「さん、そこ欄ずれてる。」
「え?どこ?赤也。」
「だからスコアの合計はその隣だ。」
「ちょっ待って!もう一回言って、桑原君!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしました?仁王くん。」
「・・・・・・・別に。(ジャッカルがなついてると思っだだけ。)」
『8分前の太陽5』
(おっ・・・・遅れる!!)
せっせとたたむネット。
これが最後の一つだ。
朝の部活。何が一番忙しいかといえば、この片づけだ。
二年生たちが途中まで手伝ってくれるけど、彼らはユニフォームを着替えたりで
最終的には片付けは1人でやる。それがマネージャーの仕事だった。
「さーん。遅れますよー。」
「わかってるよ!赤也も急がないと遅れちゃうんだからね!!」
「・・・手伝います?」
「いい!ほら早くHRいって!!」
「・・・はーい」
用具庫の鍵を閉めていると近づいてきた赤也。
笑顔であたしに手を振って、お先に!と走っていった。
校舎の壁にかけられた時計。
コートからも見えるそれはあたしに告げる。
あと7分ほどでHRが始まると。
「さん、お先に失礼します。」
「あっお疲れ様!柳生君。」
「、遅れるなよ。」
「柳君もお疲れ様。」
コートを整え終えてあとはあたしもジャージから着替えてHRに向かうだけ。
マネージャー用の更衣室は部室のすぐそばにある。
あたしがそこに向かう中、次々と自分のHR教室に向かうレギュラー陣。
一人ひとりにお疲れ様。
そして、
<ガチャッ>
彼が最後に部室からでてきた。
「・・・お疲れ様!丸井くん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
丸井君は背中にあたしの声をうけただけ。
振り向きもせず、なんの返事もなくHR教室に向かっていく。
届いていないにも等しい反応。
最初からあたしは言葉を声にしていなかったにも等しい。
「・・・・・・・・・・・」
わかっていたことだったから。
きっと何も返してはくれないと。
<キーンコーン・・・・>
(ちっ遅刻するっ・・・・)
わかっていた。
あたしは急いで制服に着替え、部室の鍵を閉め教室に向かった。
「・・・・・・・・・・・・・」
わかってた。あたしは丸井くんに嫌われてるから。
だからおはようも届かない。
お疲れ様もきっと意味なんてもたない。
毎日そうだから。今日もそう。
わかってた。
わかってて。
(・・・・・でも、やっぱりダメージは大きい。)
睨まれる目も、大きな溜息も、返事のないあいさつも
ただただ痛かった。
どうにか間に合ったHR。
よかった。転校してまだ日も浅い。
遅刻なんてできない。
(・・・・・・・・)
でも先のことを考えたら、きっと遅刻もありえるんだろうな。
HRでの先生の話し声をバックに考えごと。
忙しい片付け、朝の部活。
・ ・・・・もっと仕事が速くなれば大変じゃなくなるかな。
今日も変わらず隣の席は空いている。
幸村君の席。
あの日、彼に言った言葉を思い出す。
(がんばり、ます。)
幸村くんは今度いつ学校に来れるんだろうか。
お見舞いとか行けないのかな。
・ ・・・幸村君はどうして。
どうしてあの日。
あたしにマネージャーを頼んでくれたのか。
・ ・・・わからないことだらけだ。
「・・・・はあ」
「さん、溜息?」
「・・・・え?」
「出てたよ、溜息。幸せ逃げちゃうぞ?」
「・・・・・幸せ・・・・・・」
いつの間にかあたしの席に遊びに来ていてくれたクラスの女の子1人。
笑顔の彼女はとてもかわいらしかった。
幸せが逃げるときいて思わず両頬にそれぞれの手をそえて考え込む。
わからないことばかり。
不思議テニス部。
幸村君のこと。
・・・・・・丸井君のこと。
どうしてあたしは嫌われているのか。
あたしが、間抜けだから、
それだけかも知れないけど。
「・・・悩みあるなら聞くよ?」
「え?」
「さん、しかめっ面してる。」
「っ・・・・あの・・ね・・・・・・・」
あたしに笑顔をくれる目の前の彼女に思わすがりたくなる。
だって。
・ ・・だって。
本当に、わからないから。
何がいけないのか。何がこんな状況にあたしを立たせているのか。
マネージャーをやると決めたのは確かにあたしだった。
「・・ごめんね・・・なんでもないよ!」
「本当?」
「本当!!」
声は、言葉は、喉の奥に消えていった。
言いたいけど、言えなくて。
