太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
『陽炎』
「今朝、2人組にからまれてたね」
「・・・見てたんなら助けろよ千石」
「・・・・1人で返り討ちにしちゃったくせに」
「はっ!だせぇな」
「誰のせいだと思ってんの?亜久津」
ふいに吹いた風に煙草の香りが鼻をついた。
快晴の空が広がる屋上で
亜久津が一人煙草を吹かす。
屋上を囲む手すりに手をかけそれを見るあたし。
亜久津と同じ目線でしゃがみ込む千石。
「・・・・・・・・亜久津のせいではからまれたの?」
「亜久津と一緒に歩いてたら目つけられた」
「俺が行くところにてめぇがいるからいけないんだろ」
「違うね。あたしが行くところに亜久津がいるからいけない」
「俺が行くところに来るな。」
「あたしに指図しないで」
そう言いながらかきあげた髪
爪に耳元のピアスがあたって小さな音がした。
静かにスタートをきったあたしと亜久津のにらみ合い。
今朝。
確かに他校の男2人組にからまれた。
以前街中で偶然会った亜久津といるところを見たとかで
勝手に因縁をつけられたのは
あの2人組になにかしら亜久津に恨みが合ったからだろう。
肩に触られそうになったから打ちのめしたけど。
「・・・俺思うんだけどと亜久津って似てるよね」
「「・・・は?」」
「うわっ怖っ!2人で俺睨んじゃダメだって!!」
屋上にはあたし、亜久津、千石の3人。
千石はさっきからあたしと亜久津を交互に見つめ。
あたしと亜久津が似てると言い出した。
だから、行く場所が一緒だったり
同じようなセリフを吐くんだと。
「・・・似てないわよ」
「そう?雰囲気とか。いろいろ似てると・・・だから!2人して睨まないで!!」
亜久津は無言だった。
ただ千石を見て煙草を吸い続けて。
あたしはそんな亜久津を見ていた。
<キーンコーン・・・・>
「あっじゃあ俺授業行くよ。2人は・・・」
「「・・・・・・・・・」」
「あーわかってるよ!行かないんだよね!睨まないでって!!」
空に上る太陽が
いきなり立ち上がった千石の白い制服を照らす。
またね、と笑顔を振りまいた千石が
最後に手を振って屋上から姿を消した。
手を振り返さないのはあたし。もちろん亜久津もだ。
「・・・最近なつかれすぎじゃない?」
「あ?」
「千石とか、あのかわいい一年くんとか(・・・・・・本当は)」
あたしは制服のポケットを探り、
煙草のケースを取り出し、そこから一本煙草を手にした。
「(本当は、)」
似てると、思う。
あたしと亜久津。
「・・・亜久津、火。」
「俺に指図するな」
「・・・・・・・・・・・・・」
溜息一つ。
あたしは自分の手にあった煙草を口にくわえると
亜久津の目線までしゃがんだ。
亜久津のくわえている煙草に、
あたしのくわえている煙草の先端を近づけ、触れさせる。
亜久津は何の反応も見せない。
ただあたしの目を軽く睨んだまま。
亜久津の煙草からあたしの煙草に火が移った。
「・・・亜久津のせいで千石がここにいついたみたいだけど?」
「知るか」
「・・ふーん」
あたしと亜久津は似ていると
ずっと前から思ってた。
だからこそ、お互い毛嫌いしても邪険には扱わない。
あたしのいつもの居場所はここだった。
二つの煙があがっていく屋上。
吸ってる煙草の銘柄だとか、誰かとつるむのを好まないところとか。
「(似てると思ってたけどな)」
山吹の制服は白い。
真っ白で、あたしには似合わないことがわかっていた。
白なんて似合わない。
けれど他に着てくる服もないから
学校に来るときはいつもこれを着る羽目になるけど。
いつも、
自分と同じ制服を着ている人を目にすると
時折まぶしくて、目を細めているあたしがいる。
「・・・大体今まで誰かが屋上に来ることなんかなかったってば」
「お前はここで千石とバカみたいにさわいでるんだから問題ねぇだろ」
「はっ!誰かになつかれるってやっぱり亜久津は本当は優しい人なんですねー」
「・・・・・てめぇ」
「何よ」
2人して煙草を吹かす。
こんな不良2人が居ついている屋上に誰かが現れるはずなんてあるわけなかったのに。
「(・・・似てると思ってたのに。)」
あたしと亜久津がにらみ合う。
亜久津は最近、
