沈黙の中、視線がぶつかっていた。




丸井くんと幸村くん。




2人とも鋭くて、怖い目をして。




あたしはその場の空気に立ち上がれず、桜の木の根元に座り込んだまま。




ひらひらと舞う桜の花びらのあまりに優しい桃色と




幸村君の肩の上で静かに呼吸をする白い蝶が、




この場の空気には、不釣り合いだった。








































『8分前の太陽9』







































動いたのは丸井君だった。



張り詰められた息をするのも怖いくらいの空気。



彼は幸村君から目をそらすと、何を見るわけでもなく、視線を下に流し、



深い溜息をついた。



あきれたような、怒っているような、彼の溜息にそんな心地がさせられた。



丸井君は一歩その場から足を動かすと、昇降口のある方向に向かって歩きだした。






「あっ・・・・・・」






幸村君の横を通り過ぎても2人は言葉を交わさない。



座り込んだままのあたしの目に丸井くんの背中が映る。



・・・・・・何か、言わなきゃ。



何か。



聞かなきゃいけないことがあったはず。



幸村君があたしを見ていたが、あたしはそれには気付かない。



今は、それより。



・ ・・今は。









「まっ・・・待って!丸井くん!!」








足が震えて立ち上がれない。



丸井君の背中にむけた座り込んだままのあたしの声。



丸井くんの足が止まる。



振り向いて。振り向いて。



だが、丸井君の足は再び進み始める。



背中が遠ざかっていく。









「っ・・・・どうして?」


「・・・・・・・・・・・」


「どうして助けてくれたの?!」


「・・・・・・・・・・・」







あたしのことなんて、嫌いでしょう?



なのに・・・。



なんで?なんで助けてくれたの?



どうして・・・・・・。



丸井くんは何も返してくれない。



静かに、振り向くこともなくここから遠ざかっていく。



幸村君の肩にとまっていた蝶が飛んだ。



丸井君の背中を追いかけるように、姿を消した。















「・・・どうして?丸井くんっ・・・・・・・」













 



何があったの?



何があったの?



どうして。




「それ、うちのマネージャーだぜぃ?何の用?」




・ ・・・・どう・・して?



わからない。



あなたがわからないよ、何も。





「・・・・・・。立てるかい?」


「幸村くっ・・・・」


「君がいるのが見えてここに来てみたら、丸井にかっこいいところ、持っていかれてしまったみたいだ。」





うつむくあたしの頭に、優しく降ってきた声。



幸村くんを見上げれば、彼は座りこむあたしの前で少し身をかがめて、



私の無事を確認しようとしてくれたのか、あの柔らかな笑みをくれる。





「立てるかい?」


「・・・・・・・・・・・・・・」





言葉が何も思いつかなかった。



何を言っても何もかもが違う気がした。



何を言えばいいのか、あたしが声にすべき言葉がどこにもなかった。



幸村君があたしにそっと手を差し出してくれた。



彼のはかない外見からは想像しがたい、意外にも大きな手、とても綺麗な手。




(・・・・・あたしは)




