「丸井くんは、今も彼女を想ってる。」






俺に話をしてくれるさんの声が



かすかにだったけど震えていた。




(・・・ホントに。)




本当にバカだ。


















ブン太さんは、バカだ。




























『8分前の太陽17』

































「・・・・かっ帰りましょうか!」


「・・・・・・・・」


「ねっさん!聞いてくれます?今日クラスメイトがいきなり・・・・・」






さんに、辛い思いをさせたりしたくなかった。



悲しい顔をさせたり、気遣わせたりしたくなかった。



さんが話を終えて、俺はしばらく黙ってしまった。



うつむいてしまった。



気付いたらさんが、俺を心配そうに見ていた。




(・・・・さんのほうが、辛そうなのに。)




俺は思い切り笑った。



できうるかぎりの明るい声をだした。



・ ・・・初めてさんがコートに来たときみたいに。



さっきまで交わしていた会話に空気を戻したかった。





「それで、後ろからいきなりドロップキックされて。」


「・・・・・・・・・」


「あれ、痛いんすよね!!」





俺が歩き出せば、さんは俺の隣を少し遅れながらもついてきてくれた。



怖くて、さんの表情を伺う余裕がなかった。



俺にはこんなことしかできない。



他に術を知らない。いつものようにさんが笑ってくれるように。






「・・・・・痛いといえば、真田副部長の裏拳!」


「・・・・真田君?」


「(あ。)そう!そうなんすよ!!あの人なんでもかんでもパンパンパンパン!」


「・・・平手じゃなくて裏拳なんだ。」


「・・・そう。めちゃくちゃ痛いっす!!」















めちゃくちゃ、痛いよ。














「大丈夫?赤也。」












そうやって、笑ってくんなきゃ。



さんが、少し痛そうに顔をゆがめ、笑った。



苦笑、が近い。



でも、俺にむけて、いつものように、俺の好きな笑顔で。



心がほっとする。



桜が舞う土手沿いの道。



俺はこの道が結構好きだったりするけど。



さんは、どうだろう?





さん、苦手な先生とかできました?」


「苦手?・・・生物の・・・ちょっとうっすらな・・・」


「あー。あの人1回髪増えたんすよね。絶対増毛したはずなのに。また減りましたよね?」


「あははっ・・・そうなの?」





声が、かすかに震えて。





(思い出させてごめん。)





さんの家の前までひたすら繰り返す会話。



沈黙が怖くて、続ける。



さんが笑ってくれるので安心する。



気、使わせてんのかな。



何度もそう思った。












「お疲れ様、赤也。また明日!!」



「・・・・はい!それじゃ!!」











さんが家の中に入るまで、俺はその場を動かなかった。



明るく振ってくれた手、振り返して。



さんが、玄関を開けて、家の中に入っていった。





「・・・・・・・・・・・・・」





さんの家は見事俺の帰り道の途中に位置していた。



ちょっと安心した。



家が逆方向でも送るつもりだったけど。



意外に抜けている割に、たまにするどかったりするさん。



そんなことに気付かれたら、最後まで送らせてもらえなかったかもしれなかったから。



続く、俺の家までの道を歩き始める。



時折肌に感じる風の心地に。



あの日を重ねる。





(・・・あったかかったよな、あの日も。)





俺は。



全部を、知ってるから。



俺が全部を知ってなくちゃダメなんだ。



知ってなきゃいけない。













































(・・・・ブン太さんは、バカだから。)







































































































































































































