走る。





走って、走って、走って。





走る。





遠く、離れるために。





走る。





走って、走って、走って。





走る。















































行き場をなくした、想いのために。















































『8分前の太陽26』















































肩が上下する。



呼吸に、鼓動に、苦しさを覚える。



口の中が乾く。



喉が痛い。







「・・・はっ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」







見ている足場は、緑の芝生。



頬を伝う涙が、地面に落ちた。



拭う。



何度も、何度も。



あふれる想いを、消し去るかのように。



両手を膝について待つ。



呼吸が正常になるのを。鼓動が元に戻るのを。





















「・・・俺は、お前の名前は呼べない。」



















丸井くんの声が、頭の中で聞こえなくなるのを。





「(・・・・・・言っちゃった・・・・・)」





好きだと。



声にしてしまった。



今も肩が上下する。



呼吸がなかなか整わない。



あの桜の群れの裏庭から、一体どれだけ走ったのか。



顔を上げて見渡せば、そこは立海のグラウンドの隅。



芝生が敷き詰められたその場所には、小さな花がいくつも咲いていた。



授業中でそこには自分以外の誰もいない。



誰の姿も見えない。



ぽつんっと、なぜか何もかもに取り残された焦燥感に駆られ、あわててその場で振り向く。



息切れする自分の呼吸の音だけが響くその場所は、とても寂しく思えて。



ふいに、涙があふれた。



誰もいないその場所で、芝生の上に力なく座り込む。



近くの木が木陰を作り、ちょうどその下に自分がいた。



膝を抱えて、あなたを思い出す。



すべての声を思い出す。



桜の花びらが、脳裏に焼きついて離れない。









「・・・・丸井くんを好きになったら、・・・どうすればいい?」










(・・・・・どうしようも、ないじゃない。)











「・・丸井くんが・・・・好きです。」











想いを声にして、体の外に出したのに、



私の中から消えてはくれない。



この想いが消えてくれない。








「・・・俺は、お前の名前は呼べない。」








言うつもりなど、なかった。



声に、するつもりなんて。














「・・・ごめんなさい」













情けないその声に、涙が混ざる。



誰にも聞こえないのに、誰にも届かないのに。






「・・・ごめんっ・・・ごめんなさっ・・・・・」






膝を抱えて、必死に声を絞り出す。



困らせたくなんかないのに、あなたを、困らせてばかりいる。



想いを声にした。



好きだと。



・ ・・・好きだと、言ってしまった。



言うつもりなどなかった。



声にするつもりなど。






(・・・わかっていたから。)






丸井くんの好きな人は、世界でただ1人。



世界で、ただ1人。



笑っていて欲しいのに。



私はあなたを、困らせてばかりいる。



行き場をなくしたあの声は、きっと桜にまぎれて、



そのうち誰にも聞こえなくなるだろう。



行き場をなくしたこの想いは、きっと桜にまぎれて、



私は春が来るたびに、思い出すんだろう。



涙でぬれた制服の裾を手でこする。



ぐすっと鼻をすすって、それでも涙が止まらなかった。



行き場をなくした、声、想い。



忘れるにはどれほどかかるのだろう。



声にして体の外に出しても、けして消えてはくれないのに。



けれど、もともとなんの意味も持たない想い。



叶わないと知っていた、伝えてはいけない想いだったから。



声にしてしまった今、忘れるほかはない。



熱くなるばかりの目頭。











「俺は丸井ブン太!テニス部の練習見に来るんだったら俺の天才的妙技見せてやるぜぃ、転校生!!」











思い出す初めて見た笑顔。



どこか寂しさを隠した笑顔。



好きだと、心が想うから。



傍にいたいと、願うから。



あふれる涙に手を添える。








「(・・・・早退、してもいいかな・・・。)」








泣きはらしたこの顔で、教室に戻ることなどできない。



もともと体調不良を訴え、保健室に行くことを口実に授業をぬけさせてもらった。



早退と言っても、誰にも不審には思われないだろう。



行き場をなくしてしまった、声、想い。







行き場をなくしたのは、私そのもの。







・ ・・・本当に。



もう、戻れなくなってしまった。



もう、元になんて。



好きだと、あなたに伝えたから。



どこにも、行けなくなってしまった。



本当に、居場所がなくなってしまった。













(・・・居場所?)













