この手がどんなに冷たくても。
抱きしめたお前は、温かかった。
温かかった。
『革命前夜8』
春の夜空には星が光っていた。
暗闇の中に静かに、そっと光っていた。
「運命は変わらない。」
抱きしめたままが俺に話し続ける。
声を、息を出すたびに空気が白く立ち上る。
震えるのはこの頬の冷たさにか、
それとも暗がりの恐怖にか。
迫り来るときにか。
「景吾はここにいてはいけない人。・・・・・いるべきじゃない人だから」
「」
「変わらない。・・・・・変わらないんだ何も」
「違う!変えるんだ!!」
「変わらないの・・・。あたしが死ぬことも、景吾が未来へ戻れることも」
運命って、なんだよ。
の両肩に手を置いて俺は抱きしめていた体をから離す。
覗き込んだの顔。
瞳にはさっきまで携えていた涙がうっすらと残り、だが。
それとは裏腹な強い瞳に俺が映っていた。
「・・・・変わらないことなんてねぇよ。過去も未来も。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺が助ける。俺がお前を必ず助ける。」
が首を、横に振る。
(・・・・・なんで)
なんで。
「・・・生きろよ」
が静かに、小さく首を横に振る。
「なんでだよ?生きろよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺のために生きろよ!!」
運命ってなんだ。
結果論?
そんなもので決まっているのが過去なのか、未来なのか。
人の死なのか。
なら、なぜ俺をここに連れてきた。
「・・・・・・戻って景吾。・・・・みんなが、待ってる。」
「なんでだよ!・・・なんでだよっ!!」
「景吾・・・・」
「あきらめるなよ!まだ生きてるじゃねえか!は俺の前にいるじゃねえか!!」
俺はお前に触れている。
俺の手は冷たいけれど、お前を凍えさせないでいられるなら
何度だって抱きしめる。
大切なんだよ。
過去に来て改めて知った。
どれほどが俺たちにとって大事な存在だったか。
「・・・・・眠って、景吾。」
「・・・・・っ・・・・・」
「もう、いいんだよ。苦しまなくて」
「・・・・っ・・・・・バカヤロウ・・・・」
刹那、ふらつく足。
体が意識を手放そうとしている。
俺は頭を振ってそれに耐える。
が一歩後退し、俺の手からが離れていく。
(・・・・待てよ)
待てよ。まだは。あいつは。
朦朧とする意識を何度も頭をふるって取り戻そうとする。
ダメだ。
まだ、ダメだ。
の姿がぼやける。
待てよ。まだ俺は行ってはならない。
生きてるんだ。
あいつが生きてるんだ。
「っ・・・・・ちくしょう!・・・・・ちくしょう!!」
ふらつく足。それでも進んだ。
ぼやける視界。それでもお前を見据えた。
「・・・景・・・吾・・・・・・」
意識を手放そうとする体をひきずってに近づいた。
朦朧とする頭を幾度となく振って。
手を、伸ばす。
俺の手は冷たいけれど、お前を凍えさせないでいられるなら
何度だって抱きしめる。
「いなくなるなっ・・・・。・・・・・ダメだ。いくな」
「景吾っ・・・・・」
「・・・・・・寒いな、今夜は。」
抱きしめたは温かかった。
掠めとるような口付けは温かかった。
それはだった。
その声も。その姿も。その笑顔も、優しさも。
生きてる。が生きてる。
苦しまなくていい?
「・・・・守りたいから苦しいんだよ」
「・・・っ・・・・・・」
「なくしたくないからあがくんだよ」
「・・・っ・・・景吾・・・・・・」
このぬくもりを守りたい。
何が悪い。この願いの何が悪い。
の瞳から再び涙がこぼれる。
俺の肩に染みていく。
いまだ俺の体は意識を手放そうとしていた。
それに頭をふるって耐える。
「・・・・ダメなんだ。・・・・ダメなんだ、景吾」
「・・・・・・・・・・・・何が?」
「・・っ・・・あたしは生きちゃだめなんだ」
「誰がそんなこと言った。誰が決めた。運命?そんなもの・・・っ・・・」
朦朧とする意識。
が泣く。
嗚咽をあげ、その小さな体をきしむほどに強く抱きしめる。
泣くな。変わらないことなんてない。
生きてはダメなんてそんなことあるはずがない。
今宵、革命前夜。
俺は世界を変えるためにここにいるんだ。
「・・・・・・ごめん・・・・ごめんね、景吾」
「・・・・・っ・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・」
何を謝る。
謝るくらいなら生きてくれればいい。
薄れようとする意識。
俺の手に力が入らない。
今はが俺の体を支えている状態で立っている。
(失うものか)
失うものか。
二度もお前を失うものか。
頼む。
俺をここに連れてきたことに意味があるなら
どうか。
を奪うな。
「・・・・・まだ・・・だ」
「もういいんだよ・・・・景吾」
「っ・・・・まだだ!まだ!!」
抱きしめるの体は、温かい。
自分を奮い起こし、この手に今こめることのできる弱弱しい力を。
動け、動けよ。
抱きしめるんだ。
が凍えないように。
は生きているから。
冷たさなんてあげたくない。
「っ・・・・しょう!・・・ちくしょう!!」
それでもこの体は、意識を手放そうとする。
を抱きしめる力を弱めようとする。
(なぜ俺は、ここにいるんだ)
このままただお前が死ぬのを待つのか?
