「・・・柳生。」
「仁王くん。」
「それで?」
「・・・・・ごめんと、言われてしまいました。」
「・・・・・・そうか。」
『8分前の太陽25』
頭の中がごちゃごちゃする。
「丸井?」
「・・・・・・・・・」
「おい、丸井。」
「・・・・・・・・・」
「丸井!!」
遠くで誰かが何か言ってると思ったら、
いきなり、間近でジャッカルが俺を呼んでいた。
その声にはっとさせられて、急いでジャッカルのほうを見れば、
ジャッカルは首をかしげる。
「なんだよ。腹でも減ってんのか?次、お前だろ。」
「あっ・・・おう・・・・。」
リターン練習のさなか。
いつの間にやら放課後の部活。
あまりこのときまでの記憶がない。
というより、不確か。
いつの間に部活の時間になってたんだ。
いつの間にジャージに着替えたんだ。
(・・・・・・・・)
何度も、呼ぶのに。
「丸井!初動がなっとらん!!」
「っ・・・ちっ!」
「遅い!!」
「っ・・・・」
真田の容赦ない打球。
コートを走ってそれを追いかける。
なんとか、ラケットにボールを当てていく。
(・・・いらいらする。)
よくわからないけど、
いらいらする。
「・・・・なんだ?」
「何がじゃ?ジャッカル。」
「・・・・おかしいんだよ、・・・丸井が。」
「・・・丸井?」
そのときのジャッカルは、コートを走り回ってる俺を
口元に手をあてて、不思議そうに見ていた。
そんなジャッカルの様子に気付いたのは仁王。
「・・・・・・・・・・・・」
いらいらする。
(・・・。)
応えて欲しいのに、応えてくれない。
何度も呼ぶのに、
何度も、呼んでるのに。
ひどく、記憶はあいまいで。
今日のあのときからあいまいで。
「丸井!もういい!別のコートに入れ!!」
「はっ・・・はあ・・・はあ・・・・・」
「赤也!こっちのコートに来い!!」
真田のその声に、俺は赤也とすれ違うようにして、コートを後にする。
・ ・・・いらいらする。
頭の中が滅茶苦茶だ。
ごちゃごちゃしてて、汗を拭うことすらわずらわしい。
「・・・・丸井。」
声のする方を向けば、柳が俺に向かって
ドリンクの入った水筒を投げてきた。
パシッとそれを受け取ると、何も言わずに口をつける。
・ ・・喉は、渇いていない。
ただ酷く、声が干上がってる。
「・・・らしくないな、どうした?具合でも悪いのか?」
「・・・別に。」
「・・・・・・始めの一歩がいつもより大分遅い。判断力が鈍ってるんじゃないのか。」
「・・・・・・悪い」
その場しのぎの言葉だった。
大して申し訳なさも覚えていなかった。
柳の溜息が聞こえた。
俺は柳の表情を確認しようと、柳のほうを見るが、
俺に背を向けてどこかに向かって歩いていってしまう。
(・・・・・・・・・)
わずらわしい。
誰の声も、何をするのもいらいらする。
(・・・・・・。)
なぁ、。
応えてほしい。
答えてほしい。
なのに、返事がない。
・ ・・・・。
。
記憶はひどくあいまいで。
あの桜の群れから、あの後、どうしていたか、
記憶がない。
いつの間にか部活で、ジャージになってて。
でも、覚えてるんだ。
覚えてるんだ。
(・・・なあ、。)
あいつの泣き顔だけ、覚えてる。
泣きながら、笑って、小さくお辞儀して。
・ ・・泣くなよ。
泣くなよ。
泣いて欲しくなんかないのに、どうすることもできない。
無意識のうちに握り締める手のひら。
爪が食い込んで、痛みを覚えるが、感じない。
(。)
記憶はひどくあいまいで。
でも、覚えてる。
(・・・。なぁ、。)
答えてくれ。
お前の声が聞きたい。
頭の中がごちゃごちゃする。
むしゃくしゃして、溜息と一緒に思わず髪をかきあげる。
いらいらする。
(。)
答えてくれ。
いらいらする。
いらいらする。
