「よしっ引け!!」



「買出しだーれだっ!」

















赤也の、あたかも王様ゲームのようなノリに、柳の手からいっせいに引かれた割り箸7本。


















「・・・・・・・・・・・・・・・俺。」


















目の前の割り箸の先が、赤く塗られていた。












































『8分前の太陽19』




























































「いいか、。買ってくるものはこの紙に書いてある。無駄使いは避けるように。店は丸井がわかる。」


「・・・・・真田君。」


「なんだ?」


「・・・・・・なんかお父さんみたいだね」






ぶはっ!と全員が笑い声を耐えているのがわかった。



みんな口元を必死に手で押さえ、小刻みに肩を震わしている。



俺はというと、そうではなかった。



俺の隣にいるマネージャーの、笑いをこらえるレギュラーに対する不思議な目に



多少のあきれと大物っぷりを感じていた。



しばらく見ていると、こいつは俺の視線に気付いて、静かに笑ってみせた。






「・・・・・・・・・・・・」


「いいか丸井。くれぐれも買い食いするなよ。」


「・・・真田が親父なら柳は母ちゃんだよな。」


「弦一郎と一緒にするな。」






そんな柳の一言に、少しばかり収まりつつあったレギュラー陣の肩の震えが再び大きくなった。



この状況についていけていないのは、真田とマネくらいなもんだった。



今日は土曜日。



週休二日制は俺たちテニス部に存在しない。



月に1回のペースで、買出しって言うのがある。



それは大抵休みの日にすますもんだった。



本来、レギュラー専属マネージャーがいるときはそのマネージャーに任せるが、



不在のときはレギュラーがランダムなくじびきにより行っていた。



1年や2年に買出しくらいと思うが、自分たちで使うものは。つまり、レギュラー専用のものは自分たちで買う。



そんな変な伝統みたいなものがレギュラーにはあった。



今回の買出しは、マネージャーもいることだし、任せきってしまえばいいのに



重たいものがある、と言った柳の一声により



くじ引き決定、レギュラー代表1人が選ばれた。



それが今回は俺。







「じゃあ、行ってきます!」


さん。急がなくていいですからね。」


「うん。でもできるだけ早く帰ってくるよ。」


さんこけないでくださいね!」


「だっ大丈夫でしょ!」







俺が先にコートからでて待っていた。



どうもあいつに対してはレギュラーたちが過保護な気がする。



柳生や赤也につかまってなかなかこっちに来ないあいつを、



俺はぼんやりとコートを見渡しながら待っていた。



仁王と柳が何か話して笑っている。





(・・・・怖ぇな、あの2人。)





参謀に詐欺師。そろうもんじゃねぇだろぃ。



真田はジャッカルと打ち合いを始めるようだった。



レギュラー達の俺に対する態度は、赤也が俺に謝ってきたり、



俺があまりに普通にみんなに話しかけてきたりしていたから、かなり前と同じ。



いつも通りに自然になっていった。



気が付けば、必死にこっちに向かって走ってくるあいつの影。






「・・・・遅ぇ」


「ごっごめんっ・・・・」


「さっさと行くぜぃ。」






・ ・・謝らせるつもりはなかったんだけど。



そんなことをぼんやりと考えた。



目の前のマネージャーのこいつが、持たされたカバンの中身を今一度確認する。



俺はそのとき、ふと再びコートに目をやった。





(・・・・・・・・・・・・)





赤也と、目が合う。



赤也は、俺にニッと笑って見せると、柳生とコートに向かい合っていた。




















さん。俺がもらいますね。」


















俺に、




(・・・言うなよ。)




そんなこと。





「行こっか、丸井くん!」





ゆっくりと、赤也から視線を外し、俺は歩き始めると、



少し忙しなく、こいつも俺のあとをついて来た。



あの日、俺はただ声になるばかりの言葉を吐きだして



こいつは、泣いていた。



だけど、



別段、気まずさは覚えない。



まったくと言ったら嘘になるかもしれないけど。



でも、



変なわだかまりはなかった。



俺にも。きっとこいつにも。


































































































































歩き始めた公道。



休みのせいか、いつもより車の行き来が多い気がする。







「「・・・・・・・・・・・・・・」」







最近にしては、少し冷たい春風が吹いた。



空は青かった。



学校は、あまり店が集中する街のほうに近くないので、



まずはそこまで行かないと買い物なんて話にならない。






「「・・・・・・・・・・・・」」






両手はジャージのポケット。



空が青い。



・ ・・あれ、これはさっきも思った。













「「・・・・・・・・・・・・・」」













黙り、沈む。



2人の間に流れる、いわゆる沈黙。



理由?