次の日の早朝。



いつも通りの部活が始まる。





さん、おはようございます!!」


「おっおはよう、赤也!」





躊躇なんかしちゃいけなかった。



笑顔であいさつすれば、笑顔で挨拶を返してくれるさん。



部活は、いつも通りだ。



正確には、変わることは許されない。



俺たちが強くなる以外は。



・ ・・・ブン太さんも仁王先輩も、もちろん何があったっていつも通り。



休憩中には、ちょっと気まずい空気が生まれたりもするけど、



練習が始まれば、空気が変わる。









コートに私情を持ち込むな。









俺たちの暗黙の了解。



それが俺たち立海大附属テニス部。



あの事故の日だって、それは変わらないものだった。



でも。・・・・ブン太さんにとっては大切な人が亡くなったわけだから。



正直いつも通りなんて無理だろうと誰もが思ってた。










「なんだよ、その顔!俺の顔に何かついてる?男前だろぃ?」


「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」











なのに、予想外にもほどがある。



明るく現れたブン太さん。



すごいと、思った。



強い人だと思った。笑顔見せて、明るさ振りまいて。





「・・・・・・・・」


「赤也?」


「・・・・・・・・・」


「赤也、柳君が集まれって・・・・」


「え?何?さん、もう一回!」


「だから、柳君が集合だって!!」





・ ・・・さんも。



いつも通りだ。



レギュラー達の変わらない様子を汲み取ってか、俺たちの暗黙の了解を知ったのか。



さんは、笑顔でいてくれる。



仁王先輩に対する態度もブン太さんに対する態度もいつもと変わらず。



2人の先輩達もさんに対しての態度は変わったように見えなかった。



柳先輩が召集をかけて、朝練が終わる5分前くらいに俺たちに向けて話を始める。



話すのは真田副部長だけど。







「今日の放課後はミーティングにする。放課後は第一会議室に集合だ。」


「一年も入部が決まったからな、本格的に練習のメニューを考えようと思う。」







真田副部長の足りない説明は柳先輩が補う。



この2人の噛み合わないようで噛み合っている呼吸にもすごいものを感じていた。



部活が終わって、俺は着替え終える。



部室から出る前に、仁王先輩とブン太さんをちらっと見たけど。



目はあわなかった。






「あっお疲れ!赤也!!」


「お疲れ様っす!!」






さんが片付けに励んでいた。



俺はそれを目にうつしながらもコートから離れて、



校舎へと向かった。



























































































































































すごいと、思ったよ。



強い人だと思った。



でも、俺は全部を知っていて、ブン太さんは知らない。



そんなの、いいわけない。






「丸井くんは、今も彼女を想ってる。」






さんに、辛い想いをさせながら聞いたブン太さんの本当。



忘れようとしてたんじゃなかったのかよ。



俺たちは思い違いをしていただけ?



ブン太さん。今も、あの人を好きでいるのかよ?








(・・・・いいわけない。)








そんなの、いいわけない。



俺は全部知ってる。



全部。



だから、わかる。



もう、一年も経ったよ。



もう、いいんだよ。



ねえ、ブン太さん。







授業ってのは考えことをしてれば、すぐに過ぎてしまうらしい。



いつもなら、放課後の部活までの時間が長く感じて仕方がないのに。



気付けば昼休みが訪れる。



一瞬さんのところに行こうと思ったけど



心がとどまる。





「・・・・・・・・・・・・・・」





気まずさとか、俺に覚えているかもしれない。



本当は、辛い思いをさせたりしたくなかった。



悲しい顔をさせたり、気遣わせたりしたくなかった。



・ ・・会いたいと一瞬にして思ったけど。



なんだか、1人になりたい気持ちが襲ってきて。



俺は、今は使われていない古くなった教室に向かうことを決める。












「「・・・・・・・・・・・・あ。」」











未使用の教室は、これまた古くなった階段の端にあった。



次々に新しく改装される教室の中でなぜか生き残り、古さが理由で生徒は滅多に近寄らない。



もちろん授業にも使われていない。



そんな教室のドアに手をかけている人がいた。



ちょうど俺がその教室前にたどり着いたときだった。





「なんじゃ、赤也。お前さんもここ?」


「・・・・仁王先輩も?」


「・・・そう嫌な顔するな。俺だって嫌じゃ。」


「何それ。」


「くくっ・・・・嘘じゃ。一緒に食わん?」





仁王先輩の手にはいつも通りのパンの入ったコンビニ袋。



もちろん、俺もそうだった。



俺の回答なしに、仁王先輩が先に教室のドアを開けて姿を消した。



・ ・・1人になりたい。



(まっいっか。)



