どうして、あの時。




桜が見たいなんて、思ったんだろう。











































『8分前の太陽27』











































歩く道の気温に、温かさを覚えていた。



吹く風が、頬を撫でて、髪を揺らす。



いつも通りの時間。



朝練に間に合うように起きて、いつもと変わらない学校へ行く準備。



ただ、目の前がぼーっとしていて。



妙に気だるい体。



昨日の部室でのこと。



レギュラー達の顔を思い出して。














「・・丸井くんが・・・・好きです。」













あいつを、思い出して。






「・・・・・・・・・」






・ ・・・泣くなよ。



そう、思うことしかできず。



見上げた空。



目に入ってきた太陽の光に思わず目を細めた。




(・・・)




8分前の太陽を思い出して、



制服のポケットにつっこんでいた手を、強く握り締めた。



の手を握り締め、



離しはしないと、訴えるかのように。



早く終われば、いいのに。



歩く道の気温に、温かさを覚えていた。



吹く風が、頬を撫でて、髪を揺らす。



春なんか、終わればいい。



お前をなくした春なんか。




































気だるい体をひきずって進む足。



校門につくと、そのまま日課通りにコートに向かう。



太陽の光が、やけにまぶしい気がして、それがうっとうしくて。



軽く瞼を伏せて、抵抗する。



自分の足元ばかりを見て、ふとあげた視線を疑わざるを得なかった。



コートの上。





(・・・・なんで。)





どくん。



大げさに鳴る鼓動。



目を丸くして、見開いて。



それはその姿をただはっきりさせるばかり。



風が、その髪を揺らしていた。



さらさらと、いまだに舞ってくる桜の花びらと一緒に風が遊ぶ。



見つめる横顔に、俺はその場で立ちすくむ。










「・・・な・・んで・・・」










コートの上に、あいつがいた。



俺が泣かせた、あいつが。



俺がそこにいることにはまだ気付かず、ベンチの上にあるタオルをたたんでいる。



立ちすくんでは、動けない。



足が進まない。



あいつは部活をやめた。



だから、もう。



コートの上に戻ってくることはないのだろうと、思っていた。



・ ・・まして、



俺が。





(・・・・泣くなよ。)





泣かせて。



あんなに、泣かせて。



思い出すその泣き顔。



無意識のうちに唇をかみ締めていた。



視線が、そらせなかった。



こいつの横顔から、そらせなかった。



タオルをたたみ終えた手が、下へと降り、



あいつが、俺に気付く。



俺はその場で立ちすくんだまま、見つめることしかできず。



・ ・・なんで、ここにいるんだよ。



そんな疑問が浮かぶのに、聞くこともできない。



マネージャーに復帰したのだろうか。



テニス部に戻ってきたのだろうか。



何か、聞くべき言葉があるんじゃないのか。



そんなことを考えて言葉を探すが、声が喉の奥で絡まっていた。



俺に気付いたあいつが、俺のほうを向く。



合わせた目の奥が、ゆらいだ気がして



また泣かせてしまうのかと思ったが、予想とは大きく違った。



少しとまどいながらも、次の瞬間。






「おっ・・・おはよう!丸井くん!!」






俺に、笑って見せた。






「・・・・・・・・・・」






その声に、以前と変わらない明るいその声に



何か返すべき声があるはずなのに、



俺は目を丸くして見開いたまま。



何も言えずにそこに立ち尽くすだけ。





(・・・・・・・思わなかった・・・)





