涙が、の目元からあふれて、は懸命にそれを拭う。





「・・・・・・・・」





・・・・・・ごめんな。





「・・・・・・・なあ、


「・・・・・・・・」





部室の床に2人、座り込んだまま。



の頬につたった涙を、俺の手ですくう。





「・・・・・知らないフリ、できるか?」





が、俺の声に驚く。

































『8分前の太陽15』




































俺と



部室に入ってからどれくらい経ったんじゃろう。



20分か30分・・・・いや、もっと短いか。それとも長いか。



丸井が、部室から走り去って、



の涙が止まらなくて。





「・・・・知らない、フリ?」


「なにも知らないフリ。できる?」





やっと口にしたの声は、思っていたよりもずっとはっきりしていた。



の目が俺を見る。



その目には、まだかすかに涙。



さっきから目元を拭い続けていたせいか。



少し赤くなっている。






「何も・・・」


「丸井がここで口にしたことも、今俺が口にしたことも。知らないフリ。聞いてないフリ。」


「・・・・・・・・」


「・・・・できるな?。」






が、再び零れ落ちてきそうになった涙を拭った。



さっきよりはずっと落ち着きを取り戻した瞳は



今は俺をとらえ、ゆらぐ。



俺は合った目をそらすことなく見据える。





「・・・・・どうして?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「どうして知らないフリなんてっ・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


「できなっ・・・い・・・・そんなこと・・・・・・」





ぼろぼろと、の目から涙がこぼれる。



は丸井に掴まれた手を押さえた。



お前さんが泣くのは、その想いの深さが伝わってきたから。



丸井の悲しみが、掴まれた手から伝わってきたから。



お前さんが好きになった奴は、お前と同じ名前の、お前じゃないを呼んだ。





「・・・・・できるとよ。お前さんなら。」





が首を横に振る。



俺は彼女の目元の涙を拭うだけ。



その涙が零れ落ちないように。





「・・・・・・・・・・・・・・できるとよ。知らないフリ。」





その涙が零れ落ちないように。



の目が俺を捕らえていた。



・・・・・頼むよ、

























































「・・・・・・ごめんな。」

































































泣くお前を包むように抱きしめる。



その涙が零れ落ちないように。






「・・・ごめん、。」


「仁王くっ・・・・・」


「・・・・・・・ごめん。」






許してくれなくていい。



謝るから。何度だって。



だから頼む。



うなずいてはくれないか?



許してくれなくたっていい。



嫌ってくれてもかまわない。



だから、



今一度、お前を利用させてくれ。





「ごめん、。」





・・・・・ごめんな。





「・・・・・・・・。」





泣かないでなんて、無責任なことは言えないから。














「・・・・笑いんしゃい。・・・笑って。笑って欲しいとよ、。」













こんな軽率なことしか、言えなくて。



の小さな嗚咽が俺の体に入ってくる。



その涙が俺の肩に染みていく。




(・・・・ごめん)




俺だけが、傷つくやり方はないだろうか。



考えつけばいいのに。



そんな偽善者になりきれない。



やはり今日は1日サボる。お前さんと。



・ ・・・・休憩のつもりが、そうではなくなってしまったが。



今だけは、泣いてもいいから。



だから、気が済むまで泣かせてやりたい。



時間の感覚など痺れ、麻痺する、このやるせなさに。



遠くで聞こえるチャイムは何度目か。









「・・・・・・・・・・・・」








お前の名前を呼んだのは何度目か。



何度目かのときになって、ふとが顔をあげた。



泣きじゃくった目に、涙をうっすらとたずさえ、



赤くなった頬に。そっと笑いかけた。












「できるな?知らないフリ。」











俺は言葉にしないから。は何もわからないままだろう。



それがどんな思惑なのか、何の企みなのか。



それがいいことなのか、悪いことなのか。








けれど、はうなずいてくれた。








目元を拭った後の目で、静かに俺に笑って。



ほんの少し、困惑の色を浮かべながらも。



躊躇しながらも。




(・・・・・少しばかり、優しすぎるとよ。)




俺に対して。



何も、知らないじゃろ?