そんな感傷にひたりきるには、俺はあまりにいい加減な性格をしていたため。



仁王先輩のあとに続いて教室に入った。



湿っぽい匂い。差し込む日差し。古臭い机が並ぶ。



仁王先輩が一つの机に腰掛けると、ビニール袋からパンを出していた。



俺も仁王先輩の近くの机の上に腰掛ける。





「あれ、それ新発売?」


「・・・お前さんはどっかの女子高生か。」


「毎日パンだと新製品はチェックしたくなりますって!」


「ふーん。」





袋が同じコンビニのものだから、同じ種類のパンばかり食ってる俺と仁王先輩。



仁王先輩は新商品のパンの袋を開けると、いつもより大きめに口を開けて噛み付いていたように見えた。



俺も一つパンの袋を開けて噛み付く。





「相変わらず湿っぽいすね、ここ。」


「ならなんでここに来たと?外見てみろ。快晴じゃ。」


「・・・別に。なんとなくっすよ、仁王先輩こそなんで。」





仁王先輩に促されたとおりに窓の外を見れば。



確かに晴れ渡る青い空。



こんな日なら外で昼食をとりたいのが本音だ。







「・・・・・・理由なんて、お前さんと一緒じゃろ。」



「・・・・・・・・・・・・・・」















1人に、なりたかった。















仁王先輩が二つ目のパンの袋を開ける。



俺に目をやることもなく、坦々と食事を続ける。



俺は仁王先輩の言葉に口元に持っていっていたパンを持つ手を



思わず下げてしまった。



仁王先輩はそんな俺の様子を知ってか知らずか。



さっきまでの俺みたいに窓の外を見た。





「・・・本当はと一緒に屋上でも行こうかと思ったんじゃがな。」


「・・・・・・・俺もっすよ。さんに会いたかった。」


「・・・・嫌な後輩と似てしまったの、俺は。」


「なんすか、それ。」





仁王先輩がやっと俺と目を合わせて、いつものあの何かを企んでるような笑みを見せる。



俺は苦笑し、再びパンを食べ始める。





「・・・・・・・・やっぱ恋なんすかね。これって。」


「・・・声にしなければ想いのまま。」


「声にしちゃったじゃないっすか。どうにかしてくださいよ。」


「がんばれ、赤也。俺は応援せんから。」


「あー・・・してくれないんだ。」


「うん。」





この、感じだ。



いつもこんな感じでふざけて。



俺も仁王先輩も。・・・・・ブン太さんも。



俺は2個目のパンに手をかけて、そのまま別にどこに視線をやるわけでもなかった。



教室の湿った空気を吸い込んだ。





「・・・・・・・・昨日、聞きましたよ、さんから。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「辛い想いをさせました。たぶん、いろいろ気も遣わせた。」



「・・・・懺悔のつもりか?」



「・・・別に。」





ただ。





「それに、仁王先輩じゃ話しても赦してくれなそうっすよね。」





そんなつもりはなかったから。



俺はさんを笑わせてあげられる術なんて思いつかないけど、



詐欺師とか呼ばれてるあんたなら、わかりそうだったから。



仁王先輩は小さな溜息をつくと、持ってきていたパンを全部食べ終えたのか。



空いたパンの袋をコンビニの袋に押し込めると、口の部分をしばった。






「・・・本当に嫌な後輩に似たもんじゃ。いや、お前が俺に似たのか?」


「・・・・は?」


「・・・・・で?から聞いたんじゃな?丸井がまだあいつを好きなこと。」


「(話、そらされた。)」






俺はうなずくと仁王先輩はまた一つ溜息。





「・・・仁王先輩?」


「言っとくけど俺は自分からは何もせん。」


「・・・・・・・・・・・」


「何も、な。」





仁王先輩は瞼を閉じて、昼休みの間。



それ以上は話してくれようとはしなかった。



・ ・・・これは、俺の勘だったけど。



なんか、仁王先輩に促されたみたいだった。



命令された気分。




(・・・仁王先輩は、自分からは、何もしないから。)




