「仁王!仁王!!」



「・・・・」



「今朝が泣いてたぜぃ?」



「・・・・・」



「・・・おい、仁王」












知ってる。


















が、泣いていた。















『恋の唄9』














焼けるような喉



原因を吐き出すこともできずに



首もとを押さえ続けた翌日。



テニス部の朝練を終えて通りかかった体育館



体育館から外へと続く階段には座り込んでいた。



バスケ部のジャージを着て膝の上にはバスケットボール



遠巻きに見つけた



瞳いっぱいに涙をためて、泣いていた。






「おい、仁王。聞いてんのかよ!」





丸井が俺に話しかける部室で



俺は机に突っ伏して



顔をあげることなくイスに座っていた。



いまだ俺の耳で鳴るあの唄



泣くを思い出しては音量はあがり。






「にーおー」


「・・・・聞いとる」


「返事しろっての!が泣いてたんだって」


「・・・・・」


「・・・仁王ー」






(知ってる)







が、泣いていた。






初めて見た。



泣くほど落ち込む姿



泣くほど弱い姿



初めて見た。



いつも真っ直ぐなだから。



だから、泣かせたものはなんなのかと言えば



自分が原因としか浮かばない。






「・・・仁王」


「・・・・」


「お前、サボリすぎじゃね?」


「・・・人のこと言えないじゃろ?」


「俺は成績悪くても素行がいいから大丈夫なんだよ」


「・・・俺は成績も素行もよかよ」


「マジか。」


「マジ。」






俺の声はこもってる



机に突っ伏したまま



顔をあげようとしないから。






「仁王」


「・・・なんじゃ」


が泣いてんの知ってたんだな」


「・・・・・」


「・・・なぐさめに行くとかさー」


「・・・・」






泣いていた。



が、泣いていた。



瞳いっぱいに涙をためて。





(俺が、原因)





