俺は今、レギュラーじゃない。
都大会で不動峰の橘に負けたからだ。
(。・・・激ださだな、俺)
覚悟を決めた日から毎日練習に付き合ってもらっている長太郎を
俺は都内にあるテニスコートで待っていた。
『ひとひらの時間』
俺は今、レギュラーじゃない。
2年の梅雨の終わりの頃
不安定な天気と近付く夏のにおい
「ー!俺の試合見てた?見てた?」
「見てたよ。跡部が勝つところ」
「ひどいC!俺の負けたところ見ててよ!!」
「・・・ジロー。意味がわからねぇよ」
「だからね跡部。には跡部よりも俺を見てて欲しかったの!」
それは
遠くの景色だった。
「なぁ。」
「あっ忍足。お疲れ」
「なぁ、俺タオルどこ置いたか知らへん?」
「ベンチの上だよ」
同じようにラケットを握っても
同じようにボールを追いかけても
それは遠かった。
1年のときから正レギュラーの跡部。
2年で3年のレギュラーに勝ち
正レギュラーになったジローと忍足。
後退もせず、かと言って前進したわけでもない
いつまでも準レギュラーの俺
「・・・宍戸?」
跡部と忍足、ジローと話していたと目が合った。
俺はすぐに目線をそらし準レギュラーが練習しているコートへと戻っていく。
言葉にできるのは
いつだって悔しさだけだった。
「宍戸、宍戸!」
「・・・・」
俺はに声をかけられてもラケットを振り続けいた。
「宍戸!休憩は休むためにあるの。はい、宍戸のタオルとドリンク。水分補給して」
「・・・ほっとけよ」
俺はを見ずに答えボールを打ち続ける。
遠くの景色。
マネージャーのでさえも。
言葉にできるのは
いつだって
〈ペシッ〉
「(?!)」
なんとも間抜けな音で
俺は誰かに背後から頭を叩かれた。
痛くもない頭を抑えながら振り替えると
そこにはが俺をにらんで立っていた。
「ほっとけるか。あたしはマネージャーなの。」
目の前に差し出されたタオルとドリンク
俺はを見ると目が合った。
すぐに目線をそらすとタオルとドリンクを少し乱暴にの手から奪って
コートの外へと向かう。
(・・・・こんなの八つ当たりじゃねぇか。)
劣等感とか怯えとか
その目にすべて見透されてる気がして。
どれだけ走れば追いつける?
どれだけ息切れを繰り返しても
才能や素質に勝てるものなんて俺は持っていない。
都内にあるフリーのテニスコートのまわりを何度も走った。
同じようにラケットを握っても
同じようにボールを追いかけても
それは遠かった。
(っ・・・・くそ!)
悔しい。
悔しい、悔しい。
どれだけ走れば追いつける?
肩で呼吸して
コートに立ってラケットを握る。
才能や素質に勝てるものなんて持っていなかった。
練習しか、努力なんて呼ばれてるものしか
俺にできることはなかった。
「あれ?宍戸?」
「・・・・・・」
夕方と言うには空は曇りっ放しで灰色。
「練習?」
「・・・・」
「あたしコンビニ帰りでここ通ったんだけど・・・」
片手に確かにコンビニの袋を持って
がフェンスの向こうから
俺に声をかける。
すべて、見透されてる気がして。
「なんか手伝える?球拾いとか」
「・・・いやいい。帰れよ、」
「でも・・・・」
「いらねえよ、手伝いなんて」
こんな言い方、八つ当たりだ。
お前に当たるなんて間違ってる。
目を合わせたら
きっと弱さを見せてしまう。
だから、
今の俺が目に映していられるのは
片手のラケットと片手のボール。
はそういう奴だった。
いつだって励ましてくれるから
ときどき無性に側にいて欲しくて仕方がない。
なら弱ささえもすべて許してくれる気がして。
「・・・じゃあ、あたし帰るね。」
「ああ。気をつけろよ」
「あっそうだ。宍戸!」
がコンビニの袋から一本
缶ジュースを取り出すと
コートに入ってきてそれを隅に置いた。
「あげるよ。水分補給はしっかりね。」
遠ざかるの足音と一本の缶ジュース。
俺はラケットを握り締め
何度もボールを打ち続けた。
あたりが暗くなると
が置いていった缶を手に取ってあけた。
「・・・ぬる・・」
「・・・。」
「ん?」
「昨日サンキューなそれから・・・悪かった。」
「宍戸!あたしに謝るようなことなにかしたの?!」
「・・・・まあな。」
「・・・・・あたし何された?!」
同じクラスで
近くの席の俺と。
八つ当たりと言っても俺がそう思っているだけで。
でも、俺はに謝りたかった。
「宍戸、宍戸。」
「あ?」
「宍戸は努力家だね。」
は笑って俺に言う。
「・・・悪かったな。天才とかそういう類じゃなくて。」
「え?」
「・・・なんでもねえよ」
目が合ったは
ずっと俺の顔を見て。
それからいきなり机に突っ伏して
顔を伏せた。
「・・・?」
「・・・・ねえ、宍戸」
「あ?」
こもって聞こえるの声
「宍戸はテニス好き?」
どれだけ走れば追いつける?