笑ってくれるとは、思わなかった。



だから、驚くことしかできなくて。
























「・・・・・・・さん?」



「赤也!おはよう!!」



「・・・!」



!どうしたんですか?」



「桑原くん、柳生君、おはよう!」




































俺の背中のほうから聞こえてきた声。



確かめるまでもなく、赤也、ジャッカル、柳生の3人。



目の前のこいつが、変わらない笑顔で、声で、あいさつをすれば



俺を通り過ぎて、3人が3人とも、立ちすくむ俺を通り過ぎて、こいつに駆け寄った。






さん!戻ってきてくれたんすね!!」


「・・・ううん。そうじゃ、ないよ。」


「・・・どういう、ことですか?」


「仁王くんから、何も聞いてない?」


「・・・仁王先輩?」






目の前で進んでいく会話を俺は聞くだけ。



こいつに歩み寄るよることなどできない。














「・・・やめたいというなら、あと一日だけマネージャーをしっかりやりんしゃいってな。な、柳、真田。」


「・・・・おはよう!仁王くん、柳君、真田くん。」












俺はその声に振り返る。



口元にうっすらと笑いを浮かべた詐欺師の声がした。



その隣に柳と真田がいる。






「おはよう、。」


「ちょっと待ってくださいよ!仁王先輩も柳先輩も真田副部長も、そんなの全然聞いてないっすよ!」


「悪いが赤也。昨日俺たち3人だけで話してでた結論だ。」






仁王も柳も真田も、他の3人と同じく、



こいつに歩み寄った。



マネージャーを囲むようにしてレギュラーが揃う。



その輪の中に、俺はいない。



ただ、あいつの表情から目をそらすことができなかった。






「今日が最後とよ。・・・な、。」


「・・・・うん!」


「待ってよっ・・・さん!そんなのないっすよ!!」







赤也が必死な様子であいつに詰め寄るが、



あいつはただ、困ったように笑うだけ。



動けない足。



喉の奥で絡まる声。




(・・・今日が、最後?)




それが、こいつがテニス部をやめる条件だとでも言うのだろうか。



俺は仁王の横顔を目に映すが、



仁王はあいつに笑いかけるだけだった。





さんっ・・・!」


「赤也、それくらいにせんか。さっさと着替えるぞ。」


「他のレギュラーもだ。」





真田と柳の一言に、赤也はそのまま黙り込み、肩を落として下を向いた。



誰もあいつの近くから動こうとしないその場所から、仁王が初めに動きだす。



仁王に続いて次々とレギュラーが部室に向かっていった。



赤也は、もう一度あいつの顔を見て、



それから俺と目を合わせた。



突然のことに、ただ赤也を見るだけだった俺から、



さっさと視線をそらせば、赤也もまた、部室に入っていった。



俺もすぐさまそのあとに続いた。



俺に出来ることも、やるべきことも、今はそれだけだった。



目を合わせることなくこいつの隣をただ通り過ぎ、部室の中に入って、



他のレギュラー同様、無言のうちにジャージに着替えた。


























「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






































目が、そらせなかった。





















































































































































































































向かい合うコートの上にはジャッカル。



簡単なラリーの打ち合いで、体を温める。





(・・・・・・・・・・)





時折目が、そっちにいってしまう。



なぜか、目がそらせない。



俺たちの入っているコートから離れた場所で、誰かに向かって笑っているあいつ。









目が、そらせなかった。









「ブン太さんが本当に好きなのは、死んだ人じゃなくて、さんじゃないんすか?!」










・・・違う。





(違ぇよ。)





