髪をかきあげる仕草とか。




授業中と勉強中にだけかける眼鏡。




ノートの上を動く手。




時折口ずさむ名前の知らない歌。




眠いときには目をこすって耐える。






「・・・・・・ブン太ー?進んでないじゃん!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・」






・・・正直、困っている。













































『形而上恋愛』















































夏が終わって秋がきた。



時折吹く風は冷たく、窓から見える木についている木の葉は



今にも落ちそうになりながら必死に枝にしがみついている。





「ほら、ここ!追試うけるんでしょう?」


「・・・・・俺数字見てると眩暈が起きるんだよ」


「・・・あたしはこの間のブン太の数学のテストに眩暈が起きましたけど?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





が俺につきつける、数学の問題集。



開かれたそのページは印刷されていた問題以外何も書かれていない。



ここは学校の図書館。



と、言っても現在は蔵書整理中とかで本当は入れるわけじゃない。



ただ、今俺の目の前に座っているは図書委員会で、



だからここに俺もいれてもらって2人で放課後の勉強中。



のはずだった。





「いくらテニスで実績あるからってあれじゃ進級できないかもよ?」


「いや、大丈夫だろぃ」


「なんでそんなに呑気なの?」


が真面目なんだよ」





夏の終わりと同時にテニス部引退。



俺の次なる天才が発揮されるべきは進級試験。



高等部にあがるために必要なそれは、俺だけじゃない。



立海の中等部3年全員が必ず乗り越えなければならないもの。



俺と以外誰もいない図書館で、



目の前にいるが俺につきつけた数学の問題集を下げ、机に置き、



溜息を、一つ。






「・・・・・・・ブン太と高等部あがれなかったら嫌だもん。」






・・・・・・・誰か、助けて欲しい。






「・・・・・・だーいじょーぶだっての!俺国語は天才的だぜぃ?」


「じゃあ数学でもその天才っぷりを見せて。」


「・・・・それは、どうだろな」


「ブン太―!」


「あー。がんばる、がんばるって!」






が授業中と勉強中にだけかける眼鏡の奥で



と目が合った。



俺にあきれながらも優しく笑ってみせる





「さっ・・・・・さぁて!やるか!!」





合った目をすぐにそらす。




(・・・・・・危ねえ。)




いや、マジ危ない。



わからなかったら聞いてとが俺に言って、



もまた、手元に広げていた教科書に目を落とし、ノートの上で再び手を動かし始める。



・ ・・えっと、「円Oに接する接線Qがあります。Q上に点A、Bをとり」



・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あきた。



数学の問題集を見ているフリをしつつ、



俺はちらっとを見た。



髪をかきあげる仕草とか。



授業中と勉強中にだけかける眼鏡。



ノートの上を動く手。













(・・・・・・・・・好きなんですけど。)












俺には、進級試験以前に最近、



正直困っていることがある。






「・・・ブン太?」


「・・・あ?やってる!やってるぜぃ!!わかんないだけだかんな!!」


「・・・・・聞いてくれればいいのに。」





が座っているイスから体を軽く机に乗り出して



俺の手元に広がる問題集を覗き込む。






「・・・・えっと‘円Oに接する接線Qがあります。Q上に点A、Bをとり・・・・・・・・・’」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」






軽く口元に手を当てるのは



の考え事をするときのくせなのだろうか。



そんなことをぼうっと考えながら、



数学の問題に真面目な頭を働かせているを見ていると



が鼻歌を歌い始める。





「・・・前から思ってたんだけど」


「んー?」


「それなんの歌なんだよ」


「・・・適当。」


「適当?」


「そう。適当に。」





適当に口ずさんでいるだけだと。



そう言っては再び問題集に目を落とす。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





・ ・・・・・好きなんですけど。



ただ漠然とそう思って。



そう、を見ていて思ってしまう。



俺たちは付き合ってるし、別になんら問題ないかと思うけど、



俺にとっては問題なんだよ。



少し読み始めただけであきてしまう、数学の問題なんかより。






「・・・ん!よし、ブン太!説明するからちゃんと聞いててね。」


「・・・・・・・おう。」


「まず、ちゃんと図を描いてみて、そうすると円Oは・・・・・・」






髪をかきあげる仕草とか。



授業中と勉強中にだけかける眼鏡。



ノートの上を動く手。




(好きなんですけど。)




時折口ずさむ名前の知らない歌。




(適当らしいけど。)