偽善者にもなりきれない、軽率な言葉しかあげられない俺は、に要求するだけで、



俺の目的など話はしない。



なのに、お前さんは・・・。





「・・・・・腹、減ったな。」


「え?」


「そろそろ昼じゃろうか?」





俺の手がの頭を撫でる。



最後のつもりで、小さく声にした「ごめん。」



それをちゃんと聞き取っていたは、



また泣きそうになっていた。













「笑いんしゃい、。」












ごめんな、最後まで泣かせてやれなくて。



が行ったことがないと言うので、昼は学食に2人で行こうと誘った。



は泣いた後なので人前に出れないと言った。





「それにお弁当があるし・・・・・」


「今が昼前の授業終わり5分前。誰かここに昼食いに来るかもしれないの。」





俺はケータイで時間を確認した。



が自分の頬に手をあてて、涙の跡を気にするので、



俺はと俺の荷物を持って、の手をひいた。





「仁王くん?」


「水のみ場のほうに一つベンチがある。あそこなら滅多に人が来ないとよ。」





許してくれなくたっていい。



けれど何度だって謝る。



自己満足にすぎなくても、納得などしてくれなくても。







「・・・・・・・・・・・仁王くん。」







お前は優しいと知っているので。
















「ありがとう。」














俺は何もしていないのに、くれたお礼の言葉。



どう受け止めていいか、わからなかった。

























































































































































































































































































一日の最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。



俺とは結局初めから終わりまで授業にでることなく、昼が終わってからも部室でサボっていた。



話すことは他愛もなかったが



ただ俺の話しには相槌を打ちながら、静かに笑った。



放課後。



俺は部室に入り、はコートに向かって練習の準備を始めた。





「仁王くん。あなたと言う人は・・・・また授業をサボりましたね?」


「そう怒りなさんな、柳生。何?俺のことでも探しとってくれたんか?」


「私のクラスまであなたのクラスメイトの方がいらしたんです。数学の課題。あなただけだしていないそうですよ。」


「・・・・・・忘れとった。」


「どうしてたまにどこか抜けてるんですか。詐欺師でしょう?あなたは。」


「そこが俺のかわいいとこじゃろが。」


「・・・聞こえなかったことにしておきます。」





柳生が俺についで部室に入ってきた。



柳生のお小言の間に柳、真田、ジャッカルが部室に入ってきてジャージに着替え始める。





<ガチャッ>





「あれ?先輩達早いっすね!俺かなり早く来たつもりだったのに。」


「・・・おい、赤也。さっさと入れよ。俺が入れねぇだろぃ?」


「はいはい。」





赤也の後に、丸井。



丸井は俺と一瞬目を合わせただけで、すぐさま自分のロッカーを開けて着替え始めた。



柳と真田が最初に着替え終えて部室から出て行く。



丸井は昨日の放課後から俺たちにとくに変わった様子は見せなかった。



多少の違和感はあったものの、誰もそれをわざわざ口にしようとはしない。



に対しての極端に冷たい態度が丸井から消えた。



とりあえずはそれだけで大した進歩だった。



まして、俺たちの思い違いに気付いたのは、俺とだけ。






「・・・仁王先輩?着替え終えてるじゃないっすか。早く行かないと真田副部長の裏拳くらいますよ。」


「その前にな。・・・・・なあ、柳生。」


「はい?」






すでに着替え終えている俺。



だが、部室からでて、コートに行こうとはしなかった。



柳生も着替え終わり、俺の言葉の続きを待っていた。





「今日はダブルスの練習は後半でいいか?」


「かまいませんが・・・・・・」


「おい、仁王。だったら俺らは・・・・・」


「悪いがジャッカルたちもダブルス練習、後半にしてくれんか?」





丸井が着替え終えて、自分のロッカーを閉めた。



俺はラケットを自分の肩に乗せるようにして手にする。



俺は丸井を見据えた。丸井の目も俺を見た。























































































































































































































「丸井。俺と試合するとよ。」





































































































































































































































「・・・仁王、先輩?」





赤也が目を見開いて俺を見ていた。



気配でだったが柳生とジャッカルが目をあわせているのがわかる。



俺は丸井を目でとらえ離さない。



丸井の目は睨むように俺を見据える。





「参謀に了解をとる。真田は参謀がうまく丸め込んでくれる。」





俺はかすかに口角をあげる。



柳生とジャッカルに目を向ければ、二人はうなずいてくれる。





「・・・俺が、柳先輩に言っておきますよ。2人ともやるならさっさとコートに行ってください。」





俺が赤也に目をやったときには、赤也はもう後姿。



部室のドアに手をかけ、開け、部室から姿を消す。




(・・・・赤也。)