駆け寄って涙を拭って



本当は抱き締めたかった。



ごめんと、



そう言えばが泣きやんでくれるなら



駆け寄って、涙を拭って。






「・・・・・」







できなかった。







俺より先に



に駆け出した影








「・・・・仁王」


「・・・・・」


「あの唄。仁王は失恋の唄だって言ったろぃ?」







今も流れていた。



叶わない恋の唄だからこそ



延々と俺に聞こえる。





「あの唄な、作詞・作曲、唄ってる奴がしたって。」


「・・・・」


「確かに、失恋してその気持ちを込めて作ったらしいぜぃ?」


「・・・・・」





あまりに丸井がまじめに話しているから



顔をあげた。



目を合わせた丸井は、苦笑い。






「らしくねぇ顔だな、詐欺師。」






自分がどんな顔してるのかさえ



想像には及ばないほど参っていた。



が泣いていたこと



に駆け寄りたかったこと



それができなかったこと



に駆け寄ったのが俺ではなかったこと








「仁王。あの唄な、確かに叶わない恋の唄だけど・・・」








































〈ガチャッ〉













































「「!!」」


「仁王くん。ちょっとよろしいですか。」





























































丸井の話をとめた部室のドアが開く音。



ドアを開けたのは柳生だった。






「・・・・別によかよ?何、柳生。お前さんがサボリ?」


「・・・そうです。今は授業中ですからね」


「くくっサボってまで俺に用事?」


「そうです」






黙った丸井



俺は座ったまま



部室のドアをくぐり歩みよって来た柳生を見た。






「・・・・で?」


が泣いていたのはご存じですね?仁王くん、あなたのせいで」


「ん?何仁王。お前がを泣かせたの?」


「・・・・丸井。ちょい静かにしてんしゃい」






柳生は眼鏡越しに俺を目に映していた。



こんな時でさえ



唄は消えることを知らない。






「・・・で?」


「あなたのせいでは泣いているんです」






俺に



どうしろと言うんだ。






「確かに、を泣かせたのは俺。かもしれん」


「・・・・」


「でも泣きやませるのは柳生。お前にならできるんじゃろ?」






嫌味のように。



あざけ笑うかのように。



自分の吐き出した言葉に吐き気がする。



なんなら確かめてもいい。






「・・・いいえ。仁王くん。を泣かせたのがあなたなら、泣きやませるのもあなたです」






柳生は冷静だった。



冷静に俺を見ていた。









「柳生。お前さんはが好きじゃろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」








なんなら確かめてもいい。



丸井は俺と柳生を視界に入れたまま黙っていた。








本当は抱きしめたかった。








駆け寄って、ごめんと。



泣かせたのが俺ならば。



でも、俺より先にに駆け寄ったのは柳生。



紛れもなく、お前だったじゃないか。



瞳いっぱいに涙をためて、



俺には近寄ることさえ出来なかった










「・・・・・・・・・・・確かに私はが好きです。」


「柳生・・・・」


「静かに、丸井。」


「ですが、を泣かせたのがあなたなら、を泣きやませるのも、あなたです。」


「わからん奴。だってお前のことを好いとる。気付かんのか?を泣き止ませるのは柳生。」


「・・・・・・・・・いいえ。いいえ、仁王君。あなたです。」











唄だ。



恋の唄。



叶わない恋の唄。



柳生。もういいじゃろ?



もう、十分。



もう、俺にはできることなんてないから。





「いいえ。いいえ、仁王くん。」





だからせめての涙は、お前が拭えよ。








































































































































































「あなたなのです。が好きなのも、を泣き止ませることが出来るのも。」






























































































































違う。





「・・・・違う」


「違いません。あなたです。仁王くん。」


「仁王っ・・・・・」


「違う!!」






俺はいきなり立ち上がり柳生の胸倉をつかんだ。





「ちょっ!仁王!!」


「いい加減なこと言うんじゃなか!いくらお前でも許さん。」


「いい加減?どちらがですか?仁王くん」





丸井は俺の手を柳生の胸元から外そうと必死だった。



でも俺の力は緩まない。





「いい加減?俺が?お前はがお前と話をするときの顔を見たことがあるか?!」





うれしそうに。



いとおしそうに。



綺麗に。



は笑う。






「ありますよ。私のところへ来るたびあなたの話をするの表情をね。」


「(!)」


「・・・・仁王!」


「・・・・・・・・・・・・・・嘘だ。」






丸井が俺の名前を呼んだが、俺は柳生の胸倉をつまんだまま。








「嘘だ。」


「・・・・・・本当です。は私にあなたのことを相談しに来ていたんですよ」







うれしそうに。



いとおしそうに。



綺麗に。



は笑う。









(・・・・・唄だ。)







を思うとき、必ず音量最大の恋の唄



沈黙だった。



柳生と俺の目が合い、俺は柳生の目に映る自分を見て



手の力を緩めるしかなくなった。

































「・・・・・・・・・・・私と話をしていても、の目に私が映ることは一度だってありませんでしたよ。」






























































嘘だ。



柳生はが好きで、は柳生が好きで。



そのはずだった。



そのはず、だった。



俺の力が緩んだ手を、柳生は、自分の胸倉から外した。










「仁王くん。が泣いています。」









泣いていた。



俺のせいで。








































































































が、泣いていた。

























































































部室のドアを勢い良く開ける。



走りだした俺。















「あっ仁王!あの唄なぁ!!確かに叶わない恋の唄だけど、本当はただ君を想うって唄なんだとよ!」














探せ。



どこにいる?



あの唄を抱いて。



丸井の言葉を聞き取って。




























あれは恋の唄。



変な、恋の唄。



ただ





























君を想う唄


















































慕うは慕情


焦がれる衝動


美しきよ花 香るは君


つのる想いのラプソディー



やさぐれ上等


路上に途上


見上げればほら 見上げれば空



愛して願望


愛され満充


君に唄えばセレナーデ



泣かれて切実


夕日に憧憬


泣かないで空 泣かないでほら


僕に唄えよレクイエム



想いは長く 長く 長く


今 何時 どこに出会えたならばうれしくて


届くならそう 君にだけ


泣き叫べノクターン



慕うは慕情


焦がれる衝動


美しきよ花 香るは君


つのる想いのラプソディー














つのる想いの狂詩曲


























!!」





体育館から外へと続く階段には座り込んでいた。



制服姿。瞳いっぱいに涙をためて。



駆け寄って。







「にっ仁王?」






駆け寄って、抱きしめた。








「お前、俺のこと好いとう?」








泣く君を、抱きしめた。



この肩を濡らして、泣く





「っ・・・・そうだよ!仁王が好きなの!!」





力いっぱいに抱きしめた。



ああ、ほら。
























































































唄だ。




































































































「俺もじゃ。泣かせてごめん。俺ものことが好きじゃ。」






抱きしめた。



君が、泣き止むまで。



























































































泣き止むまで。
































End.