話すことがないだけだろぃ。



歩く公道。ちらっと横目で確認する。



俺の隣にいるこいつの存在。



持っている小さなカバンには、親父・・・、もとい真田に持たされた部費と買出しのメモが入っている。



その横顔は、なんだか、かすかに笑んでいるようにも見えた。








「・・・・・・・・・・・・・」








・ ・・・空は青かったし、風は少し冷たかったけど、



いつも熱いコートの上にいる分には、ちょうどいいのかもしれない。



こいつも、転校してきてから息がつまるような練習にずっと付き合ってたんだ。



俺たちの、・・・だいぶ俺が原因の空気の悪さにだって触れて。





「・・・・・ってかさ。」


「・・・え?」


「・・・・なんでくじ引き?とか思わねぇ?」


「・・・・・・なんでなの?」


「俺も知らねぇ。」





タイミングとか、よく覚えてない。



とりあえずなんか話そうと思った。



話をしようと沈黙を破ってみる。










「毎回あんな王様ゲームのノリなんだよな、とくに赤也。」


「あははっ・・・・そういえば赤也楽しそうだったね。」


「・・・・・・・・・・・」









・ ・・・やっと。










「・・・買出しのメモ、貸して。」


「あっうん。」










笑った。










「はい。」


「・・・・・テーピングにドリンクの粉。グリップテープ練習用。んでボール。・・・・ああ、これが重いのな。」


「グリップテープ練習用って?」


「部室で見たことあるだろぃ。誰も使ってないようなボロいラケット、5本くらい。」


「うん。」


「あれはテニス部の所有物なんだけど、たまに練習で使うんだよ。ラケットに頼らずテニスができるように。」


「そのグリップテープ?」


「そ。・・・店2つ回らないといけねぇな。」









渡されたメモ用紙をこいつに返す。



メモを再び小さなカバンに折りたたんで入れ、その分少し俺に遅れをとってしまい、



急いでこいつは俺に追いついてきた。



グリップとボールを買う店はいつも決まってる。



でも、その店にテーピングとドリンクの粉は売ってないから2つの店を回らないとならない。



歩く距離と、荷物の負担を考えれば、先にテーピングとドリンクの粉を買ったほうがいい。



そんなことを考えながらまだまだ歩く。



そして口を開く。






「・・・ってか、なんで俺が買出し?ここは2年の赤也だよな、普通。」


「・・・ごめん・・・・」






・・・・・・違う、だろぃ。






「・・・・お前が謝んなよ。」


「あっ・・・そうだよね。」






・・・・なんでだよ。



感じていなかったはずの気まずさが、足を引っ張る。



また始まってしまった沈黙。



俺は冗談っぽく話していたつもりだったし



声色も明るかった。



ただ普通に話をしようと思っただけだった。



ちらっと再び見る横顔。・・・・あきらかに気まずそうだ。



少しばかりうつむいて、カバンを持つ手にも力が入ってる気がする。



もう、だいぶ街中に来た。



そろそろ1件目の店。






「・・・・・・・・・・・・・・」






なんか。



・ ・・・なんで。




(どうして。)









「・・・・・・・・・・おい。ここ。」


「あっうん。」









自動ドアが開いて店舗に足を踏み入れるのは、俺のほうが先。



俺の後ろをついてくる気配はちゃんとしていた。



テーピングとドリンクの粉、スポーツ用品のある場所までくると、



俺は目当てのものに視線をあわせるためしゃがむ。





(・・・なんで。)





