<バタンッ>
部室のドアが、閉まる音がする。
「・・・・・・・・・・・・」
丸井くんが出て行って1人、閉まったドアを見つめる部室の中。
・・・・・・・・・どうして、なんだろう。
どうして。
「私は、春が好き。」
丸井くんの心にさわるようなことを、言ってしまったんだろう。
わかっている、はずなのに。
わかっていた、はずなのに。
『8分前の太陽20』
買出しのために、学校から街中に向かう途中の道。
少しだけ、いつもより冷たく感じる風は、
なぜか心地よかった。
なんでかな。
・ ・・自分でも驚くぐらい、心が静かだったからかもしれない。
あの日。
丸井くんが、さんのことを話してくれた。
けして踏み入れることを許されなかった丸井くんの心に、
少しだけ近づけた気がしていた。
レギュラーのみんなも、いつもみたいに笑ってくれていたから。
これでいいのだと、全部丸く収まったのだと思った。
歩き始めたばかりの沈黙は風と一緒に私の頬を撫でたけれど、
以前のような気まずさを覚えることはなかった。
ちらっと見た丸井くんの横顔。
初めて校舎を一緒に歩いたときと一緒だった。
・ ・・・大丈夫。
今は、笑ってくれるから。
「・・・・・ってかさ。」
「・・・え?」
「・・・・なんでくじ引き?とか思わねぇ?」
突然の丸井くんの声に、少しだけとまどった。
そういえば、私は他のレギュラーのみんなと比べて、
あまり丸井くんと話したことがなかったんだ。
思い出したのは、丸井くんの私に向ける嫌悪の目や、拒絶の言葉で。
「・・・ってか、なんで俺が買出し?ここは2年の赤也だよな、普通。」
「・・・ごめん・・・・」
「・・・・お前が謝んなよ。」
「あっ・・・そうだよね。」
その時とても、怖くなった。
2人しかいない。
赤也や仁王くんみたいに場の空気を換えてくれる人がいない。
また、あんな風に戻ってしまったらどうしよう。
また丸井くんが笑わなくなったらどうしよう。
頭の中はぐるぐると回る不安だらけ。
嫌われたくないと、思った。
そう思ったら、何もかもがギクシャクしてしまう。
体が固くなって
心がうまく働くなって、
普通にしなければ。そう頭では思うのに、普通が何かわからくなる。
・ ・・・どうしよう。
どうしよう。
こんなつもりじゃなかったのに。
買出しが丸井くんと決まったときは、怖さなんかなかったのに。
逆にうれしいと、思ったはずなのに。
どうしよう。
(・・・・どうしよう。)
嫌われたくない。
「・・・貸せよ。」
「あっでも軽いし・・・」
「いいから。」
とまどうのは、全て。
普通にしなければ。そう頭では思うのに、普通が何かわからくなる。
体が固まって、心が働かなくて。
荷物を持ってくれてもお礼もうまく言えない、
そんなギクシャクしてばかりのあたしに。
それでも丸井くんは、
「ぼーっとしてんなよ!行くぜぃ?」
「(!)うっ・・・うん!!」
笑ってみせてくれた。
・ ・・・・大丈夫。
(大丈夫だ。)
きっと、大丈夫。
・ ・・・大丈夫。
今は、笑ってくれるから。
道を進む中、丸井くんが話しかけてくれる。
会話をしていくなかで、今まで見たことのない丸井くんの表情を見つけた。
赤也みたいにいたずらっぽい笑顔をよく見せた。
ときどき、何かを頭に浮かべるときは、
上のほうを見るくせがあるみたいだった。
話せて、いるだろうか。
他のレギュラーのみんなみたいに。
普通に。
普通に。
あたしは、うまく笑えているだろうか。
楽しい。
うれしい。
それは、本当に心から思う感情だったから。
もう、ギクシャクなんてしていないだろうか。
・・・丸井くんは?
今は、何を考えてる?
