あたしの転校初日。




この日は入学式とそれに続いて始業式が行われ、




それが終わると後は生徒による軽い清掃。




授業がとくにない今日はそれが終わればすぐに放課後。




部活動の時間になる。


































『8分前の太陽2』











































さん。部活見学は?」


「あっ、もう部活決まってて・・・」


「え?何はいるの?吹奏楽とか?」


「えっと・・・・・」





クラスメイトは授業がなかったけど配られた教科書類一式のため、



いつもより重くなっているんだろうカバンをそれぞれ手に持ち、教室を1人、また1人と後にしていく。



あたしは今日配られたプリントや教科書、



お財布とか携帯が入って重くなっている学校指定のカバンの中を整理して



ちょうどカバンのチャックをしめたところだった。



今日一日でだいぶ話しかけてきてくれた女の子達が、再びあたしの机のところにやってきてくれていた。





「運動部?」


「いちよそうかな?」


「なんだ、さん勧誘しようと思ってたのにな」


「で?何部なの?」


「テニス部だよ」


「「「「!!」」」」





あたしの背後に聞こえてきた声に



あたしだけじゃなく、その場にいた女子たちみんなが驚いた。



あたしは自分の席についたまま体をひねって振り向く。





「ゆっ幸村くん!」


「待たせてごめんね、行こうかさん」





柔らかい笑みを浮かべた彼がそこにいた。



幸村君はSHRが終わった後一度も教室に戻ってこなかった。



クラスのみんなの話によると部室か保健室にいるはずだとのこと。



幸村君の姿が見えないのは先生も了解済みのことらしい。



本当は入院中だと何度も頭の中で反復すれば納得のいくことだった。





さん男テニ?!」


「うっそ!いいなー!!」





ぽかんと口をあけて、固まっていた女子たちがいきなり状況を理解したのか、



きゃーきゃーと盛り上がり始めた。



視線を彼女たちに戻せばあたしはその盛り上がりに驚く。



うらやましいという声の嵐だ。



廊下を歩いていてみんなに振り返られる丸井くんといい、そして幸村君といい、



男子テニス部の部員は相当モテるのかな。



2人とも確かにかっこいい。



そう思うけど。





「行こう、さん。」


「あっうん!」


「幸村くん、さん!また明日ねー!」


「バイバーイ!!」





先を行く幸村君のあとを席を立ち上がってあたしは追った。



教室の入り口までくるとさっきまで一緒に話していた女子のみんなが手を振ってくれたので



バイバイと言って振りかえす。



幸村君はそんな彼女たちに笑いかけると、



ちょうど廊下をでたところでさっきまでいた教室から歓声が聞こえた。





「クラスのみんなとは仲良くなれたみたいだね」


「あっ・・・うん!みんな話しかけてくれて・・・」


「うちのクラスの女子たちはいい子だよ。他のクラスの子とくらべたら断然。」


「・・・そう、なんだ」


「きっともっと仲良くなれるよ」


「ありがとう、幸村君」





廊下を歩きながら見る幸村君の柔らかな笑顔。



クラスの女子たちはみんないい子だよ、という幸村君の後ろに何か黒いもやが見えた気がしたけど



気のせいだと頭を振った。



隣の彼はあまりに清楚で儚く見える。



黒いもやなんて気のせい、気のせい。





「ふふっ・・・うちの部員たちとも仲良くなってるくれるとうれしいな」


「(!)がっがんばります!!」


「ふふっ・・・うん」





そうだ、これから初めての部活。



まだ歩きなれることのないこの廊下をぬけて、昇降口から出ればそこは外。



初めてこの学校に見学に来たときにも見た立派なテニスコート。



きっと、あの場所に向かっているのだと



幸村君の隣、彼の跡をついていく。




(・・・・緊張するな)




この学校は部活か生徒会に入ることが必須。



きっとクラスの女の子達もあのあとそれぞれの部活へ向かったのだろう。



折角幸村君が誘ってくれた部活だ。



精一杯頑張ろうと思う。





「・・・緊張してる?」


「・・・少し」


「それは頼もしいな」


「うっ嘘!ものすごく緊張してる!!」


「ははっ・・・大丈夫だよ」





幸村君は落ち着いてる。



口元に手をあてて、嫌味にはけしてなることはないだろう笑い。



さすが部長。



本当に同い年なのか、自分が恥ずかしくなってくる。



昇降口で靴を履き替え、少し歩けば、



視線の先に緑のコートが見えた。




(がんばろう)