「丸井?」
目の前には白しか映っていなかった。
突然の視界にあわてて、声のするほうを仰ぐ。
その白はジャッカルが俺に差し出していたタオルの色だった。
ジャッカルが何も言わずにタオルを差し出したままだったから
俺はそれを受け取る。
「・・・サンキュウ。」
「にしても、今日は真田がいつも以上だな。なんだあのやる気は。」
「・・・・ああ、そうだな。」
俺が座っていたベンチの隣に腰を下ろしたジャッカル。
ジャッカルのだしてきた話題に何も考えずに答える。
ジャッカルは自分の分のタオルを手にして汗を拭いている。
顔を動かさず、目線だけを動かせば
周囲も俺たちと同じように汗を拭いたり、ドリンクを飲んだりしているから
やはりいつの間にか、全体休憩を取っていたらしかった。
「・・・・具合でも悪いのかよ。」
「・・・・誰が。」
「お前だろ。」
「健康体だぜぃ?俺は。」
「じゃあ、何があったんだよ。」
「・・・・・何がって・・・」
「らしくないぜ?今日のお前。」
何が、って。
答えて欲しいだけで。
()
ずっとを呼んでるだけだ。
他には覚えちゃいない。
何があったかなんて、わかんねぇよ、俺にも。
・ ・・・いらいらする。
いらいらする。
「・・・・別に、何も。」
「・・・・・・・・・・本当か?」
「お前に嘘言って俺に得があるかよ。」
「・・・・じゃあ、さっさとどうにかしてくれ。」
「・・・・あ?」
ジャッカルが首にかけていたタオルを手にして、
ベンチから立ち上がった。
「お前にしっかりしてもらわないと、パートナーの俺が迷惑なんだよ。」
「・・・・・は?」
聞いたことのないようなジャッカルの声色。
低くて、マジで怒ってるみたいだった。
見たことのないようなジャッカルの表情。
鋭い視線で俺を横目で見ていた。
そんなジャッカルに、俺は何も言わなかった。
ジャッカルは背中を俺に向けて、そのままそこから離れていく。
(・・・・なんだよ、あいつ。)
らしくないと言われたのは、柳にもだ。
らしくないってどこがだよ。
俺はいつも通りの俺だ。
(・・・・・なぁ、。)
ただ、答えて欲しくて。
ただ、記憶があいまいで。
あの桜の群れから、あの後、どうしていたか、
記憶がない。
ただ、一つだけ覚えてる。
あいつの、泣き顔だけ覚えてる。
(・・・泣くなよ。)
なぁ、泣くなよ。
笑ってろぃ。
いつもみたく、笑ってろぃ。
泣くなよ。
泣くなよ。
ぎりっと唇をかみ締める。
何が悔しいんだ、こんなに。
何がいらいらするんだ、こんなに。
(・・・・・・。なぁ。)
答えてくれ。
うまく思い出せないんだ。
お前の声がうまく、思い出せないんだ。
いらいらする。
・・・いらいらする。
「ジャッカル先輩?どうしました?」
「・・・いや、なれないことすると疲れるもんだと思ってよ。」
「・・・・は?」
「・・・のう、参謀。」
「なんだ。」
「今日、に何があったか、わかるか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・今日は早退したらしい。」
「・・・・さすが参謀。よく知っとるの。」
「・・・・・・・・・・会ったからな。少しだが。」
「・・・・そうか。俺もに会いたいとよ。」
頭ん中はごちゃごちゃしたまま。
ラケットにボールが当たる感触だけが、妙に頭に染みていく。
‘らしくない’
・ ・・どこが。
俺のどこがらしくないって?
「丸井!!」
「!!」
俺の隣を綺麗に抜けた黄色いボール。
俺の後ろのほうで、ぽんぽんと小さく弾んで転がっていった。
向かい合うコートには仁王・柳生ペア。
「悪い・・・ジャッカル。」
「・・・いや。」
「丸井!ボール投げてくれ!」
「おっおう・・・!」
どこが、らしくないって?
