変わらなかった。




変えられなかった。




守ってやれなかった。




































『革命前夜9』









































遠くで聞こえる。



蝉の鳴く声が。



次第に近づいてくる。



泣く、声が。






「・・・・・跡部ー?起きた?」






瞼を開ければ目に飛び込んでくるふわりと揺れる金髪が



俺の顔を覗き込んでいた。





「・・・・ジロー」


「起きた!みんな、跡部起きたよー!!」





少し汗ばむ体。



熱を持った風が髪をさらう。



窓が開いているのだろうか。



カーテンがゆれるのが目の端にはいり。





「ホンマに起きたやん。跡部、覚えてるか?・・・お前鳳のサーブが頭に直撃したんや。」


「跡部先輩、本当にすみませんでした!!」


「おい、忍足。長太郎が気にするような言い方するんじゃねえよ」


「侑士、もっと言い方あんだろ。鳳のサーブのせいで気絶したんだぜ、とか」


「・・・・・・岳人、それわざとやろ」





顔を確認しなくても誰の声か想像できる姿に



俺は横になっているベッドから上体を起こした。



見渡せばそこは氷帝の保健室。



レギュラーが俺の周りに集まって立っている。





「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・跡部?どないしたん?」





見渡し、探す。



の姿を探す。



俺の名前を呼ぶ中にいなかったその声の主を探す。



当たり前のように、の姿はない。





「跡部?・・・おい。」





宍戸が俺を呼んだ。



そんな宍戸を一瞥すると俺は俺のいるベッドに集まるレギュラー一人ひとりの顔を確認する。





「跡部、お前・・・・」


「あー!!」


「なんだよ、ジロー。いきなりでけえ声だすんじゃねえよ」





目を見開き保健室中に響き渡る声で叫んだジローを宍戸が呆れ顔で制止する。



ジローは俺の枕元を指差し「あれ!あれ!」と驚きながら



俺たちに訴える。



俺は自分の後ろに位置する枕を確認した。



目を見開き、息を呑む。





「四葉?・・・・なんでそんなとこにあんねん」


「っ・・・・っ・・・・・」


「・・・・・跡部?」





静かに、そこに存在していた緑に



俺は手を伸ばした。



過去の産物。



が最後に俺に手渡したもの。



白いベッドの上、誇張するかのように凛とひらいた四枚の葉。



右手に持って左手で右手の甲を覆うようにして胸に抱く。






「跡部?・・・・お前っ・・・・」


って・・・・お前まさか・・・」


「・・・・・・・・・・会ったんか?に」






宍戸と向日の声がしたがその方向に目を向けることは叶わなかった。



忍足があいつの名前を出した途端、



熱くなる目頭。



唇をかみ締める。



握り締める手元が濡れ、やっと気付く。



とめどなき涙に。



頬を伝う無意識の征服者に。



声を振り絞って伝える。







「・・・・会った・・・・に。・・・・・会って、来た」







守れなかった。



守ってやれなかった。



変わらなかった過去。



泣き声にかすれて、それでも全てを声にする。



手を握り締め。



涙と共にこぼれないよう。



夢じゃない。



この涙と握り締めるクローバーが証拠だった。



何一つ、零すことなくひたすらつむいだ、過去の話。



誰一人として話の腰を折るものはいない。



救えなかった。



守れなかった。



変えられなかった、未来を。運命を。



神にさえ挑み、世界を変えようとしたのに。



俺にできたことは何もなかった。



当たり前のように、の姿はここにはなかった。



当たり前のように。



























































































































































































































































































「・・・・長太郎」


「・・っ・・・すみません。・・・大丈夫です」





沈黙が流れ、俺は誰の顔を見ようともしなかった。



そんな中、初めに声をだしたのは宍戸。



鳳へと目をやれば流れた涙を懸命に拭っていた。





「・・・・過去、か」


「・・・・・が生きてた頃・・・・」





忍足、向日が続いて話し出す。




(・・・責めてくれてかまわない)