気まずくなんて、なるんだろうか。






「・・・テーピング。」


「え?」


「固定する奴?伸び縮みする奴?確か3つって書いてあったよな。」


「あっ・・・・えっと。」






俺のすぐ側で立ちっぱなしだったこいつも、同じ目線までしゃがみ、



持っていたカバンからメモを取り出す。



見えた横顔に、さきほどの気まずさの色は見えない。





(・・・・・・・・・)





俺は話した。こいつが聞きたいって言ったから。



・ ・・・言葉があふれたようにこぼれてきたから。



こいつは泣いてた。



・ ・・なんでかは知らないけど。



でも、その後の部活は普通に接していたはず。






「うん、3つ。・・・確か柳くんは、伸縮するようなものって言ってたよ。」


「ふーん。・・・(じゃあ)」






テーピングの種類がいくつか並んでおいてあるそこで、俺は目当てのものを目で探す。



白いテープ。



パッケージに‘伸び縮み’の飾り文句。



これでいいかと手を伸ばす。







「「!」」







それは、同時の行動で。



2人とも目当てのものを同時に見つけて、同時に手を伸ばして手が触れてしまった。



俺の隣でしゃがみ込むこいつは、急いで手を引っ込めると、



困ったような顔をして笑って。






「ごっごめんっ・・・・」


「・・・別に。」






その表情をまじまじと見ることなんかもちろんできない。



俺はさっさと目当てのものに手を伸ばしなおして、



3つ、同じ種類のテーピングを手にした。



視線に入った横顔。





(・・・・・ああ、そっか。)





さっき見た顔色と同じ。気まずそうに触れてしまった手を抱えてる。



俺はテーピングを手にしたまま立ち上がる。






「・・・ドリンクの粉はお前のほうがわかるだろぃ?」


「あっ・・・うん。」


「そっち。」






俺がスポーツドリンクの粉の種類がいくつか置かれている棚に指を差せば、



こいつはそっちに視線をやって、立ち上がり。



ドリンクの粉を探り始めた。




(・・・・・・・・・・)




なんだか、その背中がかすかに緊張しているようにも見える。



朝からずっと噛んでいたフーセンガムを膨らます。



・ ・・その背中からそらした視線と覚えた違和感。



・・・・ああ、そっか。



少し話しをしたくらいじゃダメなのか。



気まずさは、2人が覚え、感じてる。



ああ、そっか。



これが、俺が今まで築き上げてきた。



























































































































こいつとの溝。








































































































































































「・・・丸井くん、あたしがレジに行って来るから・・・・」


「・・・・ん。」





手にしていたテーピングを渡せば、それを俺の手から取り



レジに向かって歩いていくマネージャーの姿。



俺は先に出口に向かっていく。





(・・・・・・・・・・)





ジャージのポケットに両手を突っ込んで、1人の時間をさまよってみる。



思い返せばそうだった。



あいつに対してちょっと過保護すぎるレギュラーは、よくあいつと話をしていたし、



あいつもよく楽しそうに仁王や赤也といる。



考えてみればそうだった。



俺は、こいつとコミュニケーションって奴をとった時間が



他のレギュラーより圧倒的に少ない。






(・・・・・・・・だから、気まずいのか。)






交わしてきた言葉さえも、明るいものではなかった。



認めてないわけじゃない。



マネージャーとして。








「・・・丸井くん!終わったよ!」



「・・・おう。」








必死だし、よくやってる。



片手に会計を済ませたものが入ったビニール袋を持って、



俺に歩み寄ってきたこいつ。



笑っているが、なんだか無理をしているようにも見える。



・・・・認めてないわけじゃない。








「・・・貸せよ。」



「あっでも軽いし・・・」



「いいから。」








こいつの手から荷物を奪うと



それを手に、俺は次の目当ての店へと歩き始める。



俺の行動にあっけにとられて、そいつが動けないでいるのがわかって俺は振り向いた。











「俺が何のために来たと思ってるんだよ。荷物運びと道案内だろぃ?」











少しだけ叫びかけるかけるように。



もう俺がそれくらい距離があるほど、そいつを置いて歩いてしまったからだ。



目を見開いて、驚いていると言うよりは、少しのとまどいを見せた表情をするそいつ。



俺は足を止めて見据える。



・・・認めてないわけじゃない。



必死で。よくやってる。



仕事も速くなったし、ミスも少ない。



認めてないわけじゃない。



・・・・違う。







(認めてる。)







