日曜日の部活終わりの夕方





「げー雨!」


「えーブン太さんマジっすか?」


「む。傘がない奴はいるか?」


「弦一郎から借りたら唐傘を貸されそうだな」


「からかさ?」


「江戸時代の人達がさしているような傘ですよ。切原くん」


「・・・あー。なるほど」





どうせ、夕立



通り雨。



このくらいの雨ならすぐに止む。



















『恋の唄5』



















部活にあった誰のものかもわからない傘を持ち出して



俺は一人



雨を話題に騒ぐ部室を後にした。





(お疲れさん)





開いた傘は唐傘ではないから



真田のものじゃないんだろうと



冗談じみたことを思いながら歩く。



雨はけして強くはない。



傘をさしていれば人1人濡らすこともできない、



そんな雨だ。





(すぐ晴れる)





傘をさしていれば人1人濡らすこともできない、



そんな雨だから。



見えた薄い層の雲は太陽の光がにじんで白い。






















〈バシャバシャッ〉

















「?」





通り掛かった公園で誰かが水を蹴る音がした。






〈バシャバシャッ〉





いや、蹴っているのではない。



雨の中を走っている音。





(・・・・確かこの公園は・・・)





まさかとは思っても



あいつに関しての予想を外したことがない俺。





「・・・・・」





気になって公園の中へ入っていく。



この公園は大方が林



その中を一本、レンガ作りの道が通り



その奥にオールコートに片面だけゴールが設置されたバスケのコートがある。









〈バシャバシャッ〉









「!!」









なぜ?































































































































!」


「うわっ」






ボールを操りドリブルからレイアップの体勢に移ったの腕を思いっきり掴んだ。






「あっ・・・なんだ仁王か。ビックリした。」


「ビックリしたのはこっちじゃ。何考えとる!」





バシャバシャと雨の中を走っていたのはだった。



バスケのコートでボールを片手に



雨の中、ずぶ濡れになって。






「あっ仁王。あたしに傘ささなくていいよ。傘さしてたんじゃバスケができない。」


「・・・何考えとる」






俺はさしていた傘をもはいるように差し出し、に近付いていた。






「何ってバスケのことだけど?」


「(!!)!!」





〈バシャバシャッ〉





だが傘から飛び出し、再びは雨の中。



ボールを片手にセンターラインからドリブルを始める。



は自在にボールを操りレイアップ。






(え?)






が手から放したボールは



ゴールポストにはじかれる。



がゴールを外したのを俺はその時初めて見た。





!練習なら今じゃなくてもいいじゃろ!」


「だって練習してたら降ってきちゃったんだもん!」





がドリブルをする。



今度はフリースロー。



立っているライン上からシュートする。



だが、またしてもボールはゴールポストにはじかれた。






「(?)?」






外したボールのリバウンドをとり



はもう一度センターラインに立った。






「・・・・・・・・・」






雨の中



の濡れた髪から滴るのは既に降った雨か、今空から降ってきた雨か。











〈バシャバシャッ〉









ドリブルは軽快



だが次のレイアップもきまらない。



まるでバスケのゴールがのシュートを嫌うかのよう。






「・・・・・・・・・・・


「・・・放して」


「練習は雨の中じゃなくてもよか。」


「放して、仁王。」






が何度も何度もボールを手にしてはゴールへ向かおうとするのを



俺は再びの腕を取り、傘を差し出して静止させる。



傘の下に入ってもは俺の手から逃れようと体に力をこめていた。





「お前さん達も次の大会があるんじゃろ?キャプテンのお前がこんなことで風邪でもひいたらどうする?」


「・・・風邪をひくよりもっとひどい症状がでてるの。」


「・・・・・とにかく練習はダメじゃ」


「放してよ!仁王にもわかったでしょ?!スランプなの!!」





が抱え込むようにして持つ片手にあるバスケットボール。



と同じで雨に濡れていた。



突然大声をだしたは俺と目を合わせるとすぐにそらした。





「だから・・・・練習しないと・・・・」


「・・・・・・・・・お前さん泣いとる?」


「泣いてない!!」





の頬にあるのが涙の痕でないなら雨の痕。



は全身、本当にずぶ濡れで。






「これは夕立じゃ。すぐに止む。それまで待て。」


「・・・・・・・・待ってなんからんない。雨なんか平気。」





「練習するしかないんだよ・・・。どんなにゴールがはいんなくたって何もせずになんかいられない。」






もう一度合った目を



今度はそらそうとはしなかった。



・ ・・・は、いつだって真っ直ぐだ。



あの時から変わらない。



自分の未来を見つめる目。



自分自身を見つめる目。



今出来ることを見つめる目。



それをさせる真っ直ぐな心。



・・・・・・・・・・どうしたら、






























































どうしたら俺をその目で見てくれる?



