「丸井。」
「・・・・・・・・・なんだよ」
「今日初めて見たとよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「の笑顔。」
『8分前の太陽6』
「・・・さん・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「さん」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・さん、ぼーっとしてたらチュウしちゃいますよ?」
「へっ?・・・・・あ!」
あたしの手にある水分補給用のすいとうから
水があふれていた。
・ ・・・・・なにを、してたの、あたし・・・・。
ドリンクを作ってる最中だったはずなのに。
氷を入れて冷やした水道水が入った、大きめの部活用のすいとう。
そこから粉を入れた水分補給用のものに水を注ぐんだけど
粉はすっかり溶けて、水と一緒に水筒からコートにこぼれていた。
「大丈夫っすか?」
「・・・・・うん。ありがとう、赤也。呼んでくれて。」
「具合でも悪い?さん。」
「・・・ううん!平気だよ!!」
コートに落ちた水を自分のタオルで軽く拭いた。
コートを汚してしまうなんて、まして選手に心配をかけるなんて。
「・・・・何やってるんだろうね、あたし。」
「ん?聞こえないよ、さん。」
「・・・・なんでもないよ。ほら、赤也。練習行って!」
赤也がしゃがみ込んでコートを拭いていたあたしの顔を覗き込んでいた。
あたしが早く、とうながすと。
少し首をかしげながらも笑顔でコートに向かって赤也は駆けていった。
「さん、無理しちゃダメっすよ!」
無理、か。
(・・・集中、集中。)
今は、放課後の部活中だから。
もう一度ドリンクの粉の袋を開けてドリンクを作り直す。
レギュラーによって、それぞれ味の違うドリンク。
作ろうとしていたのは柳君のもの。
粉は少なめ。
それがポイントだ。
さらさらと落ちていくドリンクの粉が目に映る。
(・・・・・・ ・・・か・・・・)
。
あたしと同じ名前。
でもあたしの名前じゃない。
あれは、あの図書館にあった刻まれた名前はあたしじゃない。
「・・・・・・・・・・・あ。」
ドリンクの粉がいつの間にか袋から全て落ち終えていて。
(・・・いれすぎた。)
すいとうの中を覗いて、そこに山になるドリンクの粉に溜息。
これは赤也並みの粉の量。
赤也のドリンクは粉は多め。これがポイント。
部活が始まってどれくらい経過しただろう。
時間の感覚がつかめていなかった。
コートでは部員たちが声を出し、ボールを追っていた。
・ ・・・あたしは、何をしているのか。
集中、しなきゃ。
今は部活中。やるべきこともやれないのなら丸井くんの言うとおり。
迷惑をかけるだけならマネージャーをやめたほうがいい。
・ ・・丸井くんの、言うとおり。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・」
頭をぐるぐると巡るのは、あの名前。
「」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・おい、」
そう、。
。
誰?誰なの?
部活に集中しようとしてもその名前が頭を離れない。
気になって。頭を振って今だけでも忘れようとしても何度も回帰。
「・・・・・・・・。」
あなたは、誰?
「・・・・呆けていると襲うぞ」
「へ?!・・・・・・・・」
「考え事か?」
「ごっごめん、柳君っ・・・・」
「ドリンク、できているか?休憩前にもらいたいんだが」
「あっ・・・・・ごめんなさい!今作ってて・・・・・」
作ってて・・・?
失敗ばかりしてて何を言ってるんだ。
集中もしないで、何をしてるんだ。
「?」
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
「・・・・・・・・・・・・」
ドリンクの粉の袋をもう一度手にする。
さらさらと空いてるすいとうに落としていく粉。
少なめ、少なめ。
粉を手にするのをやめ、次に水を注ぐ。
水筒の内側にある線までいれればできあがり。
蓋をして振る。
「はい。」
「・・・悪いな、せかして。」
「あたしが、遅いからいけないんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
柳君はあたしを見たけど何も言わなかった。
ドリンクの入った水筒を目にするとそれを口に運ぶ。
考えてしまうくらいなら聞けばいいんだ。
お昼休みもずっと、
折角仁王くんと柳生君があたしに話しかけていてくれていたのに。
あたしの頭の中はいっぱいで。
。その名前と丸井くんの名前。
それから、8分前の太陽。
そのことがずっとめぐっていて。
(・・・・聞けばいいんだ。)
たとえば、今目の前にいる柳君に。
柳君はが誰かを知っているか、わからないけど。
それでも、丸井君に関係のある人なら
レギュラーのみんながその名前を聞いたことがないなんてことはないはず。
コートでは部員たちの声。駆け回る姿。
校舎の外側の壁にかかっている時計は、もうじき休憩の時間帯になることを教えていた。
タオルは準備できてる。
ドリンクは最後の柳君の分を作り終えた。
部活中にこんな私語、きっといけない。
でも、
部活に集中できないでいるくらいなら・・・。
「」
「あっ何?」
「・・・ドリンク。うまく作れるようになったじゃないか。」
「え?・・・・・・」
「レギュラーの好みにあわせることができてる。」
柳君が、そっと微笑む。
ドリンクを飲み終えたのか、すいとうを近くのベンチの上においた。
・ ・・・うれしかった。
こんな、どうしようもない。
何もできないマネージャーなのに。
ごめんなさい。ごめんなさい。
集中するから。だから、聞いても・・・・・
聞いてもいいですか?