この手を、とってもいいんだろうか。






?」






幸村君は、知っていたのかもしれなかった。



・ ・・・ううん、知ってたんだ。



それは間違いない。



さっきの幸村君と丸井君とのにらみ合い。



幸村君が丸井君に対して何かしなければ、あんな空気にはならない。



幸村くんは知っていた。



知っていてあたしにマネージャーを頼んだ。



丸井君の元カノの名前があたしと同じであること。



丸井君があたしを嫌うだろうこと。





、立てないの?」


「・・・・・・・・・」


「・・・・。ごめんね」


「え?」





幸村君の差し出していてくれた手はそのままあたしに真っ直ぐ伸びると



あたしの腕を突然掴んだ。



そのままもう片方の彼の手があたしの腰にまわったかと思うと



腕を引っ張られて、座り込んでいた地面からはがされる。



幸村君の間近に引き寄せられたあたしは気付けば自分の足で立っていて。





、怪我ない?」


「あっ・・・・うっうん」


「そう。・・・・・よかった。」


「・・・・・・・・・・・」


「もうこんなこと、誰にもさせないよ。」





幸村君の柔らかくて優しい笑顔。



引き寄せられたまま近くで見れば、



あたしに何も言えたはずがなく。



抱いていた不信感や不審感。



そんなものがすべて払拭され、その瞳に吸い込まれそうになる。



不思議な、人。



そう率直に思わされる。



桜があたしと幸村君の周りを舞っていた。





「・・・・・・・・・・・・・・・どうして、ここに?」


「ん?」


「幸村君、どうしてここに?入院中っ・・・・あれ?」


「ふふっ・・・最近は体調がいいから。」


「・・・だっ大丈夫なの?本当に」


「・・・にも会いたかったしね。」





自分で自分の顔が赤くなっていくのがわかった。



こんなに近くで、顔が近くて、



そんな笑顔見せられたらどうしようもない。



幸村君はそっとあたしの腕と腰から手を離した。



引き寄せられ、近くにあった距離は離れる。





「真田に会いに行ったら、急いで病院に戻れと言われてね。まっ内緒で来たから仕方がないかとも思ったんだけど。」


「・・・なんか、想像できる。」


「真田に命令されるのが癪でとりあえずは保健室にいたんだ。」





想像ができる。



幸村君が現れた途端、ダッシュする真田君。



幸村君の両肩を掴んできっともの凄い勢いで言うんだ。



「幸村!たわけが!!なぜここにいるんだ!!」



声から表情まで安易に想像できて笑う。



マネージャーを今までやってきて、やっと知ってきたレギュラーのみんな。



少しずつだけど、近づけた気がする距離。





「・・・・・・・・・・・・・・」























どんなに近づいても遠ざかるばかりの距離。
































「今日は放課後の部活もでるよ」


「え?」


「柳から聞いてる。はマネージャーしっかりやってくれてるって。」


「柳君が?」


「・・・・・ありがとう、。」





幸村君は不思議だ。



その笑顔は優しい。



優しくて、疑っていたはずなのに信じたくなる。



本当は怒りたいのに、怒れなくなる。



聞きたいことは聞けなくて。わかりたいのにわからない。



声にできる言葉もなくて。何を言っても違う気がして。



あたしは。



身動き一つ、とれないまま。






。また放課後に。」






幸村君は再び保健室に戻ったようだった。



昼休みが終わってからもあたしの隣の席に座ることはなかった。






「それ、うちのマネージャーだぜぃ?何の用?」






(・・・・聞きたいのに、聞けない。)



なぜだろう。聞いてはいけない気がする。



丸井君の目はあたしを見ていなかった。



目が合っていなかった。焦点があっていなかった。



丸井君は、何を見ていたのか。



言葉が何も思いつかなかった。



何を言っても何もかもが違う気がした。



何を言えばいいのか、あたしが声にすべき言葉がどこにもなかった。



知りたいことばかりなのに。わからないことばかりなのに。



























































































































































































































































































































































さん!呼び出されたって?!怪我ないっすか?」


「大丈夫だよ、赤也。」


「そいつらの顔わかります?名前は?俺が潰しときますから!!安心してくださいね!」


「・・・・・・・・・・潰す?」






放課後までは何事もなく時間が過ぎた。



・ ・・・何事も、なかったわけじゃないけど。



だってあたしの頭の中では次々に映像が切り替わって。



図書館の机の脚の落書き。みんなのテニスをする姿。白い蝶、赤い太陽。



幸村君の笑顔。丸井君の後ろ姿。



次々にいろんな人たちの言葉が出てきて。



仁王くんの声で、赤也の声で、幸村君の声で。



丸井君の、声で。



でも何を繋ぎ合わせても、考えても。



何もなかった。



何も結びつけることはできなかった。



気付けばテニスコートに向かう時間を迎えていて。






「本当に大丈夫っすか?なんかぼーっとしてますけど。」


「だっ大丈夫だよ!すぐ助けてもらえたし」


「助け?・・・・幸村部長?」





テニスコートには制服姿の幸村君がいた。



柳君や真田君と何か話しているみたいで。



桑原君と柳生君と仁王君がその少し離れたところで話していて、



・ ・・・丸井君は1人フーセンガムを膨らましながら、ベンチに座ってテニスのラケットを弄っていた。





「幸村くんから聞いたの?それ。」


さんが今日危なかったって話を聞いただけっすよ。誰が助けてくれたんすか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くん・・・・・・・・」


