだ姿を見せていなかった。





「あっブン太さん!おはようございます!!早いっすね!!」


「・・・・おう。なんだよ。俺2番なのかよ。」


「俺が一番!!」


「あっそ。」


「うわっ。そっけねえー」





唯一つ、困るのは。



あいつが笑うとなぜか重なって見える。



・・・・あの日の、いろんなものがフラッシュバックして。



あの日。赤く染まっていく、あいつが。



あの事故が。





「・・・・ブン太さん?」


「・・・・・・・・・・・あ?」


「大丈夫っすか?ぼーっとしてましたけど。」


「してねえよ。ぼーっとしてんのはお前の頭だろぃ!!」


「してないっすよ!!」






赤也が頬を膨らまして、俺に訴える。



・・・なんだそれ?かわいいとか思って欲しいわけじゃねえよな?






「・・・・・・・・ブン太さんのバーカ!!お先ー!!」


「はあ?てめっこら!!赤也!!」






<バタンっ>






赤也は着替え終わると、俺にそう言って舌をだしながら部室から出て行った。



(・・・・ぜってーあとでしめてやる。)



誰もいなくなった部室で着替えを終える俺。



・ ・・よくはわからなかった。



なぜかは知らないけど、昨日の昼に見た笑ってるレギュラーの、



あいつらの顔がいきなり浮かんで。



昨日俺は、そんなもの久しぶりに見た気がしていた。



(・・・・俺のせい、か。)



部活中いつもつっぱてた俺のせいで



他のレギュラーがぴりぴりしていたのは知っていた。






「・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・」






何やってたんだ、俺は。



本当に。




<ガチャっ>




「おはようございます、丸井くん。」


「おはよーさん、丸井。」


「おう。」





部室に入ってきた柳生と仁王。



笑って俺に声をかけてきた。



(なんで。)



あんなに、俺は。






















































































「休憩!!」





朝の部活。真田のいつもの号令がかかった。



一番奥のコートでジャッカルと打ち合ってた俺は、



レギュラーの中で、一番最後にみんなが集まるベンチに向かっていった。





「はい!お疲れ様、柳君。仁王くん。」


「ありがとう。」


もお疲れさん。」





あいつが次々にドリンクとタオルをレギュラー達に渡していた。



俺以外の全員にそれらを渡し終えると、



あいつが俺に向かって駆けて来た。



俺の前で止まると笑う。





「お疲れ様!丸井くん!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





差し出されたタオルとドリンク。



俺はそれを目にうつす。





「きっ昨日よりはいいと思うよ!」





突然の言葉に俺は顔をあげ、こいつの顔を見た。



俺の手がタオルと



それから、ドリンクの入った水分補給用の水筒に伸びる。



ドリンクの冷えた感触が手に伝わり、俺はそれを口に運ぶ。



・・・初めて、こいつが作ったドリンクに口をつけたのは昨日のことだった。


















「おっお疲れ様!丸井くん!!」
















昨日の放課後。



ぎこちないのはこいつのほうだった。



差し出されたタオルとドリンク。



俺はその両方を受け取った。



レギュラーの誰もがそれを見て、こっちを向いて笑っていたのを知っていたから、



俺は「なんだよ、見てんじゃねえよ。」そんな声をぼそっと言い放った。



目の前にいるこいつは



俺がドリンクを飲むのを待っているかのような目で。





「・・・(・・・飲むって。そんな見てんなって。)」





謝られて。



謝った。



ごめんと言われて、悪かったと言った。



今日、こいつと初めて会った日以来、初めてまともに話した。



喉を通った冷やされたドリンク。





「・・・・・・・・・・・・」


「どっどう?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・濃っ!!」





俺用に作られたドリンクは、初めて口にしたこいつの作ったそれは、



ものすごい濃さだった。



スポーツドリンクの味が喉にこびりつく。





「まっ丸井くんは甘党だって聞いてて・・・それでっ・・・・」


「甘いとかそういうゃ次元じゃねえよ、これ。濃い。」


「ごっごめん・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・(・・・・・・また、謝らせちまった。)」





