どくん。
どくん。
・・・・・傍、に。
「ブン太。」
(・・・。)
「ねぇ、ブン太。」
・・・傍に、いて、
欲しい・・・・・。
(・・・・・嘘だ。)
どくん。
どくん。
そんなこと、思ってない。
(嘘だ、こんなの。)
「・・・丸井くん?」
・・・嘘だ。
嘘だ。
傍にいて欲しいなんて、そんなこと
思うわけない。
『8分前の太陽29』
コートに1人しゃがみ込む俺を、レギュラーとあいつが囲んでいる。
俺は、俺の正面にいるあいつの顔をじっと見たまま、動くことができずにいた。
温かな風が吹いて、桜の花びらをコートに運び、
あいつの髪をさらった。
「丸井くん、大丈夫?」
胸が痛くて、制服の胸のあたりを強く握り締める。
痛くて、痛くて、痛くて。
あいつの心配そうな顔が視線に映る。
(・・・思うかよ。)
思ったりするものか。
「丸井くん、保健室にっ・・・・・」
傍に、いて欲しいなんて。
レギュラーの誰も俺に声をかけることをしなくなった。
俺の耳にはこいつの声だけが届く。
しゃがみこみ、胸元を握り、目を見開いたままあいつを見ている俺に
あいつが保健室に促すようにかすかに俺に近づく。
どくん、どくん。
(近づくな。)
近づくな、近づくな。
「・・・丸井くん」
俺に、近づくな。
ぎりっと、胸のあたりを握り締める手に力がこもる。
俺は唇をかみ締め、あいつの心配そうな顔から目をそらし、うつむき。
レギュラーの誰の顔を見ようともせず。
「・・・早く、やめちまえよ。」
「・・・・え?」
どくん、どくん。
近づくな、近づくな。
俺に、近づくな。
「早くいなくなっちまえよ。」
「ブン太さんっ・・・・・」
何も見ない。
何も聞かない。
どくん、どくん。
胸が痛い。
痛くて、痛くて、痛くて、痛くて。
痛くて、仕方がない。
強く強く胸元を握り締める。
うつむいて、ただ。
ただ、
()
。
。
空っぽの手を、強く強く握り締める。
「・・・・早く、消えちまえ。」
声を出すたびに、胸がひきさかれそうだった。
俺の声だけが、静かに静かにコートに響いた。
他の誰も声にしない。
誰も、何も。
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
空いているほうの手を固く握り締めていた。
空っぽの手で、の手を握り締めて、離すものかと伝えるように。
「・・・・今まで、ありがとう。」
しゃがみ込む俺の頭の上に降ってきた声に、俺は思わず顔をあげた。
あいつの声が、今までにないくらい優しく透明で
今にも消えてしまいそうだったから。
俺の目に映ったあいつの表情。
「・・・・今まで、ありがとう。・・・・・最後までごめんね。」
酷く、悲しそうに笑った。
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
「さんっ・・・・・」
「みんなバイバイ。」
謝らせたくなんかないのに。
笑っていて欲しいのに。
本当は、
傷つけたくなんかないのに。
「さんっ・・・・!!」
「赤也!追うな!!」
「なんでっ・・・柳せんぱっ・・・・」
「理由はお前もよく知っているはずだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
小さな背中がコートから遠ざかっていく。
いつもより早足で、俺たちに振り返ることなく。
俺の前から、去っていく。
これで、いいんだ。
近づくな、近づくな。
俺に、近づくな。
「私は春が好き。」
(・・・・嫌いだ。)
大嫌いだ、春なんて。
俺は、大嫌いだ。
「ブン太さんっ・・・・!なんでさんにあんなことっ・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「っ・・・なんであんな言い方っ・・・・・」
見えなくなったはずの背中。
その小さな背中が消えたほうを、俺はずっと見ていた。
思っていたよりもずっと強くて、思っていたよりもずっと弱く頼りない。
あいつの、姿。
赤也の声が、震えて、
俺はゆっくりと赤也のほうを見た。
胸は痛くなくなった。
空っぽになった気さえした。
「なんでブン太さんは、さんを傷つけるんすか?!」
「・・・・・・」
「なんでそんなに苦しそうな顔してっ・・・・・・」
「(・・・苦しそう?)」
・ ・・・・俺が?
