夢の続きを、いまだに見ている。
「あーずるい鳳ー!!」
昼休みの食堂で誰かが騒ぎ出した。
誰かと思えば見慣れた金髪。
『革命前夜3』
「ずるいー!の隣ー!!」
「「・・・・」」
「あの・・・ジローちゃん?」
頼んだランチをトレーにのせ、それを手にしたまま
俺はその光景を見ていた。
食堂の一番奥に位置する6人がけのテーブルについていたのは、宍戸、鳳、。
「大騒ぎやんなぁジローの奴」
「まわり迷惑そうだぜ?跡部」
「あん?なんで俺にふる・・・」
「「とめろよ(や)部長!」」
俺に近付いてきた忍足と向日。
2人の手には頼み終えたランチののったトレー。
ジローの騒いでいる理由は、
ジローの騒ぐ声と状況を見れば一目瞭然だった。
「あの、芥川先輩・・・」
「鳳はの隣じゃなきゃダメなの?」
「・・・えっと、ですね・・・」
「俺はの隣じゃなきゃダメなんだ!!」
「・・ジロー。そういうのはわがままって言うんだよ」
「宍戸の言うとおりだな」
「(!)跡部!」
6人がけの席。3つの席ずつ向かい合うようにイスが配置されている。
その一番奥に座る。の隣に鳳。
の真正面に宍戸が腰をかけている。
テーブルにはそれぞれの前にそれぞれのランチが置かれていた。
ジローは席にも着かずにランチのトレーを持ったまま鳳に必死に訴える。
の隣を譲って欲しい。そう、単なるわがまま。
「ジロー。俺だっての隣がええ。」
「あ?侑士参戦しに来たのかよ」
「ちゃうわ、岳人。俺はジローをなだめようとなぁ・・・。宍戸、隣ええ?」
「あ?ああ。」
忍足が宍戸の隣の席につく。
と話をするには鳳、宍戸の次にいいポジションに。
相変わらずちゃっかりしていると思わされる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
忍足と目があうと笑顔で「何?」と小首をかしげ、
とくにそんな忍足と言葉を交わす気にはならず、さっさと目線をそらした。
ジローはというとほんの少しむくれていて
わがままと言われたのが利いたらしい。
「あの、ジローちゃん・・・場所はどこでもいいじゃない。長太郎と宍戸とは朝から一緒に食べようって約束してたし・・・」
「え?!それなら誘ってよ!宍戸!」
「・・んだよ。誘わなくても結局いつもこのメンツで食うことになるだろうが。」
「ぶー」
宍戸の声にさらにむくれるジロー。
俺ははっとさせられる。
・・・・・・・そうだ。いつもこの顔ぶれだった。
「んじゃ俺侑士の隣―!」
「・・鳳。隣いいか?」
「あっはい!跡部先輩!!」
「あっ!ダメー!!跡部はに近づいちゃだめ!!」
「・・・・・・ジロー、こぼれる」
夢の、中。
これは過去の夢の中。
いつもこの顔ぶれ。
気付けばいつも一緒に昼食をとっていた。
の隣でいつももめて。
その度には苦笑して。
「ジロー。なんで跡部はに近づいたらあかんの?」
ジローが片手でトレーを持ち、あいているほうの手で鳳の隣の席に着こうとする俺の腕を掴んで
それを制止させていた。
「跡部にセクハラするC−!!」
「・・・・・・え?」
「「「「「「セクハラ?!」」」」」」
「・・・・・・それはお前だろう?ジロー」
どうやら昨日俺がを抱きしめたことを言っているらしい。
そんなこと言ったらジロー。
お前は毎日に抱きついてるじゃねえか。
「あー!俺の席ないー!!」
俺がジローの手を振り払い、鳳の隣に座った。
6人がけの席は見事に埋まり。
の隣をせがんでいたジローは座る場所を失う。
ジローが涙目になって小さくうつむく。
「・・・ジローちゃん。」
いつも、そうだった。
そうだった。
ジローが落ち込むとが声をかける。
「あたしはジローちゃんと一緒にご飯が食べられればどこの席でもうれしいよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