「やっ柳君!」
「なんだ?」
「あのっ・・・・・あのね・・・・・」
‘’を、知ってる?
「その・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
教えてくれる?
知って、ますか?
誰だか、丸井君と並んだ名前。
あたしと、同じ名前。
「ゆっ幸村君ってなんで入院でしてるの?」
「・・・・幸村?」
「うん!・・・ずっと・・・気になってて・・・」
なんで、聞けないの?
「・・・・説明が難しいな。手足が動かなくなってしまうギラン・バレー症候群という病気と酷似した症状だ。」
「・・・・ギラン・バレー症候群?」
「・・・・・今度見舞いに行くか?」
「いっ行きたい!」
「弦一郎と話しておく。レギュラーで幸村の見舞いに行くことがあるからもその時に来るといい。」
「・・・・・うん・・・・」
もう一つあるんだ。
もう一つある。
教えて欲しいこと。
柳君がコートにむかっていく。
その後姿に本当は声をかけたい。
聞きたい、知ってる?
あたしと同じ名前の子を知ってる?
誰だか、教えて。
教えて。
「っ・・・・・・・・・・・・・・」
聞きたいのに、声がでなかった。
「休憩!!」
真田くんの声に足が動く。
仕事をしなければ。
今は部活中。
「お疲れ様、真田君。」
「ああ。」
「桑原君もお疲れ様。」
「サンキュー」
タオルとドリンクを次々にレギュラーに渡していく。
もちろん、彼にもだ。
受け取ってもらえなくたって、これがあたしのやるべきこと。
「お疲れ様、丸井くん。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
いつもどおりあたしの手からタオルだけをとると
水道に向かって歩き始めた丸井君。
作ったドリンクは、一度も飲んでもらえたことがない。
その後ろ姿に、
残ったドリンクのすいとうを持つ手の力を強める。
丸井君のドリンクを作るときのポイントは粉は多め。
甘党だと赤也が教えてくれていたから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まだ、ドリンクとタオルを渡していない人がいる。
落ち込んでなんていられなかった。
丸井君のドリンクが入ってるすいとうをベンチに置いて、
まだ渡していないレギュラーのものを持った。
「お疲れ様、仁王くん。」
「も。」
「・・・・なんか2人ちょっと仲良くなってません?仁王先輩、さんに何したの。」
「妬くな、赤也。俺が好きなのはお前だけ。」
「うれしくねぇ!!」
仁王くんにドリンクを渡したあたし。
赤也が近づいてきて、ドリンクを飲みながら仁王くんの顔を覗く。
どうやら仁王君のほうが一枚上手なようで。
しかけた赤也は深く溜息をついて肩を落とした。
それは先輩と後輩の格差なのか。
「・・・そういえば、赤也。」
「ん?」
「仁王くんと柳生君の異名は何?」
「。目の前に俺がいるんだから俺に聞けばよかよ?」
「仁王先輩と柳生先輩?詐欺師と紳士っすよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・詐欺師?」
仁王君の顔を思わず見れば彼はにこっと笑うだけ。
ちょっと離れたところにいる柳生君は桑原君と何か話しているみたいで。
・ ・・・詐欺師と、紳士?
なぜそんなにギャップがあるの?