責めればいい。



なぜ守れなかったんだと。



なぜ守らなかったんだと。



なぜ俺はここに帰ってきて、は帰ってこないのかと。



変えられるはずだった。



変えるはずだった。



過去を、運命を。










守る、はずだった。










「・・・跡部。笑ってた?」


「・・・ジロー?」


「笑ってた?」









・ ・・・・・笑ってた。



笑っていた。



俺の顔を覗き込むように俺にそう訪ねるジローに



俺は両手を下ろしそっと手のひらを開いた。



のくれた四葉のクローバーがそこにある。






「・・・・ああ。笑ってた」


「・・・・へへっ・・・」


「・・・・なんや、ジロー。変なやっちゃな」


「うれしいんだよ!!俺は」






窓から差し込んだ光がジローの目元にたまる涙を教えていた。



笑っているジロー。



小さくうなずいて手で目元を拭く。





(・・・・・・・・なぜ)





責めてくれればいい。



何もできなかった無力な俺を。





「・・・・・今まで俺たちが見つけたクローバーしかなかったもんな」


「そうですね、宍戸さん」


「だよな!・・・・が自分で見つけてくれたクローバーだろ?それ」


「せやで、岳人。・・・・・それでこそ俺たちが欲しかった四葉のクローバーやんな」


「うん!!そうだよね」





なのに、誰も俺を責めない。



守れなかった俺を。



を、抱きしめるだけだった俺を。



誰も責めない。



それどころか俺の周りでこいつらは笑っていた。



流れていた涙をぬぐって。





















「それっての想いそのものだよね!!」


















笑う、笑う。



ジローが思い切り笑い。



それを見たレギュラーの誰もが笑う。



俺の目はいまだに涙に溺れているのに。



誰も俺を責めない。



誰も俺を責めない。







「・・・なんでだよ・・・」


「跡部・・・」


「守れなかったんだ!俺はあいつを守れなかったんだっ・・・・・」







許さないでくれ。



どうか、許さないでくれ。



運命にひれ伏した俺を。



何も出来なかった俺を、



あいつを守れなかった俺を許さないでくれ。






「・・・・誰もお前を責められるもんか」


「・・・・・・・・・・・・」


「宍戸の言うとおりやで、跡部。」


「・・・・・どれだけ」






俺だけが戻ってきてしまった。



むせ返る夏に。



蝉が鳴いてる。泣いてる。





















「どれだけ必死にお前がを守ろうとしたかなんて、聞かなくてもわかるんだよ」


















過去に行った。



お前に会った。



お前に会えた。



生きてるに。



変わらないその笑顔に。





「跡部、跡部。ほら」





ジローが俺の手の平を指差した。



夏の風が開いた窓から吹き込む。



熱を帯び、



カーテンをさらい。



揺らす。





「・・・が、笑ってるよ」





揺れる。



俺の手元で。



四葉のクローバーが。



揺れて、笑う。



まるで、みたいに。





「跡部。言い忘れてたわ。」





クローバーを、この胸に抱きとめる。



誰もが笑う。



俺以外。



誰もが受け止める。



俺の後悔も、悔しさも。



変わらない過去も。失ったものも。































































「お帰り、跡部。」



































































































































































































































過ぎ去ったものは取り戻せない。



失ったものは帰らない。



どんなにつらくても。



苦しみも、悲しみも晴れることはなくとも



一度それを乗り越えたこいつらは俺が思っていたよりもずっと強かった。



ずっと、強かった。



1人で歩いていたかと思えば



いつの間にか支えあいながら歩いてた。



一番大切なことは、どんなに離れていても心は側にあるということ。



揺れる四葉のクローバー。



お前の存在を確かに感じる未来にて。



今このときだけは



止まるまで、泣きはらす。








「・・・伝言?って誰からなん?」



からだ」



から伝言?!」









伝えるよ、お前の想いも。



夏が続く。



蝉が鳴き、風が吹き、蒸し返すコートに戻り。







「全国大会おめでとう。がんばらねえと怒るってよ」


「・・・怒るってはげましてくれへんの?」


らしいんじゃねえの?侑士」


「がんばります!!」


「いや、長太郎。それは当たり前だろ?」


「・・・それから」








熱い目頭。



涙はもう頬を流れない。



