時々、ノイズが混ざる。
ノイズが混ざる。
なんでだ・・・?
なぁ、。
「ブン太。」
時々、変なノイズが混ざって。
お前の声が、かすれてる。
『8分前の太陽23』
「おっ・・・・丸井!」
「・・・おーす、ジャッカル。」
「おや?おはようございます。桑原くん。丸井くん。」
「よっ柳生!と仁王。」
「おはよーさん。お前ら。」
「仁王くん。人を一緒くたにするのはやめたまえ。」
「・・・で、その向こうから来るのは赤也と真田か。」
「・・・・・・・・あれ?」
「む?」
「・・・なんか、気持ち悪いとよ。」
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
そりゃ気持ち悪いったらなかった。
朝早くの登校は部活のため。
柳を除いたレギュラーの面々がコートではなく、校門前でそろってしまった。
集合の時間は同じだから、登校してくる時間帯が近くなるのはわかる。
けど、こんな風に学校の敷地内に入る手前でレギュラーの6人がそろうなんて、これが初めてだ。
かなり気持ち悪い。
「・・・・俺先行きますよ?」
あまりの偶然にその場で顔を見合わせて固まりきった俺たちの中で、
赤也が1人校門を通ってコートに向かっていった。
俺はそんな赤也の背中を見ていた。
他のレギュラーは俺に普通に話しかけてくるから、
仲は険悪になったりしていなかった。
・・・・そう。
「・・・ブン太さんってさ、なんなの?」
赤也以外。
昨日、あいつが泣いて。
・・・俺は。
「・・・・・・・・・(俺、は・・・・。)」
「丸井?早くしねぇと遅れるぜ?」
「・・・・おう。」
ジャッカルに呼ばれて気付けば、他の奴らが先を歩いていた。
俺が一番最後に校門をくぐって、コートに向かう。
ジャッカルでさえ、背中しか見えない。
おかしな焦燥感にかられる。
どうにか追いつかなくてはいけない気がして、
一番近くを歩いているジャッカルの隣まで足を速めた。
ジャッカルが不思議そうな目で俺を見てきたが、とくに何も言葉を交わさなかった。
見えてきたコート。
珍しくレギュラー以外の部員がこんな早朝からまばらにいる。
部室の前で、レギュラーみんなの足が止まっていた。
誰もが、コートのほうに視線をむけていて、俺もジャッカルもその視線の先を追いかける。
コートの上に柳の姿を見つけると、その近くに赤也がいた。
「・・・どういうことっすか?なんで1年が準備・・・」
「・・・昨日急遽一年に連絡網を回した。」
「俺はさんはどうしたのかって聞いてるんすよ!!」
2人の声は、はっきりとここまで届く。
・ ・・・あいつが、なんだって?
コートを忙しなく駆け回っているのは、まだ小学生の面影も残る新入部員たち。
いつも見るあいつの姿がない。
他のレギュラーの顔を見る。
誰もが真剣な表情で、赤也と柳の話に耳を傾けていた。
「なら、昨日テニス部をやめた。」
「「「「「「!!!!」」」」」」
何・・・・言ってんだよ。
(何、言って・・・・・)
赤也が目を見開いて、柳を見る。
柳はいつもと表情を変えていない。
「・・・嘘、だろ?」
「(・・・ジャッカル。)」
俺の近くで足をとめていたジャッカルのつぶやくような声がして
俺はふとジャッカルの横顔を目にした。
「なんでっ・・・!!」
「落ち着け、赤也。」
「落ち着けるあんたがおかしいっすよ!!」
赤也の突然はりあげた声に、ジャッカルから視線を外し、
再びコートの上にいる柳と赤也に視線を送る。
新入部員たちは時折俺たちのほうをちらちらと見るが、
コートは着々と練習の準備が整っていく。
赤也は柳の胸倉を掴みそうな勢いで睨んでいた。
柳はあまりにも冷静に赤也に返していく。
「・・・・さんがやめるって言ったんすか?」
「疲れたそうだ。・・・部活が嫌になったとも言っていた。」
「・・・・嘘だ。」
「赤也、さっさと着替えてこい。他もだ。弦一郎。」
「・・・・・あっ・・・ああ」
「嘘っすよそんなの!!さんがそんなこと言うわけない!!」
今、この場にいる誰もが思ったことを赤也が代弁していた。
・・・・・嘘だ。
そんなこと、あいつが言うわけがない。
だが、この場には確かにその姿がない。
あいつがテニス部をやめた・・・・?
