春の始まりに。
私の心は、不安で一杯だった。
両親が決めたいきなりの転校。
知っている人など誰一人いない学校で新しい生活。
綺麗な桜を目にしても
不安は募るばかりだった。
あなたに、会うまでは。
『8分前の太陽29.5』
鮮やかな赤い髪がとても印象的だった。
フーセンガムを膨らますのがうまくて。
テニス部の仲間と話しているときに見せる、ふざけたときの屈託のないその表情。
コートに立っている時の真剣な目。
彼とすれ違うたびに振り向く女の子達の気持ちが、痛いくらいにわかる。
それくらいに、人目を引く。
周囲を明るくさせることのできる人。
あの日。
不安だった私の心を晴らしてくれたその人に、もう一度だけでいい。
逢いたかった。
もう一度だけでいい。
あの笑顔に会いたかった。
そんな不純な動機でテニス部に入った。
けれど私は、
もう一度会いたいと思っていた人に嫌われていた。
その人の笑顔を見ることができなかった。
「赤也に聞いたね?丸井の彼女だった子が君と同姓同名だったことは。・・・・・彼女ね」
その理由を聞いたとき。
「一年前に亡くなったんだ。交通事故で。」
私だったんだと知った。
逢いたかった笑顔を奪っていたのが私だったんだと。
何も知らないことが、彼を傷つけていた。
私の名前が、彼を苦しめていた。
謝りたくて、どうしても謝りたくて。
勝手に泣き出してしまった私に
「・・・・泣くなよ。悪いのは俺だろぃ?」
あなたはそう言って、笑ってくれた。
うれしくて、うれしくて。
いつから?
あなたの大切な人の名前を知ったときから。
あなたが今もその人を想い続けていることを知ったときから。
あなたが声を荒げたときから。
あなたの辛そうな表情を見たときから。
あなたの無邪気な笑顔を見つけたときから。
あなたが春が嫌いだと言ったときから。
あなたの名前を知ったときから。
・ ・・ううん。きっと。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
私ずっと、あなたのために何かがしたかった。
何かができたらと思ってた。
いつから?
あなたの大切な人の名前を知ったときから。
あなたが今もその人を想い続けていることを知ったときから。
あなたが声を荒げたときから。
あなたの辛そうな表情を見たときから。
あなたの無邪気な笑顔を見つけたときから。
あなたが春が嫌いだと言ったときから。
あなたの名前を知ったときから。
・ ・・ううん。きっと。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
初めて、会ったときからずっと。
・ ・・ずっと。
ずっと好きだった。
それは、最後の日だった。
「さん、やめないでくださいっ・・・!!」
何度も何度も私にそう言ってくれる赤也に
私はごまかすように笑ってみせるしかできなかった。
その度に、肩を落として手のひらをぎゅっと握り締める赤也に
「・・・ごめんね。」
「・・・なんで。・・・・さんは悪くないっすよ。何も悪いことしてない。」
「・・・・ごめんね、赤也。」
「・・・やめないでよ。やめないでくださいよ、さん」
何度も何度も。
ごまかして、笑って。
時折私は、丸井君を見ていた。
目で、追っていた。
一言も言葉を交わせない今日が、なんだか私がテニス部に入った初めのうちを思い出させて、苦笑い。
もしかしたら、何事もなかったみたいに
また笑ってくれるかもしれない。
そんな期待を覚えていた自分にあきれる。
丸井くんに好きだって言って。
想いを声にした瞬間から、もう本当に戻ることなどできないと
自分でわかっていたはずなのに。
・ ・・なのに。
なのに、
ねぇ・・・・・どうして?
突然さえぎられた視界の端に、
あの鮮やかな赤い髪。
(・・・え?)
何が起きたかわからないうちに、私の体はその手に引き寄せられる。
その体温、その心音。
その人は。
まぎれもなく彼で。
<ゴッ>
一瞬のできごとに、自分が丸井くんに抱きしめられていることをやっと頭が理解したときだった。
耳に届いた鈍い音。
耳に残るにはあまりに嫌な音。
その音が、私を抱きしめたままの丸井君の背中のほうから聞こえた気がした。
「まっ・・・丸井くん?!」
「っ・・・・・・」
視界はさえぎられたままだった。
丸井くんの肩のあたりに頭を抱えられて、そこからは何も見えない。
ただ、丸井くんがとても苦しそうに大きく息を吐き出したのが聞こえた。
「(!!)丸井!」
「さん?!」
レギュラーのみんなが私と丸井くんを呼ぶ声がした。
その声は遠くからだったけど、
確かに近づいてくる。
(・・・何?)
