「・・・・・・・・・・・冗談っすよ」



「・・・赤也・・・・・・・」



「・・・・・・冗談、だから。さん。」



「・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・お願いだから」





























違う。




























「泣かないでください。」





























違う、違う。












































『8分前の太陽21』










































目にしたのは、横顔だった。



コートを見ている横顔。



足がその場で止まる。・・・・止まってしまったのほうが正しいのか。



朝の空気。



空は青かった。雲がまばらに浮かんでる。



まだ、俺が来たことに気付いていないんだろうそいつは。



伏せがちな目でコートを見ていた。



レギュラーはきっともうほとんどが部室で着替えているんだろう。



もしかしたら今朝の最後は俺かもしれない。



進める足。



俺に気付いたこいつ。






「・・・・・おはよう、丸井くん。」


「・・・・・・」






いつもと同じだと思っていた。



俺が邪険に扱っていても、こいつはいつも俺にみんなと同じ笑顔を向けていたから。



でも、今朝は違った。



何か、とても困ったように、笑う。



その笑みを見て、俺はすぐにでもあいさつを返そうと思っていたのに、できなくなってしまう。









‘・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。’









あんなの、なかったことにできると思った。



いつも通りに接すればすぐに、消えてしまうことだと思った。



あれは本心からの言葉なんかじゃないからだ。



なのに。





(・・・・・・・・・・そんな風に。)





困ったように、寂しそうに、笑うなんて。



いつものようにされたあいさつの返事が声にだせないまま、



こいつの隣をただ通りすぎようとする。



瞬間、見えた表情は、うつむいて、泣きそうで。





(・・・・・違う。)









「・・・・・・・・・はよ。」










その隣を通り過ぎながら、俺はあいさつをどうにか返した。



本当に、つぶやくみたいな小さい声だったけど。



近寄んなとか。



あれは、本心なんかじゃないから。



そのまま歩いて部室の前まで来ると、俺は一度振り向いた。











「・・・・・・・・・・・・・・」












見えたのは、そこで立ちすくむその後姿だけ。













<ガチャッ>











「遅ぇぞ、丸井。」


「あー・・・わりぃ、わりぃ。そんな怒るなよ、ジャッカル!!」


「・・・・・・俺お先ー。」











やっぱり部室の中に入ったのはレギュラーの中で俺が最後だった。



制服からジャージに着替え終えた赤也が、



俺の隣をとおりすぎて、部室のドアノブに手をかけた。



赤也は、その場で一瞬動きが止まったかと思うと、



俺を横目で見てきた。






「(?)・・・なんだよ。」


「・・・・・・別に。」


「(?)」






<バタンっ>





すぐに俺から視線をそらして



赤也が部室のドアを閉めて出て行ったのを皮切りに



レギュラーが続々と俺を通り過ぎ、部室からでていく。







「丸井。急がんと遅刻。」


「わかってるっての!仁王も着替え終えたんならさっさと行けぃ。」


「お先。」






レギュラー全員が去った部室で俺も急いで自分のロッカーを開けて着替え始める。






「・・・・・・・・・・・・」






目にしたのは、横顔だった。



コートを見ている横顔。



伏せがちな目で。



いつもと同じだと思っていた。









‘・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。’









あんなの、なかったことにできると思った。



いつも通りに接すればすぐに、消えてしまうことだと思った。



あれは本心からの言葉なんかじゃないからだ。



なのに。



何か、とても困ったように、笑っていた。



どうしてなんか聞くかよ。






(・・・・・・・・・・・俺が。)