ラケットを握りなおせば、俺は歩き始め、丸井のとなりを通り過ぎる。





「一番奥のコートで待ってるとよ、丸井。」





丸井から答えはなかった。


















部室からでると、太陽が俺を照らした。



少し離れたところで、赤也と柳が話しているのが見える。



その近くで2人の会話に目を見開かせているがいた。



が俺に気付き、目を合わせる。




(・・・・・できるよな、。)




知らないフリ。



の視線に俺から目をそらすと、俺は一番奥のコートに向かって歩き始まる。



春風が俺に吹き付けた。



風がさらってきた花びら。



きっと、裏庭の桜のもの。



ふと、俺の目の前を白い花びらが横切った。



・・・・・桜?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う。




(・・・・蝶・・・・。)




白い蝶が、静かに息づき、俺の周りを舞った。






「・・・・・・・・・・ごめん。」





誰にも、届きはしない。



でも、お前に向けて。



笑ってくれていればいい。



なあ、









(・・・・・・・・・・・・・。)








辿りついた一番奥のコート。



歩いてきたところを振り返れば、丸井がラケットを手にこちらに向かってきていた。



その丸井の向こうでは、心配そうにこちらの様子を見ている



・・・・・・・・笑え。




(・・・・・笑いんしゃい。)




泣かないでなんて、無責任なことは言えないから。



笑っていて欲しいとよ。



こんな軽率なことしか、言えなくて。



俺にも。丸井にも。



お前は、笑顔が似合うから。



丸井の心、





























きっとその笑顔があける。


































ジャッカルがに話しかけているのが見えた。



が、笑った。




(できるな、知らないフリ。)




俺の周りを飛んでいた白い蝶は、



俺のいるコートに足を踏み入れた丸井のほうに飛んで行き、空の高いところに消えていった。





「・・・・丸井。セルフジャッジでいいな?」


「・・・・・・・・ああ。」


「which?」





女子生徒のギャラリーが俺と丸井のいるコートのほうに集まってくる。



真田の声が聞こえて、平部員とレギュラー達の通常練習は始まったらしい。



俺たちのコート近くには部員は練習に来ない。



いつもなら一番奥のコートまで使うが。




(・・・どうも、参謀、真田。)