俺が立ちたいのは強い奴だけが立つことを許されたコート。
才能や素質に勝てるものなんて俺は持ってないけど。
でも。
「・・・・好きじゃなきゃやってらんねえよ」
「・・・ははっ・・・・」
「・・・なんだよ笑うなよ」
「ごめんごめん」
が顔をあげて俺を見た。
「よかったなって思ったの。」
全部、見透かされてる気がして。
劣等感、怯え、悔しさ。
いつだって励ましてくれるから
ときどき無性に側にいて欲しくて仕方がない。
側にいて欲しいと思うとき、
なぜかいつもいてくれるけれど。
「なんや、楽しそうやんなぁ宍戸もも」
「忍足。どうしたの?」
「監督が今日は岳人を正レギュラーと練習させるから言うて、いちよに伝えとこう思ってな」
「・・うん・・・わかった。」
「・・・・・向日が?」
その日。
俺と同じ準レギュラーだった向日は忍足とのダブルスで正レギュラーになった。
息切れ。
悔しい。
悔しい。
そればかりだ。
梅雨が終わりかけてる
雨の降らない空は曇ってばかりだ。
いっそ降りだしてこの汗を流してくれたら心地いいのに。
才能にも素質にも勝てない努力と無駄な汗を。
「(だけど)」
だけどラケットを握らずにはいられないんだ。
強くなりたいから。
‘テニス好き?’
「・・・好きだ・・・」
だから、強くなりたい。
コートに長いこと立っていたい。
跡部や忍足の技術、素質。
ジローの手首の柔らかさ。
向日の脚力と柔軟性。
せめてどれか一つでも俺のものだったなら。
「・・・?」
いつも通りのコートで
気付けば再び置かれていた缶ジュース。
そこにはマジックで
‘水分補給’
と大きく書かれていた。
「・・・声くらいかけてけよ」
‘宍戸は努力家だね’
「・・・ほかにできることがねえんだよ」
才能や素質に勝てるものなんて持っていないから。
翌日の放課後の部活。
相変わらず降りそうで降らない曇り空。
「・・・おい、。」
「何?宍戸」
「昨日声くらいかけてけよ」
「練習の邪魔かなと思って。ちゃんと水分補給した?」
「あっああ。サンキューな」
「どういたしまして」
「ー!審判やってー!!」
「あっ。じゃあね、宍戸」
俺のいるコートから離れた場所でジローがを呼んだ。
遠い、遠い景色。
強い奴だけが立つことを許されたコート。
どれだけ走れば追いつける?
目に映ったのは跡部と忍足とジロー、向日と一緒に話しているだった。
どれだけ、走れば。
「準レギュラー宍戸!正レギュラー並田!Bコートに集合、試合をしてもらう」
不意に呼ばれた名前。
榊監督自らの声。
(正レギュラーと・・・・)
長いことレギュラーとして居座ってる三年が相手だった。
Bコートに続々と人が集まってくる。
跡部達2年の正レギュラーの姿もあった。
も。
「宍戸ー!がんばれー!」
「芥川。俺が3年だってわかってんのか?」
「・・・よろしくお願いします。」
「ああ。よろしく、宍戸。」
向かい合うコートに立つ相手の余裕の笑みに腹が立つ。
けれど相手は確かな実力を持った正レギュラーだ。
緩急をつけたボールに俺はコート中を走りまわされ
コーナーに決められたボールをとることもできない。
「ゲーム並田!4−0!!」
ベンチに座り汗をふく。
目の端にうつるたいした汗もかいていない相手。
・・・・悔しい。
悔しい、悔しい。
頭からタオルをかぶってうつむく。
どれだけ走れば追いつける?