だから。







「ぼーっとしてんなよ!行くぜぃ?」



「(!)うっ・・・うん!!」







思わず、笑った。



あまりに戸惑って見えたから。



笑って声をかけると、こいつが俺に駆け寄ってくる。



俺は再び歩き出し。



並んで、次の店を目指す。








「そういやお前、クラスは?幸村いないけどうまくやってんのかよ。」



「あっ・・・・うん!クラスの女の子達みんな親切だから。」



「苦手な教師とか見つけた?」



「・・・・・・・・・・」



「・・・なんだよ?」



「・・・前に赤也も同じこと聞いたなぁって。」








笑った。








「・・・・赤也?」



「うん。・・・・生物の先生が、ちょっと苦手かな。」



「あーあの薄らハゲな。」



「・・・同じような話もしたよ。」









苦笑というのか。



けれど楽しそうに笑うから、どこかで胸をなでおろしている俺がいる。




(認めてる。)




だから、築いてしまったこの深い溝を。



どうにか、埋めたい。









「そういやさ、ちゃんと道順覚えてるか?」



「・・・・た、ぶん。」



「・・・・不安だな。お前どっか抜けてるもんな。」



「だっ大丈夫!」











今度からの買い出しは、きっとこいつ1人だ。



必死に俺に大丈夫だと言ってくる。



おかしい。



必死すぎる上に、慌ててる。



さっきまでとは打って変わって、俺もこいつも表情が柔らかくなった気がするから、



俺はこのまま会話を続けようとする。








「・・・なんか、悩みとかねぇの?」



「・・・悩み?」








・ ・・・しまった。こんな話への飛躍は突飛過ぎる。








「・・・んー。・・・とくには。」



「(だよな。)・・・・マネの仕事、慣れたっぽいよな。」



「だいぶ。まだ、失敗もあるけど。」








話題を、探す。



無理やりにでも、話を。



隣を歩きながら、俺に笑って見せるから。



そうやって。































笑ってりゃいいのに。
























































































































































































「・・・・・・・でもダメじゃ。には好きな奴がいるとよ。」








さん。俺がもらいますね。」




































































































































































































































































「・・・・・・・そういやさ」





笑ってりゃ、いいのに。



そう思うから。



気まずさなんて、もう、作りたくはなかった。

















「お前、好きな奴とかいないの?」
















探した話題。



見つけた記憶の中で仁王と赤也の声。



・ ・・・しまった。



これも話の飛躍。突飛な飛躍。



でも、声にしてしまえば後の祭りだった。






「・・・・・・・・・・・・・おい?」


「えっ・・・・・・あっ!・・・・・え?!」






街中を、次に店に向かって歩いていた。



もうすぐ二件目。



俺の隣を歩いていたこいつが、俺の突飛な質問に黙り込んだから、声をかけなおす。



・ ・・だいぶ慌ててる。





(・・・仁王の言ったとおりなわけな。)





いるのかよ、好きな奴。



顔を赤らめて、足元を見ながら歩く横顔。



口元を少しばかり手で覆って。



何か言おうとしているのは、なんとなくわかった。






「・・・よ。」


「ん?」






吹くのはいつもより冷たい風。



頭の上の青。



両手はジャージのポケット。



足は二件目の店の前に来ていた。
















































































































































「・・いっ・・・いるよ、好きな人。」
































































































































































自動ドアが開く。



俺より先に、足早にこいつが店舗に入る。



まるでその表情を隠すかのように。



赤い、顔をして。



少しムキになって。



精一杯な声で。



言い放って。

















「・・・・・・・・・・・・・・」

















・ ・・・・・・・・・俺の心臓が、うるさい。







(うるさい。)