すぐにでも思い浮かぶのは、思い出すのは
あの涙。
頬を伝う涙。
(・・・・・・俺のせい・・・・・?)
あいつが、テニス部をやめた・・・・?
「前もそうだった。マネージャーがいない時期など何度もあっただろう?」
柳の声が、遠くまで響いている気がする。
誰もが柳に視線を送り、赤也の手は拳を作り、強く強く握り締められいている。
柳の目が、かすかに開く。
赤也を見据え。
「元に戻った、だけのこと。」
大きくなる心音、鼓動。
誰もが、固く拳を作り、強く握り締め。
唇をかみ締めるのは赤也。
「・・・・違う。あの人は。・・・・さんは、今までのマネをやってきた人と違うっ・・・!」
「赤也。練習が遅れる。早く着替えてこい。」
「だけど!」
「今は部活のことだけ考えろ。」
誰かの、息を呑む音が聞こえた気がした。
ガチャっと、部室のドアを誰かが開ける。
それはとても遅く感じる時間。
誰かが足を進めれば、誰もが柳の言葉に促されざるをえない。
次々に部室の中に入っていくレギュラー。
俺はまたしてもその最後。
いまだコートに立って唇をかみ締める赤也を横目に
ジャージに着替えるべく、部室のドアを閉めた。
いつもより静かだと思った。
口数が少ないレギュラー。
ギャラリーで騒ぐ女子たちはいつもと変わらないのに。
やけに、静か。
ボールを打つインパクト音。
グリップを握る音までもが聞こえて。
風が、耳につく。
目の前を掠めていくようにコートに飛んでくる桜。
まだ、咲き誇っているのか。
裏庭の桃色。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あいつに初めて会った場所。
だと思って、声をかけて。
同じ、名前で。
やめた?
テニス部をやめた・・・?
俺のせいなのか。
俺の、せいなのか。
俺が、泣かせたから。
なんで。
(・・・・泣くなよ。)
泣くなよ。
「・・・・・・・・・・・・・」
ふとしたとき、赤也と目があった。
赤也は、俺を睨み見ると
すぐさま視線をそらした。
かすかにうつむき、何かを考え込むかのような横顔を見せる。
やけに、静か。
口数が少ない。
いつもなら気にならない音ばかりが耳につく。
耳の奥でノイズが混ざる。
何かははっきり聞こえない。変なノイズ。
風に流された桜の花びらが、俺の足もとに静かに落ちた。
(・・・・・・。)
春が、終わってくれないんだ。
お前をなくした春が、終わってくれないんだ。
<バタンっ>
何も言わずに、ジャージから制服に着替えた赤也が部室を出て行った。
誰もが閉まった後のドアを見て、少しの間動きが止まる。
部室の中は、服のこすれる音だけで、誰も声を発さない。
部活が終わって、それぞれが何を考えているのか。
そこまで俺には予想はつけられなかった。
「・・・仁王くん。のところに行くつもりですか?」
いきなり沈黙を破る声。
声の主に誰もが思わず目を向ける。
静かに閉めたロッカーにいまだ手を置いたまま。
「・・・・行ってどうするかはわからんが、の顔は見たいと思っとるよ、柳生。」
「私に行かせていただきたい。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「切原くんはきっとの元に向かうでしょう。あまり大勢が行っても迷惑です。
他にに会いたい人がいるかと思いますが、3年の代表と言うことで、私が行ってはいけませんか?」
「それで、柳生。お前が行ってどうする?」
「・・・話したいことがあるだけです。そして、できるなら部活に戻ってきて欲しい。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「私の意思と皆さんの意思が別にあるなら、今の話はまったくの無意味ですが。」
仁王がネクタイをしめながら、ロッカーによりかかる。
赤也以外が残る部室を一周見渡し、それぞれと目を合わせる。
誰もが、少しとまどったような、すぐにでも決意したかのような、様々な表情を見せながら、
目が合う仁王にうなずいていく。
俺は、仁王と目があっても、視線をそらすことしかしなかった。
「・・・・はぁ。・・・・よかよ、柳生。紳士に任せる。」
「・・・ありがとうございます。」
「赤也、しっかりとめてやってな?」