眠いときには目をこすって耐える。



今も、そうだ。





「でね、この点Aを延長線Lが・・・・・・」





は少し、眠いんだ。



目をこすりながら俺に数学を懸命に教えようとしてる。



・ ・・・好きなんですけど。



好きなんですけど。



俺にとっては大問題。





「ブン太?ちゃんと聞いてる?」


「・・・・・・聞いてる。」





の、声なら。





「本当?じゃあ、続けるよ?それでこの式を解いて・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





誰か、どうにかして欲しい。



付き合い始めた頃、俺きっとこんなんじゃなかった。



いや、そりゃ好きだった。



ちゃんとのこと好きだった。



なんて言ったらいいのか。





「よしっじゃあブン太が今度は解いてみて!」


「・・・あ?それはちょっと」


「なんでよ!できるって。」





が目をこする。





「・・・眠い?」


「・・・ちょっとだけ。」


「寝てもいいぜぃ?俺が見張ってなくてもがんばるっての」


「・・・・・見張ってるんじゃないでしょ。」





なんて言ったらいいのか。



ただ好きなんだ。



どうしようもなく好きなんだ。




髪をかきあげる仕草とか。



授業中と勉強中にだけかける眼鏡。



ノートの上を動く手。



時折口ずさむ名前の知らない歌。



眠いときには目をこすって耐える。






















































































「ブン太といたいから、ここに座ってるだけでしょう?」







































































































































































































・ ・・・・・・・好きなんですけど。



自分で言っておいてうつむくなよ。



赤くなるなよ。




(好きなんですけど。)




俺にとっては大問題。



使い古しのその言葉に、



振り回されてる気がしてならねえんだよ。





「・・・・・・・、お前さ」


「・・・ん?」


「・・・ちょっと黙ってろぃ。」


「なっ・・・・・!」





好きなんですけど。



好きなんですけど。



本気にさせんな。自分を見失った気がしてならない。





「・・・・ごめん。勉強の邪魔してたね。」


「だからは真面目すぎんだよ。なんでそうなんだっての。」


「ブっ・・ブン太が黙れって言ったんでしょう?」


「・・・そうだよ」





好きなんですけど。



好きなんですけど。





「だったらっ・・・・・」





なんでか知らないけど好きなんですけど。



目の前の机に手をついて身を乗り出し、の唇に近づき。




















「いいから、黙っとけ。」


















好きなんですけど。



・ ・・・・・ちくしょう、人類。



新しい言葉を作れよ。



使い古された言葉に



振り回されてる気がしてならないから。



・ ・・・・でも、どうしようもない。













































































































































































































































































だって、それが真実。












































































































































































































































































































「ブン太・・んっ・・・・・」



(・・・・・好きなんですけど。)



髪をかきあげる仕草とか。



授業中と勉強中にだけかける眼鏡。



ノートの上を動く手。



時折口ずさむ名前の知らない歌。



眠いときには目をこすって耐える。



キスをして苦しそうにして。



・ ・・・・・俺を見て



俺を、見て。



好きなんですけど。



全部。







































全部。







































「・・・・好きなんですけど。」


「ブッブン太!・・勉強っ・・・・!」


「・・・・・どうしてくれんだよ、数学も手につかねえっつーの。」


「・・・・・・・・・・・・」





いや、今のは言い訳だけど。



きっと簡単に口からだすようじゃ、真面目なお前は信じないかもしれないけど。



・ ・・・・・ちくしょう、人類。



新しい言葉を作れよ。



一言ですむように。



に信じてもらえるように。





「ブッブン太!」





の手が、俺の制服の袖を掴み、



顔を下に向けて。





























「あっ・・・・・・ありがとう!!」



































好きと、言ってくれて。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(好きなんですけど。)」





好きなんですけど。



何度思っても変わらないんですけど。



何度口にしても変わりそうもないんですけど。



どうして、くれんの?














「んっ・・・・・・・」


「大丈夫。進級なんて・・・・・」


「ブンっ・・・た・・・・・・」


「天才的にしてみせるぜぃ?」















・・・・・・ちくしょう、



もうどうにでもなれよ。



数学なんか放っておいて。



今だけは忘れて。



致死量にも等しいキスを繰り返して。



ちくしょう。



もうどうにでもなれよ。




(・・・・・・好きだから。)




どうせなら、何もかも。





















































































































君で、埋め尽くして。









































End.