俺が好きなのはだ。



だけだ。



風が、その髪を揺らしていた。



さらさらと、いまだに舞ってくる桜の花びらと一緒に風が遊ぶ。



以前と変わらない笑顔の横顔。



・ ・・目が、そらせなかった。







「・・・・・おい、丸井?」








軽いラリーのはずだったのに、俺は勢い任せについ力んでラケットを振ってしまった。



ジャッカルの足元に綺麗に決まったスマッシュ。





「あー・・・悪い。」


「・・・別にいいけどよ。」


「・・・・・・」





昨日の部室でのできごと。



思い出すレギュラー達の顔。



ジャッカル、お前だって、複雑そうな顔してただろぃ。



今日はまだ他のレギュラーたちと別に言葉を交わしていない。



交わす必要もない。



気まずさを感じているわけじゃなかった。



むしろ、レギュラーとの間に何も感じていない。



でも、いつもそうだ。



何かと険悪な空気になっていても、



ジャッカルだけは普通。



いつもと変わらずに話してる。



ジャッカルは俺の相方だし、そうしなくちゃならないのはわかってるけど。



でも。お前だって昨日。



お前だって、何か知らないけど。



他の奴らと同じで、苦しそうな顔、してだろぃ。



・ ・・・なぁ、お前。





「・・・・ジャッカル。」


「なんだよ」





お前さ。










「何、考えてんの?」










ネットをはさんで、ジャッカルと向かい合う。



交わす視線。



ラケットを持ったまま、下がっている腕。



ジャッカルは俺の質問に目を丸くするだけ。



俺は、昨日感じていた苛立ちに似た気持ちを、腹の中で抑えていた。



目の端に、あいつの姿。








目が、そらせない。








「・・・ジャッカルも俺がとりつかれてるとか、思ってんの?」


「・・・丸井。」








だって、お前だって昨日。



お前だって、何か知らないけど。



他の奴らと同じで、苦しそうな顔、してだろぃ。



ジャッカルを睨み見る俺。



苛立ちが腹の中でうごめいている。



なんでこんなにいらいらするのか、わかりもしないのに。



ジャッカルは一度大きな溜息をついた。



瞼を伏せて、俺をもう一度見据える。






「・・・・俺は、お前の相方だから。コートでお前を待ってるだけだ。」


「・・・・・・」


「お前の好きなように考えて、好きなようにしろよ。」


「・・・・・・」


「俺、後衛だし、何かあったときだってカバーしてやるよ。」


「・・・なんか、それ。」






それってさ、ジャッカル。



俺を甘えさせてるようでさ。



‘好きにしろよ。’



それって。













「・・・一番厳しいぜぃ、お前。」













腹の中でうごめく苛立ちを、ジャッカルにぶつけようとしてた。



・ ・・だけど。



頭の中の熱が引いていく。



昨日から昇りきっていた血が、収まっていく感じがした。



ジャッカルが苦笑いと一緒に肩をすくめていた。




(・・・なんで。)




なんで。



どうしてこんなに、苛立つんだ。



また視線を送ってしまうあいつ。



今は柳と何か話している。



泣くなと、思うばかりだったから。






(・・・思わなかったんだよ。)






笑ってくれるなんて。



太陽の光が、やけにまぶしい気がして、それがうっとうしくて。



軽く瞼を伏せて、抵抗する。







さんが泣く必要なんて初めからどこにもありゃしないでしょ?!」








・ ・・そんなの、わかってる。



けど、俺には。



・ ・・俺には。




















































































































































































































































泣かせることしか、できなくて。















































































































































































































































































































真田の「休憩!」の声がコートに響き渡った。



部室に一番近いベンチへ集合し始めるレギュラーたち。



そんなレギュラー達に、一人ひとり「お疲れ様」の言葉と



ドリンクとタオルを渡してくあいつ。






「はい、丸井くん!お疲れ様!!」







明るい声。



変わらずの笑顔。



・ ・・思わなかったんだ。



また、笑ってくれるなんて、思わなかった。






「・・・・・・」







無言のうちにこいつの手から受け取るドリンクとタオル。



俺がそれを手にすれば、こいつは俺を通り過ぎ、



俺の後ろのほうにいたジャッカルに、同じくタオルとドリンクを渡しに行く。



手にしたドリンクの入った水筒。



・ ・・初めは口をつけることなんかなかった。





「柳生君、お疲れ様!」


「ありがとうございます、。」





その笑顔を無意識のうちに追う。



視線が追う。



鼓動が重なり、それをかき消すかのようにタオルで汗を拭った。





(・・・好きなもんか。)





好きなものか。



俺が好きなのはだ。



他の誰も好きにはならない。







「お疲れ様!」







(・・・。)