「え?」


「・・・・丸井くんだよ・・・・・」





赤也が目を見開いた。



やっぱり、レギュラーたちにもあからさまに伝わっているんだろう、丸井くんがあたしを嫌っていること。



赤也が驚いたように見えても、あたしは苦笑するしかできなかった。



・ ・・・やっぱり、変だよね。



どうして助けてくれたんだろう。



丸井君はあたしのことが嫌いなのに。







ー!!」


「あっじゃあがんばってね、赤也。」


「・・・・・・・・・・・」







幸村君があたしを呼んだので、あたしは走って



柳君、真田君、幸村君のいる場所に向かった。



今日は新入生の仮入部最終日だから、あたしにそっちについているようにとのこと。



まだ部内全体に、真田君のいつもの威厳に満ちた声がかかっていないので



レギュラーは近くに集まり、他の部員は自主的にラケットを振り始めていた。



あたしがその場を去った後、赤也が歩き始めていた。



1人ベンチに座っていた丸井くんの元へ。





































「・・・・ブン太さん。」


「ん?なんだよ赤也。」


「今日、部活終わったらすぐ帰るつもりっすか?」


「・・・・・・なんだよ。俺が帰ったら寂しい?」


「ふざけないでくださいよ。」


「・・・・・俺は提案に賛成しなかっただろぃ?帰っても文句言われる筋合いはねえよ。」


「全員いなきゃ、意味がない。」


「・・・・何?お前俺に意見するつもり?」






一年生のところにつくならタオルとドリンクはあらかじめ出しておかなければ。



そう思ったあたしは、一通り今日のスケジュールを柳君から聞くと



部室に入ろうとした。



その時目にはいったのは、丸井君と赤也が話しているところで。



そんな2人に気付いていた人がもう1人いた。







「・・・・・・・・・・赤也、やめんしゃい。幸村がいるんじゃ。もめるな。」


「・・・・・・仁王先輩。今日ブン太さんさんを助けたんだって。」


「ならほっとけばよかったな、めんどくせえ。」


「・・・・別にブン太さんのことだし何も言うつもりなかったけど。でもさんを傷つけるようなことはやめてくれません?」


「あ?」


「・・・・赤也、やめんしゃい。」







空気が、



空気が張り詰めていた。



ベンチは少し離れたところにあって、仁王君、赤也、丸井君の話が聞こえてくることはなかった。



でも、丸井くんと赤也が睨みあってるように見えて。



まるで今日の幸村君と丸井君のように。



仁王君が二人を抑えようとしてる。






「あんた、まだひきずってんの?」


「!!」


「赤也!」


「くだらない理由でさんに悲しい顔なんかさせんなよ」


「てめぇっ・・・・・赤也っ!!」







そっと、しておいて。







丸井くんがいきなりベンチから立ち上がって赤也に凄い勢いで手を伸ばし、



赤也の胸倉をつかんでいるのが見えた。



相変わらずの大勢いるギャラリーで、その光景を見ていた女の子達が悲鳴をあげていた。



それに気付いたのはあたしだけじゃない。



レギュラーのみんな。







「てめえに何がわかるんだよっ!!」


「わかるかよ!あんたこそ何もわかってないんだよ!!」


「どいつもこいつも普通の顔しやがってっ・・・なんだよ!今更!誰にも文句言われる筋合いはねぇんだよ!!」


さん、一生懸命じゃないっすか!!」








心乱さないで。






2人が、怒鳴りあってる。



言葉がはっきりと聞こえることはなかったけど、それでもさっきより2人の声は明らかに大きい。





「あんたにどんなに無視されても必ずあいさつしてくれるでしょ?!」





ざわつくのはコート中。





「お疲れって言ってくれるじゃないっすか!!」





未だ赤也の胸倉を掴む丸井くん。





「飲んでくれなくたってドリンク作ってる!」





2人が言いあっていてもなぜか仁王くんはその間に割ってはいろうとはしていなかった。






「知らないなんて言わせない!!」


「っ・・・・・・・・・・・・・」


「丸井。よう見てみんしゃい。確かに髪の色も髪の長さも背も雰囲気も似てるかもしれん。でも、じゃない。」






ただ、静かに丸井君にむかって話しかけているのが見えた。



足は、勝手に動き出す。



走りださずにはいられない。



なんで?どうして?・・・何が、あったの?



わからないことばかりが増えていく。









「嫌いなだけだって言ってるだろぃ?!」


「ならなおさらじゃ。」


「・・・・・・・・・・」


「そんな理由でを傷つけるのは許さん。」









ほうっておいて。









そこに駆け寄ろうとするあたしを誰かが追い抜いた。



息切れもしないその人。



あたしの前に立ちはだかって足を止めた。





「桑原くっ・・・・・・」


「いい。行くな、。」


「でもっ・・・・・・」


「いいんだ。大丈夫だから。」





桑原君のむこうで仁王くんと赤也、丸井君が目に入った。



丸井君はいつの間にか赤也を掴んでいる手を仁王くんにつかまれていた。



あたしは桑原君を見る。



桑原君はあたしを見てただ首を横に振った。



どうして・・・・。



どうして、行ってはダメなの?