「ブン太さんっ・・・・」
「・・・お前が追いかけてやればいいだろぃ、赤也。」
「っ・・・・・・・・」
「俺はあいつにもう会いたくない。」
会いたくない。
もう、心を乱されたくない。
考えたくない。
鳴り止まない鼓動も、
うるさい心音も、
目が離せないことも、
目がそらせないことも、
泣かせたくないとか、
笑っていて、欲しいとか。
そんなこと、思う理由も全部。
目の端に、白い蝶が映った。
あの日を見たくなくて、
俺は瞼を閉じた。
「・・・俺が、追いかければいい?」
「・・・・・」
「笑わせないでくださいよっ・・・・」
。
(なぁ、。)
「大好き、ブン太。」
好きだよ、俺だって。
「俺たちが行ってもダメだ・・・」
「・・・・・・・」
「っ・・・・ブン太さんじゃなきゃダメだってなんでわかんないんすか?!」
「・・・・・・・」
「ねぇ、ブン太。」
「ん?」
「・・・どうしてブン太の手は、私の手より大きいんだろう。」
答えなんか、わからなかった。
正しい答えなんか。
でも、俺は。
俺の手がより大きい理由が、あいつを守れるようにだったらいいのにって
そう思ったんだ。
「・・・なんで、ブン太さんには届かないの?」
「・・・・・・」
「なんでブン太さんは、拒否するんすか・・・・?」
「・・・・・・」
「なんで、さんが傷つくの?」
赤也のあまりにらしくない声に
俺は閉じていた目をかすかに開けた。
赤也はその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
俺の周りにいる他のレギュラーは何を見ているのか。
何を聞き、何を思うのか。
俺はそれを探ろうともせず、ただうつむいたまましゃがみ込む赤也を見た。
「・・・連れ戻してくださいよっ・・・・」
もう、会わない。
「さんを、追ってよ・・・・」
もう、会わない。
「お疲れ様、丸井くん!!」
(・・・ダメだ。)
ダメなんだ。
鼓動がうるさくなったって。
胸が痛くなったって。
泣いてほしくなくたって。
笑っていて欲しくたって。
好きなんかじゃない。
好きな、もんか。
「丸井くん」
大切だと、思ったって。
「・・・・あんたの彼女は酷いよね」
「・・・・・・」
「あんたさ、やっぱりとりつかれてんだよ。」
赤也の声が、冷たく、俺を嘲るかのような色に変わる。
うつむいたまま、俺を見ようともせず、
ただ、鋭く俺に向かってくる。
「じゃなきゃ生きてる人より死んだ人のほうが大事なんて、思うわけない。」
ゆっくりと顔をあげ俺を見る赤也と目が合った。
赤也は、俺を嘲るように笑う。
「最悪だね、ブン太さんの好きな人って。」
俺の中の、何かが外れた。
ぶちぎれて、引き裂かれて、突き刺されて、抉り取られた。
どんっとにぶい音がコートに響く。
「痛っ・・・・・・」
「何も、わかんねぇくせに・・・・・」
「・・・・・・」
「何も、知らねぇくせに!!」
緑のコートの上、しゃがみ込み、俺を笑う赤也を
俺は胸倉を掴んで飛び掛り、コートに赤也の背中を押し付けて倒した。
手に入った力の加減などできるはずもなかった。
「あいつが言ってるんだよ!!が、言ってるんだよ!」
好きだって。
今でも俺の耳に届いてる。
今でも耳に届いてる。
「俺は他の誰も好きになんかならない!ずっとを好きでいる!!」
春なんか、大嫌いだ。
お前を失くした春なんか。
春なんか、大嫌いだ。
お前がいない春なんか。
春なんか、大嫌いだ。
お前が笑わない春なんか。
あいつが、好きだって言ったって。
春なんか好きになれない。
散ればいいんだ。
こんな、こんなを裏切るような想い。
桜と一緒に散ればいい。