自分で入ろうと決めたのだから。



・ ・・・・動機は、ちょっと不純だけど。



早く学校になれるためにも。友達を作るためにも。



打ち込めることを見つけてみたい。



これは与えれたそのチャンスかもしれない。



深く呼吸を吐いて吸う。



あと少しでコートだ。



脳裏にちらっと赤い髪。




(・・・・・・・・・・・動機は、ちょっと)




動機はちょっと、不純だけど。



さあ、前に足を踏み出して。



もうすぐ、あたしの始めての部活が始まる。












































































































































































「・・・・へえ、転校生。」


「ブン太さんはもう会ったんすか?」


「おう。朝迷ってた。・・・結構おもしろい奴だったぜぃ」


「・・・惚れた?丸井」


「アホか、仁王」





コンクリートの階段を下りれば、そこはすぐコートだった。



幸村君の足が少し止まってあたしは彼の横顔を見た。



幸村君はまっすぐにコートを見据えると再びすぐに足を進めた。
















「誰が惚れるかよ」













コンクリートの階段を下りるとテニス部のジャージなんだろう



オレンジがかったユニフォームを着た部員たちが幸村君に気付き始める。



コートに一歩足を踏み入れた幸村君。



あたしもそのあとをとまどいながらついていき、コートの緑に足を乗せた。



幸村君はユニフォームじゃなく制服姿だったけど明らかに他の部員と威厳が違った。



目の色も違う。




(・・・すごい。これが部長の彼なんだ)




その圧倒的威圧感に驚く。





「あっ!幸村部長!!」


「・・・ホントじゃ」


「幸村部長ー!」





幸村君もあたしも声が聞こえた方向を見た。



誰かがこっちに向かって手を振ってる。




(・・・あ。)




部員はすでに全員が幸村くんに気付き、それぞれ頭を下げていた。



手を振っていた明るい声の持ち主がこっちに向かってくる。



そのあとをゆっくりと歩いてくる二つの影。



1人は銀の髪をなびかせて。



もう1人は、見知った赤い髪をふわっと揺らして。






「赤也。真田と柳は?」


「向こうがわっすよ。ほら。もうこっちに向かってます。」


「幸村。今日学校に来てるとは聞いてたがこんなとこにいていいんか?」


「新学期初日に部長がいないんじゃ格好がつかないと思ってね、仁王」


「元気そうじゃん。安心したぜぃ」


「ふふっ・・・丸井もね」






彼らの視界にあたしははいっていない。



幸村くんを囲んで、手を振っていた天然パーマの彼と、銀髪の彼。そして丸井くん。



「「「「「「「きゃー!!」」」」」」」



突然聞こえた悲鳴に「何?!」と周りをきょろきょろと見回すと



コートの周りに女の子達のギャラリー。



さっきまであまりの緊張であたしの目には映っていなかったのだ。



やっぱりモテるのね、男子テニス部。



確信に変わった予想。



ちらっと目をやれば、確かに顔のいい4人組みが笑って話してる。






「・・・・ん?幸村部長。それ誰?」


「・・・新しいマネージャーだよ、赤也。」


「マネ?」






あたしに気付いた天然パーマの彼。



幸村くんを囲んでいた全員の視線が一気にあたしを捕らえる。



目が合ったのは丸井君。






「・・・・あれ?お前っ・・・・・」


「あ・・・・・・」


「幸村くん!」


「幸村!」


「やあ、柳生。ジャッカル。」






交わそうとした言葉は新たにやってきた部員2人によってさえぎられる。



今度は1人は眼鏡をかけていて。もう1人は色黒の・・・・スキンヘッド?だった。



さらに幸村君の視線は新しい影に向く。





「真田、柳」


「幸村。大丈夫なのか?こんなところに来て」


「・・・・すぐに病院に帰るよ、真田。新しいマネージャーを紹介したらね。」


「幸村」


「彼女の指導は柳に頼むよ。仕事は柳が教えてやってくれ。」





全員で8人。



幸村君があたしに目を向ければ、すべての視線があたしに注がれる。



なんだか、圧倒される。



みんなとても威厳がある。





「「「「「「「「きゃー!!」」」」」」





そしてなんて整った顔をしてるのか。



なんでみんな同い年に見えないのか。






「俺が頼んだんだ。今日から彼女が俺たちのマネージャーだ。」






幸村君があたしの隣へと歩きながら声にする。



あたしと同じく幸村君以外のメンバーを見渡すとあたしの肩にそっと手を置いた。



そして、気付かされる。



あたしが震えていたことに。





「あっ・・・・」


「大丈夫だよ。彼らがテニス部のレギュラー。君にはレギュラー専属のマネージャーになってもらう。さあ、自己紹介。」





幸村君は柔らかな笑みをあたしへと送る。



溜息に似た形で一度息を吐く。



目の前にいる7人を一人ひとり見渡せば3人がかすかに笑っていて。



残りの4人は無表情。



かすかに笑っている3人とはコートにきたとき一番に幸村君の元に集まってきたメンバー。



あたしの目は、赤い髪の彼に行く。




(・・・丸井君)