この場の全員が苦笑する。
の一言にジローがへへっと笑うと
近くのテーブルからイスを一つずるずると引きずってきて
俺たちのいるテーブルの端にジローは席を確保する。
「さぁ!食べよー!」
「現金な奴やなぁ」
誰からも笑みがこぼれる。
毎日がそうだった。
が側にいて、だからこそ笑みがこぼれる。
そんな状況が生まれ、それが何よりも大切で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
夢の続きを、
いまだに見ている。
「そう言えば跡部。もうボール当たったところ、大丈夫なのかよ」
「・・・・ああ。」
「昨日あれだけ変だったしなあ。マジ病院行ったほうがいいんじゃねえの?」
「あん?宍戸。俺がそんなやわに見えるかよ」
「変には見える。」
時折、食堂に女子たちの悲鳴だか、歓声だかが響くが
それが向けられているのが俺たちだという自覚もねえわけじゃねえが
そんなものは気にせずに食事と会話はすすんでいく。
「・・景吾、景吾」
「あん?」
「本当にもう大丈夫?」
が鳳の向こうから俺のほうにひょいと顔を覗かせる。
「ああ。大丈夫だっつってんだろ?」
「・・・よかった。」
の笑顔に、動きがとまる。
俺だけじゃない。
このテーブルについている誰もが。
「よかったね、長太郎。景吾も。よかった、無事で。」
宍戸のだした話題に
鳳が苦しそうな表情をしていたことに、の声に気付かされる。
俺の頭にサーブを当ててしまった責任。
そんなものを無駄に感じていたのだろう。
の笑顔と、声に鳳の肩から緊張が抜けたのがみてとれた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・夢、なのか。)
夢なのか。
「あっ!!そのパスタくれよ!!」
「いいけど・・・。岳人まだ食べるの?」
「、俺ももらってもええ?」
「みんなよくそんなに食べれるね」
本当に夢なのか。
(・・・・醒めない)
の笑顔も声も。
こいつらのこの騒がしさも
「が食べる量少ないだけだろ?」
「・・・宍戸。あたしは普通。みんなが異常なの。いつも二食分食べてるよね。」
「でもー。食べなきゃ部活中におなかすくよ?」
「・・・・育ち盛りってすごいね」
この、笑顔が。
この、声が。
・ ・・・・夢?
<ガタッ>
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「景吾?もう食べないの?」
「・・・・・生徒会の仕事があるんだよ。生徒会室に行く。」
俺はトレーにのせられたランチもそこそこに席を立った。
トレーを片付け終えると
誰の顔も見ずに、生徒会室に向かい始める。
「・・跡部先輩。やっぱり様子変ですね」
「ああ。」
「(・・・・・・・・・・・・・・景吾)」
夢でないなら、これはなんだというんだ。
歩く廊下を木漏れ日がさす。
生徒たちの雑談。
俺の動く影。
・ ・・夢にしては。
夢にしては、なにもかも。
生徒会室の中に入ると、近くにあったイスに腰掛けた。
「(・・夢・・・・・じゃない)」
お前が、が生きていて、抱きしめることが出来て、笑っていて。
あいつらは騒がしいまま笑っていて。
・ ・・・俺でさえも。
歩く廊下を木漏れ日がさす。
生徒たちの雑談。
俺の動く影。
夢にしては。
あまりに、鮮やかで。
なら、これはなんだ。
この過去はなんだ。
夢でないというなら。お前がいるこの世界が夢でないというのなら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が過ごしてきた未来こそが夢だったと、そういうのだろうか?
俺がが死ぬ夢を見ていたと。
長い、長い、苦しみの、悲しみの夢を。
この過去が‘今’なら。
これが、現実なら。
あの未来は、夢?