照りつける太陽の下、コートに足を踏み入れ。



練習が始まる前に、全てを伝え終えたかった。





























「誰より俺たちを想ってるそうだ。」




























































































































俺の手のひらでクローバーが揺れた。



笑った、一緒に。



俺も。



忍足も。



向日も。



ジローも。



宍戸も。



鳳も。



風に吹かれて笑った。



戻ろう、コートに。



俺たちは今するべきことを知っている。



歩いていける強さはがくれた。



負けない。負けはしない。



最後の最後まで見ていて欲しい。



空気が熱い。



太陽は高く高く上り。



前だけを見つめ、見据え。ラケットを振り、ボールを打つ。



走る。走る。



コートの中を、一心不乱に。



欲しいものは、唯一つ。



そう。



ただ、一つ。



ただただ、前を見つめ、見据え。



勝利を目指して。



負けない。負けはしない。







必ず、勝つから。








(見てろよ)








見てろよ。



守れなかった。



だからせめてお前と交わした約束だけは。



必ず守るから。



必ず守るから。












「必ず、勝つ」


「「「「「当たり前!」」」」」











熱がこもる。



部員たちの声が飛ぶ。



蝉が鳴いてる。太陽が照らす。



風が木々を騒がせる。

















































必ず、守るから。



クローバーが揺れる。



まるで、が笑っているみたいに。


















































































































































































































夏の日差しはなかなか沈まなかった。



その日の部活が終わり。



部員達は帰宅の途につく。



レギュラー達は俺を気遣いながらも部室から1人、また1人と去っていった。



俺が早く帰れと促した。明日もきつい練習になるからと。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





1人残って部誌を書く。



が俺に託したクローバーは小さなコップに水をいれ、今はそこにいた。



俺は部誌を書く手を止め、ふと部室にある写真たてを見た。



・ ・・・・・



なあ、



言ったよな、俺が過去に行ったのは俺が強くお前を思ったからだと。



会いたいと思ったからだと。





「・・・・うれしかった。会えて。よかった、お前が笑っていて。」





運命。



人がそんなものに縛られているというのなら、



お前が死んだのが運命だというのなら



俺たちが再び会うこともまた運命。



強い絆の運命。



そう、信じている。





<ガタッ>





座っていた席から立ち上がった。



写真たての前まで行き、俺はその額に手をかける。



写真立ての後ろを弄り、写真を外した。




(・・・・届くなら)




強い想いが届くなら、強い願いが届くなら。



過去から時をこえてきた俺や、クローバーのように。



未来の産物も、



過去へ届くだろうか



水に茎を浸すクローバーを一瞥し。



俺は写真を裏返し、部誌を書いていたペンを手にした。




























「・・・・景吾ー」


「あん?」


「・・・・・・部誌開いた?」


「部誌?何か変なことでも書いたか?」


「ううん・・・・・部誌にじゃなくて」


「なんだよ」


「・・ううん・・・・なんでもないや」





その日の部活が終わってあたしは部誌を書くために部室へ残っていた。



いつもなら1人で最後までここにいるけど。



今日は明日の練習メニューを検討するとかで景吾も一緒に部活が終わっても部室にいた。



卒業式間近のこの時期もテニス部は世話しなく練習してる。



朝早くから夕方遅くまで。



来年度、あたし達は三年。



最後の部活になる。



景吾が部長の今年。



絶対強くなる。



こうして部誌を書くのはマネージャーのあたしの仕事。



実は、少し前にレギュラーのみんなと撮った写真を部誌の間に挟んでいて。



あたしはそれを見る度に苦笑するんだけど。



その写真の裏に、いつの間にか書かれていた文字を見つけた。

























いつか離れるときが来ても側にいて欲しい。



いつかまた会えるときが来たら笑いかけて欲しい。



何度涙にくれても何度くじけてもその度に強くなれるよう



俺たちは歩き続けるから。




































(綺麗な字)