居場所って?











さん、さん!」



「こら、赤也。騒ぐな。」



「赤也、真田に怒られる前に参謀の言うこと聞いときんしゃい。」



「仁王!お前がコートに入る番だろう?!早くせんか!!」



「仁王くん。さらに怒られる前に真田君の言うこと聞いておいたほうがいいのではないですか?」



「プリッ」



「ちょっと待て!!だからなんで俺なんだよっ!」



「あ?ジャッカル4つも肺持ってるんだろぃ?走れるところまで走れぃ!」



「それ異名だっつってんだろ!本当に持ってるわけじゃねぇ!!」












(・・・・なんで。)



なんで、今更。



なんで。



もう、思い出しちゃいけないのに。



なんで、今更。



こんなに強く思うの?






「っ・・・・・・」






なんで、今更。



私、戻りたいだなんて。


































































































みんなに、会いたいなんて。
















































































































































































































「・・・ははっ・・・っ・・・・」





おかしくて。



こんなの、おかしくて。






「・・・私・・どこまでバカなんだろう・・・・」






目元が涙で埋まっていく。



こぼれる雫を止める術を、誰か、教えて欲しい。



おかしくて、



おかしくて、おかしくて、笑ってしまう。



情けなくて笑ってしまう。



ははっと乾いた笑い声。



情けない嗚咽に変わる。



みんなに、会いたい。



戻りたい。



みんなのいた場所に。



元に、戻りたい。














「・・・俺は、お前の名前は呼べない。」














そんな風に困らせたいわけじゃない。



笑って欲しいと、思う。



初めて、ドリンクを口にしてくれたときみたいに。



初めて、タオルを手にしてくれたときのように。



レギュラーの誰かと笑いあってるときみたいに。



買出しに一緒に行ったときのように。



・ ・・戻りたい。



あなたが、笑ってくれたときに。



赤也に、仁王くんに、柳生君に、柳君に、真田君に、桑原君に。



・・・・丸井くんに、会いたい。



この勝手な願いは、もちろん叶うことなんかない。



けしてない。



私が招いたこの状況は、私の決めたこと。



私の望んだこと。



望みが果たされるような都合のいいことなど起きない。



居場所をなくした、声、想い、私。



好きだと、言ってしまった。










「・・・・・・・・」










伝えるつもりなんかなかったのに。



伝えては、いけないはずだったのに。









「・・丸井くんが・・・・好きです。」










膝を、強く強く抱え込む。



そこに顔をうずめて、声を殺して泣き崩れる。



止まらない嗚咽に、全てを吐き出して、



すべてが、消えてしまえばいいのにと思った。



私の中の、強い想いが。



脳裏に焼きついている桜が、散っていく。



終わってくれるなら、春。



どうか、早く。



早く、この想いを忘れられますよう。



そんな風に祈りながら、ただただ涙が枯れるのを待った。



青い芝生の上で。



膝を抱えて、声を殺して。


















































































































































































































































































<キーンコーン・・・>





グラウンドの隅。



座り込むその場所で、校舎のほうから聞こえてきたチャイムに



授業の終わりを知らされる。