「俺が全部覚えてる!の全部を覚えてる!!死んだって、はいなくなったりしない!!」
あの日からずっと、空っぽの手を握り締めていた。
繋いだ手を、離すことなんかしたくなかった。
「約束したんだよ!この手は離れないためにあるんだって!」
さよならの手を振るためにあるんじゃないって。
が教えてくれたんだ、8分前の太陽。
だから、俺は。
さよならを、に言わない。
「俺はを守るんだよ!忘れない、絶対に!!」
だから、そっとしておいて。
「忘れるもんかっ・・・・」
心乱さないで。
「・・・・・・・を、離したくない・・・・」
空っぽのこの手を、離したくない。
ほうっておいて。
誰にも、踏み込ませない。
大好きだと言ってくれた。
大好きだったを、忘れていいもんか。
だから、
だから、俺は
誰も好きになんて、ならない。
「・・・・丸井。」
「・・・におっ・・・・」
赤也の胸倉を掴み押し倒していた俺の胸倉をいきなり仁王が掴んだ。
<パシンッ>
「 (?!)」
仁王の平手が俺の頬を直撃する。
あまりに突然のことに、俺は痛みを感じるより先に、頬に熱を覚えていた。
じりじりとやってくるひりひりとした痛み。
俺は殴られた右頬を押さえ、仁王を思わず睨み見た。
仁王の手は俺の胸倉からはなれ、仁王は俺に視線の高さを合わせてしゃがみこんでいた。
「落ち着け、丸井。」
「なっ・・・・」
仁王が顎で促す視線の先。
俺の片手がゆるい力で胸倉を掴んだまま、俺の下にいる赤也。
(・・・なんでっ・・・お前・・・)
・・・いつから。
なんでだよ、赤也。
俺を見る赤也の片方の目から、涙がつたった。
「赤也・・・・」
「・・・・・」
赤也は涙を拭うこともせず、無表情に俺を睨む。
俺は何も言わない赤也から、思わず仁王を見た。
仁王は真剣な鋭い目を俺に向け
俺の赤也の胸倉を掴む手がゆっくりとはずれる。
仁王に叩かれた俺の頬が熱を持っていた。
「・・・丸井、何をごまかす必要がある。」
「・・・・・・・」
「お前だってわかってる。そうじゃなか?」
あいつの酷く悲しそうな笑顔が、俺の頭をよぎる。
・ ・・・わかんねぇよ。
わかるもんか。
だって、俺が忘れたら本当に、
が、消えてしまう。
だから。
・ ・・・だから俺は。
ぎりっとかみ締めた唇。
「・・・わかんねぇよ。・・・・わかんねぇよ。俺は、が好きなだけなのに・・・・」
空っぽの手を強く強く握りしめる。
さよならなんか、言わない。
この手は、そのためにあるんじゃないから。
俺から視線をはずした仁王。
かすかに目を伏せて、深い溜息をつく。
「・・・鏡見てみんしゃぃ。お前さん酷い顔じゃ。」
「・・・・・・・・」
「そんな顔してが好きだと?ふざけるな。・・・そんなんじゃ、が哀しむ。」
仁王の声が冷ややかで、
俺は痛む頬だけが熱く感じていた。
仁王の瞳の奥が冷ややかで、俺はあせる。
「俺はっ・・・・とりつかれてなんかない!!」
仁王までを悪く言うようで、あせる。
とりつかれてなんかない。
あいつは優しいから。
あいつはあったかいから。
そんな風に、言うなよ。
赤也の顔を見れば、いまだ頬に涙が伝ったまま、俺を見ていた。
なんで。
お前が泣くんだよ。
「わかっとるよ、丸井。・・・はお前をしばったりしとらん。」
冷ややかな声、冷ややかな目。
俺の目には銀髪を春風に揺らす仁王。
周りにいる他のレギュラーの顔など、確認することもできず。
空っぽの手を握り締める力を強くこめなおす。
「お前がを、縛ってるんだ。」
どくん。
どくん。
春風が赤い空を走った。
の好きな春に、の好きな桜の花びらが舞った。
白い蝶が、俺の周りを飛び、
緑のコートが赤く染まっていた。
(俺、が・・・・・)
俺が、を、縛ってる?