おもしろいことを見つけたらしい。
寝静まっていた意識は
遠くから聞こえる騒ぎ声に連れ戻され。
「(・・・・・・・・・何時・・・)」
どれくらい寝ていたのだろうか。
校舎内も校舎外も
聞こえてくる声に今は放課後なのだとわかる。
ぐるっと見渡した屋上。
意識が途絶えるまでにあったはずの亜久津の姿がそこになかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
座っていた体を立たせ、
手すりに寄りかかり、下を覗き込む。
すぐそこに見えたのは、テニスコート。
色素の薄い髪がゆれ。
太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
そんな陽炎のように眩暈さえ覚えるゆがみ。
掴み所などなく、
壊れかけの、あいつ。
「・・・・・・楽しそうだな、おい。」
陽炎のような奴だと思っていた。
亜久津はあたしに似てると。
「(・・・・あ。・・・・・・笑った。)」
テニスコートでは亜久津がテニス部のユニフォームを着て
ラケットを振っていた。
見たことのない笑みを見た。
一年の男の子に駆け寄られてタオルを渡されていた。
・・・・まぶしい。
目を細める。
「(・・・煙草、吸いたい)」
・・・・そうか、火がないんだった。
手にした煙草はくわえることなく屋上の床に落ちた。
いつもの屋上の姿がそこにはない。
煙草の香りで満ちた、煙のあがる、不良2人の居つく場所。
髪をかきあげると
つめに耳元のピアスがあたって小さく音がした。
「・・・・・・・・・・・・・・」
亜久津が、楽しそうに見えた。
太陽に照らされて、
亜久津がまぶしく思えた。
亜久津は最近、
おもしろいことを見つけたらしい。
太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
一瞬にして露散、蒸発の幻。
「学校やめる?!本気なの?!!」
「・・・・・考えてる」
「ちょっ、俺嫌だよ!亜久津もなんか言ってよ!」
「・・・・・・・・・・なにをだよ」
「なんかをだよ!!」
千石が必死に亜久津に詰め寄っていた。
別に、そんな真剣になることないのに。
あたしのことなんだし。
相変わらずの屋上。
休み時間に千石がやってきていた。
「なんで?!俺つまんない?!」
「・・・・・何の話だよ。もともとこんなところつまんなかったし・・・・それに」
「それに?」
「・・・制服、似合わない」
あたしが驚いたのは
千石と共に亜久津も目を見開いて驚いていたことだった。
千石が唇をかみ締め、
ものすごい勢いであたしの肩を掴んできた。
「!」
「・・・・何」
「、制服めっちゃ似合ってるから!!普通にかわいいし!似あってないなんて亜久津に対する嫌味だよ!!」
「・・・・・・・・・おい千石、てめぇ」
「・・・・・・亜久津は似合ってるよ」
白い、太陽が照らす制服。
あたしは似合うはずもないけど、
亜久津にはここに居場所があるから。
「・・・・似合ってるよ」
「・・・・、風邪?」
あたしの額に千石がすばやく手をあてる。
さすがに腹が立ったので千石を睨む。
千石が冷や汗を流しているのが見えて、
あたしは視線を亜久津にうつすと、
亜久津は興味なさそうにただ空にむかって煙草をふかしていた。
・ ・・・・似てると
・ ・・・・似てると、思ってたんだよ、亜久津。
あたしと
壊れかけの、あんたは。
「あー・・・・・これで今日帰る。」
「ちょっと!やめるなんて言わないでよ!俺に学校で会えるのうれしいのに!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
屋上を青戸にしようとするあたしを引き止める千石。
本当に心配そうな顔で。
その奥にいる亜久津は、
今も空に向かって煙を吐いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
似てるけど、似てない。
屋上のドアをくぐると、遠くで千石があたしの名前を呼んだ気がした。
たいして中身のないカバンを持って校舎をでる。
亜久津は最近おもしろいことを見つけたらしい。
亜久津は最近人になつかれる。
似てるけど、似てない。
あたしと亜久津は、似ても似つかない。
