どこまでもどこまでも。




本当に、この空はどこまでも続いているのか。




果てなど誰も見えないのに。











「日吉ー!」










どこまでも。



どこまでもどこまでも。






































『クレイジーライフ』









































仰いでいた空から、



視線は俺を呼んだ声の持ち主へ。





「よかった。今日もここにいた!」


「・・・・部活の連絡ですか?先輩。」


「そう!今日は最初郊外走るって!!」





晴れ渡る空には雲ひとつなく。



それは先ほどから何度も目にしていた空の様子。



屋上の上では青が広がり。



今俺の目の前には、息を軽くきらして立っているテニス部マネージャーの先輩。



俺は屋上を囲むフェンスに寄りかかって立っていた。



吹いた風が目の前の彼女の髪を揺らす。





「で?」


「ん?」


「用はすみましたよね?」


「そうだね!それじゃ一緒に昼食べよっか、日吉。」


「・・・・・・・・・・・・・・」





今は昼休み。



屋上にはもちろん俺以外にも人がいた。



先輩は手に持っていた小さな手提げを屋上の床に置くと



そこに座った。





「・・・なんで俺と。跡部先輩たちと食べればいいじゃないですか。」


「あっ。じゃあ日吉も一緒に行く?」


「俺は母が作った弁当がありますから。」


「学食は持ち込みOKでしょう?」





立ったままの俺を先輩は笑って見ていた。



最近、この人は昼休みになるとここへ来る。



以前から部活の連絡のために昼休みに俺を探していることはあったが、



昼を一緒に、なんていうのは今日が初めてだ。





「長太郎も樺地も跡部達といるし。行く?」


「・・・どうぞ行ってきてください」


「日吉が行かないならあたしここで食べよーっと」


「・・・・なんで俺と」


「ん?日吉1人じゃ寂しいかなぁって」


「・・・・・」





・・・・・・・おかしな、人だ。



先輩が自分の昼をその場に広げ始める。



俺はいまだ立ったままそれを目に映し。



・・・何をどう勝手に解釈すれば



寂しいなんて



そんな結論にたどり着くのか。






「・・・・寂しいわけないでしょう。たがが昼食で。」


「でもいつも日吉1人でいるでしょ?なんで?お昼はみんなで食べるものなんだよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






理由なんて、とくにない。



ただ、特に人と馴れ合おうとも思わない。



だから、












「・・・1人でいるのが好きなんです」












いくら勝手なこの人でも



こんな文句を聞けば遠ざかるだろうと。
















































































「あたしは日吉といるのが好きなんだけどな。」

























































・ ・・・なんて。





(勝手な。)





「はい!日吉も座る!!お昼食べよー。」


「・・・・・・・・・・・・」





いつもあなたは



そうやって勝手に。



小さなわがままを突き通して。



そうしてどこまでも。



どこまでもどこまでも。



果てなど誰も知らない空みたいに、



俺の意見なんか聞きもせず、俺を否定していく。




(・・何を)




何をそんなに無邪気に、笑っているんですか。















「ね、若って呼んでもいい?」


「・・・・・は?」


「この間跡部が景吾って呼べって言うから景吾って呼び始めたんだ。」














俺は自分の弁当を広げ、



先輩と少し離れたところに座っていた。





「でね、忍足のことも侑士って呼ぶようになって。宍戸のことも亮って呼ぶようになったの。」





いきさつを、経過を話しきれてない先輩。



でも話を聞かなくても想像はつく。



跡部先輩を下の名前で呼び始めた先輩を見て、



先輩達が自分もと先輩に言い寄る姿。



・ ・・・・・・・どうして。




(意味がわからない。)




こんな、少しの苛立ちを覚えなくてはならないのか。



あまりに意外にも想像力が豊かだった自分に驚いてか、



俺は箸を持つ手を止めていた。






「じゃあ、若ね!」


「・・・・・別に他の先輩達を下の名前で呼び捨てにしてるからって俺までそうしなくても・・・・・」


「・・・若。若か。うん・・・・・・若!」





確かめるように、その響きを、しっかりと覚えるかのように。



何度か俺の名前を呼ぶ声は。



とても。



・ ・・とても。






「若もじゃなくてって呼んでね!」


「なんでそうな・・・・・」


「じゃないと応えないからね!」


「・・・・・・・・・・(とても)」






わがまま。勝手。・・・勝手だ、この人。



俺の承諾を得ないなら聞かなければいいのに。



勝手に決めて。



どこまでもどこまでも。



誰も果てなど知らない空みたいに、



俺の意見なんか聞きもせず、俺を否定していく。






「若のお弁当おいしそうだね!さすがお母さん!」


「・・・・何か、つまみますか?」


「そう言ってくれるの待ってた!」


「・・・・・・・・・・・・・」






おかしな、人だ。





「おいしい!お母さんにありがとうございましたって伝えてくれる?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





何を。




(・・何を)




何をそんなに無邪気に、笑っているんですか。





















































































































































































































































































































































































































「若―!!」


「なんや、日吉も下の名前で呼ぶようになったん?