「わかっていますよ。」
俺は無意識のうちに柳のほうを見た。
今日の様子からして、真田はあいつがテニス部をやめたことを知らなかった。
知っていたのは柳だけ。
相変わらず、まったく読めない表情で、
残ったレギュラーの中で一番に部室を出て行った。
お疲れと、やけに通る声を残しながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
変なノイズが、耳の奥で聞こえていた。
何がというわけじゃない。
うまくは声にならないから。
だからさっきから私、ずっと溜息ばかりを吐いていて。
目の前で一緒に話す仲良くなったクラスメイトは
始めのうちは大丈夫?と心配してくれたけど。
あまりに多いため息に、目が合うと苦笑いされるようになってしまった。
その場合、私も苦笑いで返すと、わざと明るくなるような話題を引き出して
盛り上がって声をだして笑っていた。
(・・・・よくわからない。)
何がというわけじゃない。
うまくは言葉にならないから。
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥に、寂しさがしゃがみ込んでる気がした。
頭の奥で、誰かが私の名前を呼ぶのだけれど、
誰だか知らないその声に、私は返事が返せない。
不思議な不思議な感覚は、私を襲い、私を覆い。
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥で、私じゃない誰かが、背中をむけて泣いている。
頭の奥で、ちらつくのは桜の花びら。
白い蝶。
「・・・・。大丈夫?」
「・・・うん!ねぇ、生徒会って入るとしたら何があるの?」
「生徒会?・・・今は本部の執行部が忙しいって聞いたけど。」
「執行部か・・・。今日覗いてみようかな。」
「・・・本当にテニス部やめちゃったんだね。」
「ん?そう!・・・私が仕事できないから、仕方がないんだけどね。」
私を呼び捨てで呼んでくれるようになったクラスメイト。
心配をかけまいと、これ以上ないくらいの笑顔のつもり。
・ ・・テニス部を、昨日でやめた。
幸村君に言って、柳君に聞いてもらって。
レギュラーのみんなにはきっと柳君が説明してくれる。
無責任だとわかっているけど、もう、みんなには会えない。
今朝も、コートをできるだけ見ないように教室までやってきた。
それでもやっぱり目に入ってしまったコートの上で、みんなはいつも通りの練習をしていた。
がんばってと、心の中でつぶやくけど、
そんなこと、私が言ってはいけない気がした。
<キーンコーン・・・・・>
「。お昼お弁当?」
「うん。」
「さん、うちらとも一緒に食べよー!」
笑顔でうなずいて、お弁当をカバンから出すと
なんとなく私の隣の席を見た。
今日も空席。幸村君の席。
ありがとうと、心の中でつぶやくけど。
そんなこと、私が言ってはいけない気がした。
「「きゃー!」」
お昼休みの始まり。
そのチャイムが鳴って、少したってから、いきなり廊下が騒がしくなった。
きっとテニス部の誰かが廊下を歩いているのだろう。
そう思えば、そのざわつきはそう不思議ではなかった。
でも。
「さん、いますか?」
クラスメイトと机を動かして、お弁当を食べていた私にとっては
その声は背中のほうから聞こえた。
それは、聞きなれた声。
席に座ったまま、体をひねって振り返る。
見えた姿に、目を見開きつつ。
「あかっ・・・・や・・・・」
「すみませんが、この時間は私たちにさんを譲ってください。」
「やっ・・・柳生君・・・!」
教室内がざわついた。
赤也と柳生君は、教室の中をすたすたと進むと
私のすぐ近くまでやってきた。
「え。あのっ・・・えっ・・・・?」
柳生君はぐいっと私の腕を掴んで持ち上げる。
私の体は簡単に座っていたイスから立ち上がり、
赤也は私のお弁当に蓋をすると、それを机からさらう。
私はあまりに素早い2人の行動にただただ驚くばかり。
そのまま柳生君に手を引っ張られれば、もう動くままに足を動かすしかなかった。
「お騒がせしました。」
「あのっ・・・柳生くっ・・・」
「さん。屋上でいいっすよね?」
「あっ・・・赤也?!」
呆然とするクラスメイト。