「・・・・・・・そういやさ。お前、好きな奴とかいないの?」
何を、聞かれているのか。
一瞬で頭は真っ白になった。
なんで、そんなことを突然。
本当に突然、唐突に。
「・・・・・・・・・・・・・おい?」
「えっ・・・・・・あっ!・・・・・え?!」
好きな、人は。
好きな人は、あなたです。
そんなこと、言えるはずもなくて。
歩く道で、うつむいて。
顔が熱を持っているのがわかったから、口元を手で覆って。
でも。
・・・・・・・・・・・でも。
叶わないのは、知っているから。
丸井くんの想いなら、知っているつもりだったから。
それだけは、声にしたかった。
「・・・よ。」
「ん?」
少しだけ、いつもより冷たく感じる風は、
なぜか心地よかった。
冷たい風に
頬をなでて、この熱を冷まして欲しかった。
「・・いっ・・・いるよ、好きな人。」
・・・・喉が、熱い。
自分の顔が赤いのは、自分でもわかった。
丸井くんのほうを見ることもできなくて。
足早に、丸井くんが、立ち止まったお店の中に避難する。
必死な声だった。
必死すぎて、自分で聞いていて参った。
どうか、見えていませように。
どうか。
この想いが、届きませんように。
丸井くんの想いなら、わかっているつもりだったから。
部活に戻るため、歩く帰り道。
どうにか、普通に話せているんじゃないかって。
やっとそう思い込めるくらい、
自然に会話ができてると思った。
丸井くんに持ってもらっている荷物。
申し訳ないと思いながら、
2人、笑えていると思っていた。
「・・・・あっ。ねぇ丸井くん!」
「あ?」
「この道は?この道行ったほうが学校に行く近道じゃない?」
でも。
(・・・・・・・・・でも。)
丸井くんが落とした荷物。
突然掴まれた腕。
強い、力。
「・・・・・・・・・・・丸井くん?」
「・・・・・・・・行くな。」
「え?」
・ ・・・・・どうして?
丸井くんが、辛そうな顔をしている。
踏み出そうとした足は止まり。
あたしは、ただ丸井くんを見据えた。
とても辛そう。
とても。
・ ・・・痛い。
丸井くんに握られた腕が、痛い。
・ ・・・・・踏み出せない。
踏み込めない。
腕が、痛い。
部室で、寝ぼける丸井くんに腕を掴まれたときみたい。
踏み出せない。
・ ・・・踏み込めない。
真っ直ぐに、見据えたかった。
丸井くんの、ゆらぐ瞳の奥を。
踏み入れることの出来ない、哀しみを。
この道の先に、何があるの?
丸井くんは、あたしと目を合わせると、
ゆっくりと、掴んでいた手の力を緩めて離した。
この、
(この道の先に・・・・。)
・・・丸井くんの哀しみがあるの?
「・・・・ごっごめんね!来た道戻らないと私が道覚えられないよね!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
丸井くんが落とした袋を拾う私。
初めに来た道を辿ろう。
早くこの分岐点から遠ざかろう。
「行こう!丸井くん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
風が冷たい。
撫でて。
掴まれた腕の痛みを撫でて。
丸井くんの哀しみを撫でて。
苦しいばかりのこの熱を冷まして。
冷たい。
(・・・冷たすぎるのかな。)
春の風じゃ、丸井くんには冷たすぎるのかな。
できるだけ、足早に。
早くみんなのもとに。
見えてきた学校の校舎。
テニス部の掛け声も聞こえ始めてきた。
黙ったままの2人。
だって、何も言えなかった。
私が先を歩いて、丸井くんが私の後ろを歩いていた。
お互いの表情なんてわからない。
辛そうじゃなければいい。
哀しそうじゃなければいい。
丸井くんが、いつも通りならそれでいい。
青い空が、目に映っていた。
風は冷たいけれど、あちこちで春の匂いがしていた。
春の、匂い。
冷たい風にのって。
目の前を、かすめるように花びらが舞う。
「あっ。・・・・桜。」
きっと、学校の裏庭の。
思わず声が漏れた。
あと少しで学校の敷地内。
そこまで来ていたから、歩くこの道にまで桜が届いていた。
急がなきゃ。
早くコートに行かなくては。
なのに、急に哀しくなって。
怖くなって。
思い出したら。
「春なんか、大嫌いだ。」
足がすくんだ。
青い空に、花びらが舞い上がる。
それを見ていて、丸井くんの言葉を思い出した。
あの日の言葉。
進んでいたはずの足が止まって。
桜の花も、風も、春の匂いも、日差しも。
全部全部哀しかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は好き。」
振り返ることも出来ないのに。
なんだか、苦しくて、切なくて。
だって、
彼女は春が好きだったんでしょう?