あいつには居場所がある。
あたしにはいる場所はあるけど、いるべき場所はない。
あいつにはテニスがある。
あたしには何もない。
あたしにとって亜久津はまぶしくて目を細めてしまったから。
だからあいつには白の制服も似合う。
あたしには白の制服は似合わない。
太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
そんな陽炎のように眩暈さえ覚えるゆがみ。
掴み所などなく、
壊れかけの、あいつ。
壊れた、あたし。
「見ーつけたっ!」
「あれ?学校に迎えに行こうと思ったのにラッキーじゃん。」
「え?何この子が亜久津の彼女なの?かわいいじゃん!」
「そうそう。それでこの間朝に俺たち殴った子ね。」
「マジかよ。お前らだせえなー」
学校から離れてどれくらい歩いたのか。
街中で
あたしは足を止めた。
止めさせられた。
「俺たちと遊ぼうよ」
髪をかきあげると
爪に耳元のピアスがあたって小さく音がした。
連れて行かれたのは
ビルとビルの間の奥。
しばらく歩く裏道を抜ければ、少し広がった空間。
「えーマジかわいいんだけど。」
「気絶でもさせればいいんじゃね?」
「俺は嫌がってくれたほうが燃える。」
「うわっバカがいる!」
「・・・・・・・・・・・」
「なんか言ったら?あっ怖くて声でないとか?」
相手は、5人。
正直、行くところどこでも会う亜久津のせいで相当ケンカ慣れはしてる。
強いほうだとも思う。
2人くらいなら1人だってなんてことはないだろう。
でも、
(5人・・・か。)
あたしを中心に5人組みの男は耳につく笑い声をだす。
それに気が立ってしょうがなかった。
隙をついて逃げてしまえば、
そうは思っても狭い路地。
すぐに追いつかれてつかまって終わりだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
「よしっ!じゃあ遊ぼうよ」
「っ・・・・・・・」
掴まれた肩に後ろからあたしに近づいた男を蹴るがよけられる。
その瞬間に2人がかりで両腕を押さえられると
1人があたしの正面にやってきた。
この間、朝からんできたうちの一人だった。
「この間はどうもー。正直強くて驚いた。さすが亜久津の彼女。」
「あたしは亜久津の彼女じゃなっ・・・・・・」
「・・・・うるせぇよ」
「っ・・・・・・・・・・・・・・」
一発、あたしの腹に衝撃。
鈍い音。
痛みに耐えられずあたしはその場に崩れる。
足に力が入らなかった。
・ ・・やばいな。
目の前がくらむ。
周囲の笑い声がやけにむかつく。
・ ・・・・このまま、あたし・・・・・。
亜久津。
亜久津のせいだ。
あの時からまれたのだって全部。
「・・・た・・・こ」
「ん?なんか言った?」
「煙草、吸いたい」
苛立ちはピークに達し。
あたしは無意識に煙草を欲した。
それを意識的に自覚した。
「は?ははっ・・・何言ってんの?吸えるわけねじゃん」
「・・・・・火、持ってねえもんなぁ?」
「「「「「!!」」」」」
ぼんやりとする意識の中で、
あたしは二つ声を聞いた。
やけに腹の立つ笑い声の主の声と。
陽炎の。
壊れかけの。
「あ・・・くつ・・・・・?」
それからかすむ目の前の景色は急速だった。
何人かを蹴り上げ、
殴り飛ばした亜久津は
いつの間にかあたしの近くに来て、
あたしの腕を引っ張ってあたしを立ち上がらせる。
「しっかりしろよ。てめぇが2人くらい相手しろ」
「・・・・・・ちょっと・・・待ってよ。・・・・無理だって亜久津・・・・・」
足元のおぼつかないあたし。
「亜久津。てめぇ・・・5人相手に勝てるとでも思ってんのかよ」
「はっ!ケンカは人数じゃねえ。強いか弱いかだ。」
頼むから変な挑発は止めて欲しい。
・ ・・もとはといえば誰のせいであたしがこんな状態になってると思ってんの。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
・ ・・そうだよ、誰のせいだと思ってんの。
向かってくる足音。
あたしと亜久津に向かって。
おぼつかない足取り。
朦朧とする意識。
でも、
あたしの中では、すでに何かが切れていた。
「てめぇのせいだろうが!亜久津!!」
誰が叫んだって?