2人は確かダブルスのペア。
「なんで、そんな・・・・・」
「2人の試合見ればわかりますよ。公式戦。」
「楽しみにしとって、。」
2人の笑顔にうなずく以外に対応できなかったあたし。
・ ・・・・・・・・2人なら。
この2人なら、聞けるかもしれない。
教えて。
・・・・・・・・・・・教えて。
「あの・・・・・・」
「ん?」
「なんすか?さん。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
喉が、渇いてる。
「なんでも・・・ないや」
「なんすか?気になりますよ!」
「・・・・?」
「・・・・・なんでも、ない。」
仁王君の目があたしを見ていた。
さっきとは打って変わって真っ直ぐで、真剣で。
(・・・・・喉が、渇いてる)
痛くて、声が喉を突き刺してるみたいに。
声が拒む。何かを、拒んで
言葉がでてこない。
教えて。
教えて、誰?
‘ ’
あたしと名前の人。
「練習始め!」
真田君の声がコート中に響いた。
赤也があたしに何かを言おうとしてそれをやめた。
そういう風に見えた。
「・・・・・・・・・仁王先輩、先に行きますよ?」
「・・・・・ああ。」
「にっ仁王君も行かないと!!」
赤也の背中が見えて。
あたしは視線で仁王くんをコートに促す。
仁王くんはただあたしを見て、
そっと言葉をつむぎ始めた。
「・・・・詐欺師って人を騙すじゃろ?」
「・・・仁王くん?」
「でも知っとって。俺は詐欺師でも誰かを不幸にしたくてだますんじゃない。」
「え?・・・・・」
「・・・・・・勝つためにはだますがな。」
仁王君が笑う。
あたしにその笑顔を向け赤也の後を追ってコートに向かう。
仁王君が、笑う。
「。どうしても辛かったら笑いんしゃい。お前さんの笑顔はかわいいとよ。」
仁王君が不敵に笑いながらあたしに言った。
・ ・・・その意図も意味もわからず。
彼は何を言いたかったのか。一体何のことを話していたのか。
(わからない)
謎は増やされるばかり。
わからないことばかりで。
どうしていいか、わからない。
知りたいことばかりが増えていく。
「!ボールを持ってきてくれ!!」
頭の中は、はてなばかり。
疑問符ばかり。
聞きたいことばかり。
声にはなってくれないのに。
柳君の声に用具庫からボールの入った籠を出した。
走ってそれを持っていこうとする。
そのとき、あたしの足元にあったボールにあたしは気付かなくて。
<ガコッ>
「・・・・・あっ・・・・」
あたしは足元のボールにつまづいてよろめいた。
その瞬間、
手に持っていたボールの入った籠を手から離してしまった。
「さーん!大丈夫っすかー?」
「ごっごめん!!」
赤也が遠くからあたしに声をかける
黄色いボールがそこら中に転がる。
たくさん、たくさん。
急いでしゃがんで拾う。
どこまでどんくさいんだ、あたし。
部活には集中できないし、聞きたいことも聞けない。
仕事もろくにできないで、マネージャー。
・ ・・笑っちゃう。
本当に、笑っちゃう。
笑って欲しい人には嫌われてて、選手には迷惑をかけて。
「・・・・おい。」
その声に、必死にボールを拾っていた手はとまり。
こらえていた涙は落ちそうになる。
・ ・・彼だ。
この声。
目はテニスボールの黄色を映し、顔はあげない。
赤は、見たくなかった。
「どけ、邪魔だ。」
痛くて。
痛くて、痛くて。
笑っちゃう。
おかしくて笑っちゃう。
こんなあたしがマネージャー。
レギュラーのみんなに申し訳なかった。
あたしのすぐ隣を彼の、
丸井君の足が通り過ぎていった。
コートに一滴。
汗じゃない水が落ちた。
「。大丈夫か?」
「・・・・・うん。ごめんね。」
「さん?平気?」
「うん・・・・・・・・。」
ごめんね。
何度言ったって申し訳なくて。
わからないことばかりで頭の中は混乱。
知りたくて、知りたくなくて。
・ ・・・・・知りたく、なくて。
(・・・・あたし。)
あたし、
知りたく、なかったんだ。
あたしは、知りたくなかったんだ。
「?」
レギュラーのみんなが心配してくれていた。
あたしを囲むようにして立ってあたしの返事を待ってくれている。
ごめんね、もっとしっかりする。
ごめんね、もっと早く仕事できるようになる。
目頭が熱い。
でも、もう零したくない。
「だっ大丈夫!!」
だから。
だから、聞いてもいい?