寂しい。
そんなの。
「私は、春が好き。」
自分が好きだった季節を、自分のせいで嫌いになったなんて言ったら、
彼女は、寂しいよ。
哀しくて、苦しい。
私も、春が好き。
「テニス部のみんなに。・・・・・丸井くんに、会えた季節だから。」
こんなに、温かい季節はない。
泣きそうになったのは、哀しかったから。
振り返ったのは、丸井くんの表情が知りたかったから。
辛そうじゃなければいい。
哀しそうじゃなければいい。
なのに、
丸井くんは、唇をかみ締めて、
ゆらぐ瞳に、私を映していた。
辛そうだった。
辛そう、だった。
(・・・・・・バカだ。)
あたしは、バカだ。
「・・・・・なっなんかごめん!!かっ勝手なこと言ったね!!」
「・・・・・・・・」
「・・・行こう、丸井くん!丸井くんも早く練習しなきゃいけないもんね!!」
本当に、なんて勝手なことを。
丸井くんの想いなら知っているはずなのに。
「春なんか、大嫌いだ。」
なんで、こんな。
早足で、コートに向かって歩き出す。
春は。
春は、長いばかりで。
桜の花も、風も、春の匂いも、日差しも。
全部、
哀しかった。
「あっ!お帰りなさい!!さん!!」
「早かったのう。」
「ただいま!」
「丸井、無駄使いしなかったか?」
「・・・・・うるせぇジャッカル!柳にさせてもらえなかったんだよ!!」
・ ・・・大丈夫。
レギュラーのみんなが明るく出迎えてくれる中、丸井くんも笑ってる。
(・・・大丈夫。)
大丈夫。
早く、練習に。
いつも通りに、普通に。
柳くんに促されて、部室に行く。
荷物を持った丸井くんも後ろから来て、二人して部室に入った。
・ ・・・大丈夫。
大丈夫だから。
早く部活に。
「丸井くん、荷物そこにおいて、すぐコート行ってくれていいよ?あとは整理しておくから。」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・丸井くん?」
早く、早く。
丸井くんは少しうつむいていた。
赤い髪が表情を隠していて、顔色がうかがえない。
丸井くんの手から荷物を受け取ろうと歩み寄る。
大丈夫。
・・・きっと大丈夫。
いつも通りに、普通に。
早く、早く。
・ ・・・きっと、大丈夫。
「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」
「・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・どうして、なんだろう。
どうして。
私は、バカだ。
「・・・・ごっごめん。」
「・・・・・・・・・・・」
どうして。
丸井くんの心にさわるようなことを、言ってしまったんだろう。
わかっている、はずなのに。
「私は、春が好き。」
わかっていた、はずなのに。
どさっと大きい音がした。
丸井くんが手にしていた荷物を机の上に置いた音。
丸井くんの顔が見れない。
<バタンッ>
部室のドアが、閉まる音がする。
「・・・・・・・・」
どうして、私。
なんで。
なんで?