(・・・いらいらする。)
わかんねぇ、なんで。
なんだよ、こんなの。
全然俺らしくない。
「丸井っ・・!」
「ちっ・・・・!!」
思ったように体が動かない、
視界がぼやけてる。
なんだよ、これ。
なんだよ。
いつもより息が苦しい。
足が、腕が、重い。
(・・・・・。)
。
答えてくれよ。
うまく思い出せないんだよ。
いらいらする。
・ ・・・いらいらする。
(泣くなよ。)
必死で、拭って。
必死で、声にして。
泣いてるあいつが脳裏に浮かぶ。
いつも、
・ ・・いつもただ、笑って欲しいと思うのに。
泣かすことしか、俺にはできない。
(・・・・。)
いつもみたいに聞こえない。
好きだと言って欲しい。
の声が聞きたい。
・ ・・。
(・・・・。なぁ、。)
答えてくれよ。
ロッカーを開けたまま、ぼーっとする目の前。
いつもはそうは感じない無駄な疲労感が体を重くする。
腕が思ったとおり上がっているのかわからず、
ネクタイが結べているかわからない。
「・・・そういえば柳生。はどうだったのだ。」
「・・・・ありがとうと、ごめんと言われてしまいましたよ、真田くん。」
「・・・そうか。」
「はい。」
その名前が聞こえて、横目で見る柳生と真田の姿。
部活が終わって、誰もがジャージから制服に着替えている部室。
「さん、ちゃんと理由教えてくれなくて・・・。」
「赤也、もちゃんと考えて決断したことなんだ。」
「それは・・・わかってますけど・・・・。でも、柳先輩は、このままでいいんすか?俺は・・・・」
「・・・・幸村も言っていた。が決めたことなら俺に言えることは何もあるまい。」
「・・・・・・・・・・・」
いらいらする。
その名前を聞くたびに。
いらいらする。
泣いてるあいつが脳裏に浮かぶ。
泣いてるあいつを思い出す。
(・・・いらいらする。)
頭ん中がごちゃごちゃして、何もかもすっきりしない。
思わずの溜息と同時に、こめかみのあたりから髪をかきあげる。
ロッカーの中につっこんであった家で必要なものをカバン中につっこんだ。
すぐに帰ろうと思った。
バタンと俺は自分のロッカーを閉めた。
そのまま部室の出口に向かって早足で歩く。
「・・・なぁ、丸井。」
そんな俺の足をとめる声。
俺は聞き知ったその声に振り返る。
さらっと揺れた銀髪が、口元にかすかに笑みを浮かべていた。
「・・・なんだよ。」
「お前さん、何があった?」
「・・・何がって。」
「今日は部活中ずっと様子がおかしかった。」
出口へと向けていた足を、仁王のほうへ向けた。
体ごと、レギュラーたちがいるほうに向けば、
ここにある視線のすべてが俺に集中していることに気付く。
一瞬赤也と目があったけど、それは赤也からそらされ、
赤也は、ロッカーの中を何かごそごそと探っていた。
「・・・なんだよみんなして!今日はたまたま調子が悪かっただけだろぃ!」
「詐欺師を騙したいならそれ相応の覚悟をしてから言うんじゃな。俺はプロ。お前さんは素人。」
「・・・ちっとも正論に聞こえねぇよ、詐欺師。」
「・・・何があった?」
「・・・何もねぇよ、別に。」
いらいら、する。
カバンを持つ手に力が入る。
ギリっというその音が、俺の耳に届いた気がした。
(・・・)
声が聞きたいだけなんだよ。
いつもみたいにうまく思い出せなくて。
だから、呼んでる。
何度も呼んでる。
「お前さん、何があった?」
「だからっ・・・何もないって・・・・」
「・・・・と、何があった?」
「(?!)何っ・・・言って・・・・・・」
記憶はひどくあいまいで、それはないにも等しくて。
ただ、覚えてる。
桜の群れ。
ひらり、ひらり。
舞う花びら。
白い蝶。
「・・丸井くんが・・・・好きです。」
あいつの、泣き顔。
「・・・ブン太さん、さんと何かあったんすか?」
「なっ・・・・・何もねぇよ!!」
「・・・また、泣かせたんすか?」
「っ・・・・・・・・・・・」
赤也が、さっきまで話していた仁王よりも、誰よりも前にでてきた。
俺を見据え、俺を睨み。
俺は。
・ ・・俺は。
(・・・・・・・・・いらいらする。)
この場にある視線のすべてが、俺に向いてる。