どれくらいここにいたんだろう。



目元が重い。



膝を抱えてうずめていた顔をあげた。











「・・・・?」











かさっと芝生を踏みしめる足音が聞こえ、



聞きなれたその声が聞こえ。



あたしは、驚きに目を見開いて、頭の上から降ってきた声の主に顔を向ける。








「どうした?こんなところで。」


「柳くん・・・」


「・・・・・・・」








背の高い柳君は、私の顔を見ると、



視線を私と同じくらいにするようにしてその場にしゃがんだ。









「・・・・泣いているのか?」



「(!!)・・っ・・・・」









急いで目元に手を触れる。



頬を伝っていた涙は乾いていたが、



目元にうっすらと涙が溜まっていた。



制服の裾で目元を拭う。






「やっ・・柳君、どうしてここに・・・・」


「・・・部室に行こうと思って校舎から出たら、お前の姿が見えた。」


「・・・そっ・・そっか。」


「・・・・・・。」


「柳くっ・・・・・」






あたしの頬に伸びた手。



柳君の長い指が涙のあとをなぞった。



柳君のいつも閉じているように見える瞼が伏せがちに開いていて、



あたしの目を、その目で捕らえて離さない。



あたしはその場で固まってしまったかのように動けなくなった。



目線の高さが同じになっている柳君の端整な顔と、



あまりに優しい表情に、どうしていいかわからなかった。









「・・・何か、あったのか?」



「(・・・・あ・・・)」



「どうした?。」



「(・・・・・・とまらない。)」








じわっと再びにじんだ目の前。



柳君の顔がぼやける。



優しい声に、言葉に。



胸が締め付けられるよう。



わがままなばかりの思いがあふれて。







「どうした?」


「ごめんなさっ・・・・」


「・・・・・」


「ごめんなさいっ・・・・」







ごめんなさい。



何に謝っているのか、その言葉。



ただ、私が悪いのだと。



そう漠然に思うだけ。



あふれる涙を拭い、こぼれる涙に手を添えた。



私が、という名前じゃなければよかった。



私が、立海に転入してこなければよかった。



私が、テニス部に入らなければよかった。



私が、丸井くんに出会わなければよかった。



私が、私じゃなければよかった。



何もかも、悔しいばかり。



後悔と呼ぶのにはふさわしい。



だって、どれかひとつでも叶っていたなら。



そしたらきっと。



そしたら、



・ ・・・そしたら。








「・・・。」








柳君の手が、ゆっくりと私の背中に回った。



温かい、



そう強く思ったのは、私の涙があまりに冷たかったからなのか。



柳君にそっと抱きしめられる。



・・・抱きしめられるとは、少し違うかもしれない。



静かに、私の涙を隠してくれた。



私を覆うように、包んでくれるように。







「・・・何があった?」



「・・っ・・・・」







柳君の優しい声に、嗚咽が大きくなる。



呼吸が苦しくなり、眩暈を覚える。



何が、あったのか。



何が。






「(・・・私は。)」





























































































あなたを困らせました。









































































































































































想いを声にしてしまいました。



笑って欲しいと思っていました。



みんなを思い出しました。



みんなに会いたいと思いました。



本当に、戻れなくなってしまいました。



好きでした。



好きだと思いました。



・・・今も。



今も好きでいます。



けして私の名前を呼ぶことなどないあなたを。



私は、わがままです。



本当に、勝手で、わがままで。



なんて、夢想家。



戻りたいんです。元に。



戻りたいんです。みんなのところに。



会いたい。



会いたい、会いたい。



みんなに。



あなたに。



想います。



思い出します。



そうして想うすべてが、



