‘大丈夫’




あれはお前さんからの受け売り。



覚えとらん?



昔、テニスがうまくいかなくて嫌悪になる俺に



お前がくれた言葉だった。















「仁王なら大丈夫。大丈夫だよ」














『恋の唄7』













「違うよ、柳生。そうじゃなくって・・・」






聞こえてきた声の主を探してしまうのは癖だ。



会話から予想はできるのに



誰といるのかわかっているのに。





(・・・・・)





柳生と



授業の合間に廊下で見掛けた2人は楽しそうに笑っていて



は時々切なそうな顔を見せた。





(・・・こっち、向いて)





いたたまれない。



苦しいほどに軋む音



体からではなく



この想いから。



欺けたものなどあったのだろうか。



俺自身も



周囲でさえも(丸井に気付かれたなんて)








想いは長く 長く 長く


今 何時 どこに 出会えたならばうれしくて


届くならそう 君にだけ


泣き叫べノクターン









変だと口にした唄。



こんなにも魅かれるのは、なぜ。






「・・・・・」





・・・・いたたまれない。



柳生といるときのお前が、うれしそうに笑うから。


















































































































































































あの公園からバスケのボールの音がしていた。



部活帰り。



道の途中にあるバスケのコートが設置された公園。



がいるのだろうとすぐに思った。



足を止め、方向を変え、進む。



公園の林の中を通る道を抜ける。






<シュッ>






小気味よいその音は、



がちょうどバスケのゴールにシュートを入れた音だった。





「あれ?・・・・仁王?」


「・・・またここで練習?」


「今日は体育館、バレー部に渡しちゃって使えないんだよ。自主練!」





そう言っては2、3回手に持っていたボールをついて再びシュートした。



雨の日のここでの表情とは明らかに違う。



バスケが好きないつも通りの






「・・・・本当にスランプ抜けたんじゃね。」


「おかげさまで!」






俺はを見ていた。



何度もシュートを決めるは楽しそうで。



よかった、と。



ただそれだけを心に。







「仁王は?調子どう?」






ボールを持ってが俺に近づきながら話しかけてきた。






「いつも通り。」


「あっじゃあ大丈夫だね。柳生も安心だ」


「柳生・・・」


「今日ね、心配してたよ。また変な作戦あるんだって?」


「あいつ。ばらしちゃ意味なか。」


「楽しみだね。関東大会。」






・ ・・・俺にも、今は見つめなければならないものがある。



いたたまれないまま、みじめなまま。



俺の相方は柳生。



見つめなければ、ならない。






「・・・・・・・」



「ね、仁王。全国までいってね。それで優勝!あたし達もがんばるから」



「・・・なんでそんなに自信がある?」



「え?」



「全国優勝?一人で突っ走ってるんじゃなか?」



「仁王?」






本当に欲しいものには届かない。



だからこそ



あと少しで掴めそうなものは掴み損ねたくない。



俺の相方は柳生



私情などあの場には邪魔なだけ。









「大体お前のスランプがどれだけバスケ部部員に迷惑をかけたと思う?」


「・・・・」








だから。






























「そんなことでキャプテン?笑わせるな」






























はただ俺を見ていた。



俺も視線をそらすことはしない。



さぁ、欺け詐欺師



一世一代最大のペテン















「・・・なんで、仁王は・・・・。」














今は、届かない想いは置き去りにしなければ。








「・・・なんで」


「・・・・・」


「なんで仁王は、たまにそんなにあたしに冷たくなるの?雨の日は大丈夫って言ってくれたじゃない!」








覚えとらん?



あれはお前さんの受け売り。



確信や根拠があるわけではない。



何が大丈夫だと明確なわけでもない。



それでもきっと、



大丈夫。



お前が言ったから。






「・・・・・」


「なんでっ・・・」






突き放すことも引きはがすこともできないならせめて。






「なんでそんなこと言うのよ!!」















































































嫌われてやろうじゃないか。






























































































































「・・・・・・・・・・・・・・」





沈黙は痛みを増やす薬でしかなかった。



が視線を俺からそらして



バスケのボールは手に持ったまま



歩を進めた。



俺がさっき歩いてきた林を通る道を公園の出口へ足早に向かう



俺にできるのはその背中を見ていることだけ。







「(俺から離れることはできないから)」






だから、嫌ってくれ。



が一瞬泣いているように見えたが



きっとあの雨の日の残像なのだろう。



の頬を流れた涙の痕ではなく雨の痕。



あの、残像。
























































大丈夫。



なら大丈夫だ。



俺の言葉など真っ直ぐな目でつらぬいて



そうして進んでいく。



大丈夫。



には柳生がいるから。



見つめる背中を追いかける資格も術も



俺にはない。



























想いは長く 長く 長く


今 何時 どこに 出会えたならばうれしくて


届くならそう 君にだけ


泣き叫べノクターン



























あの曲がリピートする。



なぜ?



なぜ、こんなにも魅かれる?変な唄。



この唄を唄っていた男が俺と同じだったとでもというのか。



俺と同じ



果たされない恋をしていたとでも?












(・・・だから、なのか?)











だからこんなに



魅かれる?



突然制服のポケットに入っていた携帯が震えた。



電話だ。



ディスプレイには丸井の名前。



通話ボタンを押して耳に当てる。






「・・・・もしもし?」


『あっ仁王?今どこ?これから幸村の見舞いに行くって話になってんだけどよ。お前来れそう?』


「・・・・・・・・・・・・・」


『・・・仁王?』











慕うは慕情










思い出す旋律の悲しみは忘れさろうとする調



傷つく男が奏でる音色、嘆き。



俺には唄えない。



唄ったらこぼれ落ちる、あふれる、とまれなくなる。



誰かの心打つような、そんな昇華は望めない。






「・・・・なぁ、丸井」


『あ?』


「あの唄」


『・・・あの唄?名前がないやつ?』















慕うは慕情



焦がれる衝動



美しきよ花  香は君



つのる想いのラプソディー

















つのる想いの狂詩曲






















































「あれは、失恋の唄じゃなか?」

































































End.