「・・・・・景吾」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あっえっと・・・仕事中?」
「・・・・・・・いや。」
が生徒会室の中に足を踏み入れた。
壁にかけられた時計を確認するとまだ昼休みが終わるまで時間がある。
いつもなら時間いっぱいをあいつらと話してすごしているはずのなのに。
「どうした?俺に何か用か。」
「・・・・・・・用っていうかね、気になって・・・・。」
「・・くくっ・・ジローがよく手放したな。まだ昼休み終わってねえのに。」
「部室に仕事が残ってるって言ったらみんな手伝うかって言ってくれたんだけど・・・・、1人で行くって言ったら・・・」
「部活に関してはの邪魔にはなれねえからな、あいつらもそう思ってるんだろ」
「そうなの?」
が俺の座るすぐそこまで来る。
苦笑しながら、俺の近くに置かれたイスに手をかけ、
そこに座った。
生徒会室に太陽の光が差し込み、
それがを照らす。
「・・・なんか考え事してる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「景吾。ぼーっとしてるんじゃなくてずっと何か考えてたよね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・1人で抱えないで?」
きっと。
きっとじゃなければこんなこと、言えない。
じゃなければ気付かない。
じゃなければ。
(夢じゃない)
不信は確信に。
夢だったのは、未来のほう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に」
「・・・・・景吾?」
「・・・夢を見ただけだ。」
「・・・・どんな?」
「・・・・・・・・・・・・・大事な・・・」
視線が合う。
時間が止まったかのように。
光が照らしてた。
確かに、俺の目の前にいるを。
「大事なものを失った夢。」
・ ・・・・・忘れればいい。
おかしな夢を見たのだと。
「大事なもの?」
「・・・・・・・・・・・・・・夢だったんだ。」
「・・・・景吾?」
手を伸ばして触れた。
光のさす中に手を浸して、の頬に触れた。
髪に触れた。
「あのっ・・・・・景吾?・・・・ファッ・・・ファンの子に見られたら怖いんですけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「けっ・・・・景吾、どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・いや。」
こんなに鮮やかな夢はないから。
「だと、思っただけだ。」
忘れればいい。
おかしな夢を見たのだと。
「・・変な景吾・・・」
「・・・・・・・・・くくっ」
が死ぬはずなんかない。
失うはずなんかない。
側にいたものが不意に奪われて失う。
そんな残酷な現実が突然やってくるはずがなかったんだ。
すべて、夢だったんだ。
「おい!ボール拾いとろいんだよ!!ボール足りねえ!!」
「・・・・・跡部燃えてるC」
「。跡部なんかあったんか?」
「・・・んー。・・・何があったんだろうね。」
いつもどおり、放課後の部活。
忘れろ。
長い、長い、悲しみと苦しみ。
すべて夢だったんだ。
がいなくなるなんてそんなわけがなかったんだ。
そんなわけがなかったんだ。
「だからー!岳人はケガしすぎなんだったら!!」
「でもあれだぞ、!飛ばない俺なんてただの俺じゃん!!」
「この際ただの岳人でいいと思う。」
「侑士ー!が俺に飛ぶなって言う!!!」
「ええやん飛ばなくて」
「お前なぁ!飛ばない俺なんてただの俺なんだって!いいのかよそれで!!」
と向日と忍足がベンチ周辺で騒いでいる姿が見えた。
「てめぇらいつまでやってんだ!」
俺の飛ばした声に
忍足が肩をすくめ、小さく溜め息をつく。
「なぁ、。プレイスタイルは急に変えられるもんちゃう。」
「・・・わかってるよ。でも岳人がケガでテニスできなくなるなんてことも有り得るんだよ?」
「・・・それでも俺は飛ぶし」
「そういうことや。」
向日が怪我するなんてしょっちゅうだった。
その度にが手当てをする。
「・・・わかった。その代わり忍足」
「何?」
「岳人がケガしたら忍足の責任!」
「俺かい!」
「パートナーでしょ?しっかりね!!」
コートを、風が行き交っていた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
今の、会話。
どこかで、まったく同じものを・・・・。
それが夢の中の会話だと気付くのにそう時間はかからず。
(・・・忘れろ)
夢は夢。
‘今’じゃない。
かけがえのない奴。
支えだった。
見ていてくれる。わかってくれる。知っていてくれる。
いつも、側にいるから。
「レギュラー、それから、!集合!!」
失うはずなんかなかったんだ。
「岳人、はよせな跡部に怒られるで?」
「わかってるって!なにしろ目指せ全国優勝だもんな!」
「先輩を全国1位のマネージャーにしてあげないといけませんよね。」
「あら、長太郎。あたしはもうマネージャーで全国1位よ。」
「自称だろ?」
「あっひどいな宍戸。」
「・・・・・・・・・本当にしてやるよ。」
「景吾?」
失えるわけがなかたんだ。
こんなに、大切なものなのに。
「事実上、本当に全国1位のマネにしてやるって言ってんだよ。」
いつも、いつも。
側にいてくれる。見ていてくれる。わかってくれる。知っていてくれる。