レギュラーなんだ。



今朝の彼の遠くからの叫びが思い出される。



確か天才的妙技を見せてくれるって、そう言ってたな。



目が合えば、丸井君が笑った。



小首を軽くかしげて。



今朝にも見た、あの笑顔。



意を決して、自己紹介。



名前とそれからこれからよろしくって。




























「今日転校してきたばかりです。といいます。これからよろしくお願いします!!」







































言い終わると同時に頭を下げた。



ドキドキと鳴る心臓。



緊張した。初めてクラスで自己紹介したときの比じゃないくらい。



一呼吸おくと顔をあげる。





「(・・・・え?)」





あたしの目の前にいる7人は固まっていた。



目を見開いて驚いた顔をしてる人もいる。



丸井君がそうだった。



あたしは気付かない。



あたしの隣にいる幸村君が柳君と目を合わせて小さくうなずいたのを。



・・・あたし、また何か変なこと言ったのかな。





































・・・・・・・・?・・・・・・」























































































































天然パーマの彼があたしの名前を反復した。



なんだろう。確か初めてクラスで自己紹介したときも同じような感じがして・・・。



ううん。今の空気はなんだかその時より重い。





「あの・・・・・・」


・・・・・」


「・・・・・・・・・・ゆっ幸村君っ・・・・」





今度はスキンヘッドの彼があたしの名前を反復する。



おかしな沈黙。



嫌な空気が流れてる。助けを求めてあたしはあたしの隣の彼を見る。



でも幸村くんはあたしにそっと笑うだけ。



視線を戻せば




(丸井くん・・・・)




丸井くんは、あたしをにらんでいた。



なんで。・・・・・なんで?