そうして思うすべてが。













































大切なんだと、知りました。
















































































































だから、涙が止まらない。






「・・・ごめんっ・・・大丈夫」



「・・・・・」



「大丈夫、だから・・・。」



「・・・。」



「・・・・・ごめんね、柳君。」






大切だと思う全ての思いが、行き場をなくしていた。



声にして、涙にして



体の外に出しても、



けして消えてくれることのないこの想いは、



大切であればあるほど、心の中を苦しくさせる。







「・・大丈夫だから・・・・・」







私はそう言って、柳君の腕をそっとほどいた。



柳君は何も言わない。



ただ、私を見ていた。



私はその場を立ち上がる。



目元の涙を、制服の裾で拭く。








「・・・今日は、これで早退しようと思って!・・・それじゃあ。バイバイ。」








今、自分にできる精一杯の笑顔を。



柳君は、私の座り込んでいた目線の高さのまま、



しゃがみこんで、その場を立ち上がろうとしなかった。



少しだけ、柳君に手を振って、



急いで校舎の中へ向かった。



折角できた笑顔。



もう泣いてる姿を見せたくなくて、



柳君に振り向くことはしなかった。






(・・・あのとき。)






桜の群れの裏庭。









「・・・俺は、お前の名前は呼べない。」









その言葉を聞いて、もうそれ以上、



丸井くんを困らせたくなくて、必死で笑って見せた。



必死で拭って。



涙を拭いて。



仁王くんの「笑いんしゃい」って言葉思い出して。



あのとき、私。



あのとき。









































































































































































































うまく、笑えていただろうか。












































































































































































































































































































































教室に入ると、急いでカバンの準備をして、



心配して声をかけてくれるクラスメイトから逃げるようにして帰ってきた。



転校して、初めての早退。



今日は家にお母さんがいたから、



帰ってくるなり、驚いてどうしたのって聞かれたけれど



私の泣きはらした顔を見たお母さんは、



それ以上何も言わなかった。



夕焼けが、少しずつ青空をひたし始める。



自室の部屋の窓を開ければ、暖かい風がカーテンを揺らしていた。



ぼーっと見つめる窓の外。



もう涙はこぼれていなかった。



時折頭に浮かぶのは、戻りたいと願うあの場所のあの風景。



みんなの声や表情。



温かい風と、いろんなことを思い出させる赤い空に瞼をとじた。





(・・・赤い、空。)





あの事故の日も、こんな空だったのかな。



赤也が言っていた赤く染まるすべては、こんなに綺麗な赤だったのかな。



だとしたら、丸井くんにとって今日のような夕焼けは、哀しいばかりでしかないのかな。



この風が教える今の季節も。



桜が咲き誇る春も。






(・・・哀しい・・・?)






桜の群れの裏庭で、



春風に吹かれて揺れる赤い髪。



ぷーっと膨らますフーセンガム。



・ ・・・丸井くんは。



あの場所で、何を思っているんだろう。







(・・・まただ)