次元とかは言いすぎだ、それは正直思った。



でもとりあえず濃かった。



なんか知らねえけど濃かった。



俺の感想に目の前のマネージャーは少し落ち込んでるようだった。





「あ。」





俺は水筒に残ったドリンクを一気に飲み干した。



やっぱり喉にこびりつくスポーツドリンク。



空になった水筒をそいつに渡して。





「・・・濃い。明日はまともに作れよな。」





そう言い放った俺。



そして今が、次の日の朝の部活中というわけだった。




















「・・・・・・・・・・・」



















再び手に持っている水分補給用の水筒。



昨日の放課後と同様ドリンクの冷たさが手に伝わってきていた。



口に含んだ水分。





「・・・・・お。」


「どっどう?」





他のレギュラー達は各々で雑談をしているようだった。



俺はドリンクの入った水筒をしばらく見つめる。





「・・・ちょうどいい。」


「本当に?!」


「・・・・・・・・・うまい。」


「よかった!!」





たかがドリンク一つで、



目の前のマネージャーは笑った。



こいつの笑顔をレギュラーの誰もが見て、



そしてまた、それを見たレギュラーの誰もが小さく笑っているのに俺は気付いていなかった。




「・・・・・・・・・・・・・」




唯一つ、困るのは。



こいつが笑うとなぜか重なって見える。



・・・・あの日の、いろんなものがフラッシュバックして。



あの日。赤く染まっていく、あいつが。



あの事故が。



笑わなくなったの姿が。












「今度からもがんばるね!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」











朝の部活が終わったとき。



いつもどおり、レギュラーの1人1人に向けて。



相変わらずこいつは言った。



「お疲れ様。」



相変わらずの笑顔で。



俺は、そんなマネージャーに「お疲れ」と小さく言って返した。






































































































































笑顔が似合うのは、知っていた。




































































































































































































「・・・・・はあ」





思わず漏れた溜息。



それはなんに対してだったのか。



朝の部活が終わってどうしても授業に真面目に出る気になれなかった俺は屋上にのぼって、



屋上を一周囲む手すりにもたれて、下を見ていた。



この屋上からは裏庭が見える。



あの桜に埋もれた裏庭が。




(・・・まだ満開かよ)




未だに咲き誇るその薄いピンクの群れ。



今年の春はゆっくりと暖かくなったから、



桜もそれにあわせてゆっくりと咲き始め、咲き続けていた。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






春はまだ終わりそうにない。






「ブン太」



「・・・・・・・・・・」



「ねえ、ブン太!」






あいつは。



あいつは、春が好きだった。



眼下の桜。



高く上り続ける太陽。



・ ・・・・8分前の、太陽。





「・・・・・・はあ・・・」





再びの溜息。



自然と口からこぼれていた。



温かい風が頬をなでた。



・・・・初めて、あいつがコートに来た日。
























































「今日転校してきたばかりです。といいます。これからよろしくお願いします!!」
















































それを聞いた途端。



俺の中にあるあいつの全部が頭を巡った。





(嘘・・・だろぃ?)





・・・・・・?



同じ、名前。



あいつと。(
「ブン太」



あいつと。(
「あっ見て見てブン太!」



あいつと。(
「だから恋人同士の手はね。想う相手を離さないようにあるんだって。」



あいつと。(
「離れないように、手を繋いで、抱きしめあって。」



と。




























































「ブン太、大好き。」































































































なんで・・・。なんでだ、幸村。



なんでわざわざこいつを。



あの時目を合わせた幸村は、かすかに俺に笑った。






「・・・へえ。・・・かわいいっすね!」


「え?」


先輩って呼んでもいいっすか?」


「あの・・・・・」


「俺、噂のエース切原赤也っす!赤也って呼んでくださいよ」






なんで。






「呼び捨てでいいっすよ!」


「赤也?」


「・・・・・・ずるいのう、赤也ばっかり。俺もって呼んでもよか?」






ふざけんな。






「仁王雅治じゃ。好きに呼んでくれてよかよ?よろしく、


「あっ・・・よろしく!」






呼ぶな。






「柳生です。これからよろしくお願いします。さん。」


「よろしく」






その名を呼ぶな。

















「・・・・・・・・あのっ・・・丸井くん・・・・」















あいつと同じ名前のそいつは、俺の名前を呼んだ。





「よっよろしく!」





・・・ふざけんな。ふざけんじゃねぇよ。



俺を、からかうためなのか?