「・・・へえ。・・・かわいいっすね!」


「え?」


先輩って呼んでもいいっすか?」


「あの・・・・・」


「俺、噂のエース切原赤也っす!赤也って呼んでくださいよ」






突然の明るい声。



あたしの目の前に歩み寄ってあたしの顔を覗き込んできた天然パーマの彼、切原くん。



あたしににこっと笑ってくれた。



なんだか、それがとてもかわいかった。





「あっ赤也くん?」


「呼び捨てでいいっすよ!」


「赤也?」


「・・・・・・ずるいのう、赤也ばっかり。俺もって呼んでもよか?」


「えっと・・・・」


「仁王雅治じゃ。好きに呼んでくれてよかよ?よろしく、


「あっ・・・よろしく!」





今度は銀髪の彼。



手を差し出してくれたのでそこに素直に手を重ねて握手をした。





「柳生です。これからよろしくお願いします。さん。」


「よろしく」


「俺はジャッカル桑原」


「ジャッ・・・ジャッカル?」


「・・ハーフなんだよ」





なるほど。と手を叩く。



あたしは納得したのかしてないのかよくわからなかったけど。



空気がさっきとまるっきり変わった。



がらりと変わった。



和やかな雰囲気。





「副部長の真田だ。」


「よろしくお願いします。」





なんだか、先生と対面しているようで真田君には思わず敬語。





「柳だ。仕事はいろいろとあるがよろしく」


「仕事がんばって覚えるね。よろしく!」





さっきの雰囲気はなんだったのだろう。



心のもやもやは晴れなくて。



ただ、あたしを囲むようにしてみんなが一人ひとり名前を教えてくれる。



あたしは必死に名前を反復して覚える。



赤也、仁王君。柳生くん。桑原君。真田君。柳生君。



それから。



・ ・・・・・・・・・・それから。






「・・・・・・・・あのっ・・・丸井くん・・・・」






みんなの間をぬって視線を通す。



赤い髪の彼と目を合わせる。



丸井君は、いまだその瞳をするどくさせ、あたしを見ていた。





「よっよろしくね!」


「・・・・・・・・・・・・」


「おい丸井。お前も自己紹介しろよ」


「うるせえ、ジャッカル。・・・・名前ならもう言ってある。練習行くぞぃ」





・ ・・・・わからなかった。



あたしには、なにがなんだかわからない。



丸井君が背を向けてネットの張ってあるコートのほうへ歩いていってしまった。



桑原君はそのあとを追いかける。



残ったみんなはそっと目を合わせていたけど。



あたしはその様子にすぐに気付いた。






「・・・真田。あとは頼んだよ。」


「ああ」


「あの・・・幸村君・・・」


「俺もって呼んでもいいかな?」


「うっうん・・・・」


「練習を始める!レギュラーはAコートに集合だ!」






真田君の一声にみんなは背を向け歩いていってしまう。



この場に残るのはあたしと幸村君と柳君。



赤也がまたあとでねと言ってあたしに手を振った。





「柳。」


。今日はこのあと俺が仕事を教える。」


「・・・幸村くん・・・・・」


「・・・・君なら大丈夫」


「え・・・・・?」


「そう思ったからマネを頼んだ。」





あたしを見る幸村くんは柔らかな笑顔。



優しい瞳はあたしを励ます。



でもなぜか、その言葉は意味がありそうで。



きっとただあたしを励まそうとしてくれているだけなのに。





「じゃあ俺は行くよ。柳、真田に伝えてくれ。苦労をかけると」


「ああ。それじゃあな」





立ちすくむあたし。



風のように去る幸村君。最後まであたしに笑顔を向けて。



病院に戻るのだろうか。



今度はいつ会えるのかな。





「幸村君っ・・・・」





あたしの声に幸村くんが振り返ってくれる。














「がっがんばります!!」














これは、本心。



ただの本心。



あたしにこの部に入る機会をくれた幸村君にただ伝えたかった。



再びの笑顔に心が静まる。



すごいな。・・・・これがテニス部部長の彼なんだ。





「柳君」


「・・・なんだ」


「仕事!教えて下さい!」





気になることはある。



さっきのあたしの名前を知ったときのみんなの雰囲気。



丸井君のあの目。



沈黙の中、流れる嫌な空気。





「テニスのルールはどれくらいわかるんだ?」


「前の学校で授業であつかった程度・・・・・」


「今日俺のノートを貸すからできるだけ中身を覚えて来い」


「・・・・・・ノート?」





気になるけど、今は覚えなくちゃならない。



みんなの名前。



あたしがやるべき仕事。



がんばると決めたから。



がんばるといったから。



気になる心のもやを晴らすのは。



知るのは、もう少しあとだっていい。



・・・そのはずだ。





「朝と放課後。必ず一番に来てやって欲しいのは部室の掃除とネットはり。それからボールをだして・・・」





用具の説明をしつつ、仕事の説明をしてくれる柳君。



あたしは習った一つ一つをその場で反復。





(ドリンク、タオル。ドリンク、タオル・・・・)





「それからスコアを書くことと部誌をつけてもらうこと。あとは・・・」





スコア、部誌。スコア、部誌・・・・・。



コートの隅で歩き回っては説明を受けるあたし。



コートでは傍から見てもこれが本当に中学生レベルなのかと驚かされるほどの



ボールの打ち合いと身のこなし。



赤也と仁王君が打ち合ってる。



ギャラリーからの歓声。




(・・・すごい)




目の前の柳君もあんなすごいレギュラーの中の1人なんだ。



そう思うと圧巻される。



ふいに



赤也と仁王君の打ち合いの行われるコートの近くで、ベンチにもたれている赤い髪が目に飛び込んできた。






「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・?」


「あっうん!スコアと部誌!!」


「・・・それから道具の片付け。」


「・・・・・・はい」






今は、覚えなきゃ。



必死に覚えなきゃ。



頑張らないと。



気になる心のもやを晴らすのは



もう少しあとだっていい。




(・・・・あとだって)




赤い髪が揺れる。



丸井君がフーセンガムを膨らましていた。



目は、あわない。



笑わないかな。



・ ・・・どうしてにらまれたんだろう。



あたし、何かしたかな。




(・・・・笑わないかな。)




。」


「あっうん!片付けだね!!」


「用具はもとあった場所で・・・・」





今は。



今は覚えなくちゃ。



仕事。それで慣れてきて、あたしの心に余裕ができて



それからでいい。



心のもやを晴らすのは、それからだって遅くないよね?



がんばるって決めたから。



あたしは完全に意識を柳君の説明にだけ向けた。



・・・・・だから、知る由もなければ聞こえるはずもない。



遠く離れたベンチに持たれた丸井君のつぶやき。



とても小さくて、かすれて、声にならないようなそんなつぶやき。



彼自身、声にするつもりなどなかっただろう、なんだか寂しくて苦しい



そんな、つぶやき。














































































































































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

































































End.