聞いて欲しかったけど、言えなくて。
わからないことをぶつけても笑顔をくれた彼女を困らせてしまうだけだと思った。
<キーンコーン・・・・・・>
何も変わらずいつも通り始まった授業。
今朝の部活の疲れがまだ体に残っていて。
思い出すのは今朝。初めてやらせてもらったスコアつけのこと。
(・・・・なんであんなこともできなかったんだろう・・・)
「さん、そこ欄ずれてる。」
「え?どこ?赤也。」
「だからスコアの合計はその隣だ。」
「ちょっ待って!もう一回言って、桑原君!!」
あたふたするあたし。
苦笑いの赤也。
あきれてる様子の桑原君。
練習の様子を見て、とくに行われる試合形式の練習。
そのときにこそスコア付けが大事なんだ。
と、柳君から教わった。
スマッシュを何回打って何回決まるとか
サーブの決まる回数、どんなボールをどんな打ち方で返すとか。
やっとルールをのみこんだばかりのあたしは、スコア表とボールに視線が行ったり来たり。
スコアをつける手はまったく動かないのに。
「・・・・どうしよう(・・・・・・・ほとんど書けてない)」
「大丈夫っすよ!俺自分のスコアぐらいは覚えてます。」
「(?!)」
「俺も」
「桑原君も?!」
「どっかのデータマンのせいで自分のそれくらい覚えてるのが当たり前になっちまってんだよ。」
「・・・データマン?」
あたしが該当者を探してる間にスコアにみずから自分のスコアを書き込んでくれる赤也と桑原君。
あと、つけられていないのは・・・・
(・・・・・・・丸井くん・・・)
データマンが誰かはわからない。
それがわかるにはあたしはまだまだこのテニス部のことを知らない。
それにスコアを完成させなければならないことで精一杯で。
・ ・・・・無理だ。
丸井君に聞いてもスコアを教えてくれるなんて思えない。
「あ?」
「あの・・・・あたしがいけないんだけど・・・スッスコアが・・・・・・」
「・・・ふざけんなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「仕事ができねならマネなんてやめろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うぜえんだよ、お前。」
わかって、いたのに。
もしかしたら、なんて思って。
そんな期待、抱いて。
「・・・・さん?大丈夫っすか?」
「あっうん!大丈夫!!」
「・・・・本当に?」
「本当に!!」
丸井君から遠ざかり、うつむいていたあたし。
赤也が、心配してあたしの顔を覗き込んでいた。
丸井君のところだけ空いているスコア表。
柳君に、謝らないと。
今度はしっかりできるようにならないと。
自己嫌悪。
彼が、あたしのことが嫌いなんて、わかりきっていたことなのに。
答えてくれないなんて、わかっていたのに。
それでも。
もしかしたら、
もしかしたら、初めて会ったときみたいに。
もしかしたら今日は。
笑ってくれるかもしれないと、思ったんだよ。
「・・・・・・・はあ」
<キーンコーン・・・・>
お昼休みを告げるチャイム。
瞬く間に終わった授業。
いけない、また溜息をついてしまった。
思わず自分の口を手でふさいだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
幸せが、逃げる。
嫌われたってしょうがないのかもしれない。
こんなあたし。
スコアもろくにつけられない、どうしようもないあたし。
選手に自分のスコアをつけさせたなんて、最悪で。
間抜けで。
しょうがないのかもしれない。
丸井くんが、笑ってくれなくたって。
自己嫌悪。
最悪だ。こんなの。
あたしなんて、最悪だ。
涙が、でそうだった。
「「「「きゃー」」」」
「?」
小さくあがったたくさんの悲鳴。
教室中がざわついて、クラスの女子たちの視線は教室の入り口に集中する。
人と人との間をぬって視線をむければ。
「柳生君、どうしたの?」
「さんはいますか?」
「さん?」
入り口付近にいたあたしのクラスメイトと彼の会話は
彼の声を聞き逃すまいとするクラス中の静寂によって
しっかりあたしの耳に届いていた。
「やっ・・・・(柳生・・・・・くん?)」
その姿にあたしは教室の入り口に向かい、
眼鏡をかけた彼の前に立った。
「さん。もしよかったらこれから昼食を一緒にどうですか?学校案内もかねて。」
「・・・・・・案内?」