ただ、側にいることが支えになるなど
そんな存在があること。
お前に会わなければ知らなかった。
「・・・・楽しみにしてます。」
「あ。が照れてるなんて珍しいやんなぁ」
「ほっといて、忍足。」
照れて笑った、。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
今の、会話。
今の会話。
どこかで。お前を失う夢の中で。
「・・・・・・・・・・・・・景吾?」
あまりに酷似する。
あまりに酷似する会話。
夢で見た今日の日。同じ会話をしていたということ。
夢の中の未来で。
「景吾?どうしたの?」
「・・・、先にレギュラーにリターン練習させておけ。」
「あ・・・うん」
「今までのスコア、部室だよな」
「あたしとってこようか?」
「・・・・・・いや、いい。」
俺は部室へと足を向ける。
・ ・・なんなんだ。
手が、なぜかとても冷たく感じ。
(・・・・っ・・・・・・)
気のせいだ。
こんなもの。
忘れろ、忘れればいい。
部室の中、スコアのある戸棚に手を伸ばした。
<バサッ>
それは、スコアの冊子に横にならんでいた部誌が落ちた音。
スコアを部室にある机の上に置き、
床に落ちた部誌を拾い上げる。
俺の手に持たれたまま、自然に開かれたページ。
「(!!)・・・・・・・っ・・・」
開かれたページにはさまれていた一枚の、写真。
同じ。
同じだった。
初めて目にするはずの写真。
向日が持ってきたカメラで撮った記憶のある写真。
夢の中で見つけた写真とまったく同じだった。
「・・どういう、ことだ・・・」
手が、
手が、冷たい。
<ズキンっ>
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
また頭痛。
昨日感じたものより痛みは小さいが。
写真を挟んだまま部誌を勢いよく閉じ、机にのせる。
<ズキンっ>
「すみません・・・でも俺・・・・・・忘れたくないんです。」
(・・・やめろ)
「・・・・・・大丈夫だ。・・・・長太郎・・・・。」
「・・・跡部、お前。・・・何考えとるん?」
スクリーンに映されていくスライドのように
フィルムが次々と変わっていくように
夢が鮮明に思い出される。
「・・・・・っ・・・・悲しいんだ・・・」
「・・・・・ジロー」
「芥川先輩・・・」
<ズキンっ>
涙。
なみだ、なみだ。
嗚咽。
悲しみ、苦しみ。
せつなさ、怯え。
「うらやましかったんだよ、ジロー」
写真。夢。
「俺達、頑張りますから」
「の代わりにそいつらが死ねばよかったと思ったんだ」
「クローバーだ。・・・・・・・クローバーだよ、跡部!」
「・・・・・そいつがそのままなら今度こそレギュラーから外す。」
「でも俺は、コートの上に戻りたい。」
手が、冷たい。
染みこんでいく体温。
お前を失った温度。
握り締める。
精一杯握り締める。
拳を作り、あたためる。
違う、違う違う。
夢だ。
冷たくない。
冷たくなんかない。
あいつなら、側にいる。
「みんな、大好きです。」
拳を、開く。
ゆっくりと、その手の中に生まれた違和感に。
「な・・・・ぜだ・・・」
あの日。
探した。
必死で、戻れなくて、戻りたくて。
夢の形、コートに立つ強さ。
が探していた。
「なんでここにあるんだよ・・っ・・・・・・」
俺の手のひらで小さく存在する。
四葉の、クローバー。
あの日、川原で見つけたに会えたあの日の。
夢の中の産物。
なぜ、ここに。
これはを失わなければ俺たちが手にすることがなかったもの。
それに、すぐに俺の手から消えたはずなのに。
なぜここに。
なぜ、ここに・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
<ガチャッ>
「景吾ー?どうしたの?スコア・・」
「・・・・・・・・・」
「ん?」
「クローバー。・・・四葉、探してるって言ってたよな」
「うん」
「見つかったか?」
「ううん。・・・なかなかなくて」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「景吾?」
「・・・・すぐに行く。先に行ってろ」
「・・・・・・うん」
閉まる、部室のドア。
には見えてなかった。
俺の手のひらにのる四葉のクローバーが。
見えて、なかった。
「・・どういうことだ・・・・・・」
夢、じゃない。
が死んだ夢の中、起きたこと全てが事実なら。
それは夢じゃない。
あのすべての涙は夢じゃない。
この手に残る冷たさが、事実なら。
「・・・どういうことなんだ・・・・・・」
この過去も未来も夢じゃないというのなら。
全てが‘今’だというのなら。
今一度、四葉を握り締める。
夢ではない。
全てが現実。
過去も、今も、未来も。
「・・・・・なぜ・・・・」
もう一度手のひらを広げれば、
四葉のクローバーの姿はそこにはなく。
お前のいる過去が今なら。
お前を失った未来が事実なら。
俺は、
「なぜ・・・俺はここにいる?」
過去に来ているということだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、もう一つ。
この手に残る冷たさを目に映し、
ただ呆然と頭は考える。
また、
また失う。
俺がここにいるということは、
未来が現実だということは。
やってくる4日後。
俺はもう一度
あいつを。
を、失う。
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