思い出してはいけないのに思い出して、想って。



窓の外に広がる夕焼けの空に、なんだかとても怖くなる。







「8分前の・・・太陽・・・・」







小さく、そうつぶやいた。



それは、丸井くんと彼女の約束。



あの夕日も8分前の太陽なのに、それが、哀しみでしかなかったら。







「・・・・・・・」







なぜかな、さっきから。



なんだか胸の奥に、寂しさがしゃがみ込んでる気がした。



頭の奥で、誰かが私の名前を呼ぶのだけれど、



誰だか知らないその声に、私は返事が返せない。



なぜかな、さっきから。



なんだか胸の奥で、私じゃない誰かが、背中をむけて泣いている。



頭の奥で、ちらつくのは桜の花びら。



白い蝶。



ふいに襲われる感覚に、胸が掴まれたかのように痛い。




















































































痛い。






























































































<コンコンっ>






?起きてる?」


「・・・うん。どうしたの?」






自室の部屋のドアに遠慮がちなノックの音。



それが聞こえてすぐにその人がお母さんだとわかり、



ドアの向こうから呼ばれた名前に、私が返事を返せば、ガチャっとドアが開いた。







「玄関にお友達が来てるわよ?今日早退したって聞いて、できればに会いたいんですって。」



「・・・ともだち?」



「お母さん一瞬見とれちゃった。すごくかっこいい銀髪の男の子。」



「(!!)」








思わず開いている窓から、玄関先を確認した。



覗いた窓の外。



私に気付いた銀髪の彼が笑顔で手を振ってきた。






「っ・・・嘘・・・・・」


「あっ・・・!」






部屋の入り口で立っていたお母さんの隣を駆け抜け、



二階にある自室から玄関にでるために、勢いよく階段を走って下りる。



あまりの勢いの良さにつまずきそうになるが、それでもどうにかどたどたと足を進め



急いで靴を履いて、玄関のドアノブに手を置いて開ける。









「よう、。」



「っ・・・仁王くん!」



「今、平気?」



「あの・・・なんでっ・・・・」



、なんでそんなに慌てとう?俺がここにいるのがそんなに不思議?」









くくっと喉を鳴らして笑う仁王くん。



・ ・・・だって私。



みんなに、会いたいと思ってたから。



でも、もう戻れないと知っているから。



・・・だから。







「・・・よかったとよ。俺が来てに嫌な顔されなくて。」



「しっ・・・しないよ!」



「くくっ・・・うん。知っとる。」



「・・・・・・」







すっかり仁王くんのペースにはめられていることに気付き、



私は少し仁王くんを睨むように見た。



仁王くんはそんな私に気付くと静かに微笑む。






「・・・ごめんな、突然お邪魔して。」



「・・・ううん。」






夕焼けから暗がりへ、空の照明が落ち始める。



仁王くんの夕焼けの下でキラキラとすける銀髪が、夜にとけていく。



しばらくの沈黙。



私は仁王くんの表情を伺うかのように、



仁王くんは、ただ微笑んで



お互いに目を合わせていた。



突然の訪問に驚いた。



みんなに、会いたいと思ってたから。



でも、もう戻れないと知っているから。



だから、会えて驚いた。



今日教室に来てくれた柳生君と赤也。



あの2人はきっとレギュラーの代表としてきたのだろうと思っていたから。



もうこうして、誰かが故意に会いに来てくれることなどないと思っていた。







「・・・。」


「・・何?」


「泣いた痕。」


「(!!)」







仁王くんが自分の目元を指差しながら、私にからかうように問いかけてくるので



私は咄嗟に自分の目元に触れた。



仁王くんに何か反論をと思って、仁王くんの目を見返すと



仁王くんは、優しくて、それなのにどこか困ったかのような表情をしていて、



私はそれに目を見開く。








「・・・丸井なら、心配なか。」



「っ・・・・・」



「お前さんは泣かんでよか。」



「・・・・仁王くん・・・・」








珍しくも、本当に柔らかく



子供のように仁王くんが笑うから、



心が落ち着いていた。



仁王くんの言うことが何を意味するのか。



仁王くんが何を知っているのか。



けれど、仁王くんが何を言っても何を知っていても



彼が詐欺師だということを思い出せば、なんにでも納得がいってしまう気がした。





(・・・丸井くん。)