サーブが俺からに決まる。











「久しぶりじゃな。お前とシングルスでやるのは。」



「・・・・・・・・・・・・・」











始まった試合。ラリーの応酬。



俺の決め球は丸井に拾われる。



だが、丸井の妙技は俺に拾われる。



1−0



1−1



2−1



2−2



・・・・・・・・・・・・長い、長い1ゲーム。



俺の決め球は丸井に拾われる。



だが、丸井の妙技は俺に拾われる。



どれだけ一緒に練習してきたと思ってるんだ。



わかるさ。お前が決めたがってる場面も。



わかるだろう?俺が決めたがってる場面も。



ギャラリーが騒ぐ、だが俺には丸井の息遣いしか聞こえない。





「・・・・なあ、丸井。」


「・・・・・・・・なんだよ」


「長いな。お前さんとの付き合いも。」


「・・・・・・・・・・・」





目立つ赤髪。



お前は気さくで、前向きで。



なかなか一緒につるんできた。



お前がと付き合ってるときもわかってた。



どれほどお前があいつを好きになってるか。



わかるさ。3年も一緒にいるんだ。





「・・・・・・・・・・・」





丸井が時々この試合中に余所見をしているのに、俺は気付いていた。



・ ・・・・わかるさ。




















「・・・・・・そんなにが気になるか?」



「!!」


















俺のスマッシュが丸井の足元に決まる。







「5−3。」


「・・・・・・・・・」


「・・・2ゲーム差、じゃな。」







丸井が俺を見据える。



俺は丸井と目を合わせるとすぐさま目をそらし、がいるほうを見た。



このコートからは確かに遠かったが確かには、笑っていた。



平静を装って、平然を取り繕って。



知らないフリ。



・・・・・ごめんな。最後まで泣かしてやれなくて。



懸命なお前さんならできる。



きっと、笑ってくれる。






「・・・・・なあ、丸井・・・・」


「・・・・・今日」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいつ、なんで泣いてたんだよ?」






丸井のグリップを握りなおすギリっという音が聞こえたような気がした。



から視線をそらして丸井を見れば、



丸井は俺ではなく、がいるほうを見ていた。





「・・・・・・・・お前さん寝てたな。」


「・・・・俺なのか?」


「・・・・・・・・・」





ボールは、丸井の足元で転がっている。



丸井がゆっくりと俺のほうを見た。





























































































































































































































「・・・・・・・・・・・俺があいつを、泣かせたのか?」


































































































































































































































わかるさ、丸井。





「・・・・へえ、転校生。」


「ブン太さんはもう会ったんすか?」


「おう。朝迷ってた。・・・結構おもしろい奴だったぜぃ」


「・・・惚れた?丸井」


「アホか、仁王」






お前とが一緒に昼の中庭に現れたとき。



それは、確信に変わった。








「誰が惚れるかよ」








丸井は足元のボールを拾って俺のほうに投げた。



次のサーブは俺から。



だが俺も丸井もベースラインまで下がろうとしない。



目を合わせ、丸井は、



俺を見据え。





「なあ、丸井。」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・の笑顔が俺は好きじゃ。」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・お前さんは?」





ギャラリーが叫ぶように歓声を上げ続けているが、俺も丸井もそれは耳に入っていなかった。



2人の会話は、不思議なほど透き通り、真っ直ぐに通って聞こえた。





「丸井。お前はが好きじゃろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「お前が失ったじゃない。お前は・・・・・」





























































































































































































































































「俺たちのマネージャーのが好きじゃろ?」










































































































































































































・ ・・・わかるさ。



邪険に扱いながらも、無視しているように見えても、



本当はいつも目で追っていた。





「・・・・・・・・・・・・ざけんな」


「お前が泣かした。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


はお前が泣かした。・・・・・・なあ、丸井」





丸井の目が俺を睨む。
























がお前をあいつに、会わせてくれたと思わんか?」




























俺が見たのは、丸井が俺に向ける嫌悪の色。











「・・・・ざけんな・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



「ふざけんな!!仁王!!」











丸井の荒げた声に、ギャラリーの声は徐々に静かになる。



そんな俺たちの様子に、レギュラー陣が気付き始める。



丸井は俺を睨み、俺は、ふとを見た。



は、赤也の近くにいて、こちらの様子を不思議そうに見ていた。



赤也の目が、俺を見据えているのに気付き。



俺は静かに、瞼を閉じた。





「・・・俺が、好きなのは・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・好きなのはっ・・・・・・」





丸井がうつむく。



俺は手にしたボールを強く握り締め。






「・・・・・・・・・・・・・試合、再開しねえつもりならやめだ。」


「・・・・・・・・・・・丸井。」


「・・・・・・・本気でやめろよ。・・・・変な詮索も、勘繰りも・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・俺に、かまうな、何も。」






丸井が、他のレギュラー達のいるほうへ歩いていく。



風が。・・・・春の風が。



丸井の、赤い髪を揺らした。






「・・・・・・・・・わかるさ、丸井。」






春が、まだ終わらない。












まだ、終わらない。










丸井がジャッカルにふざけてつっかかっている姿が見えた。



きっとあのまま、参謀は普通に部活を進めようとしてくれるだろう。



・ ・・・変な詮索をせずに。



が、丸井を見てうつむいたのが見えた。



そのあとすぐに柳生がに話しかけ、が笑った。





(・・・・・・・・・・・赤也。)





赤也だけが、俺をいまだ見続け。



俺は小さく溜息をついた。



なあ、丸井。



きっとだ。



きっと、が会わせてくれたんだ。



に会わせてくれたんだ。



あの笑顔に。



俺たちを。お前を。



春が、終わらない。



なあ、丸井。






























































































































































きっと神様って奴も、そんなに悪い奴じゃないから。




























































End.