どくん。







うるさい。










「まっ丸井くん!ボールはこれでいいの?」










どくん。





うるさい。





うるさい、うるさい。









「・・・・・ああ。それ50個だったよな。」









店に入ってすぐに、あいつが見つけたボール。



ボール5個が一つの筒に入って売っている。



俺はその問いに答えを返して、



自分は、残りの買い物。練習用ラケットのグリップテープを選びに行く。



横目で確認したその姿は、買い物用の籠を持ってきて、見つけたボールをそこにいれていた。







どくん。






(・・・うるせぇ。)






どくん。






(うるせぇよ。)






・ ・・なんだよ。



なんだって言うんだよ。




















































































































































うるせぇよ。






























































































































































































































































































































































「はっ半分持つよ!」


「いいって言ってんだろぃ。」


「でもっ・・・・・」


「・・・・俺がお前とここに来た理由は?」


「・・・・・・荷物運びと、道案内?」


「わかってんじゃねぇか。」






俺が笑って言えば、こいつは少しうつむいた。



俺の片手にはテニスボール50個が入ったビニール袋。



もう一方にはテーピングとドリンクの粉が入った袋。



こいつはそっちの袋にボールを半分移して自分も持つと言うが、



それだと俺がここに来た意味がない気がしたから拒否をした。



確認した横顔。




(・・・・そんな顔、してんな。)




申し訳なさそうになんか。






「・・・残金どれくらい?」


「え?」


「なんか食って帰ろうぜぃ。少しくらい使っても文句言われねぇって!」


「・・・・残金、60円だけど。」


「・・・・は?」






部費の入っていた封筒を、俺の隣で確認するこいつ。



聞いた金額に、浮かんだ名前はただ一つ。






「・・・・柳の奴。」


「・・・やっぱり、柳くんかな。ぎりぎりのお金しか渡さなかったんだね。」






笑った。



本当に、そうやって笑ってりゃいいのにと思わされる。



いつも。



俺の心音はだいぶ平静になってる。



・ ・・・さっきのは本当になんだったと言うのか。






「・・・・・・・・」






うるさくて、うるさくて。



仕方がなかった。



来た道を今度は学校に向かって戻る。



買い出しのペースはなかなか速かったと思う。



この分なら、午前中の練習の半分くらいには、出れる気がした。






「・・・・あっ。ねぇ丸井くん!」


「あ?」


「この道は?この道行ったほうが学校に行く近道じゃない?」







途中道は二手に分かれる。



どちらでも学校に確かにたどり着けるし、今こいつが指差した道のほうが



学校には早く着く。



・ ・・・・でも。



その、道は。








「行こうよ!丸井くん。」


「・・・・・・・・(・・・ダメだ。)」








その、道は。












<ガサッ>











俺の片手から、テーピングとドリンクの粉が入っていたビニール袋が落ちる。














「・・・・・・・・・・・丸井くん?」



「・・・・・・・・行くな。」



「え?」











落ちたビニール袋を持っていた手は、



その道に進もうとするこいつの手をいきなり掴んで制止させる。







「・・・行くな、その道は。」



「・・・丸井くっ・・・・・・」






その道をまっすぐ進むと一つの交差点がある。



一つの、交差点が。
























































































































































































赤く染まるが、横たえていた交差点が。
































































































































































































































































































































「・・・・行くな。」



「・・・・・・・・・・・・」






こいつの目が、まっすぐ俺を捕らえていた。



気付いて。



自分の突然の行動にも、目の前にいるこいつのあまりに冷静な表情にも気付いて。



掴んでいた手を、離した。








「・・・・ごっごめんね!来た道戻らないと私が道覚えられないよね!!」


「・・・・・・・・・・・・・」








こいつは、俺が落としたビニール袋を拾うと、最初に来た道を歩き始める。









「行こう!丸井くん!!」


「・・・・・・・・・・・・・・」









春風が、冷たい。



空いてしまった片手を、目の端に映した。










どくん。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うるさい。

















(・・・・・・・・・。)

































































































































































心臓が、うるせぇんだ。





























































































































































































































































































































見えてきた学校の校舎。



テニス部の掛け声も聞こえ始めてきた。



いきなり始まってしまった再びの沈黙。



今は、少し先を歩くその背中を、



俺が追うような形で歩いていた。



距離という距離ではないが。



それでも。表情はお互いわからない。





俺の、言葉に。





俺の突然の言葉に、こいつは何を思った。



思わせてしまった?