「ええ。まだ校舎の中はよくわかっていないでしょうから。」
「・・・・・あの・・・・・」
「はい?」
「・・・・・・・なっなんでもないや!!」
彼の意図が、よくわからなくて。
本当に不思議ばかりで。
よくわからないテニス部。
あたしは自分の席に戻ってカバンからお弁当箱の入った袋を取り出して手にする。
それを持って再び入り口付近に立っている彼のところまで行った。
「それでは、行きましょうか。」
「あっ・・・うん。」
「どこか行ってみたいところはありますか?」
「えっと・・・」
教室から廊下にでた彼を追ってあたしも廊下に出る。
どこに向かうわけでもなくゆっくりと歩き始めてくれた彼は、あたしに歩幅を合わせてくれているようだった。
学校案内。
あたしが行きたい所まで連れて行ってくれて、そこで一緒にお昼を食べようということなんだろう。
彼の手にはさっきからビニール袋。
どうやらパンが入っているようで。
「テニス部のみんなはいつもパンなの?」
「・・・みんな?」
「赤也も桑原君も。」
「そうですか。2人とはもう一緒に昼食をとったことがあるんですね。」
「うん。」
「それは、少し悔しいです。」
柔らかく、微笑まれれば。
なんだか幸村君の笑みを思い出した。
眼鏡の奥の瞳と視線がぶつかって。
・ ・・・・周囲の視線が痛かった。
「・・・どこに行きましょうか。」
「あっえっと・・・・」
お昼休みの廊下にはあたしと彼だけじゃない。
生徒がちらほらといて。
とくに女の子はあたしにあわせて歩いてくれる隣の彼のを目にすると
足を止めてずっと彼に視線を送る。
さすがテニス部。モテるのはもう言いようのない事実。
そんなモテる彼の隣にいるのが見知らぬ転校生だからか。
周囲の視線は刺さるほど痛い。
「人の、いない場所」
「え?」
「どうですか?さん。」
その笑みに知らされる。
あたしが周囲の視線を痛がっていることに気付いてか。
そんな彼の提案。
あたしはお弁当を手にうなずいた。
「すごい。・・・大きいね!」
「さんの以前いた学校は?」
「もっと小さかったし、数も少なかったよ。」
廊下をしばらく歩いて、階段をあがって。
あたしの少し前を歩く、そんな彼の後を着いていけば。
たどり着いたのは。
「あたし図書館好きなんだ。」
「本を読むんですね。」
「うーん。・・・・本もだけど匂いと言うか、雰囲気も好き。」
隣を見れば柔らかい笑み。
図書館に足を踏み入れて進む。
あたしと彼以外誰もいないこの場所。
「でも・・・ここでお昼は食べちゃダメだよね。」
「この隣の部屋が自習室で。そこは飲食OKです。」
「・・・・・・ねえ。」
「はい?」
あたしは図書館の本棚から、無造作に本を一冊手にとった。
「仁王くんがどうしてそんな格好してるの?」
不思議、テニス部。
わかんないことだらけ。
眼鏡の奥で仁王くんが目を見開いていた。
柳生君の格好をした仁王君。
みんなが柳生君と呼んでいた仁王君。
仁王くんがくしゃっと髪をかきあげた。
「・・・なんでわかった?」
「目が違うよ。」
「・・・・・よくじゃな。柳生の目を見てる奴なんてなかなかおらんのに。」
「・・・・なんで仁王君が柳生君みたいな格好?」
図書館に、もう1人誰かが足を踏み入れた。
「すみませんでした、さん。」
「(!)柳生君!」
「もう来たんか、本物。」
「いつから気付いてらしたんですか?私が仁王くんだと。」
なんだかややこしい会話に苦笑する。
仁王くんは眼鏡をとって髪をもともとの自分のスタイルに戻すと
あたし達の後に図書館に姿を現した本物の柳生君を見た。
「は最初から気付いとったよ、柳生。」
「え?」
「・・・こいつ。俺のこと一度も柳生君って呼ばんかった。な?。」
だって。
・ ・・・・・だって、目が違ったから。
仁王君があたしに振り返ったので
あたしは頬の筋肉を緩めて笑うだけで答えた。
2人の動きがあたしを見て固まる。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
「ん?」
「・・・・・。笑いんしゃい。」
「え?」
「・・・似合います。笑顔。」
笑顔が似合うのは、2人のほうだ。
そっと微笑む目の前の2人に。
体温がほんの少しあげられた気がした。
「・・・・・試せました?仁王くん。」
「大収穫じゃ。」
「え?」
「。俺と柳生とで飯食うとよ」
不思議なテニス部。
後で赤也に聞こうと思う。
仁王君と柳生君、2人の異名は?
