「おはよ、侑士。」
「・・・おはようさん。」
繰り返す朝に不安は隠せなかった。
「侑士?・・・目、・・・・開かないの?」
「いや・・・そんなことないで」
朝、目が覚めて。
それでも俺は
故意に瞼を開けようとしなかった。
『ヒカリの種3』
目を開けても見えないことが怖かった。
「侑士?」
朝食をに手伝ってもらってすませた。
この目にが映らないことが嫌だった。
「・・・、今日は俺も学校行くわ」
瞼を静かに開けた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
光を失ってから変わらない暗闇がそこにあった。
がタクシーを呼んでくれて二人で氷帝に向かった。
学校に鳴り響く始業のチャイム。
授業は黒板が見えるわけもなく
ノートに文字を書くこともできず
ただ教師の声に耳を傾ける。
周りの生徒の話し声。
文字を綴る音。
暗闇の中では聞き慣れているはずの授業の音が
初めて聞く音に聞こえた。
見えない。
見えない。
「侑士、帰る?」
「・・・、部活連れてってくれへん?」
今日の授業が全て終わって
が俺のところに来てくれた。
一日中自分の席に座っていた俺。
誰かに支えられていたとしても歩くことでさえ勇気がいる。
見えない。
見えない。
に支えられてテニスボールを打つ音が聞こえるコートへ向かう。
「跡部」
が跡部を呼んでコートにいれてもらったようだった。
に促されて座った場所は
見慣れたコート内に置かれたベンチなのだと思った。
「、岳人はどうしてる?」
「宍戸と打ち合ってるよ」
「さよか・・・」
「・・・・・」
毎日参加していた練習風景。
思いだすことはたやすい。
今どんな練習をしているか想像することも簡単だ。
でも想像は現実の投影じゃない。
今日は覚悟を決めに学校にきた。
「なんで見えへんのやろな。」
「・・・侑士」
この目が見えなくなってもいいなんて
見えている時には一度だって思ったことがない。
この目にはいつだって大切なものが映っていたから。
俺からそれを奪ったのは一体何だと言うのか。
もしもこの目が見えないままなら
俺はこの学校を去らなければ行けなくなる。
授業をうけても意味がない。
テニスだってできない。
今日は覚悟を決めにきた。
氷帝を去る覚悟を。
「あたしが侑士の目の代わりになるよ」
俺の隣に座るからはっきりと聞こえたその声。
「・・・。」
「だから、そんな悲しそうな顔しないで?」
は今どんな顔してる?
笑い掛けてくれてるん?
それとも泣きそうな顔?
いつだって
の声が、言葉が
俺の知っている光の種になる。
神様、本当にいるなら
俺から視力を奪ったのがあんたなら聞いて欲しい。
目が見えないと困ります。
別にしたくもないけど
勉強ができません。
歩くことでさえ勇気がいります。
目が見えないと困ります。
相方を一人でダブルスに出させるわけにはいきません。
テニスがしたいのにできません。
目が見えないと困ります。
大好きな人に自分から近付けません。
一緒に花火が見たいです。
目が見えないと困ります。
この目に映していたい大切なものがあるから。
暗闇に小さな穴が一つ開いた。
俺を包む闇に白い点が一つ。
黒いキャンバスに白い絵の具を落としたような白い穴。
穴は広がる。
小さな点が大きな円になる
黒を白に塗りつぶしていく。
「・・・え?」
「侑士?」
「・・・・・・・・目・・・・」
「侑士、どうしたの?」
「目が・・・・・見える。」
暗闇は白から光へ変わった。
突然目の前に飛び込んできた緑のテニスコート
練習をするテニス部員。
視界が、開けた。
「う・・そ・・・?本当に?」
「・・・。ちゃんと見えるで。」
「あたしも?」
「映ってる。俺の目に。」
コート内の見慣れたベンチに腰掛けていたと俺。
俺の隣にがいることを
視覚が教える。
「ゆ・・・し・・」
泣き出したを力いっぱい抱き締める。
「、会いたかった・・・って表現は変やろか。」
「・・・っ侑士・・・」
ベンチの異変に気付いたのか
レギュラー陣が俺達のところに向かってくるのが分かった。
「・・・侑士?」
「また一緒に練習しよな、岳人」
「侑士、目・・・」
「見えてる。」
想像は現実の投影じゃない。
この目に映るものが真実になる。
「あーもう泣くなや。」
まだ俺の腕の中にいると岳人が泣いていた。
「なんだよ・・・俺、本気で心配で・・・」
「堪忍。ありがとな岳人」
静かに笑う俺様部長と傷だらけで戻ってきたテニスバカ。
ちゃんと起きてくれたいつも寝ている奴。
駆け寄って来てくれた下克上やらウスやら犬の後輩達。
大切なものは、この目に映る全ての真実。
「おー似合うやん。かわええな、。」
「・・・浴衣が似合うのは侑士のほうだと思う。」
二人で浴衣を来て待ちあわせて
手をつないで向かう目的地。
俺の目が見えるようになって
初めて二人で出かけた
ここら辺で一番大きな花火大会。
(パァーン)
「おっ始まったな」
「・・・侑士。見えてる?」
「見えてるって。」
花火がよく見える河原に降りた。
人込みの中、離れないように手はつないだまま。
この目に映る
の好きな花火。
二人で一緒に夜空を見上げた。
隣でうれしそうなの横顔を見つけた。
「見えるようになってよかったわ。」
「ね!」
「これでちゅうできるやんなぁ」
「・・・はい?」
ちょっと失礼。
の目に映る夜空の花を遮断する。
の目に映るのは俺だけ。
俺の目に映るのはだけ。
「・・・んっ・・・」
「・・・・・」
繰り返すキス。
深く、に刻まれるように。
の好きな花火。
奪ったのは
見えない目じゃなく、君に刻まれるキスならば
きっと許される。
「目が見えてもずっと側におってな、。」
「目が見えても、見えなくても、あたしはずっと侑士の側にいるもん。」
花火が終わるまで
周りの人込みが夜空の花に気を取られているすきに
何度も何度もキスをした。
刻まれるようなキスをした。
二人の目に映っていたのは花火じゃなくお互い。
神様、俺から視力を奪ったのがあんたなら
この目を返してくれたのがあんたなら
もうこの目から色も光も奪ってくれるな。
この目に映していたい
大切なものがあるから。
end.