何があったの?
「あのっ・・・丸井くんっ・・・・・」
丸井くんの呼吸がおかしい。
息がしずらいみたいに、
大きく息を吐き出しては、苦しそうに息を呑む。
抱きしめられたままの体。
丸井くんの手のひらの体温が、背中から伝わる。
ふと、丸井くんの足元が目に入る。
黄色いテニスボールが、静かに一つ、そこに存在していた。
・ ・・・まさか。
「丸井くん・・・まさかっ・・・・・」
さっきの鈍い音。
丸井くんの苦しそうな呼吸。
足元のテニスボール。
(・・・かばって、くれたの?)
・ ・・どうして・・・・・・・・・。
丸井くんの体が、その手が、ゆっくりと私から離れる。
(・・・どうして?)
どうして。
なんで?
合わさった視線。
丸井君の目。
(・・どうして?丸井君。)
なんでそんなに、哀しそうな顔をしているの?
「さん!怪我ないっすか?」
「丸井、お前は?!」
どうして?
どうして?
聞くこともできない。
合わさったままの視線。
そらすことのない目。
お互いが、お互いに。
レギュラーのみんなが私と丸井くんを心配そうに囲む。
「・・・わっ・・・私は、大丈夫・・・・丸井くんがっ・・・・」
ねぇ、誰か。
私は大丈夫。
ねぇ、誰か。
丸井くんが、哀しそうなんだ。
なんで、
どうして、
そんな顔をするんだろう。
どうして、
どうして、
どうして、こんなに、哀しそうな。
レギュラーのみんなの波が、私と丸井くんの距離をあけた。
心配してくれる言葉の中。
みんなの間から丸井君と目があったままだった。
声をかけることもできないのに。
ギャラリーはなく、他の部員もいない静か過ぎるコート。
何が丸井くんにそんな顔をさせるんだろう。
(・・・私の、名前・・・)
何のためらいもなく、レギュラーのみんなは私の名前を呼んでくれるから。
丸井くんにはその名前が、さえぎるものなど何もなく届くから。
だから、
・ ・・だから?
(・・・仁王、くん。)
丸井くんが視線をそらし、近くに来た仁王くんと目を合わせていた。
何か仁王くんが丸井くんに言うと、丸井くんの表情がさらに曇る。
・ ・・私が。
私が、また奪っているのか。
丸井くんから笑顔を奪っているのか。
こんなことなら来なければよかった。
最後の部活なんて来なければよかった。
みんなに逢いたいなんて、そんなわがまま。
閉じ込めておけばよかったんだ。
もう一度だけ合った目。
苦しさに、うつむいた。
丸井君と視線を合わせることなどできなくて。
もうそんな悲しそうな顔、見ていることができなくて。
もう謝ることさえ、できなくて。
時間がどんどん過ぎていく。
最後の部活を終わらせようと、時間ばかりが過ぎていく。
赤く染まり始める空。
後悔ばかりがこの身を纏う。
かばってくれた。
私がボールに当たりそうになって、
丸井くんが、かばってくれた。
けれどお礼さえ言えていない。
丸井くんに近づくことで、またあの哀しそうな顔をさせてしまうのではないかと怖かった。
(・・・来なければよかった。)
私のわがままなど、胸に閉じ込めて。
仁王くんの言葉など流して、みんなに認められなくても、
身勝手に部活をやめてしまえばよかったんだ。
後悔に詰まる胸を、必死で抱え込んだ。
時折涙に負けそうになる目元を、必死で叱咤した。
泣いていいわけがない。
もう、泣いていいわけなどなかった。
「部活終わり!!全員で片付け!!」
真田君のその言葉に驚く。
ダメだよ。
最後だからこそ、全てを任せて欲しい。
片付けは、私の仕事のはず。
「。」
「柳君・・・・」
「いいから。俺たちがそうしたい。」
「・・・・・」
真田くんに抗議しようとする前に、私の元に駆けてきてくれた柳君。
私が何も言えないでいれば、
レギュラーのみんなが何も言わずにネットをはずし始めたり、
ボールを拾い始める姿が目に入り、
うまくも笑えずに笑って見せるしかなかった。
ふいに見上げた赤い空が、綺麗だった。
とても、綺麗で。
それを丸井くんの髪の色に重ね見る自分がいた。
「全員制服に着替えたら、いつものベンチに集合してくれ。」
レギュラーの誰一人として、いつものように笑ってくれなかった。
いつもなら笑って、私にからかって見せてくれる表情や声がないコートは静か過ぎた。
静か過ぎて、胸が苦しい。
誰か、
誰か、いつもみたいに笑って見せて欲しい。
今日が最後だと知っていて、いつも通りを願うのは無理なのか。
みんなは私の行動に何を思うのか。
あきれ?落胆?歓迎?怒り?