「!、しっかりしろぃ・・・!!」
「・・・っ・・・ブン太・・・・ブン太・・・・。」
「俺はここにいるぜぃ?」
だって。
(・・・・だって。)
一緒にいられると思ってたんだ。
ずっと、一緒にいられるって。
「ブン・・太・・・・覚えて・・・る?8分前の・・・太陽・・・」
「覚えてる!覚えてるよ!!もうしゃべるな!!すぐ救急車来るから!!」
「よかっ・・・・た・・・・・・・」
「っ・・・・しっかりしろぃ・・・・」
ケンカして傷つけたって、泣かせたって、怒らせたって
何があってもずっと一緒にいるんだと信じて疑わなかった。
抱きしめて、笑わせたって、何があっても一緒にいられるって。
一緒にいたいって。
「・・ね・・・ブン太・・・・ブン太は・・大丈夫だよね・・・・」
「!・・っ・・・・・・・・」
「ブン太は・・・・幸せになるよね?・・・・あたしは・・・・幸せだったから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
愛とか恋とかよくわからなかったけど。
でも、「愛してる」って言葉だって足りないくらい、
大好きだった。
俺に、人を好きになることを教えてくれた。
「次に好きになる子も・・・幸せに・・・してあげてね・・・」
「っ・・・・・・・・・・・・」
「ブン・・太・・・・大好き・・・・」
どこにいたって、守るよ。
俺の手がお前の手より大きいのはお前を守るため。
離れてたって、空っぽの手で必死にの手を握り締めて。
8分前の太陽を忘れないから。
俺の手は、お前を離さないためにあるんだ。
ずっと、大丈夫だって伝えたくて。
は春が好きだったから、桜が好きだったから。
目に焼き付けたんだ。
終わらない春を、あの裏庭の桜の木下に座り込んで、お前の名前を呼んで。
好きだって、伝えたくて。
ずっと、ずっと。
ずっと好きだって伝えたくて。
「ブン太・・・ね・・・ブン太・・・」
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
好きだ。
ずっとずっと、が。
・ ・・・なのに。
心に誰かが入り込む。
と同じ名前。
すごく笑顔が似合うから、泣かせたくなかったんだ。
本当は、傷つけたくなんかなかったんだ。
大切だと、想ったんだ。
・・・。
本当は、
俺。
本当は。
本当は。
本当は、本当は。
・ ・・・本当は。
「なぁ、丸井。よく見ろ。よく聞け。よく思い出せ。」
俺は空っぽの手を握りしめたまま、それを目にうつしていた。
仁王の声が聞こえてる。
(・・・・俺が、を縛ってる)
さよならを言わないんじゃない。
「のこと。お前が想ってたのこと。俺たちのマネージャーののこと。」
「・・・・・・・」
「丸井、誰かを想うことはそんなに辛いことなのか。」
「・・・・・・・」
「お前さんにそんなに酷い顔をさせるのか。」
「・・・っ・・・・」
・・・本当、は。
(・・・)
本当は、
俺な。
本当は、
本当は。
「丸井くん」
どくん。
笑っていて欲しいんだ。
あいつに。
どくん。
どくん。
どくん。
「ブン太。」
(・・・・)
「ねぇ、ブン太。」
本当は。
どくん。
どくん。
どくん。
本当は。
本当は。
本当は。
本当は・・・・・。
どくん。
「・・幸せに・・・・なってね・・・」
聞こえてたんだ。
本当は、聞こえてたんだ。
あのときの、の言葉。
ずっと、聞こえないフリをしてた。
聞いてはいけない気がしていたから。
でも。
・ ・・なぁ、。
「・・・・・。」
空っぽの手を強く握り締めたまま。
赤い赤い空を仰いだ。
俺が、お前を縛ってる。
幸せを、願っていてくれたはずなのに。
聞こえないフリをして。
声が、震えた。
・ ・・いつも、必死で。
精一杯で。
笑って、泣いて、怒って。
困って、あせって。
でも、いつも。
いつも、あいつは。
・・・なあ、。
俺の手がお前の手より大きいのはお前を守るためだったらいいって。
ずっと、そう想ってた。
ずっとそう、想ってた。
「いつから俺、お前の声、聞かなくなったんだろう。」
それはほとんど、声になってはくれなかった。
かすれて、つぶやいたみたいに、空の向こうに消えてった。
本当は。
本当は。
本当は。
本当は。
言わないんじゃなくて。
「丸井。」
さよならが、言えなくて。
「心に、ごまかしはきかん。」
「・・っ・・・・・」
仁王が今一度、俺の胸倉を掴んで俺の顔を覗き込む。
聞こえてたんだ。
聞こえてたんだ。
どくん。
本当は。
聞こえてたんだ。
優しいの、あったかいの。
俺の幸せを願ってくれる言葉。
本当は、ずっと、聞こえてたんだ。
「が、泣いてるとよ。」
仁王の手が、そっと俺の制服から離れ
ふっと見たことのないような柔和な笑みを俺に見せる。
こみ上げてくる想いの正体がつかめない。
言葉になんかならない。
なぁ。
忘れられるわけもないのに。
誰かを好きになるなんて、許されるのか?
お前は、許してくれる?