あたしが行かないほうがいいの?



ざわつくコート。



振り返ればレギュラーのみんなは、離れたベンチに集まる3人を静かに見ていて。





「・・・丸井。今日ばかりは幸村の案にのったらどうじゃ?」


「・・・・・ふざけんな」


「それはこっちのセリフ。は俺たちのマネージャー。」


「・・・ブン太さん。知らないなんて言わせないっすよ」






誰にも、踏み込ませない。






丸井くんの手が赤也を離した。



丸井君は仁王くんを見て2人で何か口論しているかと思うと、



ふと、こちらを向いた。





お前は。





「・・・丸井くん・・・・・」





あいつに、似てる。





丸井くんと、目があった気がした。



駆け出したかった。



この場から。あたしには何も出来ないけど。あたしには何も言えないけど。



彼がとても苦しそうに見えた。



丸井くんが、とても、苦しそうに。












































「レギュラー集合!!」



「ゆっ幸村君っ・・・・」



は一年生のところにいってくれ。」






















































































































驚かされたのは、いつものあの堂々としたコート中に指示を出す声が、



真田君からではなく、幸村君から聞こえたこと。



幸村君の声はコートのざわつきを一気に黙らせた。



鶴の一声とはこのことなのか。



目を見開いて幸村君を見ていると、あたしの隣を何時の間に進み始めたのか。



赤也、仁王君、丸井くんが通り過ぎた。



みんなの横顔は毅然としたいつものコートに立つ横顔。



桑原君があたしの肩に手を置くと、彼もまたレギュラーの集合するところにむかって走り始めた。







「ブン太さん。全員じゃなきゃ意味がないんすよ。全員じゃなきゃ。」


「・・・・・・・・・・・・・」







あたしは、何もわからないままなのか。



このままずっと、身動き一つとれないまま。



レギュラー達が集まる場所とあたしが立ちすくむ場所。



彼らの話し声すら聞こえない距離。



この距離があたしとみんなの距離に思えて仕方がなかった。



あたしは、誰とも近づけてなんかない。



近づけてなんか、いなかった。



赤也と丸井くんが怒鳴りあってた。



レギュラーのみんなはその理由を知ってる。



桑原君の言葉が、あたしにそれを教える。



あたしだけが。




(・・・・・・あたしだけが、何も知らないまま。)




丸井くんに、嫌われたまま。



誰とも距離を縮めることもできずに。



彼らが見せてくれる笑顔や優しさに、身を任せていればいいのかな。



何も、知らない。



それがこんなに苦しいことなんて、それがこんなに無責任に思えて仕方がないなんて。



初めて知って。



なのに、何も出来ない自分が悔しくて。



今のあたしは、こぼれる前に目元を拭くだけが精一杯だった。



























































































































































































































「「「「ありがとうございましたー!!」」」」





幸村君に言われた時間通りに新入生を解散させる。



初々しさの残る彼ら。



一体この中のどれだけの子達と一緒に部活をやっていくことになるのかな。




(テニス部、本当にきついよ?)




くせのあるレギュラー陣。



その絶対的な強さ。あたしはあまりテニスを知らないけどそれくらいわかる。



そんな強さを見せ付けられる。



レギュラー陣の練習していたコートを見ると、もう誰もいなかった。



ネットは片付けられ、コートも整備されているあとのようで。



二年生がやってくれたのだろうか。



あとはこの一年生たちが少しだけ使ったコートを片付ければいいだけ。



あたしの仕事はなんとも楽になっていた。



部員はコートの上にまばら。それでもすぐに帰っていくような様子で。



レギュラーも、もう帰ってしまったんだろうか。



昨日のように忙しなく帰る彼らが思い出された。



空を見ればやっぱり夕日。



でも昨日のあの夕焼けほど印象強いものはない。



今日の赤も綺麗だけど、昨日の赤には劣る。



あの、なんとも鮮やかな。




(・・・きれいな、赤。)




コートのブラシはすぐにかけ終わった。



その頃にはあたし以外誰もコートの上にはいなかった。



ギャラリーも去って、静かなコート周辺。



虚しさが、心を襲ってきた。












何も、知らない。












何も知らない。



近づけない。誰にも。



何も聞けない。わからないまま。



身動き一つ、とれないまま。



あたしはそうしてこれからもこの部のマネージャーを続けてくんだ。



みんなの優しさに甘えながら。



そんなこと、許されるわけもないのに。



用具庫に道具をしまって鍵を閉める。



あとは部室に残る仕事を片付けるだけ。




(・・・・・明日になったら。)




今日の仕事が終わって、帰って、眠って。



明日になったら。



もう、考えることをやめよう。



考えても何もない。



心をいきなり何かが締め付ける。



これは、なんだろう。



これは、何?