どれだけ息切れを繰り返しても
才能や素質に勝てるものなんて俺は持っていない。
「っ・・・ちくしょう・・・・負けるのかよ」
跡部や忍足の技術、素質。
ジローの手首の柔らかさ。
向日の脚力と柔軟性。
せめてどれか一つでも俺のものだったなら。
〈ペシッ〉
「(?!)」
なんとも間抜けな音で
タオルの上から頭を叩かれた。
「ちょっ。・・・いきなり叩くことないんちゃう?」
「今ののはねえよな、ジロー。」
「はっ。バカは叩かなきゃ直んねえんだよ」
「跡部ー。それますます頭悪くなるC」
タオルを頭から外すと俺の座るベンチの周りに
跡部、忍足、向日、ジロー。
それから俺の隣に座る。
俺はを見た。
「・・・試合中の選手叩くマネージャーがいるかよ」
「試合諦める選手がいてもいいの?」
「・・・・・・・・・・」
「勝てるよ、宍戸!」
「・・・・。先輩に聞こえてるで。」
と目が合う。
ときどき無性に側にいて欲しい。
そうやって心が折れそうなとき励まして欲しい。
でも、
「どうしてお前はそんな風に俺に言えるんだよ」
確証なんてねえだろ?
確信なんてねえだろ?
俺でさえ自分を信じるなんて出来はしないのに。
なんで、は。
「毎日がんばってたくせに。」
が笑って俺に言った。
努力家のくせにと俺に言った。
悔しい。
悔しい、悔しい。
どれだけ走れば追いつける?
肩で呼吸して
コートに立ってラケットを握る。
「ダメだよ、諦めないで」
才能や素質に勝てるものなんて持っていなかった。
練習しか、努力なんて呼ばれてるものしか
俺にできることはなかった。
「宍戸はテニスが好きでしょう?」
曇り空から光が差し込んだ。
空が晴れ始めた。
「無駄な努力なんてあるわけがないよ、宍戸」
結局、見透かされてる。
俺が思ってることとか。
「勝てるよ宍戸!!」
言ってほしいこととか。
ベンチから立ち上がって、
俺は再びコートに戻った。
と跡部と忍足とジローと向日の視線に背中を押されて。
「宍戸。このまま俺がストレートで勝つよ」
「・・・・・・・・・・」
そんなことさせるかと。
そう思った。
どれだけ走れば追いつける?
遠い、遠い景色。
強い奴だけが立つことを許されたコート。
近づきたい。
もっと強くなりたい。
「・・・結局」
「負けてるやんなぁ」
「見事な負けだったじゃねえの、宍戸」
「ああ6−1だもんな」
「うるせえよ!お前ら!!」
あの後俺は1ポイントも先輩に与えず1ゲームをとった。
でもそのあと意識がぷつっときれて
気がつけば試合は終わっていた。
・ ・・負けたんだ。
「宍戸、宍戸」
「・・・なんだよ。」
「あきらめなかったね!」
意識が途切れても覚えてる。
最後の1球までくらいついて最後の最後まで走って追いかけていたこと。
「・・・お前が勝てるって言うからだろ」
言ってくれたから。
「負けたくせに」
「・・・・ジロー、それ以上言うな。」
「まっ宍戸が正レギュラーになるのはまだまだ先だな」
「はっ!てめえだってダブルスじゃなきゃレギュラーになれなかったくせに、向日」
「んだと?!跡部、こら!!」
「まあまあ」
‘毎日がんばってたくせに。’
「・・・・・・・・・なあ、。」
「ん?」
「お前あのときコンビニ帰りに通ったって言ってたけど、コンビニなんてあのコートの近くにあったか?」
「・・・・・・・」
「・・・?」
「・・・・・宍戸は水分補給が少ないと思うんだよねー」
笑うしか、なかった。
一本の缶ジュースに。
部活が終わって学校近くにあるの家までの距離をこのメンツで歩いた。
「・・・・・ありがとな、」
「ん?」
「なんでもねえよ」
時々無性に側にいて欲しい。
心が折れそうなときは励まして欲しい。
無駄な努力なんてありはしないと言ってくれて、
本当に、うれしかったんだ。
お前が死んで
泣いて、
また立ち上がって。
何があっても忘れられない
がくれた言葉だったんだ。
「っ・・・さん!宍戸さん!!」
「・・・ん・・・・」
「起きてください。風邪引きますよ。」
「あれ?長太郎」
「一体なんの夢見てたんですか?笑いながら寝てるなんて」
「笑いながら?!マジかよ!キモいな俺」
「で?何の夢だったんです?」
「あ?・・・・・なんだったっけ?」
長太郎がコートにやってきた時間
空は雲が覆っていたが光が差し込み始めていた。
「・・・・・わりぃな長太郎。練習しようぜ!」
「はい!!」
(なんの夢だったんだ?)
でも確か
とても優しい夢だった気がする。
側にいて欲しいとき
お前が側にいてくれたような
「(必ず、戻る。)」
強い奴だけが立つことを許されたコート。
見てるだろ?
相変わらずボールを追いかけてる俺。
。
側にいて欲しいときこそ
側にいてくれたお前だから。
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