俺が原因だ。



あいつに。



あんな風に、困ったような、寂しいような顔をさせたのは、



俺。



































































































































































































































































































「丸井?次お前の番だぜ?」


「あっ・・・おう!」






滞ることなく進む朝の部活。



これが終わればいつも通りの授業が待ってる。



・ ・・・俺は。






さん!タオル貰っていいっすか?」


「はい、赤也。」


「どうも!」






どくん。







「丸井?」







普通に、笑ってる。



俺以外には。







「・・・なんだよジャッカル!次はお前だろぃ!!」


「俺の番は終わったって言ってんだろ!」


「あっ次俺か。」







視線は、追っていた。



なぜか知らないけど。



その姿を追っていた。



表情、視線、言葉。



・ ・・・なぜか、気になって。



ときおり、嫌になるくらい大きくなる心音さえ。



気になって、



気になって。











































なぜか、気になって。










































































































































「休憩!!」





真田のいつもの声がコート中に通る。



あいつは、笑顔で明るい声でレギュラー陣にタオルやドリンクを渡していく。



それは、いつも通りだった。



だが、






「・・・・はい、丸井くん。」






俺にタオルとドリンクを差し出すときは、



俺の顔をあえて見ないようにしてるみたいだった。



俺が何か礼を言う前に、足早に他のレギュラーのもとへ向かう。







「・・・・・・・・・・・・・」








視線は、そらせなかった。



何がそんなに気になるのかよくわからないのに。








どくん。








どくん。









どくん。









どくん。










見えるのは、横顔だった。



赤也や、仁王にむけるいつもの笑顔と。



ふとしたときに、何かを考えているかのようにうつむきだす



そんな、横顔。










どくん。










どくん。









どくん。











自分の胸のあたりに、手を置いた。



なんで、こんなにうるさい。



何が気になるんだ。



視線がそらせない。



その姿を追っている。



・ ・・・・ただ、俺は。









「・・・・・・・・・・・・」








「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」









あんなの、本心じゃなかったと。



あんなこと、言うつもりなんてなかったと。



そう、あいつがわかればいいと思っているだけなのに。



また、



いつもみたいに、接することができればそれでいいと。



そう思うだけなのに。





















































































































































































久しぶりにまともに授業に出た気がした。



俺の席は窓際。



前から数えても後ろから数えてもちょうど真ん中の横列の席。



頬杖ついて、そこから見る空は朝と変わらない空模様だった。



青の中にまばらに雲が浮かんでる。



授業は聞くだけ。



たまにふと黒板を見て、ノートをとったりしたけど。



集中してるなんて、お世辞にも言えなかった。



俺はいつもそんな感じだと思うけど。








「・・・・・・・・・・・・・・・・」








瞼を閉じれば、浮かぶのは桜。



裏庭の、今も満開の群れじゃなく、



風にさらわれて舞う桜の花びら。








「やっぱり春が一番好き。」








・ ・・春が好きだって、が笑うから。



俺も、春が好きだった。



でも。



でも、今は。











「私は、春が好き。」










・ ・・・・今は。







「・・・・・・・・・」







それは細くて、頼りない声だった。









どくん。









どくん。








どくん。









どくん。









(・・・・・春が、好き・・・・・・・・・・・・・・・)







細くて、頼りない声でそう言った。



なぜか、気になる。



あの日の、あいつの、一つ一つの表情。



声、言葉、態度。



妙に、鮮明で。



気まずそうな顔してたかと思えば、



いつの間にか笑っていたり。



慌てたり、必死だったり。



突然、赤くなったり。









どくん。








どくん。








どくん。









瞼を開いて、視線を送る。



窓の外の空に。



・ ・・・何が、気になるんだ。



こんなに気になるんだ。






(・・・・・・・。)






お前と同じ名前だからなのか。



お前と同じで、春が好きだと言っていたからだろうか。



なぜか。










どくん。










うるさくて。












「・・・・・・・・・・・・・・」












時間が、どんどん過ぎていく。



学校の中で一日に必要なチャイムが何度も何度も耳に届く。






(・・・・いつも必死で、しっかりしてるように見えて間抜け。)






申し訳なさそうな顔したり。



謝ったり。



笑ったり、突然冷静な表情を見せたり。



泣きそうな顔したり。























何かとても、困ったように笑ったり。




























<キーンコーン・・・・・>











どくん。











(・・・・俺は、あのとき。)










あいつを認めてるって、わかってたから。



俺が作った溝を埋めたいって思って。



なのに、



俺が変なこと言ったから、それが、あいつをとまどわせて。



何が気になるって。



それが気になる。



なんてことはないこと。



あれは、本心じゃない。



だから、気にしなくていいって、



俺はあいつに伝えるべきなんだ。





(・・・・でも、本心じゃないなら。)