心配ないと言われても。



きっともう。



私に笑ってくれることはない。












。」













私がかすかにうつむくと、



仁王くんはすぐさま私の名前を呼んだ。



私も呼ばれてすぐに顔をあげる。



仁王くんと目が合えば、さっきとは打って変わって真面目な顔であたしを見据えていた。







「俺がお前さんに会いに来たのは、退部のことについてじゃ。」


「・・・・・・・・」


「悪いが、退部を認可した幸村と柳を除いて、レギュラーの誰一人としてお前の退部に納得がいかん。」


「っ・・・私はっ・・・」


「最後まで聞きんしゃい、。」








仁王くんのあまりに真面目な声。



鋭い視線に、私は黙らざるを得ない。



夜につかった空。



街灯がつき始めていた。



私と仁王くんの近くにも一つの明かりがつき。



仁王くんを照らす。







「退部を考えるからには、お前さんにもわけがある。それは重々承知している。」


「・・・・・・」


「だが、が退部したいと言うのなら、俺たちから条件がある。」


「・・・・条件?」







仁王くんの口元が口角をあげて笑う。































































































「明日、もう一日だけマネージャーをやり遂げんしゃい。」






































































































































































それは、私の思考をとめるには



十分すぎる条件だった。






「レギュラーの俺たちは、お前さんの口から直接やめたいと聞きたい。」


「・・・・・・・」


「それにはもう1日部活にでてきんしゃい。」


「・・・・・・・」


「もう1日だけ、マネージャーを終えてから、やめんしゃい。」


「でっ・・でもっ・・・私はっ・・・・・!!」


「1日だけでよか。」


「・・・え?」






仁王くんの髪が風に吹かれて揺れる。



再び鋭い視線で、



真面目な顔で、私を見据えて。














「他に何も考えんでよか。部活とマネージャーのことだけ考えて、俺たちをただの部員だと思って。」



「・・・・仁王くん?」



「他に、何も考えんでよか。明日一日だけでよか。」



「・・・・・・」



「・・・それで、できるなら笑いんしゃい。笑ってて、。」













鋭い瞳が、私を映す。













「これが、条件。」













他に。



・ ・・他に何も考えずに。



マネージャーの仕事にだけ、専念して。



それだけで。



明日、一日だけ。



・ ・・明日一日だけ、元に、戻れるの?



あの場所に。



みんなのいる場所に。





(・・・でも。)





脳裏をよぎる姿。



桜の群れの裏庭で



座り込んで、見上げて。



フーセンガムを膨らまして。



赤い髪が、揺れる。






(・・・戻れない。)






戻れるわけがない。








「・・・来ないつもりなら、認めん。」


「仁王くんっ・・・・」


「絶対に認めん。退部なんかさせんとよ。」


「・・・・・・」


「・・・絶対に。」








仁王くんの声が、苦しい。



かすれる声が、なぜか、とても寂しく耳に届く。



見つめる視線の先に見た目の色。



いつかの日のように。



優しくて寂しくて。



・・・私は。



私に、何ができる?



















「・・・わかった。明日、もう1日だけ。」


















私は、あなたを困らせました。



想いを声にしてしまいました。



笑って欲しいと思いました。



みんなを思い出しました。



みんなに会いたいと思いました。



本当に、戻れなくなってしまいました。



好きでした。



好きだと思いました。



・・・今も。



今も好きでいます。



けして私の名前を呼ぶことなどないあなたを。



私は、わがままです。



本当に、勝手で、わがままで。



なんて、夢想家。



戻りたいんです。元に。



戻りたいんです。みんなのところに。



会いたい。



会いたい、会いたい。



みんなに。



あなたに。



想います。



思い出します。



そうして想うすべてが、



そうして思うすべてが。



大切なんだと、知りました。







(だから。)







だから、もう1日だけでいい。



もう1日だけでいいから、



どうか、許して欲しい。


















もうきっと、


















私に笑ってくれないと、わかっていても。























どうか、許してください。






















これが、きっと



























あなたを困らせるだろう、最後。





























仁王くんは、口角をあげてふっと笑った。






「・・・突然伺ってすみませんでしたって、お母さんに伝えといてな、。」


「えっ・・・うっうん!」


「・・・それじゃあ、また明日。」


「まっ・・・また明日!」







私が手を振って言うと、



仁王くんは手を振って返してくれた。



けして振り返ることをしなかったその背中を見えなくなるまで見送って。



私は、これが最後になるだろう自分のわがままに



言葉にできない感情で胸を満たしていた。



それは、後悔なのか、感喜なのか。



自分のした選択に、決断に



夜にひれ伏した夕焼けを思い出しながら空を仰いだ。



あの綺麗な赤を。哀しい赤を。



それは、自分に対する甘えなのか、仁王くんの目に引き込まれただけなのか。



あと、1日。



明日で最後。



本当の、最後。













































































































































































「明日待ってるとよ、。」















































































End,