今日でこの部活をやめようとする私に、みんなは何を思うのか。
みんなが部室に入って、しばらく経つと
ジャージから制服に着替えたレギュラーたちが、もう一度コートに戻ってきてくれる。
1人、また1人とコートにやってくるレギュラーのみんなと目が合うたびに、
私は笑って、お疲れ様を言おうとした。
けれど誰もが合った視線はすぐさまそらし、言葉のタイミングを失う。
(・・・誰か。)
誰でもいい。
いつもみたいに笑って欲しい。
誰とも目をあわすことが出来ずにいた。
最後に丸井くんと仁王くんがやってきて、レギュラーのみんながコートにそろう。
丸井くんと目を合わせる勇気などなく、私はうつむいたままだった。
「全員だ。。」
「・・・うん。」
うつむいたままだった私に柳君が声をかけてくれた。
私はどうしてもこんな風に終わりたくなかった。
それすらもわがままでしかなかったけれど
みんなに、いつものように笑って欲しかった。
だから、顔をあげて、一人ひとり見渡して、目を合わせて。
必死に笑った。
丸井くんと目が合ったときも、必死で笑った。
なのに、丸井くんの表情が、あのときの哀しいものに見えて。
そのままうつむくしか、できなかった。
かみ締めた唇。
何を、どう言えばいいんだろう。
今日が、最後。
「・・・・さん!俺っ・・・どうしてもさんにやめて欲しくないっすよ!!」
「赤也・・・・・・」
「お願いだからっ・・・・さん!!」
突然の赤也の声。
すぐさま顔をあげて、赤也を見る。
赤也は私に近づいて、そのまま私を見てくれていた。
レギュラーのみんなの視線も赤也にあった。
「・・・・ごめんね。」
何度も何度も、ありがとう、赤也。
とめてくれて。
肩を落とす赤也に、他に何も言ってあげられない自分が歯がゆい。
でも、これは。
もう、決めていたこと。
大きく息を吸い込んで、もう一度みんなを見据える。
「・・・今まで、ありがとうございました。今日で私は、テニス部のマネージャーを辞めます。」
風が、吹いた。
桜の花びらが私たちを取り巻き、
白い蝶が、舞っていた。
風が、吹いた。
その風は、あの赤い空に桜の花びらを連れて行く。
笑って、欲しくて。
いつもみたいに笑って欲しくて。
みんなに、いつもみたいに。
沈黙が流れ、静か過ぎるコートの上。
丸井くんと目が合った。
(・・・どうして、かばってくれたの?)
ふいに涙がこぼれそうになるのを、必死に繋ぎとめた。
笑って欲しくて、笑う。
なのに、丸井くんがとても辛そうな顔をする。
・ ・・なんで。
なんで?
私の名前のせい?
笑っていて欲しいのに。
春の始まりに。
私の心は、不安で一杯だった。
両親が決めたいきなりの転校。
知っている人など誰一人いない学校で新しい生活。
綺麗な桜を目にしても
不安は募るばかりだった。
(あなたに、会うまでは。)
鮮やかな赤い髪がとても印象的だった。
フーセンガムを膨らますのがうまくて。
テニス部の仲間と話しているときに見せる、ふざけたときの屈託のないその表情。
コートに立っている時の真剣な目。
彼とすれ違うたびに振り向く女の子達の気持ちが、痛いくらいにわかる。
それくらいに、人目を引く。
周囲を明るくさせることのできる人。
(・・・・え?)
