「仁王はあたしに好きって言ってくれないね。」
一瞬、が泣いてるかと思った。
実際、泣いてはいなかったが、
泣きそうな顔して悲しそうに笑うが
頭から離れない。
『いそっぷ物語』
「あるところに羊飼いの少年がいました。少年は狼が来たと嘘ばかりついていたので、
本当に狼が来て困ったとき誰にも信じてもらえなかったとさ。めでたし。めでたし。」
「感動じゃな。俺泣けてきたとよ。」
「・・・・・・俺はお前の感想に泣けてきたぜぃ。不憫な奴」
「丸井に哀れまれることなんて何もなか。」
「・・・不憫な奴」
自分の机に肘をついて顔を支えて座る俺。
俺に向かい合って座り、
手で涙を拭うマネをし、俺を哀れむ丸井。
窓の外は快晴。
周囲は日常通りに。
クラスメイトの雑談で騒がしい休み時間の教室。
「・・・・・・・」
「おい、仁王」
「・・・・・・・」
「睨むなよ。聞けなくなるだろぃ」
「聞かなきゃよか。」
「・・・・。さっき俺の教室の前の廊下で見た。」
「・・・・・・・・」
「おい、仁王」
悲しそうに、笑ってた。
快晴の窓の外。
頬杖ついて眺める雲の流れ。
頭から離れないのは・・・。
「・・・丸井。」
「あ?」
「なんでイソップ物語?」
「いやー。お前にぴったりだと思って!」
時間は、
俺が丸井の頭をグーで殴ったのと同時に、巻き戻ってみる。
「仁王ー!見て見て!」
「・・・おー。かわいか。」
「マジ?超うれしいんだけど!」
「仁王、あたしにも言ってよー!」
「・・・かわいい、かわいい。」
俺の周りでクラスの女子たちが黄色い声で騒ぐ。
髪をアップにした姿を俺にわざわざ見せに来る。
なんでかなんて知るか。
興味なんかない。
俺はろくにそいつらを見ることなく棒読みにも似た嘘をつく。
「・・・。屋上行こ」
「・・・・・うん」
はいつも俺の側にいた。
休み時間になれば俺からもからも2人して距離を縮める毎日。
ざわつく女子がうるさくて
そいつらが輪になって俺たちから気がそれている間に
俺はの手をひいて屋上に向かう。
「・・・・・仁王。」
「ん?」
「・・・・・・・仁王は」
「何?。」
屋上は快晴の下。
の声にを見る俺。
いつも側にいた。
いつも側にいたけど
必ず誰かがやってきて周囲で騒ぐ。
俺はそれがわずらわしくて、さっさとそいつらと離れたくて、かわいいだのなんだのと口にしてきた。
思ってもいないこと。
「仁王はあたしにかわいいなんて言ってくれたことないね」
「・・・・・」
「・・・・・・好きも言ってくれたことないね」
「・・・・・・」
の後ろに遠く流れる雲。
繋いでいた手はいつ離してしまったのか。
「仁王はあたしに好きって言ってくれないね。」
側に、いた。
ずっと側にいたのに
そんな表情を始めて見た。
初めてさせた。
「・・・・・・」
「・・・・なんで何も言ってくれないの?」
「・・・・・・」
「・・・・・もう、いいよ仁王」
違う。
俺が今まで気付かなかっただけだ。
きっと、ずっと。
ずっと・・・・・・・・・・。
一瞬、が泣いてるかと思った。
実際、泣いてはいなかったが、
泣きそうな顔して悲しそうに笑うが
目に、焼きついた。
「ばいばい、仁王」
なんて、滑稽な物語。
イソップ物語なんかよりずっとずっと。
皮肉にも似て涙がでるほど感動できる。
今も頭から離れない、の
泣きそうな顔。
その日から俺たちは離れた。
は休み時間になると教室から離れ、
俺の目に映らないところへ消えてしまい。
「仁王・・・このままでいいのかよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
丸井は俺の側にいなくなったを不審に思い、
から事情を聞いたらしい。
それからお節介にも俺のところへやってくる。
「・・・待ってるんじゃねえのかよ。は、お前を」
・ ・・・・側にいるだけじゃダメなのか?
人間なんて、厄介な生き物。
言葉なんか持ったせいで
伝える術に言葉が使える。
「・・・・なんで何も言ってくれないの?」
違う。
違うとよ、。
言わないんじゃなくて、言えなかったんだ。
何も。
・ ・・・・側にいるだけじゃダメなのか?