運命なんてものに呑まれていくのか。
もう一度あの言いようのない喪失感を、哀しみを、絶望を味わうのか。
お前を失わなくてはならないのか。
抱きしめる体は細く小さい。
けれどまだ確かにここにいる。
だが、泣き続けるの涙が教える。
俺の肩にしみ、俺の胸にしみ。
奇跡なんて、起きやしない。
「・・っ・・・なぜだ?!ならなぜ俺をここに連れてきた?!こいつをを助けるためじゃねえのかよ!!」
をこの手に抱いたまま空に向かって吠える。
誰に向かってだろう、その叫び。
お前がずっと側にいて笑いかけてくれる、そんな未来はなかったのか。
失うとわかっていても守れるわけじゃないのか。
なんで俺はここに・・・・。
が、
消えてしまう。
「っ・・・・・・・!!!死ぬなよ、死ぬな!!」
きっと会える
(いつか)
側にいる
(わかってる)
わかってる。
ずっと思い続けていた。
がいなくなって、それでもまた会えて。
きっと会える
(いつか)
側にいる
(わかってる)
だが、
失わなくていいのなら、失いたくない。
未来を変えたい。
どんなに言い聞かせ、どんなに納得しても
が死んだ事実は変わらない。
悲しみが消え去る日なんてこない。
側にいるとわかっていても、
言い聞かせて、言い聞かせて、お前の名前を何度も呼んで
自分がそれをわかっていること何度も確かめなければ、
すぐにでもよみがえる。
お前の冷たい、手の温度。
触れていたいんだその優しさに。
何が悪い。
そう望んで何が悪い。
「・・・・・なんで・・・俺はここに・・・・・・・」
何もできないのなら。
何もしてやれないのなら。
なぜ、こんな残酷なことを。
「・・・・・神様が景吾をここにつれてきたんじゃないよ」
あの日。
蒸し返すコートの上で。
あの日。
「・・景吾が・・・・・景吾があたしに会いたいって思ってくれた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの時、強くそう思ってくれたから」
暑い日差しの中で
手放す意識の中で強く、思っていた。
を 想っていた。
が俺の肩にうずめていた顔をあげる。
視線を交わす。
涙に濡れるの瞳は優しく笑っていた。
は俺に、笑いかけていてくれた。
あまりに唐突な言葉を
俺はつむぎ始める。
「・・・・宍戸が都大会で橘に負けたんだ」
「・・・・うん、見てたよ」
「今は戻ってきて鳳とダブルスをくんでる」
「うん・・・知ってるよ」
会いたいと思った。
想ってた。
伝えたいことが、あったんだ。
「忍足と向日は青学のダブルスに負けた」
「・・・・・うん」
「ジローは不二と試合して、負けたが相変わらず楽しそうだった」
「うん・・・・・・」
「俺は手塚に勝ったぜ?・・・・・最高の試合だった」
「・・・見てたよ。・・・・・ちゃんと見てたよ」
伝えたかった。
手塚とのあの試合。上がる歓声、祝福される勝利。
ここにがいればいいのに。
いれば、いいのに。
何度も何度も思った。
伝えたかった、一番に。
すべて、すべて。
伝えたかった。
会って、伝えたかった。
「全国に、行く。」
見てるか?。
何度も問いかけた。
何度も。何度だって。
「推薦枠だがそんなもの蹴散らして優勝してくる」
きっと、喜んでくれてる。
返って来ない返事に何度も何度も。
。
なあ、。
喜んでくれる顔が見たい。
「優勝するから・・・だから見てろよ。・・・・最後まで見てろよ」
「・・・うん!・・・・・うん!!」
ずっと、聞いて欲しかった。
ずっとお前に、聞いて欲しかった。
伝えたくて、会いたくて。
ずっと伝えたかった。
に、すべてを・・・・・・・・・・・・・・。
強く思ったから会えたのか。
俺の望みで、俺はここに来たのか。
運命を変えるためじゃないのか。
お前を守れるんじゃなかったのか。
「・・・・・景吾・・・ねえ、景吾」
「・・・なんで・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
今度はの肩に俺が顔をうずめる。
心があふれそうだった。
雫が、自然に目からこぼれ始める。
「・・・なんで一緒に生きられないんだ・・・・・・・」
止まらない悔しさ。
無力で空虚で。
そんな俺に。
「・・・景吾」
は、いつだって優しいまま。
「・・・・あたし生まれ変わったら望んでいい?」
「・・・・・・・・・・」
「またあたしを望んでいい?」
抱きしめる。
を凍えさせないように。
いまだ、朦朧とする意識の中。
自分を奮い立たせて。
「何度死んで何度生まれ変わっても、俺たちは何度も会う」
が抱きしめ返してくれる。
笑って。
その優しい笑顔で。
俺は涙で顔があげられなかったが、
「どんな姿形になっても俺たちは必ずお前を選ぶ。」
わかっていた。
無力で空虚で。
そんな俺に