突然、丸井くんが制服の胸の辺りを握り締めて、顔をゆがませた。
「・・・丸井?」
「丸井くんっ・・・・・」
「・・っ・・・・・・」
目の前で、立っていられなくなったかのように、
丸井くんの足が崩れる。
「丸井、大丈夫か?」
「丸井?!」
コートに片膝をつき、胸を押さえ苦しそうにする丸井くんの目の前に、
柳君と桑原君が同じ目線になるようにしゃがんだ。
「丸井くん?!・・・どこか痛むの?」
胸のあたりが痛むのだろうか。
痛みに顔をゆがませる丸井くんを見て、私は状況がうまく飲み込めない。
丸井くんと目が合う。
その表情が、なぜか、とても哀しそうだった。
なんで、
どうして、
そんな顔をするんだろう。
どうして、
どうして、
どうして、こんなに、哀しそうな。
「丸井くん、立てる?」
苦しそうに顔をゆがませて、
哀しそうな目と目が合う。
何が。
あなたを、哀しませるのか。
そんなに。
そんな風に。
制服の胸のあたりを握り締めて。
とても辛そうに、哀しそうに。
(・・・いつから、)
いつから?
あなたの大切な人の名前を知ったときから。
あなたが今もその人を想い続けていることを知ったときから。
あなたが声を荒げたときから。
あなたの辛そうな表情を見たときから。
あなたの無邪気な笑顔を見つけたときから。
あなたが春が嫌いだと言ったときから。
あなたの名前を知ったときから。
・ ・・ううん。きっと。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
私ずっと、あなたのために何かがしたかった。
何かができたらと思ってた。
「・・・丸井くん?」
風が、吹いた。
桜の花びらをあの赤い空に連れ去る。
丸井くんの赤い髪が揺れた。
丸井くんは私と目があったまま、レギュラーのみんなの声に何も反応を示さない。
その悲しそうな目を、
どうしたらいいか、わからない。
ただ、ずっと苦しそうに、痛そうに胸を握り締めていたから。
「丸井くん、保健室にっ・・・・・」
苦しそうな顔をしないで。
辛そうな顔をしないで。
悲しそうな顔をしないで。
その姿に、吸い込まれそうだ。
その目に。
その悲しみに。
早く、どうにかしなくてはいけない気がして、
私は少し、丸井くんに歩み寄る。
「・・・丸井くん」
苦しそうな顔をしないで。
辛そうな顔をしないで。
悲しそうな顔をしないで。
あなたを哀しませるものは何?
私の名前?
・ ・・あなたの想う人?
(・・・どうしたら)
どうしたら、笑ってくれますか?
あの日。
不安だった私の心を晴らしてくれたその人に、もう一度だけでいい。
逢いたかった。
もう一度だけでいい。
あの笑顔に会いたかった。
そんな不純な動機でテニス部に入った。
けれど私は、
もう一度会いたいと思っていた人に嫌われていた。
その人の笑顔を見ることができなかった。
「赤也に聞いたね?丸井の彼女だった子が君と同姓同名だったことは。・・・・・彼女ね」
その理由を聞いたとき。
「一年前に亡くなったんだ。交通事故で。」
私だったんだと知った。
逢いたかった笑顔を奪っていたのが私だったんだと。
何も知らないことが、彼を傷つけていた。
私の名前が、彼を苦しめていた。
謝りたくて、どうしても謝りたくて。
勝手に泣き出してしまった私に
「・・・・泣くなよ。悪いのは俺だろぃ?」
あなたはそう言って、笑ってくれた。
うれしくて、うれしくて。
(・・・私じゃ、ダメですか?)
苦しそうな顔をしないで。
辛そうな顔をしないで。
悲しそうな顔をしないで。
どうしたら、あなたは。
どうしたら、笑ってくれる?
(・・・私じゃ、代わりになれませんか?)
いつから?
あなたの大切な人の名前を知ったときから。
あなたが今もその人を想い続けていることを知ったときから。
あなたが声を荒げたときから。
あなたの辛そうな表情を見たときから。
あなたの無邪気な笑顔を見つけたときから。
あなたが春が嫌いだと言ったときから。
あなたの名前を知ったときから。
・ ・・ううん。きっと。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
私ずっと、あなたのために何かがしたかった。
何かができたらと思ってた。
丸井くんが、唇をかみ締めてうつむく。
どうしたのだろうと、誰も声をかけられずにいた。
「・・・早く、やめちまえよ。」
「・・・・え?」
丸井くんの声が、静かなコートに響いた気がした。
「早くいなくなっちまえよ。」
「ブン太さんっ・・・・・」
うつむいたままのその声は、その言葉は。
私に向けられたものだった。
あなたを哀しませるものは何?