だから、



お前が口火を切れと。



これは思い過ごしなのか。



それともあの人の詐欺なのか。






















































































































































































































































































右耳から入って左耳からでていく授業内容。



とくに何を考えるのでもなく、ボーっと天気のいい空を眺めていれば。



いつの間にか、放課後になっていた。



今日はミーティング。



第一会議室集合。



第一会議室と言うのは、学校にあるそういう名前の教室。



教師たちの職員会に使われることもあるけど、



使用許可さえあれば、委員会活動などで生徒たちが使用していた部屋だ。



いつもより遅いペースで自分の荷物を準備すれば、俺は教室を出て第一会議室に向かう。





<ガチャッ>





「うぃーっす」


「遅いぞ、赤也。」


「・・・先輩達が早いんすよ。どうせ今日はミーティングで終わりでしょ?」


「赤也。早く席につけ。」


「・・・はいはい。」





俺が扉を開けると、その向こうにはレギュラーの先輩達とさんがとっくに席についていた。



俺も空いてる席、一番端で、ジャッカル先輩の隣に座る。



仕切るのは柳先輩と真田副部長。



一番前にあるホワイトボードの前に2人は座っていた。





「まず、ダブルスのペアだが。全国までは正規のペアでいくつもりはない。」


「それに関しての意見だが・・・」





俺は話し合いと言う奴にはあまり関心がない。



練習方法は柳先輩に任せればいいし。



何より協調性のない俺がダブルスを組めるわけもない。



俺は自分と向かい合ったコートに立つ相手を倒すことだけ考えていればいい。



頬杖ついて、



今日の授業のときみたいに右耳から左耳に流して聞く先輩達の間で交わされる話。



この場で俺と同じように話し合いに参加できていない人を観察し始めた俺。




(・・・・・・・・そりゃそうだ。)




柳生先輩の隣で1人、小さくなっている存在。



だが、真剣に話しに耳を傾けているようだった。



・ ・・・さんは、かわいい。



なんであんなに必死なのか。




「・・・声にしなければ想いのまま。」




声にしなくても好きな人は好きな人。



恋は恋じゃないのか。



ついでに仁王先輩もさんが好き、なんだよな。



ちょっと話についてけなくなっているのか、



冷や汗が見えたような気がしたさん。



好きな、人。






(・・・・・・・・ブン太さん。じゃあ聞きたいんだけど。)






あの時俺は見ていた。



初めて、レギュラーのメンツとさんと昼飯食ったときだ。



すぐに離してしまったけど。



遠くからこっちに向かってくる2人の姿。







手を、繋いでた。







それっておかしいんじゃないのか。



ぐるっと長方形に繋がってる白い長机。



俺は一番端で、一周レギュラーを見渡す。



真剣に進む話し合い。



ブン太さんはジャッカル先輩の隣。



つまり俺の二個向こうの席。



見えるのは、時々揺れる赤い髪だけだ。





(・・・本当に、好きなのかよ。)





本当に、あの人のことが。



も、一年も経ったのに。



ねえ、聞こえてなかった?



幸せにって言ってた。



あの人、ブン太さんに言ってた。



本当に聞こえてなかったの?



あの人の、名前を呼ぶばかりで。



















「よしっ・・・・じゃあ大体これでいいな。他に話し合いたいことがある奴いるか?」

















進む時間。話し合い。



柳先輩がそう口にすれば、全員の肩の力が一気に抜けた気がした。



俺は相変わらず体勢を変えず、頬杖ついたままだったけど。



ちらっと目にした赤い髪。





「・・・・・・・・・・・・・・」





目を見開いた俺。



ブン太さんの視線がさんを見ていた。



その視線はすぐそらされたけど。





(・・・・なんだよ、それ。)