「。自習室行くとよ。」
「あっうん!!」
手にしていた本を本棚に戻そうとしたあたし。
柳生君と仁王くんの後姿が見えて、2人のあとを早く追いかけようと焦ったせいか。
本が手からすべり落ちた。
「あ。」
急いでしゃがんで本を拾おうとする。
落ちた本は図書館に並ぶ机の下に。
あたしはそこにもぐりこんだ。
落としてしまった本に手をのばすとふと気付く。
その机の脚に無数の落書き。
落書きと言ってもえんぴつで書いてあるんじゃなくて
机に塗られていたニスをけずるように浅く彫られているものばかり。
(・・・・前にいた学校もそうだったな。)
何かと机を彫ったりする人がいたりして。
名前とか、変な言葉とか。
思い出せば思わず苦笑する。
「ー?」
「今行っ・・・・・・・」
目に映った落書きの一つ。
机のニスを削るかのようにして彫られた落書き。
「・・・・・・・・・・・・・‘8分前の太陽’」
その、隣に。
縦に並んで同じ深さで同じ字体で。
‘丸井ブン太’
その隣に、もう一つ。
縦に並んで同じ深さで隣よりは荒い字体で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‘ ’・・・・・?」
同じ、名前。
あたしと同じ。
「さん?どうしましたか?」
「ごっごめん!本落としちゃって・・・・」
<ゴッ>
「痛っ・・・・・・」
「?痛そうじゃね。」
「だっ大丈夫・・・・・」
机の下からでようとして机に頭をぶつけた。
あまりの激痛に涙を零しかけ、痛みにくれる後頭部を押さえる。
仁王くんと柳生くんは何時の間にこっちに来ていたのか。
机の下にもぐるあたしをしゃがんで目にしていて。
「(誰が彫ったんだろう?・・・・あたしの名前。)」
「・・・・?はよでておいで。」
「(・・・仁王くんはなにか知っているのかな?)」
「・・・・・・さん?痛みますか?」
「あっ、うん。大丈夫。(柳生くんは、知ってる?)」
本を手にその落書きを目に、
焼きつくようにうつしながら。
あたしは机の下から出てきた。
本を元の棚に戻す。
「(・・・・・・8分前の太陽?)」
「。行くとよ。」
「・・・・・うん。」
思わず本棚を見渡したのはそれが本の題名かもしれないと思ったから。
仁王くんと柳生くんの後ろを追ってあたしは図書館の出口へと向かう。
‘丸井ブン太’
‘’
一体誰が彫ったんだろう?
(・・・丸井くん?)
・ ・・・・・・違う。そんなことあるわけない。
丸井君とあたしの名前。
あたしの、名前。
「・・・・・・・さん。名前どう書くの?」
「・・・・え?」
「漢字?ひらがな?」
「・・・・・同じ、か。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?・・・・・」
違う。
「さん?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」
違う。
あたしじゃない。
あたしじゃない名前。
あたしと同じ名前の、あたしじゃない人。
誰?
・ ・・・・・・・・・誰?
「?」
「・・・にっ仁王くん・・・・」
「ん?」
「あのっ・・・・あのね・・・・・」
‘’
あなたは、誰?
どうして丸井くんと並んで名前が彫ってあるの?
誰?
誰なの?
「なっなんでもないや!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
聞こうとした言葉はなぜか喉の奥に引っ込んで。
突っかかってでてこない。
聞けない。
なんだか、聞けない。
同じ名前。
あたしと、同じ名前。
誰?
もしかして。
丸井くんがあたしを嫌うのは
同じ名前だから?
並んで彫られた名前とあたしが、同じだから?
‘8分前の太陽’
‘丸井ブン太’
‘ ’
あなたは、誰?
End.