はいつだって、優しいから。
「・・・・お前じゃなきゃ、困るんだよ」
望んでくれ。
お前のままで俺たちを。
何度も何度も繰り返そう。
出会いを。
その度に温かさを教えて欲しい。
かけがえのない人。
誰にも代わりなんてなれないから。
「景吾、景吾。・・・・私が、いるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「側にいるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「みんなが望んでくれるかぎり。あたしは・・・・」
この春の夜に
この寒い夜に。
は、死んだのか。
・ ・・・死ぬのか。
「・・・・・ダメなのか?・・・・もう、本当に・・・」
「・・・・ごめん。」
「俺は何も・・・・お前にしてやれないのか?」
「景吾・・・・・」
涙でゆがむ視界。
朦朧とする意識。
体が手放そうとする意識。
「・・・・・・一日の始まりに・・・お前に会いたい・・・・」
「景・・・吾・・・・」
授業中も違うクラスから同じ空を眺めていたい。
休み時間には会いに行きたい。
昼は一緒に、話しながら笑いあいたい。
放課後は共に声をだして時に言い合って
ふざけて真剣になって、支えて欲しい。
「がんばれ」と言って欲しい。
「お疲れ」と言って欲しい。
苦しいときこそ笑っていてくれ。
つらいときこそからかってくれ。
「・・・。・・・・なあ、。」
大切なんだよ。
「・・・・・・死なせたく、ない・・・・・・・」
「・・・・・・っ・・・・・・」
「なあ・・・・・・」
顔を、あげる。
が見たくて、会いたくて。
涙は、とまらず頬を伝い。この目を支配し。
それでも、顔をあげる。
そんな無力で空虚な俺に、は笑う。
優しく笑う。
「・・・・・・伝えて、みんなに・・・・」
抱きしめていた体を離して俺の手に何かを握らせる。
そっと、静かに。
触れたの手は今もなお、冷たいまま。
「全国大会、おめでとう。景吾、ジローちゃん、忍足、岳人、宍戸、長太郎」
「・・・・」
「がんばるんだよ!じゃないと怒るからね!」
「・・・・・・・」
「あたしは・・・・・姿も見えないし、声もしない、死んじゃった人だけど。・・・・でも」
が離した手。
俺はが握った手のひらをそっと開いた。
俺の手のひらで夜風に吹かれて揺れたそれは、
が見つけた四葉のクローバー。
「誰より、みんなを想ってる。」
告白みたいだねと、が照れて笑う。
俺はかすむ目の前にそんなを必死で目に捕らえていた。
(苦しい)
苦しい。
もう、たくさんだ。
は優しいから
絶望じゃなくて希望を。
怯えじゃなくて言葉を。
恐怖じゃなくて笑顔をくれる。
離れていこうとする意識に頭を振って耐える。
片手にクローバーを握り締め、片手で額を押さえる。
(・・・・怖いのは。本当に怯えているのは)
のはずなのに。
「っ・・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「・・・っ・・・・!!」
俺は手を伸ばす。
抱きしめた体はもう離れ。
それでも今一度と抱きしめようと俺はに向かって手を伸ばした。
「・・・っ・・・・もう、いいよ・・・・」
「・・・・・・・」
「もう、いいよ景吾・・・」
「うるせえよ」
「景・・・吾・・・・・・・」
「お前を助けたいのは、俺の勝手だろ」
早く、手を伸ばせ。
抱きしめるから。
1人にはさせない。
この春の夜に、この寒い夜に。
凍えないように。
「・・っ・・・・・・・・・・」
守りたいから苦しんだ。
なくしたくないから、あがくんだ。
そんな簡単に割り切れるかよ。
運命がなんだ。
大切なんだよ。
なくしたくないんだよ。
諦めたくないんだ。
俺の伸ばした手に、が手を伸ばす。
薄れ行く意識。
朦朧とする眼前と頭。
守る。
守りたい。
あきらめたくない。
苦しいときこそ笑って欲しい。
つらいときこそからかって欲しい。
「・・景吾。・・・・伝えて。ちゃんと伝えてね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「みんなが望んでくれるかぎり私がいつも側にいること。・・・・誰よりみんなを想っていること」
最後の、悪あがき。
おぼつかない足元に
体はくずれていく。
俺が伸ばした手に、が手を伸ばしてくれた。
その手が
触れることは、けしてなかった。
薄れいく意識の中で最後に見たは笑っていた。
(苦しいときこそ笑って欲しい)
優しく、ほんの少しの涙をその目にためて。
(つらいときこそからかって欲しい)
無力で空虚で。
そんな俺に、ゆうは
最後の最後まで、笑いかけていてくれた。
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