沈黙は教室の中をしばらく流れていた。
引っ張られる形で進むから、柳生君の背中しか見えない。
赤也も柳生君の先を歩くから、その背中しか見えない。
・ ・・なんで。
なんで?2人とも。
もう私、2人とは何の関係もないんだよ。
屋上へ続く階段を上る。
先を行く2人は何も言ってくれることがなかったから、
私も何も言えなかった。
赤也が、屋上へ続くドアノブに手をかけた。
開いたドアと2人の背中の向こう。
私に見えたのは、
吹きすさぶ桜吹雪。
「・・・・・?」
「(・・・・・何、今の?)」
躊躇して、うまく動かなくなる足元。
見えたのは一瞬にして吹く風、さらわれるあまりに鮮やかで大量の桜の花びら。
柳生君は私の様子に気付き、
私に振り返り、握っていた手を離した。
私が見たのは、明らかに幻想だった。
見たような桜の花びらが屋上の床にたくさん落ちているはずもなく。
今日は風がおだやかな、雲ひとつない快晴だった。
赤也が、すでに屋上の床の上に立ち、私と柳生君のほうを
小首をかしげながら見ていた。
「。行きましょう。」
「・・・・・・・」
柳生君は、開いたままのドアの前で
私を先に行かせようと、私が通るには十分なほど壁のほうに体をよせて、私を目で促した。
私はインパクトの大きすぎる幻覚に軽く頭を振り、
柳生君に促されるまま階段を上りきって屋上にでた。
赤也がずっと持ったままの私のお弁当箱が気になる。
「赤也、それ・・・。」
「あっ・・・はい。」
「ありがとう。」
<バタンっ>
私が手を差し出せば、赤也は私にお弁当箱を渡す。
そんなやりとりのうちに背中のほうでドアの閉まる音。
「少し中央あたりまでいきましょうか。」
そう言って柳生君は先を行く。
気付けば赤也はいつものパンが入ったコンビニの袋を持っていたし、
柳生君もお弁当が入っているんだろう小さな袋を片手に持っていた。
赤也と目が合うと、赤也は私に笑ってみせる。
いつものいたずらっぽい笑顔で。
「行きましょ。さん。」
「うっ・・・うん。」
昼休みの屋上は人がまばらにいた。
3、4人くらいの小さなグループが3つほど。
輪になったり、一列になってフェンスに寄りかかったりしていた。
柳生君はある程度屋上の中央までくると足を止めた。
赤也が先にその場に座り込み。
私は柳生くんをふと見れば、柳生君は私に静かに笑う。
そんな柳生君の笑みに恥ずかしさを覚えると、私は赤也の隣に少し距離をあけて座った。
柳生君も私と向かいあう位置に座る。
がさっと音がすれば、赤也がパンの袋をビニール袋から取り出した音。
「ふっ・・・・2人ともこれからお昼なんだね!」
「ええ。、友達との時間を邪魔してしまってすみませんでした。」
「ううんっ・・・突然だったから驚いたけど・・・。」
なんだか、おかしな時間だった。
柳生君の静かな笑みに、私は恥ずかしさを覚え、うつむいて。
中身の残っているお弁当の蓋を開けると、
柳生君もシンプルなお弁当箱を取り出して、蓋を開いた。
ここに連れてこられたってことは何か話しがあるのだろうと、
私は緊張しながらお昼を進める。
なのに、誰も声を発しない。
時折赤也のほうを見たりもしたけど、
赤也は、軽く視線を屋上の床のほうに落とすだけで、黙々とお昼を食べている。
(・・・・・怒ってる?)
柳生君も、赤也も。
突然みんなに何も言わずにテニス部のマネージャーをやめて
なんて無責任な奴なんだって。
「・・・・・・・・・」
何がというわけじゃない。
うまくは言葉にならないから。
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥に、寂しさがしゃがみ込んでる気がした。
頭の奥で、誰かが私の名前を呼ぶのだけれど、
誰だか知らないその声に、私は返事が返せない。
私は、お弁当の蓋を閉めた。
「・・・さん。食べ終わったの?」
「・・・・・あの。」
「なんですか?。」
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥で、私じゃない誰かが、背中をむけて泣いている。
頭の奥で、ちらつくのは桜の花びら。
白い蝶。
2人の顔が見れなくて、うつむいて、座る膝の部分で手のひらを握り締めた。
どうして?
