光を失う。
色を失う。
暗闇を知る。
『もしもし、侑士?どうしたの?』
「・・・目が」
『え?聞こえないよ侑士』
「目が見えへん」
手探りで
最後に電話した履歴を頼りにボタンを二つ押して
どうにかに連絡した。
ある夏の日の朝、起きると
俺は視力を失っていた。
『ヒカリの種1』
「「「「「目が見えない?!」」」」」
「なんでかわからへんけどな。」
氷帝のテニス部部室。
集まっているレギュラー陣は
部室内のソファーに座る俺と俺の隣に座るを囲むように部室内に散らばっていた。
もちろん目が見えない俺には聞こえてくる声でみんなの居場所を推測するしかなかった。
「昨日忍足とが学校休んでたのって」
「侑士と病院行ってきたの」
聞こえてきた宍戸の声にが返した。
「・・・それで?」
冷静な跡部の問い。
「原因はわからへん。医者になんで見えないのか不思議や言われてん。」
見える条件はそろっていると。
見えない要素なんか微塵もないと医者に言われた。
「だとしたら脳のどこかに異常があるか・・・もしくは精神的なものってことか。」
「医者と同じこと言うなや、跡部。」
わからない。
脳に異常?突然か?
精神的なもの?思い当たらへん。
「嘘だろ・・・」
「嘘やない」
「部活は・・・テニスはどうするんだよ?」
「岳人」
「俺一人かよ?」
「堪忍な。今はこんなんじゃ練習もできへん。」
正面から聞こえてきた沈んだ岳人の声。
きっと俺達の真正面に座ってるんだと思うけど
顔が、表情がわからない。
見えないから。
「・・・今日はこれで帰るんだろ?」
跡部の声。
「そのつもりや。授業うけても意味ないしな。」
「は?」
「侑士と一緒に帰るよ。」
「どうやって帰るんだよ?」
これは宍戸の声。
「タクシー呼ぶわ」
「俺様の家の車を使えよ。」
「「え?」」
と俺の声がそろう。
「遠慮すんな。」
跡部はきっと不敵に笑ってんやろな。
目は見えなくても大抵の時間は一緒におった仲間。
いつもの会話を思い出せば
表情は読み取れた。
想像でしかないけれど。
病院で診察をうけて
目に異常がないことを知ったからか。
そのうち視力が戻るんじゃないかという期待は強く。
俺はそんなに目が見え無くなったことに対して心配を覚えなかった。
跡部の家の車に乗って
しばらくすれば車が止まった。
「侑士」
が俺に声をかけて車をおりるように促した。
「着いたん?」
「うん。侑士のマンションの前だよ。運転手さん、ありがとうございました。」
が俺と腕を組んで
一人暮らしの俺の部屋まで連れて行ってくれる。
「侑士、あたししばらく泊まってもいい?一人じゃいろいろ大変そうだし・・・」
「は、ええの?」
「うん!」
きっといつもみたいには俺に笑い掛けてくれたんだと思った。
記憶の中にが俺に笑い掛けてくれる顔が浮かぶ。
部屋の中に二人で入って
俺は自分のベッドによりかかって床に座って動かないようにしていた。
に迷惑をかけたくなかったから。
はその間家事をしてくれているようだった。
の気配が部屋を動く。
見えないということ。
光を失う。
色を失う。
暗闇を知る。
目の前に広がるのは黒一色。
けれど黒が見えているわけじゃない。
ただそこに暗闇が存在している。
暗闇がそこにある。
それが見えないということ。
まぶたを開けているのに見えない。
視覚が何も感じない。
呼吸の仕方を教えて欲しいと言われて
誰も教えられないのと同様
見える方法を聞かれても誰も答えられない。
それでも問いたい。
俺はどうやって‘見て’いた?
「ね、侑士。夕飯何食べたい?」
「・・・もうそんな時間なん?」
見えないことは時間の感覚さえ奪っていた。
食事もフロも
に手伝ってもらってようやくどうにかなる
「堪忍な、」
「謝るようなこと、侑士はしてないよ。」
きっとはいつもみたいに笑い掛けてくれてる。
暗闇の中にいる俺。
と会話していないと
自分がこの世界に存在していないような気さえした。
今は、何時?
(パァーン!)
「え?」
「花火の音?」
「そう言えば今日は花火大会やったけ・・・」
夏の日の夜。
毎年の大会。
「、そこの窓開けて」
ベッドの奥にある窓を
覚えているこの部屋の内装を頼りに俺は指差していたつもりだった。
「この窓?」
ギシッとがベッドの上に乗る音と窓を開ける音がした。
部屋に入ってくる夏の夜独特の湿った生暖かい空気。
(パァーン)
「そこの窓から花火見えるやろ?」
「・・・うん、見えるよ。」
「・・・?」
花火の音がこもった。
が窓を閉めた音が聞こえた。
「、花火見いへんの?花火好きやろ?」
思いだす。
去年の夏二人で見た花火。
綺麗だとはしゃぐ。
「・・・侑士と見なきゃ、綺麗じゃないもん。」
「・・・・・」
を好きだとそう思うのは
一体何度目だろう?
「、こっち来てえな。俺の前、座って。」
がベッドから降りる音。
俺の目の前に座る気配がした。
「もっと近付いてえな。」
の香りが鼻をかすめる
近付くをこの腕の中におさめる。
「侑士」
の声でを抱き締めていることを実感する。
けれど
視覚だけがの存在を俺に教えようとはしなかった。
「・・・目が見えないって結構困んねんな。」
「・・・うん。」
「の口の位置がわからんからちゅうできへんやん。」
「は?」
抱き締めていた体を少し離して
の背中にまわしていた手を
の髪にからめた。
そのまま髪を伝って
頬を伝って
の唇を探しあてる。
「・・・指でわかってもちゅうをはずすのは恥ずかしいやんか。」
の吐息が唇に触れる指に伝わる。
「・・・侑士、黙って。」
俺の唇に感じた暖かみ。
触れるだけの温もり。
は俺の顔を両手で包んでいた。
「・・・短い、。」
「精一杯だもん」
それはからのキスだった。
「もう一回。」
「・・・精一杯だってば」
さすがに二度目はしてくれなかったけど
滅多にないからのキスがうれしかった。
「、堪忍な」
力いっぱいを抱き締めて言った。
「謝るようなことしてないでしょ?」
「・・・堪忍」
が好きな花火。
俺の見えない目が奪った。
その日の夜は二人同じベッドでを抱き締めて眠ることに決めた。
の存在を教えてくれない視覚の代わりに
他の感覚でが側にいることを知っていたかった。
「やっぱり目が見えないって困るわ」
「・・・?」
「目が見えへんとできへんやん。とセック・・・」
「変態侑士。」
の香りが鼻をかすめて
この腕の中にをおさめて
の寝息を耳にして
抱き締めている存在をだと実感する。
問いたい。
俺はどうやって‘見て’いた?
(なんで見えへんねん)
遠くで
の好きな花火の音が鳴り響いていた。
end.