「仁王くん!」
(はっ)
俺の足下に丸井の打ったサーブが決まる。
「おい仁王!まじめにやれぃ!!」
「・・・すまん。柳生」
「いえ。次で挽回しましょう」
朝練でネットをはさんでダブルスの練習試合
俺・柳生VS丸井・ジャッカル
俺は、終始絶不調だった。
『恋の唄8』
朝から空は晴れていた。
雲ひとつない青、青。
慕うは慕情
(・・・・うるさい)
焦がれる衝動
俺の中を流れる唄は、昨日と公園で別れてからも絶えず、流れ。
やまない。
美しきよ花 香るは君
テニス部の朝練が終わって、始業のチャイムが時を知らせても、
授業に出る気になんてならなかった。
俺が向かったのは屋上で、
屋上を一周、囲むように取り付けられた手すりに
両腕をあずけ、もたれるようにして外を見ていた。
俺一人の屋上。
朝の練習を思い出す。
・・・・ひどいものだった。
つのる想いのラプソディー
何から何まで。
あれは‘俺’じゃない。
(・・・・・大丈夫)
やさぐれ上等
「・・・・・・・・・・・大丈夫・・・」
小さく、小さくつぶやいた。
呪文のように言い聞かせた。
路上に途上
・ ・・・何のために嫌われようとした?
それとも、
勝利や栄光の座は
に嫌われてまで、欲しいものではなかったと?
見上げればほら 見上げれば空
(・・・・・・・・・うるさい)
愛して願望
愛され満充
(うるさい。・・・・うるさい。)
君に唄えばセレナーデ
「仁王?」
聞こえてきたその声に
振り向けるわけなどなかった。
振り向けるはずが、ない。
泣かれて切実
(来るな)
この目を閉じて、一心に。
夕日に憧憬
の足音
屋上のちょうど真ん中あたりで、手すりに腕をあずけ外を見続ける俺に近づいて来る。
泣かないで空 泣かないでほら
唄のせいだ。
唄のせいで、聞こえたはずの屋上のドアが開く音が聞こえなかった。
僕に唄えよレクイエム
「・・・・・今日はサボり部室じゃないんだね。」
「・・・・・・・・・・・」
「あの、仁王・・・・・おっおはよ!」
「・・・・・・・・・・・」
振り向けるわけなどなかった。
昨日俺はに嫌われたはずだったから。
だが、なぜ?
お前のほうを振り向くこともできず外を見続ける俺の後ろから聞こえるのは、
の声のほか、何者でもない。
「あのね、柳生に仁王が調子悪いって聞いて・・・」
「・・・・」
「聞いて・・・」
想いは長く 長く 長く
(・・・・・・・・嫌われた、はずだったのに。)
「大丈夫!と、・・・・・・・・・仁王に・・・・言いに来ました。」
「・・・・・・・・・」
「仁王が言ってくれたから。お返しに。」
今 何時 どこに 出会えたならばうれしくて
‘大丈夫’
呪文のように言い聞かせた。
根拠も、確証もない。
だから俺が自分に言っても頼りない。
でも、
届くならそう 君にだけ
が言うから、信じたくなる。
「・・・・・・・・・・・・・あの、ごめんなさい。」
「・・・・・・・・・・・」
「仁王はあたしのこと嫌いみたいだから、こんなこと言われたら逆効果かもしれないけど・・・・。」
どうして、謝る。
悪いのは俺。
嫌いなんじゃない。
嫌って欲しかった。
泣き叫べノクターン
雲ひとつない空のどこを見ていればいいのか、それすらも分からなくても。
振り向けはしない。
「お前は・・・・・」
「なっ何?仁王。」
「は・・・・・」
(どこまでお前は)
真っ直ぐなんだ。
結局、何一つない。
「(欺けたものなんて。)」
「・・・・・・・・・・仁王?」
「・・・・・・大丈夫」
「え?」
小さく、小さくつぶやいた。
慕うは慕情
「あっ・・・・・仁王!!」
「・・・・・・・・・・」
焦がれる衝動
一度も、の顔を見ることはなかった。
手すりから腕を放して、俺は足を進める。
の姿を見ないように振り返り、
屋上の出口へと向かう。
美しきよ花 香るは君
「っ・・・・仁王ー!!」
「・・・・・・・」
「仁王なら大丈夫だからね!!」
つのる想いのラプソディー
「大丈夫・・・だからね・・・」
最後のつぶやきのような言葉さえ、俺の背には届いた。
の声は届いた。
振り向けはしなかった。
に嫌われたと思っていたのに。
嫌われたと、思っていたのに。
つのる想いの狂詩曲
・・・・・・・・・喉が、
焼けるようだった。
好きだと、言いたくて。
熱をもったこの感情に
熱をもったこの言葉に
焦がされて
うなされて
慕うは
(うるさい。)
やさぐれ
(うるさい、うるさい、うるさい。)
愛され願望
君に唄えばセレナーデ
僕に唄えよレクイエム
(耳障りだ)
つのる想いのラプソディー
誰か、止めてくれ。
屋上の階段を走って降りきった俺がたどり着いたのは
誰も使っていない教室。
使い古された机の上。
くずれるように座って耳を押さえた。
路上に途上
泣かないで空 泣かないでほら
届くならそう 君にだけ
俺の中を流れる唄は、昨日と公園で別れてからも絶えず、流れ。
やまない。
やまない。
想うだけ。
言おうとしない憶病風吹かせ
お前の為だとか、言い訳ばかりだ。
もう、
言い訳しかできない。
「・・・・・」
瞳を閉じてもあの唄。
瞳を閉じてもお前。
欺けたのは、唄でごまかした自分だけ。
叶わない恋の唄など
聞かなければよかったんだ。
End.