なぁ、



俺さ。



・ ・・守りたいんだ。
















「お疲れさん、丸井。」


「・・・・・・・」


「なんだよって顔じゃな。用がなきゃ呼んじゃダメか?」


「・・・ダメだろぃ。」


「なんじゃ、反抗期か?かわいくもない。」















独特のかすれた声。



俺の肩にぽんっと手を置いて、横目でその姿を見る俺に



嫌味な笑みを向けてドリンクを口にする仁王。



・ ・・またか。



読めない行動。



それはいつものことだけど。



お前だって、昨日の部室でのでき事で、嫌な空気を感じてないわけじゃねぇだろぃ?







「・・・で?なんだよ。」


「ん?なにが?」


「用事。・・・本気でねぇわけねぇだろぃ?お前が。」


「・・・用なんかなかよ。」


「・・・・・・」







仁王が俺から視線を外す。



その視線の先を何気なく追えば、あいつに行きあたる。



赤也と何か話していて、また困った笑みを零している。






「・・・くくっ・・・・」


「・・・なんだよ、気持ち悪い。」


「・・・何もなか。」


「・・・・・・・」


「・・・何も、なかよ?」






にやっと俺に笑う仁王。




(・・・なんだよ、その笑い。)




・ ・・なんでもないとか。



そんな言葉、信じるには、



あまりに嫌な予感を含んだ笑み。



あいつに、今日、最後の日をやったのは、



仁王と柳と真田。





「仁王くんから、何も聞いてない?」





・ ・・仁王?



仁王のその視線が再びあいつに向かっていた。



俺もその視線の先を追いかければ、変わらない笑顔。



仁王の横顔に目をやる。






「・・・何、企んでるんだよ。」


「・・・何も。」


「嘘付け詐欺師。」


「詐欺師じゃけぇ。」


「・・・・・・・・」





喉を鳴らして仁王が笑う。



以前、仁王に言われたことを思い出す。






「丸井。お前はが好きじゃろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「お前が失ったじゃない。お前は・・・・・俺たちのマネージャーの が好きじゃろ?」








仁王も思ってるんだ。



赤也と同じで。



俺がにとりつかれてるとか、そんなふざけたこと。



俺が、好きなのは



ただ、それだけなのに。



苛立ちが募った。



何かを企む仁王に。



・ ・・・ほうっておけばいいのに。



俺のことなんか。



ほうっとけばいい。



視線は追いかける、



その姿を、その笑顔を。





(・・・・・・・・・)






そらせなかった。













目が、そらせなかった。







































































































「お疲れ様!!」





そう言って、みんなの背中を見送った。



とりあえずは終わった朝の部活。



赤也が何度もやめないでくださいって、私のところに来てくれたけど



笑ってごまかすしかできなかった。



覚悟は出来てた。



今日が最後なんだって。



仁王くんに昨日言われたとおりに、マネージャーのことだけに専念して



それで、今日の放課後。



テニス部を退部しようって。






「・・・・・・・・・」






とまどったけど、最初に赤い髪が見えたとき、



笑おうって思った。



丸井くんが、何も気にしないように。前みたいに振舞おうって。



私がここにいることが、嫌な思いをさせてしまうかもしれないけれど。



丸井くんから何も言葉を聞くことはなかった。



けれど、ドリンクを受け取ってくれたから、それだけで十分だった。




(・・・それだけで。)




以前は受け取ってさえもらえなかったんだ。



それで十分。



部活の終わったコートを片付けて、部室の鍵を閉めて、SHRに向かった。



過ぎていく時間が名残惜しかった。



授業の時間、休み時間、お昼休み。



時間がどんどん過ぎていく。



・ ・・時間が名残惜しかった。



もうじき、放課後の部活になる。



どうしよう、本当に最後になってしまう。





(・・・やめたく、ないな。)