なんで。














「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」














あんな風に。





「・・・・・・・・・・」





もうすぐ放課後の部活が始まる。



とにかく、言えばいい。



気にすんなって。



本心じゃないって。



やっと埋めれたはずの溝。



もとに戻る必要はないから。

















どくん。















どくん。














どくん。













どくん。












どくん・・・・・・・












なぁ、



お前と同じ名前の奴が、春が好きだって言うから。



















































































































































































嫌いだなんて、すんなりは言えなくなったみたいだ。




































































































































































































!籠一つ分ボール持ってきてくれ!」


「はい!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」






相変わらず忙しないコート中。



放課後の部活。



俺たちレギュラーも、あいつも止まることのない足取り。



視線は、その姿を追っていた。



休憩だろうが、そうじゃないときだろうが。



とにかく早く誤解を解きたかった。



早く、あれは本心じゃなかったと。



気にするなと、そう言って。



普通に接して、きっとそうすれば、何も気になることなんかなくなるはずだから。



そうすればきっと。



以外の奴のことを考えることなんか、なくなるはずだから。





























柳に言われて、あいつがボールが籠一杯につまったものを手に持って、



コートに向かおうとしていた。



前にもこんな姿を見た気がして思い出した。



あのときは、確か足元のボールにあいつが気付かなくて。



必死でしっかりしているように見えて、間抜け。



それがあいつだったから。









「(!!)」









やっぱり。



あのときと同じだ。



ボールが満杯に入っている籠。



運ぶことに注意を払ってしまえば、足元なんか気にしていられないんだろう。



あいつが、足元も見ずに、ボールが散乱して転がってるところに足を進めようとしていたから



ラケットを換えようと、他のレギュラーとは離れたベンチのほうに戻ってきていた俺は走りだす。








「(!!)きゃっ・・・・!!」


「(だから、足元くらい注意しろぃ!!)」








必死で、懸命なのは、わかってるから。



転がっていた一つのボールに足をとられて、



ボールの入った籠ごと転びそうになるこいつの腕を、



ぎりぎり間に合うか間に合わないかのタイミングで思い切り掴んで引っ張った。



前のめりのまま転びそうになっていた予想以上に軽い体は、



俺の力で、後ろのほうに倒れそうになる。



俺がその肩を両手でキャッチすれば、籠に入ったボールもこいつも無事。



転ばずにすんだらしい。






「・・・やっぱり間抜け。」


「(!!)丸井くっ・・・・・・」


「足元注意しろぃ。また転ぶぜ?」


「あっ・・・・ありがと・・・・・・」






















(・・・・・・・・え?)


















どくん。







どくん。







どくん。








俺のほうにこいつが振り返ってあった目に、俺はあきれたように笑って見せた。



こいつの口からありがとうと聞く途中で、



俺から視線をそらしてかすかにうつむき、苦笑いするこいつの頬を、



突然、一筋涙が伝った。







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、泣いてんだよ・・」


「ごめっ・・・・・」


「(・・・・・・・・・・・なんで。)」







謝るなよ。



なんで泣くんだよ。



なんで。



・ ・・・・・なんで?










さん!」


「・・・・赤也。」


「・・・・ブン太さん。さんから離れてくれません?」


「は?」








目の前で涙を拭うこいつに駆け寄ってきたのは赤也。



何も言わないこいつの前に立って、俺を睨む。



なんでだよ。



意味がわからない。



何?








「・・・・俺が泣かしたって言うのかよ?」


「他に誰がいるんすか?」








なんで。



俺が何をした。



転びそうになるのを助けただけで。



俺が何したんだよ。



赤也の向こうで目元を拭う姿が視線に入る。





(・・・なんで。)





・・・・・・・・・・・・泣くなよ。



















































































泣くなよ。






































































































































































































「・・・さん、ずっと我慢してたんじゃないんすか?ブン太さんのせいで。」


「・・・・・・俺が・・何・・・・」


「知らねぇよ。ブン太さん以外知ってるわけないじゃないっすか。」


「赤也・・・違っ・・・も、いいから。丸井くんも、ごめんなさい。」


さん・・・・」






だから、なんで謝るんだよ。



レギュラーの他の連中がこっちを見てるのが目の端に入る。



こいつが涙を拭って、だけど、その泣いた痕は消えていなかった。



かすかに赤い目。



目元に溜まる涙。



・・・・・・・・俺は。







「・・・・・・・・あんまり、俺に近寄んな。」







確かに、こいつをとまどわせるようなこと、



困惑させるようなことを、言ったけど。







「・・・・行こう?赤也も丸井くんも、みんな待ってるよ?」






こいつが足早に歩き出す。



ボールの入った籠を持って。



赤也は、一度俺を睨んだ目があうと、すぐに俺から視線をそらして、



あいつの後に続くように歩きだした。









(・・・・・・・なんで。)









見えるのは、後姿。



無意識のうちに手を握り締める。



俺が、泣かせた?