2人とも。
私はもう、なんの繋がりもない。
怒ってるの?
だからここに連れてきたの?
どうして、と聞きたかった。
どうして、屋上に連れ出したのか。
「・・・ねぇ、さん。なんで?」
「え・・・?」
「なんでやめちゃったの?」
赤也の声に目を見開いてそちらを見る。
赤也は、もう食べ終わったのか。
パンの入っていた袋をコンビニのビニール袋にいれて、座る自分の隣にまとめておいていた。
私のほうを真剣な目で見ていて。
私は、何もすぐに声にできなくて、柳生君のほうを見る。
柳生君もいつの間にかお弁当の箱を閉しまっていた。
「・・・・・・」
「・・・ブン太さんのせいっすか?」
「(!)違うよっ・・・!そうじゃない!」
「。私たちはきちんとした理由が聞きたい。」
「・・・・・」
「・・・。」
2人は真剣な表情で。
真剣な目で。
真剣な声で。
私は。
うつむいて、2人の顔をできるだけ見ないようにする。
「つっ・・疲れちゃったんだ!テニス部が嫌になっただけだよ!」
「それは柳先輩から聞きました。」
「だったら・・・・それで十分っ・・・」
「、本当のことを言ってください。」
「・・・・本当だよっ・・それ以外に理由なんてっ・・・・」
「さん!嘘つかないでくださいよ!」
「・・・・・・・・・・・」
顔はあげない。
そうだ。できるだけ笑って、ふざけて言えばいい。
・・・・しょうがないんだよ。
私は、テニス部にいたら、みんなの仲を悪くしてしまう。
もしかしたらテニスにだって支障をきたしてしまうかもしれない。
そんなことがあってはならない。
・ ・・ダメだ。
この2人に嘘をつくのなら。
顔を、あげないと。
「・・・みんな勝手だし、わがままだし。」
「・・・さん・・・・・」
「疲れちゃうんだよ。みんなといると。」
笑って、ふざけて、嘲け笑って。
・・・・本当だよ。
これが本当だよ。
信じて。二人とも信じて。
目が合う2人は真剣な表情。
真剣な目。
真剣な声。
「・・・・さん、俺はっ・・・!」
「少し黙りたまえ、切原君。」
「・・柳生先輩・・・」
「・・・。」
・ ・・本当だよ。
本当、だから。
柳生君が、私を見据える。
私の、笑っていたはずの口元は、
いつの間にか笑えなくなっていた。
「覚えていますか?切原くんと丸井くんが会議室で言い合った次の日です。」
「・・・・・・・・」
「私たちは、コートの上に私情を持ち込まない。何があっても次の日には普段通り練習をする。」
「・・・・・・・・」
「私はそれを私たちの弱さだと思っていました。」
「・・・・・・・何があっても、全国三連覇のために、進もうとしてる。」
「本当に立ち向かわなければならないことに私たちは目をそらしている。テニスが逃げ場になっている。」
柳生君の聞いたことのないような声だった。
弱いんじゃない。強いわけでもない。
小さいんじゃない。大きいはずもない。
「少なくとも、仁王くんも同じことを感じています。同じコートの立っていてわかる。」
祈りのような、願いのような。
風のような、空のような。
「けれどあなたは、それを強さだと言ってくれました。」
優しさのような、寂しさのような。
そんな柳生君の声に。
酷く、胸が痛くなる。
「うれしかった。そう言ってもらえたことが。自分達を信じられないときに、あなたがくれたそれは。すぐに胸に届きました。」
今まで柳生君のほうを見ていた赤也が、私のほうを見る。
私は、胸の痛みにたえるだけが精一杯だった。
「誰かに言われたからじゃない。が言ってくれたからです。」
「柳生君・・・。」
「私だけじゃない。切原君にも、他のレギュラー達にも。あなたが、必要なんです。。」
「・・・・・・・」
「さん・・・・戻ってきてください!俺たちは、さんに傍にいて欲しい。」
「あか・・や・・・・。」
ふざけてなんか言えない。
嘲け笑ってなんか言えない。
きっとそうすれば。
私をいらないと、言ってくれただろうに。
2人の真剣な表情。
真剣な目。
真剣な声。
私には、何が聞こえる?