声にしないわがままならば、誰も困らせることはない。



本当は、やめたくなんかない。



みんながいる場所にいたい。



・・・でも。



もう、戻れなくて。






「・・・・・・」






これ以上、あなたを困らせることがないように。



覚悟は出来てた。



今日が最後なんだって。



仁王くんに昨日言われたとおりに、マネージャーのことだけに専念して



それで、今日の放課後。



テニス部を退部しようって。



覚悟は出来てた。



でも、わがままな心は消えなかった。



・ ・・赤い髪を見たとき。



とても都合がいいことを思っていた。



もしかしたら。



・ ・・もしかしたら、また笑ってくれるかもしれない。



もしかしたら、明るい声で何か返してくれるかもしれない。



初めて出会ったときのように。



そんなこと、あるはずもないのに。






そんなこと、



















あるはずなかったのに。












































































































































































































































































誰よりも早く来て。



誰もいないコートに足を踏み入れること。



もう、ないのだと思っていた。



タオルを洗ったり、干したり。



たたんだり、渡したり。



ドリンク作って、ボールを拾って。



それも全部、今日で最後。



ただ、寂しいと。



・ ・・・寂しいと。





(・・・寂しい。)





みんなと会うのもこれで最後。



これで、最後。






「・・・・嫌だな・・。」






いやだな。これで、最後なんて。



わがままを言う。



まだ誰もいないコートの上で。



嫌だな。



・ ・・嫌だな、最後なんて。






(・・・・やめたくない。)






久しぶりにコートに戻らせてもらったからか。



気持ちは大きくなるばかり。



でも、それは自分の決めている心に反する。



誰よりも早く来て。



誰もいないコートに足を踏み入れること。



もう、ないのだと思っていた。



タオルを洗ったり、干したり。



たたんだり、渡したり。



ドリンク作って、ボールを拾って。





















それも全部、今日で最後。




















。」



「柳君。」






レギュラーの中で、放課後一番にコートに姿を見せたのは、柳君だった。



私はネットを張っている途中。



柳君は制服姿のままで、私に駆け寄ってきてくれた。






「今日は奥のほうまでネットを張らなくいい。」


「え?」


「今日はレギュラー以外部活がない。」


「そうなの?じゃあ今日は静かな部活になるね。」






驚く私に柳君がふっと笑いかける。



・・・私、笑われるようなことしたかな。



そのときの疑問は部活が始まると、解消されることになる。


































「・・・なんていうか。あれっすよね。」



「たまにはいいのかもしれませんよ。」



「・・・不気味」



「同感じゃ、ジャッカル。」



「・・・あの、柳君。」























静まりかえったコート。



柳君を見れば不敵に笑い返されるだけ。



レギュラー以外の部員が休み。



そこまではまだこの静けさの理由にはいいかもしれないけど。



不思議なのは、桑原君が不気味だと言ったのは、



いつもなら部活が始まるちょっと前から、コートの周りを囲む女の子達のギャラリーが



今、姿形なく、この時間に消えていたからだ。






「・・・不気味じゃ。」



「「「「「「・・・・・・・」」」」」」






仁王くんが改めて言えば、ここにいるレギュラーの誰もが黙り込む。



どうやら、今日部活のないレギュラー以外の部員が、



ギャラリーができないように女の子達を厳しく注意して回っているらしい。



その部員たちにそうするように言ったのは、柳君みたいだった。







にとって最後の日なら、レギュラーとだけがいいと思ってな。」







つぶやかれたようなその一言に、



私はうれしくて、思わず口元が緩んだ。



静かなコートとコートの周り。



聞こえる声も音もレギュラーのみんなのものだけ。



静かな静かな空間で、みんなが柳君の言葉に小さく笑うと部活が始まった。



赤也は笑うことなく、なかなか赤也の言葉にうなずかない私にふてくされて見せていた。



・ ・・丸井くんは、何かを考え込んでるみたいだった。





(・・・・困らせてるのかな。)