「・・っ・・・・・・」
涙が、目の前をにじませる。
こんな風にしたくなかった。
こんなつもりなかった。
(・・・・早く、しないと。)
涙がこぼれる前に目元を拭う。
早くしないと、早く部室からでて、仕事をしないと。
買出しで買ってきたものをしまうべく所に片付けていく。
どうして、どうして。
後悔、ばかり。
涙が、あふれてくる。
お願いだから、こぼれないで。
お願いだから。
<ガチャッ>
「さーん?・・・休憩になっちゃいますよ?」
「・・・・・・」
「・・・さん?」
赤也の声だった。
部室の扉を開けて、あたしに声をかけて。
ちょうどあたしは赤也に背中をむく方向を向いていた。
急いで目元を拭う。
・ ・・大丈夫だから。
大丈夫、だから。
足音が、部室に踏み込んだ。
荷物は全部片付け終えたから。
だから、早く。
「・・・さん?」
「・・・休憩?もう、そんな時間なんだ。」
「・・・・・・」
「早くタオルとドリンク準備しなきゃね!」
「・・・柳先輩がタオルだけでいいって言ってました。」
「そうなの?」
明るい声を出して、赤也に笑って見せながら、
私は部室の新しいタオルがしまわれているロッカーを開ける。
急がないと、仕事をしないと。
タオルを両手いっぱいに持てば、赤也が部室のドアを開けてくれた。
「あっありがとう!」
「・・・さん大丈夫?手伝います?」
「え・・・いいよ!」
「・・・・・買い物疲れっすか?」
赤也があたしの顔を覗き込む。
(・・・違うよ。)
疲れてなんかないよ。
「・・・ううん!元気だよ!!」
「・・・・・ならいいっすけど。」
「じゃあ、最初に赤也。はい、タオル。」
「・・・どうも。」
開けられた部室のドアをくぐれば、
青い空の下にでる。
なのに、いつもよりやっぱり風は冷たい。
・ ・・冷たい。
「お疲れ様!」
「。丸井迷わんかった?」
「何言ってるの仁王君!はい、タオル。」
「ありがと」
「はい、桑原君と柳生君もお疲れ様!」
「サンキュー。」
「ありがとうございます。」
レギュラーのみんなは一箇所のベンチに集まり、
個々に渡していくタオルで汗を拭いていく。
赤い髪が見えて、彼に近寄った。
・ ・・・躊躇なんかしちゃいけなかった。
いつも通りに、普通に・・・・。
きっと、大丈夫だから。
「・・・はい、丸井くん!」
丸井くんは、練習を始めて少ししか経っていなかったから。
さほど汗はかいていないみたいだったけど。
ベンチに座っている彼の前まで行ってタオルを差し出す。
目は、あわなかった。
丸井くんは無言でタオルを手に取った。
「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」
すぐにでも、丸井くんの側から離れてまだタオルを渡していない真田君と柳くんのところに向かう。
・ ・・怖い。
また、嫌われてしまったのか。
・・・・・・・どうしよう。
(・・・こんなつもりじゃ、なかったのに。)
こんなつもりじゃ・・・・・。
「・・・はい、真田くん、柳くん。」
「・・・・ああ。」
「どうだった、。初めての買出しは。」
2人がタオルをうけとって、私の手からはレギュラーの人数分のタオルが消えた。
柳くんが汗を拭きながら私に聞く。
「・・・ちゃんと今度から1人で行けると思う。・・・たぶん。」
「・・・・自信なく言うな。」
「がっがんばるね!!」
柳くんがあきれたようにふっと笑ってみせる。
いつも通りを。
普通に、普通に。
そう思うのに、普通が何かわからなくなる。
私、笑えてる?
普通に話せてる?
丸井くんのほうを見ないように。
赤い髪が視線に入らないように。
懸命にベンチのほうを見ないようにしていた。
「・・・・買い物疲れか?」
「え?」
真田君に、赤也と同じことを言われて、
私はびっくりする。
真田君は、私の真正面に来ると背の高い体を少しかがめて私の顔をのぞいた。
そんなことを真田君にされるのは初めてで、私はますます驚く。
「顔色がよくない。」
「・・・だっ大丈夫だよ!!元気、元気!!」
「・・・・弦一郎、今日は早めに切り上げるか。」
「うむ。」
「え?」
「・・・ここのところ忙しかっただろ?精神的にも無理をさせた。」
柳くんの手がぽんっと私の頭にのりそっとなでられた。
背の高い2人の顔を見ようとすれば必然的に上を見て首を伸ばす形になる。
柳くんの手が温かい。
「あー!ちょっと真田副部長も柳先輩も何さん口説いてるんすか!」
「口説っ・・・・?!」
「・・・なんだ赤也。お前も撫でてほしいのか。」
「そうじゃなくて!!」
柳くんの手が頭から離れ。
赤也がどしどしと歩いてきて、柳くんと真田くんにつっかかる。
けれど赤也は柳くんに勝てず。
繰り出す嫌味も次々に丸め込まれていく。
仁王くんが肩を落とす赤也の肩に手をのせた。
「・・・・弱いのう、赤也。」
「柳先輩が強いの間違いじゃないっすか?仁王先輩だって柳先輩に勝てるかわかんないっしょ?」
「やめたまえ切原くん。柳くんと仁王くんが口げんかを始めたら誰が止めるんですか?」
「「「・・・・・・・・・・」」」
