君は、とても優しい。
『呼吸困難』
秋の気配は
少しの肌寒さと
屋上に吹く風と
寝心地のよさでわかる。
ふと目が覚めると
いつからか
俺の隣に君がいることに気付いた。
「・・・」
「・・・起こしちゃった?」
「起こしてくれてよかったCー!せっかくが屋上に来てくれてたのに。」
「だってジローちゃん気持ちよさそうに寝てるんだもの」
秋の気配の近付く屋上で
すねた顔して見せた俺に
がごめんねと笑いかけた。
俺はいまだ仰向けになって屋上に横になったまま
顔だけはに向けて。
「・・・もう放課後?」
「そうだよ。帰る?ジローちゃん」
「もう少しといたい」
「・・・うん。一緒にいよ」
くすっと笑う。
その声も
俺に返ってくる言葉も
視線も笑顔も
は、とても優しい。
優しくて、そんなが俺は大好きなんだ。
〈ガチャッ〉
「あっ。こんなとこにおったんか。跡部知らん?」
屋上の扉を開けたのは忍足だった。
夏が終わって俺たちはテニス部を引退した俺たち
もマネージャーとして
俺たちと夏を終えた一人だった。
「跡部なら榊先生のところに行ったよ」
「なんでやねん!俺監督に跡部呼んで来いって言われたのに」
「入れ違いだね。お疲れ様、忍足」
「・・・もう帰るわ」
肩を落とした忍足にが笑う。
優しい声で
優しい言葉をかける。
「・・・・・・」
優しい目で忍足を見て
バイバイと
屋上を去っていく忍足に手を振った。
「・・・ー」
「何?ジローちゃん」
俺がの制服の袖をほんの少しだけ引っ張る。
もちろん横になったまま。
今度は顔だけじゃなくて
体ごとに向けて
「ジローちゃん?」
「。・・・好きだよ」
「・・・どうしたの?」
見つめ合うのは何度目だろう。
の服の袖を引っ張ったまま
視線を合わせる。
は、とても優しい。
「・・・は部活のときから変わらないね」
「え?」
「みんなに優しい。」
優しい。
声も言葉もその視線も
俺だけのものには
けしてなることはなかった優しさ。
「・・・・・」
「・・・ジローちゃん?」
「・・・・、好き。」
秋の気配が近付く屋上。
部活が終わった今。
ここに吹く風さえにも
をあげたくなかった。
「ジローちゃっ・・・・(!!)」
俺は上体を起こして
の頭を引き寄せて
そのままキスをした。
「(・・・何度目かな?)」
「んっ・・・・んん・・・」
こうしてキスをするのも
君に好きだと言うのも。
「・・・っ・・・ジローちゃ・・・」
が苦しがる。
なかなか俺がキスをやめようとしないから。
俺の胸元に手をおいて俺を離そうとする。
俺は逃がさないように
さっきよりもの頭を片手で引き寄せ、
もう片方の手での抵抗を示す手を握る。
「・・・ふっ・・・は・・・」
こぼれる吐息
角度を変えては
の唇に俺の唇を押しつける。
は、とても優しい。
その声もくれる言葉も視線でさえも
(ずっと他の誰にもあげたくなかった。)
でもはマネージャーで
その優しさを俺だけのものにするなんてできなくて。
「ジローちゃ・・・・・」
好きじゃ言い足りない。
愛してるじゃ物足りない。
酸素を求めて
が小さく口を開けた。
俺はのそこに舌を滑り込ませる。
「・・・・ん・・・はっ・・」
俺がやめようとしないキス。
今
はきっと
呼吸困難。
「ん・・・ジローちゃ・・・」
かすれる声が
「・・・・・・」
愛しくて。
(好きだから)
ずっと誰にもあげたくなかった。
(みんなにくれる優しさ)
俺だけのものにしたかった。
(いつだって笑いかけてくれる)
その優しさ。
(・・・全部。全部。)
声。言葉。視線。
(の全部)
こぼれる吐息さえ
(誰にもあげたくない。)
屋上に吹く風にだってさらわせたくない。
(俺だけのものにしたい。)
「ジローちゃ・・・・・・・んっ・・・・死んじゃうよ・・・・」
のその言葉に
ゆっくりと
名残惜しくも
俺はから唇を離す。
「・・・・・・ごめんね。苦しかった?」
俺の目の前にいるは
乱れた呼吸を整えようと
肩で大きく呼吸する。
「?」
の唇が艶っぽくて
俺はまたにキスがしたくなるけど
が俺と目を合わせようとしてくれなくて。
「・・・・。ごめん」
好きじゃ言い足りない。
愛してるじゃ物足りない。
誰にもをあげたくなくて。
「・・・・ジローちゃん?・・・・泣いてるの?」
「ごめん。・・・ごめんね、」
嫌いにならないで。
ただそう思っただけ。
俺の目の前が滲んだ。
誰にもあげたくないのに
その優しさが俺だけのものにならないことは
とっくに分かっていた。
ずっと知っていた。
まだ呼吸が乱れる。
やっと合った視線。
は変わらず優しい目。
(・・・・あれ?)
「・・・ジローちゃん・・・」
いつも想ってるんだ。
「・・・泣かないでジローちゃん」
いつも想ってるんだ。
(呼吸ってこんなに苦しかったっけ?)
こんなことでもしないと
伝え切れない。
「・・・ジローちゃん」
ふわっと吹いた風が
を俺のところまで運んだみたいに
が俺に優しく優しく
触れるだけのキスをした。
「・・・・」
「・・・はぁ・・・まだ苦しいよジローちゃん」
続く息切れの中
が俺に笑う。
「(・・・苦しいね、)」
もう一度君を引き寄せて
何度も短いキスを繰り返した。
が苦しくないように。
「・・・ジローちゃん」
君は、とても優しい。
「ん?」
その声も言葉も視線さえも
誰にもあげたくない優しさは
けして俺だけのものになることはない。
「(!)・・・・?」
が俺の目元にそっとキスを落とす。
「苦しかったけど、嫌じゃなかったよ?・・・だから、泣かないで。」
優しい、優しい
君のすべて。
好きじゃ言い足りない。
愛してるじゃ物足りない。
こんなことでしか伝えきれない。
「・・・・・・・(苦しい)」
君は、とても優しい。
とても。
とても。
「(呼吸ってこんなに苦しかったっけ?)」
のくれる声も言葉も視線も
ただただ優しくて。
再びからくれたキスは
ただただ愛しい。
触れるだけの軽いキスなのに
さっきのと俺は一緒。
その優しさをもらうたび
ただただ俺は
呼吸困難。
End.