「・・・・・・・・・てよ。」







なんで。



・ ・・・泣くなよ。




















「っ・・・・待てよ!!」


















泣くなよ。
























































































































































































泣くなよ。
















































































































































































































































<びくっ>





掴んだ腕。



びくっとあがった肩。



突然のことに振り向き、自分の腕を掴んだのが俺だとわかると



また泣き出しそうになる目。



怯えた目。



なんで。



なんでそんな顔すんだよ。



・ ・・・・・違う。



俺が。























































俺がそうさせる。


























































































<どんっ!!>






「痛っ・・・・・・・!」


「赤也!!」






赤也が、思い切り俺の胸を押しのけた。



掴んでいた手は離れ。



俺は後ろによろけて転びそうになるが、どうにかそれはなかった。










「だから離れろって。」










本気の力の痛さに赤也を睨もうと、視線をあげると



赤也は、俺に完全な拒否な目の色を向けていた。





「赤也、てめっ・・・・」


「赤也!!」


「・・・ブン太さんってさ、なんなの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」














さん。俺がもらいますね。」














そういえば、赤也は。








「・・・・・・・・・・・・・」








にらみ合う俺と赤也。



俺が、何かって。



・ ・・・・・・・そういえば、そうだった。



赤也は、こいつが好きで。



でも、俺は。



俺には。









こいつに手を伸ばす理由なんて、ないのに。









「はっ・・早く2人とも練習戻ろう!!赤也・・・丸井くんは何も悪くないから」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「(・・・・・・俺には)」









こいつの手をとる理由なんてないのに。








どくん。








どくん。








どくん。








どくん。













「あたしが・・・・・・勝手なだけだからっ・・・・・・・ごめんね、赤也も、丸井君も。」













こいつはうつむいて、少しの苦笑い、愛想笑い。



なのに、泣きそうな目は戻らないまま



今度は走り出す。



他のレギュラーが待つ元へ。



赤也は、走り出したあいつの後姿だけを見て、俺のほうを見ることはなく。



元のコートに少し足早に戻っていく。










(・・・・・・だから。)










なんで、お前が謝るんだよ。









どくん。








どくん。








どくん。










・ ・・・・泣くなよ。










どくん。










どくん。











泣くな。















「(泣く必要なんてどこにもねぇよ。)」













あいつの腕から離れた手を、無意識のうちに握り締めていた。



・ ・・・・俺には、理由なんてないんだ。



手を伸ばす理由なんて、あの後姿を引き止める理由なんて。



・ ・・・コートに戻れば、レギュラーとは普通でいられる。



俺たちはそうでなくてはならないから。



ちゃんと、いつも通りに練習ができる。



・ ・・でも。



この晴れない気持ちをどうしたらいい。







どくん。






どくん。







どくん。

















「ブン太。」

















・ ・・・・なぁ、



この晴れない想いを、どうすればいい。



気になって。



気になって、気になって。



視線がそらせない。



その姿を追ってしまう。



そんなつもりないのに。



目を、そらしたいのに。



目を閉じれば瞼の裏に桜が舞う。



なぁ、



春が好きだって、お前も笑って言ったよな。






どくん。





どくん。






どくん。








気になって。



気になって、気になって。



何が気になるって。



表情も、言葉も、態度も。






どくん。






どくん。







どくん。








止めようのない心音も、鼓動も。
































































































































































全てが、気になって。



























































































































































































































































「・・・・柳くん。」


「どうした、。」


「・・・・このあと。・・・・・部活が終わった後。連れて行ってもらえないかな?」


「・・・・・・・・・・」


「幸村君の、お見舞いに。」


「・・・・・ああ。かまわないが。・・・・突然だな。」


「・・・・うん。」





















































































(泣くなよ。)











































































































































「幸村君に、・・・話したいことがあって。」
































































End.