認めてないわけじゃない。



違う。



認めてる。



だから、築いてしまったこの深い溝を。



どうにか、埋めたい。



気まずさなんて、もう・・・・。









「あっ。・・・・桜。」









春風が、冷たい。



俺の前をいく背中。そいつから思わず漏れたような声。



学校にはあと少し。



近づいてきた分だけ、春風に乗せられてきた裏庭の桜の花びらが、俺たちの近くを舞っていた。















「「・・・・・・・・・・・・・・・」」














なぜか。



その場で2人とも足が止まってしまう。



・ ・・・・・・・なぜか。



その小さな背中を、見ていた。



青空に舞いあがる桜を見上げる、その背中を。

























「春なんか、大嫌いだ。」


























なぜか。あの日の俺の声を思い出した。



舞い散る桜を見上げて。



お前が思い出しているのが、あの日の俺の言葉である気がした。



その小さな背中に



吹き付ける春風が。



少しばかり、冷たすぎる気がした。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は好き。」









少しばかり。

















































































































































「私は、春が好き。」



















































































































































































































































































吹き付ける春風は少しばかり、冷たい。







「テニス部のみんなに。・・・・・丸井くんに、会えた季節だから。」







とまったままの足。



震えているようにも聞こえた細い声。



振り返るそいつと、なんだか泣きそうな顔。



泣きそうな、顔。










どくん。









どくん。










どくん。











どくん。





















(・・・・・・うるさい。)

















どくん。















どくん。














「・・・・・なっなんかごめん!!かっ勝手なこと言ったね!!」



「・・・・・・・・」



「・・・行こう、丸井くん!丸井くんも早く練習しなきゃいけないもんね!!」











どくん。












どくん。












俺の前を早足で歩き出したそいつ。



俺の足も、少しの戸惑いを見せながらも進む。








「あっ!お帰りなさい!!さん!!」



「早かったのう。」



「ただいま!」



「丸井、無駄使いしなかったか?」



「・・・・・うるせぇジャッカル!柳にさせてもらえなかったんだよ!!」








踏み入れたコート。



明るい雰囲気。



俺も、こいつも。



笑って、レギュラーの迎えを受ける。









どくん。









どくん。










(・・・・・・・・うるさい。)









どくん。









うるさい、うるさい。










「早かったな、丸井もも部室に荷物を置いたら、コートに来てくれ。」


「うん。」


「・・・・・・・・・・」










柳の声に、こいつが笑って返す。



開けられた部室のドア。



先にこいつが入って開け放されたままの部室に俺が入る。







「丸井くん、荷物そこにおいて、すぐコート行ってくれていいよ?あとは整理しておくから。」



「・・・・・・・・・・」



「・・・・丸井くん?」








俺の手にあるボールの入ったビニール袋を受け取ろうと、



こいつが俺に歩み寄ってくる。







どくん。







・ ・・・・・心臓が、うるさい。



うるさい。































































































「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」



「・・・・・・・・え?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




































































































































どくん。











(うるせぇんだよ)











「・・・・ごっごめん。」



「・・・・・・・・・・・」










違う。



違う、違う。



俺はボールの入ったビニール袋を、部室の机の上に投げやりに置いてしまう。



どさっと大きい音がした。



こいつの表情も見ることができなくて。



俺はすぐ様部室からでて、ドアを閉める。









「・・・・・・・・」









‘近寄んな。’



なんでだよ。



違う。



謝らせたいわけじゃない。



もう、傷つける言葉なんて声にするつもりはないのに。













どくん。














どくん。













うるさい。












「っ・・・・・・・・・・・・・・」












心臓が、うるさい。















どくん。













どくん。













どくん。












どくん。













(・・・誰か。)












うるせぇんだよ。











どくん。










どくん。









この心音を誰か止めてくれ。









どくん。












どくん。











どくん。













どくん。
















































































































































































































この心音を、誰か。
















































End.