私には、何が見える?
私には、そんな風に言ってもらう資格なんかない。
うつむき、2人から目をそらし。
固く固く、手を握り締めた。
「・・・・ありがとう。」
何がというわけじゃない。
うまくは言葉にならないから。
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥に、寂しさがしゃがみ込んでる気がした。
頭の奥で、誰かが私の名前を呼ぶのだけれど、
誰だか知らないその声に、私は返事が返せない。
なぜかな、さっきから。
なんだか胸の奥で、私じゃない誰かが、背中をむけて泣いている。
頭の奥で、ちらつくのは桜の花びら。
白い蝶。
続く、春。
「・・・・ごめんね。」
これが、私の精一杯。
これが、精一杯。
「さんっ・・・!」
赤也は、何か私に言おうとしたけど、柳生君がそれをとめた。
うつむいていた顔をあげて、
私は赤也と柳生君に笑ってみせる。
ありがとう
ごめんね。
もう、戻れないから。
もう、戻らない。
「さん。先に教室に戻っていただけますか?いきなり連れ出してすみませんでした。」
柳生君の声に、私はそっと立ち上がる。
赤也は、立ち上がった私のほうを見てくれなかった。
柳生君と目を合わせると、かすかに柳生君がうなずいた。
「・・・・それじゃ。」
屋上を後にする時、
けして振り返りはしなかった。
振り返っちゃいけなかった。
(・・・・私は。)
かすかに閉じる瞼。
そこに浮かぶ桜の花びら。
・ ・・・私、は。
みんなの傍には、いられない。
「さん?具合悪いの?」
「・・・ううん。・・そんなことは・・・・。」
昼休みが終わった次の授業。
屋上で、あのあと柳生くんと赤也が何を話していたのか、どうしていたのかはわからない。
授業中、うつむいて、何を考えるわけでもなく
・ ・正確には、何も考えられずにいた私に、
前の席のクラスメイトがこそっと声をかけてくれた。
心が、空虚だった。
何を考えていいのかわからない。
もう、みんなのことは考えちゃいけないと思うのに。
「俺は丸井ブン太!テニス部の練習見に来るんだったら俺の天才的妙技見せてやるぜぃ、転校生!!」
もう考えちゃいけないと、思うのに。
「・・・ごめん。やっぱり具合悪いみたい。」
「保健室行く?」
「・・・うん。」
「先生!さんが具合悪いみたいで・・・」
見たかった。
とても。なぜか、とても。
無性に。
とても。
とても。
先生に許可を得て、教室から廊下にでた。
授業中の廊下は静か。
私は、保健室には向かわない。
本当は具合は悪くないから。
ただ、とても。
今すぐに。
歩き出した足は、だんだんと速くなる。
胸の奥に、寂しさがしゃがみ込んでる気がした。
頭の奥で、誰かが私の名前を呼ぶのだけれど、
誰だか知らないその声に、私は返事が返せない。
知らないけれど、誰かが呼んでる。
胸の奥で、私じゃない誰かが、背中をむけて泣いている。
頭の奥で、ちらつくのは桜の花びら。
白い蝶。
見たかった。
なぜかとても。
無性に。
とても。
終わらない春を告げ続ける。
一体どれほど経っただろう。
初めてここに来てからどれほど経っただろう。
なのに、いまだ咲き誇る。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・」
いつの間にか駆け足になっていた足。
たどり着いた桜の群れの裏庭。
風が吹けばさらわれるはずの花びらは
少しも減っていく気がしない。
一歩一歩歩いていく。
桃色に染まるその土の上を踏みしめ、進む。
初めてここに来て、迷って。
初めて会って。
私は。
風が吹いていた。
穏やかに、優しく。
風が吹いていた。
花びらをさらって、私に吹き付けて。
思わず止まってしまった足は、風のせいではないけれど。
目にした、その鮮やかな赤に。
あの日のように心奪われた。
桜に埋もれたこの場所で、風がさらって揺れる、
その赤い髪。
薄桃色の花びらがかすれていくほど印象強い。
ぷーっと膨らますフーセンガム。
あの、大きな桜の木の根元で、
座り込んで見上げてた。
桜の空を、見上げてた。
私がならした足音に、横目に私を映しこむ。
「・・・・・丸井くん・・・・」
End.