「・・・なっ何もあるわけねぇだろい?あいつは部活やめたんだぜぃ?」
「・・・・・さんが、部活やめたのって、ブン太さんのせいじゃないんすか?」
「切原くん!それは違うと、も言っていたでしょう!」
「・・・・じゃあ、なんで。」
赤也が、うつむいて唇をかみ締める。
俺の頭の中はごちゃごちゃしたまま。
いらいらする。
何もかも、すっきりしない。
(・・・)
答えてくれ。
答えてくれ。
「なんでさん、笑ってて欲しいのに、あんたのせいで泣くんだよ。」
・ ・・泣くな・・・よ・・・・。
泣くなよ。
泣くなよ、泣くなよ。
(泣くなよ。)
桜に囲まれて、あいつが泣いてる。
泣くな、
泣くなよ。
笑ってろぃ。
赤也の足が一歩一歩俺に近づいてくる。
かすかにうつむいて、けれど、確かに俺を睨みつけ。
ゆっくりと、弱弱しく俺の胸倉を掴んだ手。
「何があったんすか?」
「赤也・・・・・」
「・・・さん、何があったんすか?・・・・・・」
苦しくもない胸元。
赤也が必死で強がってるのがわかる。
俺を睨んで、でもそれが精一杯で。
俺はそんな赤也の様子に驚いて目を見開く。
・・・・あいつに、何があったかって・・・・。
記憶は酷くあいまいで。
不確かで、不鮮明で。
ただ、色鮮やかに思い出す。
あいつの泣き顔。
そっと笑って、泣きながら笑って、
小さくお辞儀をして、その場から走り去る。
(・・・泣くなよ。)
泣かせたくない。
泣いてほしくない。
なのに、泣かせることしかできなくて。
「・・・・んで・・・・・」
なんでだよ。
・ ・・・バカじゃねぇのか。
・ ・・・バカだろ。
あいつ。
「な・・・んで・・・・・・・・」
なんで。
「丸井?」
「・・・丸井、何が・・・・」
「ブン太さん・・・・・」
近くで呼ばれたはずの名前がやけに遠くで聞こえた。
「・・・なんで、・・・俺なんか・・・・。」
なんであいつは、
俺なんか、好きになるんだ。
「・・・・丸井、お前。」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・、お前に好きだって言ったんじゃな。」
「・・・・・ブン太さん」
仁王が確信に迫ろうとする。
赤也が、俺の胸倉を掴む手を少し強めて、俺の顔を覗き込む。
俺は、何も言わなかった。
・ ・・言えなかった。
(・・・・・)
答えて欲しい。
声が聞きたい。
声が、聞きたい。
「・・・・・ブン太さん、それでなんて言ったの?」
「・・・・・・・・・・」
「さんを、泣かせたの?」
ギリっと、赤也が俺の胸倉を掴む力をさらに強める。
他のレギュラーたちは、何も言わなかった。
言おうともしてないみたいだった。
ただ、俺と赤也を見てるだけ。
「・・・・っ・・・あんたさ!いい加減気付けよ!!」
「・・・・・気付く?」
「あんたの好きな人だよ!!本当に好きな人!!」
「・・・・・何、言ってんだ、お前。」
頭が、ぼうっとして。
喉はかわいていないのに、
声が干上がっていた。
頭がごちゃごちゃして、何もうまく考えられなくて。
ただ、
()
その名前を呼んで。
脳裏に、あいつの泣き顔が浮かんで。
泣くなと、思うばかりで。
「ブン太さんが本当に好きなのは、死んだ人じゃなくて、さんじゃないんすか?!」
「(・・・・・・だ。俺が好きなのは。)」
「さんが泣く必要なんて初めからどこにもありゃしないでしょ?!」
「(俺が、好きなのは。)」
赤也の目が俺を睨む。
俺は赤也と目を合わせるが、赤也を見ていなかった。
ただ、探していた。
を探していた。
「・・・・・とりつかれてんの?」
「赤也っ・・・!」
「黙っときんしゃい、ジャッカル。」
俺の胸倉を、一度力をゆるめてから、掴みなおした赤也が
俺の顔を覗き込む。
さっきよりも強く鋭い目で。
胸倉を掴んで、俺を強くゆすった。
それは、確かに以前も赤也が口にした言葉。
「とりつかれてんのかって聞いてんだよ!」
「・・・・あ?」
「幽霊でも見てんの?怖いっすね。」
俺をバカにしたように赤也が笑っていた。
何を言われているのか、わかる。
赤也は俺じゃなくてをバカにしている。