本当は知りたくないこと。
教えてください。
‘’
あたしと同じ名前の人。
誰なのか。
頭がわからないことだらけだから。
それだけは、それだけはどうしても。
「・・・・なんだよ」
「え?・・・・」
あたしは、
いつの間にか足を進めて。
一番奥のコートへと来ていた。
春の暖かさを含んだ風が吹き
赤い髪が目の前でゆれ。
あたしは
なぜか、いつの間にか
丸井くんの前に立っていて。
「っ・・・・」
「・・・・・・」
「ごっごめん・・・・・なんでもない」
合った視線に射ぬかれ、体温があがる。
呼吸があがって
あたしは何をしているのかと。
「用もねぇのに近付くんじゃねぇよ。うぜぇ」
あたしは、
あたしは何をしているのかと。
吹いた風が丸井くんをさらってしまうかのように
丸井くんはどこかに歩いていってしまう。
どんどん距離が離れていく。
あたし。
・・・・あたしは何を。
「・・・・・」
近付いたって何の意味もないのに。
近付いたところで近付けるわけないのに。
この距離が縮まるわけじゃないのに。
丸井くんに、聞こうとしてた。
って誰?って。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
声が拒む理由。
わかった。あたしは知りたくなかったんだ。
ずっと本当は知りたくなかったんだ。
「・・・・・・・さん?そろそろ部活終わりますよ?片付けはじめないと・・・・」
「・・・・赤也。」
「・・・・はい?」
もし、この名前が原因なら。
あたしの名前が理由で丸井くんに嫌われてるとしたら
あたしはこの先も彼に嫌われ続けることになる。
それを知らされるのが怖かったんだ。
だから、知りたくなかったんだ。
でも。
・ ・・・・でも。
知らなければ、何も変わらないまま。
この胸のもやは晴れず、嫌われたまま。
「・・・・・・・・・・って、誰?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・誰なの?赤也。」
「・・・やだなぁさん。・・・・・自分のことでしょ?変なこと聞かないでくださいよ!!」
「・・・・・違う。赤也。もう1人、いるよね?って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「赤也、教えて。・・・お願い」
ねえ、丸井くん。
「・・・・・・どこで聞いたんすか?そんなの。」
「・・・・偶然・・・・名前を、見つけて・・・・・」
「ふーん・・・・・・」
「赤っ・・・・・・」
「元カノ。」
「・・・・・え?」
「ってブン太さんの元彼女の名前。」
あなたは一度も、あたしの名前を呼んだことがない。
一番奥のコート。
部室の近くでは部員たちが集合しはじめていた。
今日の放課後の部活が終わろうとしてる。
「・・・・さん達と同じ学年。立海の生徒で」
「(・・・・丸井君の彼女だった人・・・・・・・・)」
。
「・・・一年前、別れたんすよ。・・・・・ブン太さんは、一方的にさよならを言われて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
赤也はあたしから目をそらして、空を仰いだ。
赤也の話はそれ以上続くことはなかった。
遠くで真田君の部活の終わりを告げる号令が聞こえた。
あたしは赤也にありがとうと言った。
教えてくれてありがとうと。
赤也は少し困ったように笑っていた。
立海の、生徒。
なら、3年生にが2人いるということになる。
あたしと、もう1人。
丸井君の彼女だった子だ。
()
どんな子なんだろう。
・ ・・あたしはこの名前が原因で丸井くんに嫌われているんだろうか。
一方的にさよならと言われたって・・・・。
そんなに酷い別れ方でもしたというのか。
・・・・結局、わからないことが
あたしに一つ増えただけ。
「・・・それで?お前はそう言ったのか?」
「・・・嘘は言ってないっすよ」
「・・・確かに。お前は真実しか言っていない。」
「・・・柳先輩」
「だが、説明不足だ。わかっているな?赤也。」
「・・・・・・・・・・・」
春にしては冷たい風が吹いた。
突然。
あたしが1人残って部誌を書こうと部室に向かっているときに。
ふと頭に浮かんだのは、この風にさらわれる赤い髪。
(・・・・・・・・・)
わからないことが増えた。
風が吹いて、思わず寒いと口にした。
レギュラーのみんなは大丈夫だろうか。
春になったばかりの今夜は冷えそうで。
まだきっと帰り道。
みんな帰り道。
寒がってないといい。
「みんななら大丈夫かな・・・。」
風が隠す。
独り言。
部室にはいってドアを閉めた。
「丸井。」
「・・・・・・・・・なんだよ」
「今日初めて見たとよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「の笑顔。」
「・・・・それくらい・・・・俺だって見たことあるぜぃ」
風が隠す。
独り言。
この風に揺れる、赤い髪が頭をよぎった。
end.