その表情が、曇っていて。



私は、その表情を見ていることができなかった。



小気味いいボールの打球音。



みんなの駆ける音。



静かなコートの上に響いていた。



私はそんなレギュラーの一人ひとりの姿を、



目に焼き付けるように見ていた。



この時間が終われば、私はみんなと何の関わりもなくなる。



・ ・・寂しい。



言葉にすればとても単純だけど。



心を埋め尽くす感情の、なんて大きなことか。



みんなと交わす一言がとてもうれしかった。



呼ばれる名前が。



・ ・・・・名前が。



丸井くんがけして呼ぶことのない名前を、呼ばれるたびにすぐにそっちに向かった。



これが最後だった。



これが最後だった。



これが。















「休憩!」













本当の最後。





「お疲れ様、柳君、真田くん。」





最後のタオルとドリンク。






「はい、柳生君、仁王くん。お疲れ様!」





一人ひとりに渡していく。





「赤也、お疲れ様!」





一つ一つが手を離れていくたびに、終わりが近づいていく。






「お疲れ様!桑原君!」






お疲れ様の一言が、さよならに似ていた気がした。



そんな言葉じゃないのにね。















「お疲れ様、丸井くん!」














ベンチに座っていた丸井くん。



顔をあげると、私の手から無言のうちにタオルとドリンクを受け取った。



私は今出来る精一杯の笑顔を浮かべようとする。



そのとき、丸井くんの表情がなんだかとても辛そうに見えた。



丸井くんは、私と目を合わせることなく、タオルを頭にかけてうつむく。






「・・まっ・・・丸井くん?」






気になって。



・ ・・どうしようもなく、気になって。








「・・・・ぐっ・・・具合、悪いんだったら、無理しちゃダメだよ?」



「・・・・・・・・・」








返事がない問いかけ。



辛そうに見えたその表情が、自分の勘違いだったのだと恥ずかしくなって



その場から急いで逃げ出す。



歩く足の速さを早めて。



静かな静かなコート。



私の最後の部活。



・ ・・・また、失敗をしたらしい。



これが、最後なのに。






(・・・どうしてあのとき。)






どうして、あの時。



丸井くんに好きだと告げたとき。



どうしてあの時。



私は、









桜が見たいなんて、思ったんだろう。




















































































































































































































いろんなことを、思い出してた。



朝の部活が終わって、授業で。



ボーっと空なんか眺めて。



時間が進むのがやけに早くて。



雲が流れるのが、やけに早くて。






(・・・・今日が、最後。)






あいつがコートにいる最後。



そう、思ったら。



いろんなことを思い出してた。



初めて会った桜の林で、震えていたこと。



必死で。間抜けで。



その名前を知って。



苛立って。からかわれているのだと思って。



のこと、幸村たちから聞いて。



あいつが、俺に謝って。



でも、いつも俺が変なこと言って、とまどわせて。



何度も泣かせて。俺が、泣かせて。






「・・・・・・・」






笑って欲しくて。



笑顔が似合うのは知ってて。



俺に怒鳴ったこともあった。



怒って、泣いて、笑って。



でも、俺がどんなに冷たい態度をとっても、



やっぱりあいつは一生懸命で、必死で。







(・・必死、で・・・・・。)







俺なんかを、好きだって。



そう、言った。





(・・なんで。)





なんでいつも。



酷いことしか言わなかった。



近づくなばっかり。



そんなこと、言うつもりなんかなかったのに。



そんなこと、思ってなんかいなかったのに。



朝の部活が終わって、授業で。



ボーっと空なんか眺めて。



時間が進むのがやけに早くて。



雲が流れるのが、やけに早くて。



いろんなことを、思い出してた。



ずっと、思い出していた。

















































放課後の部活。



柳の発案だか知らないけど、やけに静か過ぎるコートは



仁王が言うみたいに確かに不気味。



ふいに見たその姿。





(・・・泣いてないならそれで。)