(・・・)
俺な。
「丸井くん」
・ ・・いつも、必死で。
精一杯で。
笑って、泣いて、怒って。
困って、あせって。
でも、いつも。
いつも。
いつも懸命に笑おうとしてくれた。
・・・。
俺な。
笑っていて欲しいんだ。
あいつに。
無理なんかせずに、ちゃんと笑ってて欲しいんだ。
笑っていて、欲しいんだ。
どくん。
どくん。
どくん。
思い出す、あの悲しそうな笑顔。
「・・・ブン太さん。」
俺が押し倒していた赤也が、上体を起こし俺を見た。
頬に流れた涙を拭うと、笑う。
それは、あのいたずらっぽいいつもの赤也らしい笑み。
「・・・行ってらっしゃい。」
「っ・・・・・・・」
。
本当は、聞こえてたんだ。
ずっと、聞こえないフリをしていた。
‘幸せに’
あのときの、お前の声。
本当は、聞こえてたんだ。
幸せを、願っていてくれたのに。
ずっとずっと、
願っていてくれたのに。
本当は。
(・・・泣かせたくなんか、なかった。)
泣くなよ。
どくん。
泣くなよ。
どくん。
どくん。
どくん。
笑っていて欲しいんだ。
「・・・っ・・・・・」
その場から立ち上がり、荷物を掴んで俺は駆け出す。
コートを後にする。
夢中で、あいつのあとを追う。
もう家についてしまってるかもしれない。
でも、今すぐ。
会いに、行きたくて。
(泣くなよ。)
なぁ、泣くなよ。
大切だと、想うから。
「・・・・よかったとよ?赤也。」
「そのまま返します。仁王先輩にも、他の先輩にも。」
「にしても、赤也が泣くなんてな。」
「桑原君、切原君は感受性豊かなんですよ。」
「・・・バカにしてません?」
「・・・これでよかったのだ。」
「ああ。そうだな、弦一郎。」
「ねぇ、仁王先輩。」
「ん?」
「・・・俺、あの日からずっと苦しかった。」
あの日から、ずっと、苦しかった。
うまく笑えずにを想ってた。
でも、
8分前の太陽を忘れないから、この手はさよならの手を振るためにあるんじゃないって。
ずっと握り締めて、離さないためにあるんだと。
守れなかったお前の手を、空っぽのこの手でずっと握り締めていた。
ずっと、忘れないと、伝えたくて。
だから、お前はいなくなったりしないと、伝えたくて。
でも。
「はあっ・・・はあっ・・・・・」
学校の敷地からあと一歩で出れると言うところで、俺は思わず足を止めた。
あいつが、しゃがみ込んで抱え込んだ膝に顔をうずめて
校門近くで小さくなっていた。
泣いて・・・・る。
(・・・泣くな。)
なぁ、泣くなよ。
走って来たせいで軽く息切れし、上下する肩を深く息を吸い込むことで整える。
一歩一歩、あいつに近づいていく。
何を言おう。
何を笑おう。
何を伝えよう。
こみ上げてくる想いの正体がつかめない。
言葉になんかならない。
けれど、俺は。
「・・っ・・・・・・」
少しずつ近づいてきた俺にあいつが顔をあげて気付いた。
その頬に伝う涙。
何を言おう。
何を笑おう。
何を伝えよう。
なんて言えば、お前は。
「っ・・・おいっ・・・・!!」
しゃがみ込んでいたその場から俺に気付き立ち上がり、あいつが走りだす。
あいつが向かう道は、あの道だった。
あの交差点に続く道。
赤く染まるが横たえていたあの交差点。
ダメだ。
その道は、ダメだ。
行くな。
・ ・・行くな。
赤い空と春の風。
あの道の前で足がすくみかかる俺を。
「ブン太。」
が呼んでくれた気がした。
白い蝶が舞っている。
「っ・・・・・」
なぁ、
ごめんって言ったら、おまえを裏切ることになんのかな。
・ ・・きっと。
きっと、許してくれる。
(・・・・。)
今でもお前は春が好きでいんのかな。
小さな背中を追いかける。
思っていたよりもずっと強くて、思っていたよりもずっと弱く頼りない。
あいつの、姿。
あの交差点へ続く道を、俺は必死で駆けていく。
何を言おう。
何を笑おう。
何を伝えよう。
なんて言えば、お前は。
なんて言えば、
お前は、笑うんだろう。
End.