真っ直ぐに。



















































































































傘をさしていれば人1人濡らすこともできない、



そんな雨だ。



俺は、



掴んでいたの腕を放した。






「・・ありがとう、仁王。」





は傘の下からでてボールを片手で弾ませる。



それと同時に、俺はさしていた傘を閉じた。








「(!!)ちょっと!仁王?!」


「お前が傘に入らんと言うなら俺も傘をささん。」







雨が止んだわけではない。



それでもお前が傘に入るまで俺も傘はささない。



はボールを弾ませるのを止め両手で持つ。





「っ・・・・ふざけないで!仁王だって試合近いでしょ?!風邪引くよ?!」


「その通り。ふざけるな。」


「!!」





部活帰りで背負ったテニスバッグが雨で重みを増していく。














「落ち着け、。・・・・・・大丈夫じゃ。」


「(!!)っ・・・・・・・・」











がその場に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。



顔をうずめたの所へ、



もう一度傘を広げて差し出した。





「・・・・・・・なんで、入らないのよ・・」


「・・・・・・・・・・・、あのベンチのところまでいくとよ。」





小さなのつぶやきは己への悔しさ。



真っ直ぐな彼女の痛み。


















































俺が見つけたバスケのコートの隅にあったベンチの頭上には



小さいながらも屋根。



立ち上がったと向かったそこにはが置いておいたものらしいタオルがあった。



屋根の下にたどり着き、



傘を閉じるとはタオルを手に取り髪と顔を拭く。





「・・・・ごめんね、仁王。仁王はタオルある?」


「ああ、俺は平気じゃ。お前さんほど濡れなかった。」


「・・・これだけ濡れたらあのまま雨の中にいても良かったと思うんだけど?」


「寒い中に身を置き続ければ体温は下がる。余計に風邪を引く確率があがるだけじゃ。」


「・・・ふーん」





はベンチに腰をかけ、



俺はベンチの背もたれの部分にと逆のほうを向き浅く腰掛け、軽く体の軸を預けた。



ほどではないが髪から落ちてくる雫が邪魔で、少しだけ頭を振って水を払う。





「・・・学校の体育館は整備中なの。だからここに来てたんだけど。」


「へぇ」


「なんだよ、雨。通り雨ならすぐに止んでよ!」





の声は明るい。



いつもと変わらない。



ただ、自分にやってきたシュートが入らないというスランプにやはり落ち込んでいるのがわかる。





「・・・・・・・スランプなんて初めてなの。」


「だろうな。俺もお前さんがシュートを外すなんて初めて見た。」


「ねぇ、仁王はどうする?もし自分の打つ球がことごとく相手のコートに入らなくなったら。」





座るが体をひねりベンチの背もたれに手をのせて俺に聞く。



想像は難しいが・・・





「練習じゃろうな。それこそ、雨だろうと風だろうとみたいに」


「・・・・やっぱり、そうだよね」





の顔を見ず、瞼を閉じて想像しながら答えたが。



が再び体勢を戻す布ずれの音がして、今度は俺が首を動かしのほうを見た。





「最近ね、ダメなんだ。何をやってもうまくいかない。」


「何をやっても?」


「バスケでしょ。勉強も最近はダメ。あと・・・・」





指を一本ずつ折りながらあげるの言葉が詰まった。












































































「こっ・・・恋とか。」











































































俺から見ることの出来るの横顔は赤い。






「・・・・・・・・・・・・・恋、ね・・・」


「何よ悪い?」


「そんなこと言ってなか。」





うまくいかない?



そんな心配いらんじゃろ。



そんな心配・・・・・・・・・・・・。





「・・・これは、夕立。すぐに止む。」





俺はバスケコートに降る雨を目に映し、もまた雨を見ていた。









「お前さんのそれも夕立。すぐに止むとよ。」


「・・・・・仁王。」


「大丈夫じゃ。・・・・・大丈夫。」









お前さんのスランプを俺にはどうしてやることもできないが、



真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな、なら大丈夫。






「恋のほうは知らん。」


「・・・・それは忘れて」






の横顔は赤い。



俺はの頭をなでた。



ゆうと目が合ったのは一秒間。






「仁王・・・」


「ほら、雨やむとよ」


「え?」

































































































































































雨の上がったバスケのコートで、は再び練習を続けた。



俺はゆうを1人にさせておけず、それをずっと見ていた。



何度も挑戦しては悔しい思いをして、それでも諦めは似合わない。



挫折など想像も及ばない、



そんなの姿。










































































































(綺麗じゃ)

















































































































真っ直ぐな。



真っ直ぐな。



雨上がりの空は太陽により晴れる。



夏の日差しは沈むことを知らないのか。



空は明るい。



が深く空気を吸い込む。



センターラインからドリブル。



そのままレイアップ。












<シュっ>








































「「!!」」


























ボールが、ゴールポストの中へ吸い込まれた。









「にっ仁王!見てた?!」


「スランプ脱出、じゃ。」


「ありがとう!仁王!!」






が俺に笑った。



・ ・・・・・・・・どうしたら、



のこと、綺麗だとか、真っ直ぐだとか思わなくなるんだろうか。



どうしたら・・・・・






‘こっ・・・恋とか’






「恋・・・・ね。」


「仁王!もう一回見ててね!!」






つぶやきはには届かなかったはずだ。



の声に手をあげて応えた。



の手から離れたボールは何度も何度もゴールポストに導かれていく。



本当に、スランプ脱出。






































「本当に、ありがとう!仁王!!」


「俺は何もしとらん。」


「あたし、仁王に大丈夫って言ってもらえてうれしかったよ!」





が俺に笑いかけた。



太陽は沈み、夏の夜空が俺たちの頭上に昇るまで



は練習を続けた。



さすがに暗い帰路は危ないかとの家までを送り届ける。



その間もはずっとうれしそうにしていて、それが俺もうれしかった。





「あっ仁王!あたしやっぱり関東大会は応援行くからね!」


「またその話か。」


「だってこの前・・・・」


「来ればよか。」


「!!」


「お前さんが来たいなら」





そしたら、恋とやらもうまくいくかもしれん。



そうだろう、柳生?





「・・・・・今日は、本当にありがとう。仁王のおかげです。」


「だから俺は何も・・・」


「あたしがそう言うんだから仁王のおかげ!!」


「・・・・・・・・・」


「・・・じゃあね、ありがとう!また明日学校で!!」





太陽は濡れた全てのものを乾かし、



送り届けたの家の前でが俺にくれた声も笑顔も、



相変わらず





































































































俺が好きになったのものでしかなかった。

























































End.