なんだよ、あんた。



ねえ、声にしなくたって。



好きな人は好きな人。



恋は恋。
































「丸井くんは、今も彼女を想ってる。」









































嘘だよ、そんなの。



嘘だ。








「・・・・・ないようだな。じゃあ今日はこれで・・・」



「・・・ちょっといいっすか?」








突然手を上げた俺。



今まで一言もはっさなかった後輩の突然の行動に



先輩達は目を見開いた。





「・・・・赤也?」





さんが俺を呼び。俺と一直線上に座っていた仁王先輩と目が合った。



無表情だけど、その目は真剣に俺を貫いていた。



俺の口元が、不自然に微笑む。






「一個。聞きたいことがあるんす。」


「・・・・・なんだ?」


「真田副部長にじゃなくて。もちろん柳先輩にでもない。」






沈黙が教室に広がり。



俺の取り巻く空気に違和感を覚えた先輩達は、俺の言葉を待ち、俺を見る。



ちらっと視線を送ったさん。



不安そうな顔をしている。





「・・・・・・・・聞きたいことがあるんすよ。」





辛い顔なんてさせたくなかった。



悲しい顔なんてさせたくない。



寂しい顔なんてさせたくない。



でも。









































































































































































































































































「ブン太さんに。」


































































































































































































俺は席を立つ。



ブン太さんが俺をするどい目で見た。



俺はブン太さんの近くまでいくと、ブン太さんは座ったまま、体をひねるようにして俺のほうを向いた。






「・・・本気ですか?」


「何がだよ。」


「まだ、好きでいんの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」






他のレギュラー陣は見ない。仁王先輩も見ない。



さんのほうも見たくない。



静かな教室で響くのは俺とブン太さんの声だけ。



なんで、こんなみんながいる前で俺は声にする。



さんがいる前で、ブン太さんに聞く。



理由なんか、後からなんとでもこじつけてやる。



ただ、今言いたい。聞きたい。



こんなの、俺がしたいようにしているだけ。















「まだ、あの人が好きなの?死んじゃったさんが好きなんすか?」



「・・・何が言いたいんだよ、お前。」



「聞いてるだけですよ。答えてください。」



「なんでお前にそんなこと。」













ブン太さんの声は静かだった。



俺の、声は。



自分でもムカつくぐらい。



ブン太さんを馬鹿にしてた。






「・・・・一年も経ったのに、まだ想ってんの?」


「・・・・・・・・・・・・・」






他のレギュラー陣は見ない。仁王先輩も見ない。



さんのほうも見たくない。



なのに。



これが、俺のできることの気がしてならない。











































「・・・・・とりつかれてんの?」



「赤也っ・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・」

















































<ガタッ!>













































































「丸井!!落ち着け!!」


「丸井!!」


「俺に近づくんじゃねえよ!!」





俺の言葉に、ブン太さんの目が見開く。



突然席を立ち、俺の胸倉を掴んだブン太さん。



・ ・・・さんをあんたが助けた日の、あのコートみたいだ。



他の先輩達がイスから立ち上がっているのがわかる。仁王先輩を除いて。



ブン太さんが声を荒げ、みんなの動きを止める。



俺は近くの壁に押し付けられた。






「てめぇ・・・いい加減にしろよ。・・・・・何が言いてえんだよ!!」



「何が?・・・だからとりつかれてんのかって言ってんじゃないっすか。」



「てめぇ・・・」



「赤也!やめなさい!!」






俺は声のするほうに目をやる。



俺を呼んださんが見えた。



怖がった表情で、悲しそうで、泣きそうだった。



本当は、そんな顔、












させたくなかったよ。












「・・・・ブン太さん。覚えてる?あの日。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「交通事故の日。」


「(・・・・・・・やめろ。)」


「・・・・ブン太さん。ずっとあの人の名前呼んでたから、聞いてなかったんでしょ?」


「(やめろよ。)」


「あの人、・・・・・・言ってましたよ?」


「(やめろ。・・・・・やめろよ、やめてくれ。)」


「ブン太さんに・・・・・・・・」








「ブン太・・・ね・・・ブン太・・・」



















































































































































































































































































・・幸せに・・・・なってね・・・































































































































































































































「?!」




<だんっ!!>




「っ・・・・・・・」


「「「赤也!!」」」


「・・・・・・・・・うるせぇよ・・・・」





ブン太さんは、一度俺の胸倉を掴みなおして、壁から体を離させると、俺を壁に叩きつけた。



思わず睨み見るブン太さんの顔。



ブン太さんも俺を睨んでいた。



瞳の奥まで貫かれそうだった。





「お前に俺の何がわかるんだよ?!お前に・・・あいつの何がわかるんだよっ・・・?!」



「・・・・・・・・・・・少なくとも、ブン太さんよりわかってるよ。」



「・・・・・お前らさ、楽しい?」





ブン太さんの手がゆっくりと俺から離れる。



俺から視線をそらしたブン太さんは部屋中を見渡した。



俺が見たブン太さんの横顔。



自嘲気味に笑ってた。















「・・・・・俺のことからかって。同じ名前のマネ呼んだり。赤也にこんなこと聞かせたり。」



「ブン太さん、違っ・・・・・・」



「わかったフリなんかたくさんなんだよ!!」













俺に、できること。



なんだろうって思ってた。



すごいと、思ったよ。



ブン太さんのこと。



笑顔で明るく振舞って。



コートに私情を持ち込むな。



俺たちの暗黙の了解。



ねえ、でも俺は。



全部知ってるから、ブン太さんが知らないなら伝えなきゃ。



あの人の声を伝えなきゃ。





(・・・・・そう、思うのに。)