どうしたら笑ってくれる?
それが、あなたの望むことなら。
「・・・・早く、消えちまえ。」
どうか、心のままに。
「・・・・今まで、ありがとう。」
静かなコートの上。
私の声だけがそこで聞こえる。
何ができるか、考えてた。
何か、できることはないのかなって。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
初めて、会ったときからずっと。
ずっと、好きだった。
「・・・・今まで、ありがとう。・・・・・最後までごめんね。」
きっと、何もなかったんだ。
こうやって、最後まで笑うことくらいしか。
あなたのためにできることなんて、
「さんっ・・・・・」
「みんなバイバイ。」
あなたのためにできることなんて、何一つ。
初めから何一つ、なかったんだ。
なかったんだ。
足早に、コートを後にする。
赤也が、私の名前を呼んでくれた気がしたけど。
それでも、振り返ることなんかできなかった。
一度だって、振り返ることなんて。
「・・・っ・・・・・・」
涙が、止まらなくて。
足が動かなくなって。
校門の近くで、しゃがみ込んだ。
それ以上、歩けなかった。
涙で体が重くなって
それ以上、進めなかった。
「・・・・っ・・」
好きだった。
ずっと、好きだった。
鮮やかな赤い髪がとても印象的だった。
フーセンガムを膨らますのがうまくて。
テニス部の仲間と話しているときに見せる、ふざけたときの屈託のないその表情。
コートに立っている時の真剣な目。
彼とすれ違うたびに振り向く女の子達の気持ちが、痛いくらいにわかる。
それくらいに、人目を引く。
周囲を明るくさせることのできる人。
あの日。
不安だった私の心を晴らしてくれたその人に、もう一度だけでいい。
逢いたかった。
もう一度だけでいい。
あの笑顔に会いたかった。
そんな不純な動機でテニス部に入った。
けれど私は、
もう一度会いたいと思っていた人に嫌われていた。
その人の笑顔を見ることができなかった。
「赤也に聞いたね?丸井の彼女だった子が君と同姓同名だったことは。・・・・・彼女ね」
その理由を聞いたとき。
「一年前に亡くなったんだ。交通事故で。」
私だったんだと知った。
逢いたかった笑顔を奪っていたのが私だったんだと。
何も知らないことが、彼を傷つけていた。
私の名前が、彼を苦しめていた。
謝りたくて、どうしても謝りたくて。
勝手に泣き出してしまった私に
「・・・・泣くなよ。悪いのは俺だろぃ?」
あなたはそう言って、笑ってくれた。
うれしくて、うれしくて。
私じゃ、ダメなのかな。
私じゃ、代わりになれないのかな。
(・・・私じゃ、笑わせてあげられないのかな。)
ずっと、傍にいてあげられないのかな。
「・・・・・・・」
うずくまって、ずっと。
そこから動けずに、膝を抱えて顔をうずめて泣いていた。
嗚咽もあげずに泣いていた。
あなたを哀しませるものは何?
どうしたら笑ってくれる?
それが、あなたの望むことなら。
どうか、心のままに。
どれくらいそこで、そうしていたんだろう。
赤い空が見たくなる。
あの赤い髪に重ね見る空が。
誰かの足音が聞こえた気がして、振り向いた。
驚きに目を見張り、驚いて。
驚いて。
(・・っ・・・なんでっ・・・・・)
赤い髪が、春風に揺れる。
丸井くんと目が合う。
なんで
どうして、
どうして。
「っ・・・おいっ・・・・!!」
涙で重い体を必死でひきずって、走った。
泣いている顔を見せることなんかできずに、
もう、これ以上。
あなたの悲しい顔を見ていられなくて。
何ができるか、考えてた。
何か、できることはないのかなって。
あの桜の群れの下で出会ったときから。
初めて、会ったときからずっと。
でも、
あなたのためにできることなんて、何一つ。
初めから何一つ、なかったんだ。
どうして、
どうして、
そんなに、悲しそうな顔。
あなたを哀しませるものは何?
どうしたら笑ってくれる?
それが、あなたの望むことなら。
私じゃダメだから。
代わりになんてなれないから。
だから、
だから、どうか。
どうか、心のままに。
End.