頭から離れない、
の悲しそうな顔。
悲しそうな、
今も大切で、好きな、お前の。
「・・・・・・・・・・・・・丸井」
「あ?」
「、どこ?」
「(!)多分、今は屋上だぜぃ!!」
休み時間の終了を告げる音がする。
教室の席に座り始める生徒とは正反対に
教室から駆け出す俺。
視線がそこら中から刺さったが
そんなもの気にしている暇はなかった。
違う。
言わなかったんじゃない。
言えなかったんだ。
わかってる。
‘ばいばい’
それはの強がりで。
それはの弱さ。
「っ・・・・仁王っ・・・!」
屋上に来てすぐ、
見つけたその後ろ姿を背中から抱きしめた。
が俺に気付いて振り向くよりも早く。
を、力いっぱい。
「やだっ・・・やだ、離してっ・・・仁王・・・」
「離したら、どこに行くかわからん。」
「におっ・・・・」
「離さん・・・・・離したりせん。」
わかってる。
言葉とは裏腹に
いつも側にいたから。
「離したくなか」
わかってる。
これは俺の強がりで。
これは俺の弱さ。
「っ・・・ふっ・・・・ぅっ・・・・・」
わかってる。
これは、俺のエゴ。
お前の想いに、譲歩も考慮もない。
自己満足の物語。
だから、
こんなにも泣いてる。
抱きしめるの嗚咽が俺の体に入ってくる。
違う。
違う。
言わなかったんじゃない。
言えなかったんだ。
わかってる。
これは、俺の強がり。
これは、俺の弱さ。
でも、この自己満足の物語をまだ
「。・・・、聞いて。」
「・・・・・・っ・・・・・」
書き終えたくも、読み終えたくもない。
俺は、背中から抱きしめるの肩に顔をうずめる。
「俺は、ペテン師じゃ。」
「・・・・・・・」
「嘘ならいくらでもこの口から吐き出せる。」
「・・・・・・・」
「嘘ばかりをついてる。誰がかわいいとか。そんなこと思ってもいないのに言う。」
あるところに羊飼いの少年がいました。
「に疑われることが怖かったんじゃ」
少年は狼が来たと嘘ばかりついていたので、
本当に狼が来て困ったとき誰にも信じてもらえなかったとさ。
めでたし。
・・・・めでたし?
「に、信じてもらえなかったらどうしたらいい?」
「・・・・・・・・・・・・」
なんて、滑稽な物語。
皮肉にも似た感動。
俺そっくりの羊飼いの少年。
信じて欲しいのに、嘘しかつけなかったから。
「・・・・・・・・・仁王」
空は、快晴。
「疑うのを諦めてしまうくらい、好きって言ってくれればいいじゃない。」
は俺に振り向き、
真正面から俺の首に腕を回し、
「あたしは、信じてるよ。」
「・・・・」
「本当だって信じる。今の仁王の言葉も全部」
側にいるだけでいいと思った。
俺の言葉、たとえに疑われても
側にいればいつか信じてもらえるようになるだろうと。
だから、まだ言わなかった。
言えなかった。
「好きじゃ、」
嘘じゃないとわかって、
これは滑稽な物語。
「かわいい。・・・誰より」
自己満足な俺の物語。
まさかお前が最初から俺を信じていてくれるなんて思わなくて。
に悲しい顔をさせて物語。
「。好いとう」
「うん。仁王。あたしも、大好き」
あるところに羊飼いの少年がいました。
「・・・・・・・また、側にいよ」
「うん!」
少年は狼が来たと嘘ばかりついていたので、
本当に狼が来て困ったとき誰にも信じてもらえなかったとさ。
けれど、
それから1人の少女がやって来て言うのです。
「ごめんなさい。間に合わなくてごめんなさい。」
羊飼いの少年は、
嘘ばかりの自分を信じていてくれた少女がいたことに初めて気付き、
少年はうれしくて。それがとても、うれしくて。
「何の話?仁王」
「イソップ物語の狼と羊飼いの続き。丸井に教えてやろうと思って。俺の空想じゃが」
「(くすくす)意外に文才あるんだね。・・・・かわいい話。」
笑うの隣でノートの切れ端に小さな物語を綴る。
あまりに滑稽な俺に似た少年の、物語。
羊飼いの少年は―・・・・・
嘘ばかりの自分を信じていてくれた少女がいたことに初めて気付き、
少年はうれしくて。それがとても、うれしくて。
少女に恋をしました。
2人は側にいました。
ずーっとずーっと
側に、いました。
End.