ブン太さんの目が悲しすぎる。



あの日の、あの人がくれた哀しみはいつだって



静かに静かに身を潜めてる。



そっとこの人に寄り添ってる。
















































「・・・・・本当に、そう思うの?」





















































沈黙を破ったのは、あなただった。



















「・・・幸村くんは丸井君をからかうためだけ私をマネにして、みんなもあなたをからかって過ごしてるって」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・本当に、そう思うの?」



「・・・さん」





















初めて聞いた声色だった。



俺が見たさん。うつむいて、少し唇をかみ締め。



誰も何も言えず、さんを見る。



ブン太さんも、さんを見ていた。









「・・・・・勝手すぎんだよ、どいつもこいつも。」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「お前も本当は俺をからかうために幸村に使われただけじゃねえの?」



「・・・っ・・・・・・・・・からかうためなんかじゃない!!」









さんが、声を荒げる。



顔をあげて、ブン太さんに強い瞳を向ける。



泣きそうなのに、泣かない。












「みんな、丸井くんのこと心配してる!!だから、そんな言い方しないで!!」



「・・・・・・・・うるせぇよ。」



「みんなわかったフリなんかしてない!わかりたいだけなんだよ!」



「黙ってろ!何も知らないくせに!!」



「知らないよ!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・知らない・・けど。」























誰もが、驚いていた。



さんが怒った。



しかもブン太さんに向けて、声をあらげて。



ちらっと視線を送った仁王先輩。



相変わらず、1人だけ席についたまま、さんのほうを見ている。
















「・・・みんなが・・・丸井君のこと心配してるのだけは・・・丸井くんよりわかる。」















沈黙が続いた。



さんがうつむき。



俺は、ブン太さんの横顔を目にしていた。








「ブン太さっ・・・・」




「・・・・・・・・・・・・あいつを・・・好きでいて、何が悪いんだよ・・・」














































<ガチャッ>















































この場にいる全員が最後までその姿を目で追う。



ブン太さんが小さく声にしながら、



この部屋を後にした。







、大丈夫ですか?」


「・・・うん。」


さん・・・・」







俺の足は自然とさんの元に向かった。



さんは緊張の糸が切れたためか。



軽く息切れをして、柳生先輩がさんの背中をさすっていた。






「丸井・・・・まだ・・・・・」


「・・・・・・・俺たちの、思い違いだったということか。」


「・・・・・丸井・・・・」






さんの近くにいる俺に、ジャッカル先輩、柳先輩、真田副部長の声が聞こえてきた。



さんが顔をあげて、俺と目を合わせる。



とまどい、泣きそうになって。



俺はさんに笑って欲しくて笑った。






「・・・・・・私、勝手なこと言ったね。」


「勝手なことをしたのは俺のほうっすから。」


「・・・・・・・・・・・」






だから、あなたは笑ってくれるだけでいい。



そう言ったら、笑ってくれるのか。



言えないのに、思う。






「・・・・大丈夫っすよ。部活に支障はないっすから。」






また、明日は来る。



どんなに嫌がっても、どんなに拒否しても。















心にわだかまりを残したまま。













次第に先輩達がみんなさんのところに近づいてきた。



みんな声にする言葉は持ち合わせていないけど、



みんなさんに笑って欲しかった。



大丈夫だと、確証もないのに、言ってあげたかった。












「・・・・幸村部長言ってましたよ。ブン太さんは迷子だって。」



「迷子?」



「そ。迷子。」













嘘だよ。




「丸井くんは、今も彼女を想ってる。」




あんなの嘘だよ、さん。



ブン太さんは思い込んでるだけだ。



なぜかは、知らないけど。









。ありがとな。」



「え?」



「俺たちをかばおうとしてくれたんじゃろ?」



「だってみんなは本当にっ・・・・」



「・・・・・ありがとな、。」









仁王先輩がいつの前にここまで来ていたのか。



さんの頭にぽんっと手を載せる。



しばらくするとさんが笑ってくれたので、俺たちはみんなほっとする。






「・・・すみません。勝手にケンカふっかけて。」


「まったくだ。」






柳先輩は俺の謝罪に即答。



さんのおかげで空気が柔らかくなったと思ったんだけど。



先輩達もさんも俺の言葉を待っているみたいだった。







「・・・・・・・・・だって、死んだ人は、想ってやんなくたっていいでしょ?」







弁解なんて。



しても意味がない。









「死んだ人は、思い出してやるだけでいい。」









だから、ブン太さんに知らせないと。



























































































































































































あの人の声を、届けないと。


















































end.