景吾?そう思ったけど



当の本人は部室のイスに腰掛けて綺麗な手をノートの上で動かして素知らぬ顔。



忍足?宍戸?



何度見てもやっぱり景吾の字。






「・・・・なんだよ。そんなに俺の顔がかっこいいか?」


「・・・・・・否定できないからなんとも言えない」


「・・・・・・くくっ・・・・」





景吾が喉をならして笑ってあたしをからかおうとするので



あたしはずっと観察していた景吾から目をそらした。



写真の裏の文字。



ちょっぴりくさい。でもなんだか悲しい。





(あたし宛・・・なのかな?)





4行の写真の裏の手紙。




(いつか離れるときが来ても側にいて欲しい。)




ちょっぴりくさい。




(いつかまた会えるときが来たら笑いかけて欲しい。)




でもなんだか悲しい。




(何度涙にくれても何度くじけても、その度に強くなれるよう)




決意のような、誓いのような。




(俺たちは歩き続けるから。)




強い祈りのような、願いのような。



・・・・・よしっ!



部誌を書いていた手を写真の上へと移す。



それは返事と言うよりは一方的な私の主張。




























私がいるよ。



側にいるよ。





















































俺の書いた文字の下。



小さく遠慮がちに、文字が浮かび上がってきた。



(・・・・届いたのか?)



届いたのか?



・・・・にしても。





「・・・・‘私がいるよ’か。・・・どれだけ心強いんだよ」





それはあきれからの笑いのか。



嬉しさゆえの笑いなのか。



口元が自然とゆるんでいた。



























(私はいるよ)



望んでくれるかぎり。



たとえば、あなたが倒れるその時まで。



・ ・・・大げさに聞こえるかもしれないけれど。





。部誌書き終えたか?」


「えっあ!もうちょっと!!」





景吾がいきなり席を立ってのであたしは急いで写真を開いていたページと違うページにはさんで隠した。



景吾が一瞬怪訝な顔をしたけど、どうにか笑ってごまかしてみる。





「早く書けよ。送ってやるから。帰るぞ」


「・・・・ねえ、景吾」


「あん?」





あの写真の裏。



景吾が書いてくれたものならいいな。



あたし宛の手紙だったらいいな。





「・・・・なんでも!!」


「なんだよそりゃ」


「部活頑張ろうね!部長!」


「・・・・張り切りすぎるなよ、マネージャー」





景吾があたしの頭の上にポンッと手を置いた。



景吾が笑うのであたしも笑った。



うれしくて笑った。



あたしはこの部活が大好き。



みんなが一生懸命なのがわかる。



あたしは、そんなみんなの力になりたい。



あの写真の裏の文字みたいに。



みんなにとって支えになれたらいいって、ずっと思ってる。



ずっと、思ってる。









































時を、越えて。



水に茎を浸したクローバーが風も吹いていいないのに再び揺れた。





「・・・・たいした革命じゃねえか」






時を越えて。



が笑った気がした。



俺はお前を守れなかったけれど。



だからこそせめて、約束を守りたい。



かけがえのないお前。



俺たちの支え。



時を越えて。



写真の裏に浮かび上がったの文字を眺めた。



一番大切なことはどんなに離れていても心が側にあるということ。



お前の存在を、確かに感じる未来より。



大切な君へ。










































































































































































届いただろうか。




時を越えた、革命の手紙。



























































end.                          気に入っていただけましたらポチッと。