どうして、あの時。 桜が見たいなんて、思ったんだろう。 |
「お疲れ様!!」 そう言って、みんなの背中を見送った。 とりあえずは終わった朝の部活。 赤也が何度もやめないでくださいって、私のところに来てくれたけど 笑ってごまかすしかできなかった。 覚悟は出来てた。 今日が最後なんだって。 仁王くんに昨日言われたとおりに、マネージャーのことだけに専念して それで、今日の放課後。 テニス部を退部しようって。 「・・・・・・・・・」 とまどったけど、最初に赤い髪が見えたとき、 笑おうって思った。 丸井くんが、何も気にしないように。前みたいに振舞おうって。 私がここにいることが、嫌な思いをさせてしまうかもしれないけれど。 丸井くんから何も言葉を聞くことはなかった。 けれど、ドリンクを受け取ってくれたから、それだけで十分だった。 (・・・それだけで。) 以前は受け取ってさえもらえなかったんだ。 それで十分。 部活の終わったコートを片付けて、部室の鍵を閉めて、SHRに向かった。 過ぎていく時間が名残惜しかった。 授業の時間、休み時間、お昼休み。 時間がどんどん過ぎていく。 ・ ・・時間が名残惜しかった。 もうじき、放課後の部活になる。 どうしよう、本当に最後になってしまう。 (・・・やめたく、ないな。) 声にしないわがままならば、誰も困らせることはない。 本当は、やめたくなんかない。 みんながいる場所にいたい。 ・・・でも。 もう、戻れなくて。 「・・・・・・」 これ以上、あなたを困らせることがないように。 覚悟は出来てた。 今日が最後なんだって。 仁王くんに昨日言われたとおりに、マネージャーのことだけに専念して それで、今日の放課後。 テニス部を退部しようって。 覚悟は出来てた。 でも、わがままな心は消えなかった。 ・ ・・赤い髪を見たとき。 とても都合がいいことを思っていた。 もしかしたら。 ・ ・・もしかしたら、また笑ってくれるかもしれない。 もしかしたら、明るい声で何か返してくれるかもしれない。 初めて出会ったときのように。 そんなこと、あるはずもないのに。 そんなこと、 あるはずなかったのに。 誰よりも早く来て。 誰もいないコートに足を踏み入れること。 もう、ないのだと思っていた。 タオルを洗ったり、干したり。 たたんだり、渡したり。 ドリンク作って、ボールを拾って。 それも全部、今日で最後。 ただ、寂しいと。 ・ ・・・寂しいと。 (・・・寂しい。) みんなと会うのもこれで最後。 これで、最後。 「・・・・嫌だな・・。」 いやだな。これで、最後なんて。 わがままを言う。 まだ誰もいないコートの上で。 嫌だな。 ・ ・・嫌だな、最後なんて。 (・・・・やめたくない。) 久しぶりにコートに戻らせてもらったからか。 気持ちは大きくなるばかり。 でも、それは自分の決めている心に反する。 誰よりも早く来て。 誰もいないコートに足を踏み入れること。 もう、ないのだと思っていた。 タオルを洗ったり、干したり。 たたんだり、渡したり。 ドリンク作って、ボールを拾って。 それも全部、今日で最後。 「。」 「柳君。」 レギュラーの中で、放課後一番にコートに姿を見せたのは、柳君だった。 私はネットを張っている途中。 柳君は制服姿のままで、私に駆け寄ってきてくれた。 「今日は奥のほうまでネットを張らなくいい。」 「え?」 「今日はレギュラー以外部活がない。」 「そうなの?じゃあ今日は静かな部活になるね。」 驚く私に柳君がふっと笑いかける。 ・・・私、笑われるようなことしたかな。 そのときの疑問は部活が始まると、解消されることになる。 「・・・なんていうか。あれっすよね。」 「たまにはいいのかもしれませんよ。」 「・・・不気味」 「同感じゃ、ジャッカル。」 「・・・あの、柳君。」 静まりかえったコート。 柳君を見れば不敵に笑い返されるだけ。 レギュラー以外の部員が休み。 そこまではまだこの静けさの理由にはいいかもしれないけど。 不思議なのは、桑原君が不気味だと言ったのは、 いつもなら部活が始まるちょっと前から、コートの周りを囲む女の子達のギャラリーが 今、姿形なく、この時間に消えていたからだ。 「・・・不気味じゃ。」 「「「「「「・・・・・・・」」」」」」 仁王くんが改めて言えば、ここにいるレギュラーの誰もが黙り込む。 どうやら、今日部活のないレギュラー以外の部員が、 ギャラリーができないように女の子達を厳しく注意して回っているらしい。 その部員たちにそうするように言ったのは、柳君みたいだった。 「にとって最後の日なら、レギュラーとだけがいいと思ってな。」 つぶやかれたようなその一言に、 私はうれしくて、思わず口元が緩んだ。 静かなコートとコートの周り。 聞こえる声も音もレギュラーのみんなのものだけ。 静かな静かな空間で、みんなが柳君の言葉に小さく笑うと部活が始まった。 赤也は笑うことなく、なかなか赤也の言葉にうなずかない私にふてくされて見せていた。 ・ ・・丸井くんは、何かを考え込んでるみたいだった。 (・・・・困らせてるのかな。) その表情が、曇っていて。 私は、その表情を見ていることができなかった。 小気味いいボールの打球音。 みんなの駆ける音。 静かなコートの上に響いていた。 私はそんなレギュラーの一人ひとりの姿を、 目に焼き付けるように見ていた。 この時間が終われば、私はみんなと何の関わりもなくなる。 ・ ・・寂しい。 言葉にすればとても単純だけど。 心を埋め尽くす感情の、なんて大きなことか。 みんなと交わす一言がとてもうれしかった。 呼ばれる名前が。 ・ ・・・・名前が。 丸井くんがけして呼ぶことのない名前を、呼ばれるたびにすぐにそっちに向かった。 これが最後だった。 これが最後だった。 これが。 「休憩!」 本当の最後。 「お疲れ様、柳君、真田くん。」 最後のタオルとドリンク。 「はい、柳生君、仁王くん。お疲れ様!」 一人ひとりに渡していく。 「赤也、お疲れ様!」 一つ一つが手を離れていくたびに、終わりが近づいていく。 「お疲れ様!桑原君!」 お疲れ様の一言が、さよならに似ていた気がした。 そんな言葉じゃないのにね。 「お疲れ様、丸井くん!」 ベンチに座っていた丸井くん。 顔をあげると、私の手から無言のうちにタオルとドリンクを受け取った。 私は今出来る精一杯の笑顔を浮かべようとする。 そのとき、丸井くんの表情がなんだかとても辛そうに見えた。 丸井くんは、私と目を合わせることなく、タオルを頭にかけてうつむく。 「・・まっ・・・丸井くん?」 気になって。 ・ ・・どうしようもなく、気になって。 「・・・・ぐっ・・・具合、悪いんだったら、無理しちゃダメだよ?」 「・・・・・・・・・」 返事がない問いかけ。 辛そうに見えたその表情が、自分の勘違いだったのだと恥ずかしくなって その場から急いで逃げ出す。 歩く足の速さを早めて。 静かな静かなコート。 私の最後の部活。 ・ ・・・また、失敗をしたらしい。 これが、最後なのに。 (・・・どうしてあのとき。) どうして、あの時。 丸井くんに好きだと告げたとき。 どうしてあの時。 私は、 桜が見たいなんて、思ったんだろう。 |