柳くん、真田くん、赤也、仁王くん、それから私の輪の中にいないはずの柳生君は
話を聞いていて遠くから赤也に忠告をいれた。
・ ・・・柳君の異名は達人。
部内では参謀。
一方の仁王くんは詐欺師。
確かに2人がケンカを始めようものなら誰がケンカを止めるのか。
「・・・あははっ・・・そうだね!」
「・・・誰にもとめられないっすね。」
「だって、参謀。」
「俺はお前と駆け引きをするつもりはないぞ、仁王。」
「いや、しないでくださいね!!」
赤也が必死。
仁王くんと柳くんの睨み合いとも言い切れない見詰め合いはおもしろかった。
みんなで話をするのも、一緒にいるのも楽しい。
楽しいけれど。
「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」
わざと視線にいれようとしない、赤い髪の彼は、
きっと笑っていないから。
笑おうとすればするほど。
苦しかった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・?本当に大丈夫とよ?」
「あっ・・・うん!大丈夫だよ!!」
・ ・・いけない。
普通に。いつもどおりに。
そう、思うのに。
「・・・・弦一郎。今日は午前中で切り上げだ。」
「えっ・・・・・?」
「・・・ああ。」
「あのっ柳くん・・・・」
「いいから。お前も休まなくてはならないが、俺たちもそろそろ休んだほうがいいんだ。」
「練習再開するぞ!!」
「さん、よかったら一緒に帰りましょうね!!」
「なんじゃ。俺もついてこ。」
「ちょっと!仁王先輩!!」
みんなが、コートに戻っていこうとする。
みんなの背中が見える。
・ ・・・ダメだ。なんで私、みんなにまで心配をかけてるの?
(・・・・こんなつもりじゃなかったのに。)
丸井くんの赤い髪が、揺れてる。
背中が、遠い。
みんなが遠い。
目の前が、涙でかすんだ。
「。本当に今日は早く帰れ。」
「ううん。片付けはちゃんとやってくよ!大丈夫だから、みんなは早く帰って休んで!ね!!」
レギュラーのみんなが着替えを終えて、続々と部室からでてくる。
あたしがコートの片付けをしていると柳くんが近くにやってきて私を早く帰るように促してくれた。
真田君は今日の練習を本当に午前中で終わりにしてしまった。
休憩のあと、2時間ほどの練習で切り上げてしまい。
なんだかみんなに、申し訳なかった。
「俺がさん終わるまで待ってます。ってか手伝いますし。」
「いいから!赤也も帰って早く休む!」
「えー。」
「えーじゃなくて!」
赤也もコートを片付ける私の近くに来てくれた。
少し離れたところでは、レギュラーのみんながこっちを見て、足を止めている。
・ ・・・丸井くんの姿もそこにあった。
「・・・・・・・」
「・・・さん?」
「ん?何?」
「いえ・・・・・。」
「柳くん!みんなちゃんと帰らせてね!!私のせいで今日早く終わっちゃったんだし!」
「。お前のせいなんて言い方は間違いだ。」
・ ・・・なんだか、自分自身で粋がってるのがよくわかる。
また柳くんに、気遣わせてしまった。
コートにブラシをかけるために手にしていたハケを握る力を少し緩めた。
「うん。・・・ありがとう、柳君。・・・・でも、本当に大丈夫だから!」
「・・・そうか。」
「うん!!」
「ちょっ・・・!柳先輩!ひっぱらないでくださいよ!!」
「いいから。片付けの邪魔だ。帰るぞ、赤也。」
「えー!」
柳くんにジャージの襟元を掴まれ赤也がコートからひきづられるようにして遠ざかっていく。
私は苦笑しながら手をふった。
不服な顔をしながら、それでもひきつった笑みで赤也が私に笑って手を振って返す。
柳くんと赤也がレギュラーのみんながいるもとにつくのを、私は見ていた。
「・・・・・・・」
柳くんがしばらくみんなに何か話すと、
みんなは軽く手を上げて、私に挨拶をしてくれる。
私も手を振って、みんなが帰るのを見送った。
みんなの後姿が見える。
赤也なんかは姿が見えなくなるまで時々振り向いては手を振りなおしてくれた。
・・・気のせいだったかもしれないけど。
丸井くんが、一瞬こっちに振り向いた気がした。
(・・・・・・・・・)
揺れる赤い髪から目をそらして。
残った片付けの仕事に、取り掛かる。
冷たい風が吹く。
桜の花びらが目の前で舞う。
「(・・・・・・・・・・なんで。)」
こんなにも、
こんなにも。
涙が、またあふれてきそうになる。
こぼれないで。
・ ・・お願いだから。
お願いだから。
コートを整理し終えて、
用具を片付け終える。
部室に入って、いつもの部活終わりと同じように部誌を書き始めた。
今日あった出来事。
みんなの様子。
練習内容。
・・・今日あった、出来事。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」
どうして。
丸井くんの心にさわるようなことを、言ってしまったんだろう。
わかっている、はずなのに。
「春なんか、大嫌いだ。」
「私は、春が好き。」
わかっていた、はずなのに。
どうして。
(・・・どうして?)