幸村の笑顔が気に障る。



見えない魂胆。企み。



どうしようもなく苛立って。



一度そいつを無視すれば、



一度冷たくあしらえば、ひっこみもつかなくなった。



何を言われても何も聞こえないフリ。



ただそいつの隣を通り過ぎる。



幸村に何吹き込まれてるかは知らない。



・・・ふざけんな。近づくなよ。



同じ、名前。



なんのつもりでここにいる。



ふざけんな、ふざけんな。



何も知らないくせに。何もわからないくせに。何もできないくせに。

































でも、そいつはただ一生懸命だった。










































まじめで間抜けで。




(マネージャー・・・)




赤也が、ジャッカルが。



仁王が、柳生が、真田が、柳が。



次第にあいつを大切にし始めていた。



あいつらが誰かに心を許すなんてそんなこと滅多にないのに。



そいつは笑った。



まじめで、間抜けで。



俺はあいさつは返さないし、ドリンクだって飲まない。



なのにそいつは、あいさつをやめようとはしないし、ドリンクだって俺の分まで作っていた。



わかり始めていたはずだった。



こいつに悪意はない。俺をからかうつもりなんてない。



偶然、名前が同じだけだったかもしれない。



幸村がマネージャーに見込んだ奴が偶然・・・・・。



あいつと、同じ名前で。



わかり始めていたはずだった。



そんなに酷い態度をとる必要なんてないんじゃないのか。



名前が同じだけだ。・・・同じだけ。



あいつは、何もしてないのに。





























































































































気付いたら、泣かせてた。











































































































































気付けば伏せていた瞼。



目を開ければ8分前の太陽と眼下の桜。



春の風が頬をなで。





「・・・・・・・・・・・・」





どうして、泣かせてしまったのか。



わかり始めていたはずだったのに。



ただあいつは懸命だった。



転入生で、本当は部活以外に慣れなければならないことが、他にもたくさんあったはずなのに。








「ごめんなさい」







何を謝らせてしまったのか。



泣かせるほどに。



一体、何を。





「・・・・・・・・・・・」





ふいに吹いた風が、桜の花びらを屋上まで巻き上げる。



俺の目の前を通り過ぎ、舞う桜の花びら。



・ ・・・春は、まだ終わらない。










































































































































































結局、朝からそのまま教室にいくことなく屋上で過ごした俺。



気付けば放課後。



部活の時間が迫っていた。



屋上からコートに足を向けた俺。





「丸井?」


「・・・・・・・・・」


「丸井?ただでさえ賢く見えないんじゃ。間抜けな顔して呆けてたらダメじゃろ?」


「・・・誰がバカっぽい顔だと?」


「言ってない。そうは言ってない。」





まだ最後の授業が終わっていないはずの部室には、



俺より先に仁王がいた。



授業が自習でこの時間はずっと部室にいたらしい。



屋上でずっとぼーっとしていたせいか。



部室のドアをあけて入っても、はっきりしない意識の俺に、仁王が顔を覗き込んできた。





「きっとが慌てるとよ。レギュラーより後にコートに行くわけにはいかんじゃろ」


「何お前。騙す気満々じゃん。」


「くくっ・・・はかわいか。」


「・・・・ふーん。」





仁王はきっとあいつがコートに来ても、自分がなぜ早くコートにいるか、理由をしばらく言わないつもりだ。



しばらくあのマネージャーが困惑してからばらすつもりなんだろう。



軽く瞼を伏せて喉を鳴らして笑う仁王がやけに楽しそうだ。



俺は自分のロッカーを開けてジャージを出すと制服のネクタイをとって、着替え始める。






「・・・・・でも、すぐにばらすつもりじゃ。」


「・・・あ?」


「・・・を欺くには勇気がいるんじゃ。」


「・・・よく、わかんねえけど」






着替え終えてロッカーを閉めれば仁王が笑っていた。



自分のロッカーにもたれたまま。



それは滅多に見ないような笑み。



自嘲にも似た、苦笑い。何かを思い出しているような、せつない笑み。


















「・・・・え?嘘?!丸井くんと仁王くん・・・・なんで?!」
















こいつが来る前にネットを張り終えてしまった俺たち。



仁王の予想以上に慌てて見えたこいつ。



俺はボールをだして、仁王とは少し離れたところで打ち始めていた。



仁王のいるコートを見れば仁王があいつに何か言ってるところが見えた。



声は聞こえなかったけど、あいつの慌ててる様子を見れば、



仁王が詐欺に拍車をかけているのがわかった。






「(・・・・あ。ばらした。)」






仁王があいつの頭を撫で始め。



頭を撫でられながら、あいつは仁王を睨んでる。



・ ・・あいつに睨まれてもまったく怖くないだろうが。



「・・・を欺くには勇気がいるんじゃ。」



さっきの仁王の声が、俺の耳に聞こえていた。



しばらく見ていると、



あいつが笑う。





「・・・・・・・・・・」





何時にもまして、思い切り。



そんな笑顔、見たのは初めてで。



楽しそうに、おかしそうに。





(・・・・・なんだ?・・)