頭に血が上っていく。
「死んだ人の何がそんなに大事なんすか?!」
「・・・・ほっておけよ。お前に関係ねぇだろぃ?」
「あんたバカなんだよ!!なんでわかんないんだよ?!」
「うるせぇんだよ!!お前には俺のことものことも何もわからねぇんだよ!」
俺の胸倉を掴む赤也の手を振り払った。
勢いで、赤也が少しよろける。
俺を睨む赤也を、俺もまた睨みつけた。
(・・・)
。
、。
答えろよ。
お前の声が聞きたいんだ。
「・・・俺はが好きなんだよ。」
「・・・・・・・・」
「ずっと好きでいるんだよ!!」
「ブン太。」
やっとだ。
やっと。
「ブン太、大好き。」
の声を思い出した。
は、死んだけど。
確かに、ここにはもういないけど。
俺が全部を覚えてる。
全部、覚えてるから。
「・・・・好きでいなきゃならねぇんだよ。」
「・・・・・え?」
「丸井、今、なんて・・・・?」
他の誰も好きになんてならない。
ずっと好きでいるから、
ずっと忘れない。
が好きだって言ってる。
は確かにもうどこにもいないけど、俺が全部を覚えてる。
全部、覚えてるから。
忘れたくなんてない。
他の誰も好きにはならない。
ずっと、好きでいる。
ずっとを好きでいる。
「・・・・丸井。」
ジャッカルが俺の名前を呼んでた。
俺はそっちのほうを向くことはなかった。
ただ、睨みあっていた赤也が、何も言い返してこないから
俺はカバンを持っていた手を強く握りなおして
部室の出口へと足を向けた。
「・・っ・・・・・幸せにって言ってたんだよ!!」
開け放されたドア。
取っ手を持ったままの手。
背中から聞こえてくる声。
赤也が、叫ぶようにして、俺に言う。
「・・・ブン太さん、あの時ずっとあの人の名前呼んでて、気付かなかったかもしれないけど、あの人・・・・・そう言ってたんすよ。」
違う・・・・。
違う、は、そんなこと。
(いらいら、する。)
すべてが赤く染まるあの日。
「・・ね・・・ブン太・・・・ブン太は・・大丈夫だよね・・・・」
「!・・っ・・・・・・・・」
「ブン太は・・・・幸せになるよね?・・・・あたしは・・・・幸せだったから・・・・」
やめろぃ。
違う、そんなこと、は言ってない。
いらいら、する。
いらいらする。
違う。
「・・・・・・・・・・・・」
「次に好きになる子も・・・幸せに・・・してあげてね・・・」
「っ・・・・・・・・・・・・」
「ブン・・太・・・・大好き・・・・」
何も聞きたくなくて、
何も聞いてはいけなくて。
お前の名前を呼んだ。
何度も何度も呼んだ。
「ブン太・・・ね・・・ブン太・・・」
やめろぃ。
・ ・もう、聞きたくない。
もう、聞きたくない。
もう、
もう、いいから。
「・・幸せに・・・・なってね・・・」
聞きたくない。
唇をかみ締める。
ギリっと音がして、口の中に鉄の味が広がった。
「だからっ・・・ブン太さっ・・・」
「・・・言ってねぇよ。」
「なんでっ・・・!あの人は・・・・」
「はそんなこと言ってない!!」
「ブン太さんっ・・・・!!」
。
・ ・・。
俺が全部、覚えてる。
お前は確かに、もうどこにもいないけど、
俺が全部覚えてる。
忘れたりしない。
忘れたくない。
好きだから、忘れない。
すっと、好きでいるから。
「ならっ・・・・会わせてくれよ・・・・」
そんなこと言うなら、聞かせてくれよ。
の声で、
あいつの、言葉で。
「あいつに、会わせてくれよっ・・・!!!!」
一度だけ振り向いてそう言った。
赤也を睨みつけて。
唇をかみ締めて。
(・・・)
答えてくれ。
答えて。
勢いよく閉めた部室のドア。
部室から出て足早にコートから離れる。
空が、赤かった。
あの日みたいに。
お前を亡くした日みたいに。
「・・・・・・」
嘘でもいいんだ。
嘘でもいいから、微笑むフリをして欲しい。
なのに、脳裏に浮かぶのは、
あいつの泣き顔で。
(・・・泣くなよ。)
泣くなよ。
なぁ、。
吹く風が少しだけいつもより冷たい。
俺の手に、舞ってきた桜の花びらがかすかに触れた。
空が赤かった。
あの日のように、赤かった。
(・・・・・)
君は今も、あの春の中。
End.