なんで?
・ ・・・私は、バカだ。
本当に、勝手で。
「っ・・・・・・・・・・・・・・」
平気で、
あなたの傷に触れたんだ。
部誌の上に、雫が落ちる。
涙がこぼれる。
後悔の涙。
哀しくて、苦しくて、丸井くんに辛そうな顔をさせてしまった。
あふれて。
あふれて。
拭っても、とまってくれなかった。
「・・・っ・・・・・・」
なんで?
こんなつもり、なかったのに。
手が震えて、部誌が書けない。
最悪だ。・・・最悪。
レギュラーのみんなにまで心配をかけて。
あたしは何もできないのに、みんなは優しい。
笑おうとすれば辛くて。
どこまでも自分勝手で、自分が嫌になる。
嫌に、なる。
<コンコンっ>
「!!」
「・・・・さん。入ってもいいっすか?」
「赤也っ・・・・・」
「・・・・スミマセン。また戻ってきました!あれ?俺うざい?」
突然の部室のドアを叩くノックの音。
聞こえてきた声。
・ ・・待って。
(待って。)
涙が止まらないから。
「・・・さん?入りますよ?」
「待っ・・・!ダメ!赤也!!」
<ガチャッ>
急いで、開いてしまったドアとは反対のほうを向く。
赤也に顔をみられないように。
見られないように拭うのに、拭うのに。
ボロボロと涙はこぼれてとまらない。
「・・・・さん?どうしたの?」
とまれ。
どうか。
・ ・・どうか、とまって。
「・・・・さん?」
赤也の足音が、近づく。
ダメ。
来ないで、赤也。
(・・・来ないで。)
とまれ。
・ ・・どうか、とまって。
「・・・・・さん?泣いてる?」
「違っ・・・・」
「さん、こっち向いてよ。」
「・・・・・・」
「さん。」
肩に、赤也の手がのった。
「赤也っ・・・・」
「・・・・・こっち、向けよ。」
赤也に両肩を掴まれて真正面で向き合う。
必死に手で目元を隠すけど、その手も赤也にとられてしまう。
「離して・・・赤っ・・・」
「なんで、泣いてんの。」
「・・・・・・・・」
「・・・・・ブン太さんに何か言われた?」
「違っ・・・・」
「本当に違う?」
「赤也っ・・・・・・」
涙は止まってくれなかった。
どんなに拭っても、願っても。
こぼれて、あふれて。
赤也は、私の手をゆっくりと離すと
私を引き寄せて、抱きしめる。
「・・・さん、なんでブン太さんが好きなの?」
「赤也っ・・・・」
「なんで、泣いてんだよ・・・」
「っ・・・・・・・」
赤也の声が体中に響く。
私はイスに座ったまま。赤也は私を抱きしめる。
強い力で。
「ねえ、さん。」
涙が、止まらない。
「俺にしとけって言ったら、笑います?」
「赤也っ・・・・」
「俺なら、泣かせないよ。」
涙が、止まらない。
自分勝手な自分が嫌になる。
平気で、あなたの傷に触れて。
泣いて。勝手に、泣いて。
なのに、
笑って欲しいと、思うんだ。
丸井くんに。
笑って、欲しいって。
「ごめんっ・・・・赤也。・・・・ごめっ・・・・」
涙が、とまなかった。
拭っても、願っても。
あふれて、とまらなかった。
涙が、止まらなかった。
End.