思い出すのは、みんなのこと。



レギュラーのみんなのこと。



・ ・・・・・・・丸井くんの、こと。



何も知らなくてごめん。



何もできなくてごめん。



近づきたいのに、近づけないなんて。



ぎゅっと目を閉じた。



襲ってくる胸の痛みに耐えるため。



残っている部室の中の仕事を片付けるため。あたしは部室のドアを開けた。
















































































































<<<<<<パンッ!!パパンッ!!!!>>>>>>








































































































































































































「・・・・・・・・・・・・・・・」


「遅いっすよーさん!!」


「お疲れ様です、さん。」


、お疲れ。」


「そんなとこに突っ立とらんでおいで?誰の隣がよか?」


「ふふ・・・もちろん俺だよね、。」


「・・・・・・・・・・・・」


「弦一郎が俺の隣にと思ってる確率92%」


「えー!真田副部長えろいー!!」


「たわけが!!思っとらん!!」






鳴り響くクラッカー。



部室のドアを開けた瞬間。心臓が止まるかと思った。



目の前の机にはお菓子とジュースの数々。



部室の壁の上のほうには、おりがみで作られた輪と輪がつながったかざりつけ。



そして、部室のドアを開けて正面に立つあたしにすぐに目に入ってきた、



なんとも達筆な文字。白い紙に筆で書かれているそれはなぜか縦書きで。



‘ようこそ、テニス部へ!!’