何が、あったのか。仁王は何を言ったのか。



胸のあたりが痛い。その割りに頭は妙にさえて、気分はいい。




(・・・・なんだ、これ。)




この感覚。





フラッシュバック。





あいつの。



笑わなくなったあいつの姿。



赤く染まるその姿。









「ブン太・・・・・」



「・・・っ・・・・・・」









あいつが笑う。



コートに立つ、マネージャーのあいつ。



胸のあたりが痛い。その割りに頭は妙にさえて、気分はいい。



いや、違う。



頭が痛い。胸のあたりはやけにすがすがしい。



・ ・・・・違う。



わからない。この感覚はなんだというのか。



どくん、どくん。



大きく聞こえ始めた鼓動。





(・・・なんだ、これ。)





一体、なんだというんだ。






「・・・・ブン太。」



「(・・・・・・・・・・・・)」































































































































「ブン太、大好き」






























































































































































































「・・・・・・くん?・・・・」


「・・・・・・・・・」


「丸井くん?」


「・・・・・・・・・・」


「丸井くん!」






その声にはっとさせられる。



気付けば俺はラケットを握ったまま、ベンチに座っていた。



きょろきょろと周りを見渡せば、



他のレギュラーたちはタオルで汗を拭き、ドリンクの入っている水筒を口にしていた。



それはいつもの休憩の様子と同じ。



視線を目の前に戻せば、マネージャーのこいつ。





「丸井くん、大丈夫?はい、ドリンクとタオル。」





どくん、どくん。



頭が痛い、胸が痛い。



・ ・・・いや、違う。



頭は妙にはっきりし、胸のあたりはすがすがしい。



・ ・・・・・わからない。



どくん、





(・・・・なんだ、これ。)





どくん。



自分の心音がやけに大きい。





「丸井くん?」


「・・・・・・・・・・・・・・うる・・・・せえ」


「え?」





頭に浮かぶのは、裏庭の桜ばかりだった。









































































































「俺に近づくんじゃねえよ。」







































































































































































自分の口から出た言葉にはっとする。



気付く。



目の前の、その傷ついた表情に。



昨日、泣かせたそいつの、傷ついた顔に。





「・・・ブン太さん?」


「丸井・・・・」


「っ・・・・ちっ・・・・・」


「丸井くん!!」





側にいて、俺の言葉を聞いていた赤也と仁王が俺を呼んだ。



俺はマネージャーのそいつの手から、タオルとドリンクの入った水筒を半ば無理やり奪うと、



いつも休憩のときにいた、水飲み場まで走った。



どくん、どくん。





「丸井くん!!」





俺の背中のほうで、



あいつと同じ名前のそいつが、俺の名前を呼んでいた。



どくん、どくん。





(・・・なんで。)





なんでだ、わからない。



謝られて。



謝った。



ごめんと言われて、悪かったと言った。



気付いてた、とっくに気付いてた。



あいつに悪意などなく、ただ懸命で。



ただ。



真面目で間抜けで。


















「丸井」


「・・・っ・・・・・」


















水道の水を蛇口いっぱいにひねった。



水が勢いよく流れ、俺はそれを目に映しているだけだった。



そんな俺に声をかけてきたのは、柳。





「・・・・丸井。お前。」


「・・・・・・・・・・・」


「なぜだ?」






相変わらず見てんのか、見てないのかわからない目。



柳が俺に聞く。なぜだと聞く。



もう、いいはずなのに。



もう、わかりきったはずなのに。



ただ、あいつは一生懸命なだけなのに。



名前が同じだけなのに。



















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんねぇんだよっ・・・・・・・・」



「・・・・・丸井」



「わかんねぇんだよ俺にも。・・・・なあ、柳。」










































胸のあたりが酷く痛い。



頭が割れるように痛い。



どくん、どくん。



心臓が、壊れちまいそうだ。



うるさくて、どうしようもなくて。



頭の中は、裏庭の桜ばかり。






「ブン太」



「・・・・・・・・・・」



「ねえ、ブン太!」







あいつは、春が好きだと笑った。







「・・・・なあ、柳。」






































































































































「なんで俺は、あいつを傷つけることばかり、声にするんだろう。」



























































End.