そんなのあたしに決まってる。
はっきりとした意識の中で
亜久津を睨むと、亜久津はあたしに笑った。
あたしは自分に一番近い2人に焦点を絞ると、
あとの3人を亜久津に任せた。
「・・・・・・亜久津!あんたっ・・・・」
まずは1人を横なぎに蹴り上げる。
もう1人が顔面に拳を当てようとしてきたからその拳を左手で流して右手で相手の頬を殴った。
「かっこよすぎんだよ!!だからっ・・・・・」
あたしの背中のほうでケンカしていた亜久津がどんな状況かなんてわかんなかった。
でも亜久津が負けるわけがない。
あたしの背中のほうでケンカしていた亜久津があたしの声を聞いていたかなんて知らない。
でも亜久津は聞いてる気がした。
「千石とかっ・・・・・あの一年生のマネの子とかっ・・・・・・・・・・あたしとか!!」
あたしの相手の1人がその場に倒れこむ。
足をつかまれ、
そのうちにもう1人があたしに殴りかかる。
全て交わして殴りかかって来る相手を殴る。
「あんたになつくんだよ!!」
足を掴んでる奴の手を踏みつけると、
2人がひるんであたしに攻撃してこなくなった。
亜久津の方からも妙な悲鳴が聞こえ、
5人組みは狭い路地を通って逃げていった。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
息切れをするあたしは
その場にしゃがみ込む。
亜久津は煙草を取り出して、火をつけようとしていた。
あたしは亜久津を見上げる。
亜久津と目が合う。
「・・・っ・・んで・・・ここにいるの?」
「・・・・・・俺が行くところにお前がいるだけの話だろ」
「・・意味、わかんない・・・・」
亜久津が煙草を吹かす。
あたしはその煙を目にうつした。
亜久津になついていたのは、
千石やあの一年のマネだけじゃないことを知った。
あたしも。
あたしも、亜久津になついてたんだ。
・ ・・・・・だから。
だから、
瞬間、
あたしの目の前が真っ暗になる。
見ていた煙を隠されたかのように。
「・・・・・・亜久津?」
「・・・なんか言えよ」
「・・・・・何をよ」
「言いたいことがねえなら、その面やめろ。うぜえ」
「・・・・・・・・は?」
「・・・・・・俺は笑わねえ」
「・・・・・・・・・・・・・」
それは亜久津の手だった。
あたしの両目を片手で覆う、亜久津の手だった。
‘・・・・・俺は笑わねえ’
―何か、あるなら言ってみろ。俺は笑わねえから。―
・ ・・・・・・・・・・亜久津、
そういう風にとってもいい?
「寂しい。・・・・・・寂しいよ、亜久津」
太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
そんな陽炎のように眩暈さえ覚えるゆがみ。
掴み所などなく、
壊れかけの、あいつ。
そう思ってた。
似てるって。
あたしと亜久津は似てるって。
でも、
似てると思ってた亜久津はおもしろいことを見つけて。
それは亜久津にあるものだった。
あたしには何もないのに。
似てると思ってた亜久津が遠くに行ってしまったみたいで。
あたしは、寂しかった。
「・・・・・バーカ」
「・・・亜久津はあたしに謝りなさいよ。誰のせいで襲われっ・・・・・」
瞼は、ふさがれ。
今度は、口が塞がれた。
煙草の、香り。
あたしと亜久津の吸う、同じ銘柄の。
「亜久津っ・・・・・・・」
「・・・・・やっぱり同じ味かよ、つまらねえ」
取り外された手。
亜久津は再び、煙草を口にくわえていて。
あたしは亜久津を睨むと、
亜久津はあたしに笑った。
さも、何か文句でも?と言っているかのように。
「・・・・・亜久津、今キスした?」
「さあな」
「・・・千石に言うから」
「それだけはやめろ」
太陽に焼かれたアスファルト
水が落ちれば一瞬にして露散、蒸発
陽炎が生まれる。
そんな陽炎のように眩暈さえ覚えるゆがみ。
掴み所などなく、
壊れかけの、あいつ。
あたしになつかれた亜久津。
さっきのキス。
寂しいと言ったあたしに
―俺がいるだろうが―
そう伝えたものだと。
そう思ってもいい?亜久津。
煙草を吹かす横顔に、そう問いかけた。
End.