それでいい。



笑顔が似合うのは知っていたから。



笑っていればいいと思う。



笑って、いれば。



これで最後なのだと思えば



いろんなことを思い出してた。



ずっと、思い出してた。



初めて会った桜の林で、震えていたこと。



必死で。間抜けで。



その名前を知って。



苛立って。からかわれているのだと思って。



のこと、幸村たちから聞いて。



あいつが、俺に謝って。



でも、いつも俺が変なこと言って、とまどわせて。



何度も泣かせて。俺が、泣かせて。



のこと、話して。



一緒に買出しに行ったりだとか。








「お疲れ様、丸井くん!」









言葉さえ、交わそうとしなかった。



ドリンクも受け取らなかった。



笑って欲しくて。



笑顔が似合うのは知ってて。



俺に怒鳴ったこともあった。



怒って、泣いて、笑って。



でも、俺がどんなに冷たい態度をとっても、



やっぱりあいつは一生懸命で、必死で。







(・・必死、で・・・・・。)







俺なんかを、好きだって。



そう、言った。





(・・なんで。)





なんでいつも。



酷いことしか言わなかった。



近づくなばっかり。



そんなこと、言うつもりなんかなかったのに。



そんなこと、思ってなんかいなかったのに。



泣かせたくなんて、なかった。







「・・まっ・・・丸井くん?」







タオルを頭からかぶって、



何を考えるでもなくうつむいた。









「・・・・ぐっ・・・具合、悪いんだったら、無理しちゃダメだよ?」









・ ・・何、心配させてんだ。



無言でいたら、遠ざかっていく足音。



具合?悪くない。



ただ、



・ ・・ただ。





(・・・なんて、言えばいい?)





よく、わかんねぇんだよ。



わだかまりばかりが落ちていく胸の内。



太陽がまぶしいばかりで、目を細めて。





(・・・。)





ただ、目で追ってた。



静か過ぎるコートの上で、目が、そらせなくて。




























































































































































































目が、そらせなくて。











































































































































































「・・・そんなにが気になるのか?」



「(!!)」





































































































































いつの間にか立っていたコートの上。



握り締めたラケット。



向かい合うコートの上には、不敵に笑う仁王。



仁王も俺と同じくラケットを握りしめていた。



片手にはボール。







「・・・そんなわけねぇだろぃ。」



「くくっ・・・・・」



「・・・・・・」







俺の言葉に仁王は喉で笑うだけ。



その態度に苛立ちを覚えた俺は、仁王を睨み見るだけ。



仁王が声に出した笑いをやめ、不敵な笑みを浮かべたまま、



ラケットの先で、俺を指す。






「・・・なぁ、丸井。」


「・・・・・・」


「逃げるなよ。」


「なっ・・・・・」






何、言ってんだよ。



仁王の言葉にそう返そうとしたときだった。



仁王が持っていたボールを高く高く空に上げた。



トスがあがり、仁王がラケットをかまえた。



俺に打ってくるのだと思い、俺もラケットを構えるが、



仁王の変わらない不敵で嫌な笑みに、俺は。







(・・!?・・・・まさかっ・・・・)








・ ・・まさか。









仁王の視線が、あいつに向いていた。



俺たちの隣のコートで、ボール拾いをしていたあいつ。



そんなに距離はない。



仁王の笑みを、脳裏に焼き付けたまま。



俺はラケットを手から離して、



気付いたときには走り出していた。



周りの景色が流れていく。



風が吹いて、花びらが舞って、その髪が揺れる。



風が、遊んでる。



俺の目の前を、一匹の白い蝶が横切った。



周りの景色が、流れていく。





(間に合え。)





間に合え。



必死で。



その時の俺は必死で。



他に何も考えてる余裕なんかなかった。



他に何も見えてなかった。



あいつ以外、見えてなかった。








思い出すんだ。いろんなこと。









ずっと、思い出すんだ。



その度に、いろんなことを思って。



・・・・・なんて、言えばいい?



・・・泣かせたくないとか。












































































































































笑っていて、ほしいとか。



















































end.