驚きに目を見張るあたし。



一番驚いたのは、彼がその場にいたことだった。



口を開くことはなかったけど、あたしを見ることもなかったけれど。



それでも、その赤い髪。



丸井くんが、一番奥の席に座っていた。






「あー!ほら、泣いちゃったじゃないっすか!!」


「柳。予想通りだな?」


「お前が泣かせたいと言ったんだろう?幸村。」


。俺の隣でよか?」


「ダメっす!さんは俺の隣!!」






こぼれる涙が前を見えなくさせていた。



拭っても拭ってもでてくれるのはうれし涙で。



こんなにも。



こんなにも近くに、みんながいてくれたこと。



うれしかったんだ。



うれしかったんだよ。



声より先に涙がでるくらい。



赤也があたしの手を引いて自分の座っていた席の近くにあたしを連れてきた。



あたしの片手は目元を押さえたまま。



だって、見せられないよ。



涙が止まってくれないから。



赤也と柳生君にはさまれてあたしは座らされた。






さん、何を飲みますか?」


「柳生先輩、俺がつぎます!!さんどれがいい?」


「・・・っ・・・・・」


。これからじゃ。そんなに泣かんで?」






うなずくだけが、できること。






「幸村がの歓迎会がしたいと言い出してな。」


「大変だったんだぞ?ちなみにあの達筆な字は真田書だ。」


さん聞いて。あの輪が繋がったやつ!仁王先輩と柳生先輩と作ったんすよ!!あんなの小学校以来作ったことねえのに。」


「赤也が折り紙切って俺と柳生が繋いだんじゃ。柳は見張りじゃったか。」


「・・・すべて幸村くんの指示通りに動きました。」


「俺はちなみに買出しな。」


「ふふっ・・・・ジャッカルに一番楽をさせてしまったよ」


「なっ・・・なんかいけねえのかよ!!」






涙が止まらない。



だって、うれしかったんだ。



うれしい。



こんなこと。



こんなことって、ないよ。



うれしさで涙が止まらないなんてないよ。







「それじゃあ、改めて。」


さん、コーラとかでいい?はい、持って!」


「(ぐすっ)」


「いい?みんな。」








持たされた紙コップ。やっと少しだけあげれた顔。



確認したのは丸井君も紙コップを持っていたことで。










「これからもよろしく!俺たちの新しいマネージャーに!!」










高くかかげられた紙コップ。



それぞれに入った飲み物がこぼれるんじゃないかと思うほどの乾杯。



こんなに近くに。



こんなに、近くに。



みんなと笑いあうのは初めてだった。



みんなでは初めて。



転校初日。震えていた声はどこにもない。



不安だった胸の内はどこにもない。



そこで初めてみんなの異名を教わりきった。



・ ・・・・・丸井くんは、ボレーのスペシャリスト。



時折目にした赤い髪はあたしと目を合わせてくれることはなかった。



彼は目の前のお菓子を食べながら隣の席の桑原君と話していた。



笑って、話していた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





あたしから一番遠く離れた席。



言葉を交わす機会もない。



ただここに、この場にいてくれることがなんだか奇跡に思えた。



聞きたいことはジュースと一緒に飲み込んだ。



溜まっていた疑問や、頭の中をパンクさせそうなほどつめていた不信は



お菓子と一緒に噛んでしまった。



楽しかった。うれしかった。



この時間を忘れる時間。



涙はひいて、代わりにでてきたのは笑顔だった。






「なんすか!俺悪くないっすよ!!」


「は?お前さんが手出さなきゃハバネロがこぼれることもなかったんじゃろう?」


「あんたはどんだけ辛いものが好きなんすか。」


「かわいい後輩を締めたくなるくらい。」


「うわっ助けて!さん!!」


「・・・・・ぷっ・・・・・・・・」


「「!!」」


「あははっ・・・・・・・・・・・・・」






自分でもわかってた。



ああ、こんなに思い切り笑ったのいつ振りだろうなって。



周りのみんなが固まっていても、それはあたしの爆笑のせいなんだろうなって納得して。



だって、楽しかったんだ。



笑わずにはいられないよ。





さっ・・・かわっ・・・・」


「かわ?」


「かわいいとよ、。もっと笑って欲しい。」





なぜか静まりかえった部室の中。



あたしの顔を見て赤也が言葉にならない声を出し、



仁王君が真面目な顔して、あたしを見ていた。



その言葉に、あたしの動きはとめられ。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「丸井?」






かすかな、息切れ。



桑原君が丸井くんの名前を呼んだから、



静かになった部室にいる誰もが丸井君のほうを見た。



丸井くんはかすかに肩を上下させ、苦しそうに呼吸をしていた。





「・・・・丸井くん?」





彼と目が合った。







































































































































「っ・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・」



「え?」






































































































































丸井くんがいきなり席を立つ





「おい、丸井っ・・・・」





彼は自分の荷物を掴むと部室のドアを少し乱暴に開けて出て行った。



強い力で閉められたドアの音が、今も耳に残り。



・ ・・丸井君、今・・・・。



今、って・・・・・・・・。



あたしを、呼んだ?







「なっなんすかね!帰るなら声くらいかけて行けばいいのに!!」


「・・・・・幸村。」


「・・・・わかってるよ、仁王。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」







あたしじゃ、ない。







「仕切りなおしましょ!ね、さん!!」







丸井君の目。本当はあってなかった。



あたしを呼んだんじゃない。



あたしじゃないを呼んだんだ。



あたしじゃない。



あたしじゃ、ない。

































「・・・・・・・・・・幸村くん。」


「・・・・なんだい?。」


「・・・・・・・・聞いても、いい?」











































こんなに近くにいること、教えてくれたから。



だから、怖くないよ。



あたしから近づいても。



きっとみんなは遠ざかったりしない。



でも、丸井君は。



丸井くんだけは。



このままじゃきっと。















「あっ・・・・・あたしが丸井君に嫌われること知ってたの?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・知っててあたしをマネージャーにしてくれたの?」



「・・・・・



「いいよ、仁王。・・・・ねえ、。あいつは、丸井はバカだから。だから知らないんだ。」













このままじゃきっと。



もう二度と、あの笑顔に会えることはない気がした。



二度と、会えない気がした。



あたしの心を晴らしてくれたあの丸井君に。

























































「だから、俺たちが代わりに話すよ。」






















































































































会いたいだけだった。



ただ会いたいだけだった。



あたしはそう思って。だから今ここにいる。



どんなに嫌われてたって。



あたしは、







丸井君が好きだった。







「赤也に聞いたね?丸井の彼女だった子が君と同姓同名だったことは。・・・・・彼女ね」







幸村君以外誰も何も口にしなかった。



あたしはただ幸村君を見ていた。



赤也が唇をかみ締めながら、あたしの隣に座っていた。



































































































































































「一年前に亡くなったんだ。交通事故で。」












































End.