「羨ましいでしょう、侑士」


「せやな。・・・ホンマ。」





背筋が凍る視線をあびる。





「羨ましいなぁ。」


「・・・・・」





放課後の部活。



忍足先輩とは多少の距離があるにもかかわらず、



その視線が、嫌だった。



俺は何もしていない。



笑っているくせに睨んでいる。



勘弁して欲しい。



ただでさえ、少し忍足先輩は苦手なのに。





「若!」


「・・・・・・・(呼んだくせに)」





それじゃあ俺があなたに向かって足を進み始めた意味がない。



自分からこっちへ来てくれるくらいなら、呼ばなければいいのに。



先ほどまで忍足先輩の近くにいた先輩が



いつのまにか俺の目の前に立って俺に笑いかけていた。






「監督がね、最後の10分は若の試合を見るから準備しておけって。」


「そうですか。」


「がんばってね!」


「・・・ありがとうございます。」







視線が痛い。



特に3年レギュラー陣。



俺は何もしていない。



ただあなたが笑うからだ。



名前を呼んだくせに自分からこっちに来るからだ。






先輩仕事があるでしょ・・・・・・」


。」


「・・・・・・・・・・・・・・」


だってば!」







早く、マネージャーの仕事に戻ってください。



なんで俺がこんな敵意のこもった視線を受け続けなければならない。



そうは思っても。




(・・・・・下克上だ。)




先輩が俺が名前を呼ぶのを待っている。



俺の目の前で上目遣い。



俺を見上げて。



俺を見続け、待っている。



俺が名前を呼ぶのを。





「早く、仕事に・・・・」


「・・・若」


「(・・・・・ダメだ。)」





この人はマネージャーの仕事をちゃんとこなしているし



この人はわがままで、勝手だから。



自分の要求が果たされるまで。



こうして俺を見上げてるだろう。





「・・・・・・・・・先輩。」


「これからもそう呼んでね!若!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」





なんて、勝手な。



何を。



何をそんなに無邪気に、笑っているんですか。









































「(!)危ないっ・・・・・・!避けろ!!」






























































突然の声に仰いだ空。



見上げればテニスボールが俺と先輩に向かってくる。




(っ・・・ぶつかる!)




目の前の、このわがままな人に。









































































































































































































































































































「っ・・・・・・・若・・・・」


「っ・・・・・・・大丈夫ですか?」





背中に、鉛を投げつけられたような鈍い痛み。



一瞬抱きしめた先輩を



すぐに離して2、3歩そこから後退する。



足元で俺の背中に直撃したであろうボールが転がっていた。





「日吉!大丈夫?!先輩怪我ないですか?!」


「おい、大丈夫かよ。背中か?当たったの。」





駆け寄ってきたのは鳳と宍戸先輩。



遠くではボールをこちらに向かって飛ばしてしまっただろう部員が



跡部部長と忍足先輩と胸倉をつかまれ、せめられていた。




(・・・不運だな。)




そう思えるほどの余裕があるので



背中に体をよじりたくなるような痛みは少し残っても、



俺自体は平気なようだった。



平気じゃないのはむしろ。





「・・・・・先輩は大丈夫なんですか?ぼーっとしてないでくださいよ」


「っ・・・・・・・・若のバカ!!」


「ちょっと待て、!落ち着け!!」


「・・・・・・・・・」





あなたは無事だったのかと声をかけたにもかかわらず



先輩が俺に詰め寄る。



それを制止したのは宍戸先輩。



バカって。



なんでそんなことを言われなければならない。



とっさのこととは言え、かばわないほうがよかったと?



鳳が俺と先輩を交互に見る。



先輩が声を荒げた。





「若のバカ!!ボールぶつかったところ大丈夫なの?保健室行こうよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「折角今日監督が若の試合見に来るのに・・・。大丈夫?!テニスできそう?若のバカ!自分のことだけ大事にしてよ!」





何を。



何をそんなに。






















必死に怒っているんですか。


































「・・・・痛くないし、動けるし。」


「わかっ・・・・」


「・・・・・・・俺は平気でしたけど、先輩は?」


「っ・・・・・・・・」





宍戸先輩があきれた顔で笑い、鳳が俺の背中を軽く押し、



それがちょうどボールがあった部分だったので



俺は鳳に肘鉄をくらわせる。



先輩が必死な表情からよろめいた鳳を見て、



少し苦笑し。






「若がかばってくれたから。」






そう言って笑った。




(・・・・・・・・・・・・)




それを見た俺は溜息を一つ、緑のコートに贈った。



助けたのにバカなんて呼ばれる筋合いはない。



でもあなたは勝手でわがままで。



俺の考えや行動を否定するのは慣れているから。



だから、別に、今更。



だから、この胸に少しだけうずく感情はなんなのかと問いても



それは苛立ちではないと、応えるほかなく。



他に答えがでてこなくて。




























































































「バカって言ってごめんなさい!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





・・・・・・・・・・・・ああ



きっとバカはこの人だ。





「別に・・・・・・・」


「若はバカって言われてもいいの?!」


「・・・・・・そうは言ってないです。」


「ごめんなさい!」





翌日、昼の屋上。



再びその手に小さな手提げを持ってきた先輩。



それを見て、今日もここで昼を過ごすのかと。



そう推測しているときに突然飛び出した謝罪の言葉。



昨日の言葉に後悔しているらしい。






「もうホントっごめんなさいっ・・・・ごめんなさい、ごめんなさい。」


「・・・・・・・・・聞き飽きました」


「若、背中は?本当に大丈夫?」


「・・・・・アザはできましたけど、別に。」


「アザ?!」


「・・・・・別に平気ですよ」






落ち込む目の前の姿は



なんだかおかしかった。



いつもわがままで、勝手で、俺なんか否定して自分でどんどん進んで行ってしまうくせに。



別にと言っているのに。



平気だと言っているのに。



あなたの謝罪は一進一退。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・あ。」





先輩が俺の顔を見て固まる。





「・・・・なんですか?」


「わっ若!!・・・・・・っ・・笑ったらダメ!!」


「・・・・・・・・・・・は?」





自分の頬の筋肉が緩んでいたことに今更気付き。



・ ・・・・・ダメって、なんだよ。




(俺に笑うなと?)




またいつものわがままなんだろうか。



































































































































































「若、笑うとかっこいいから他の人の前で笑ったらダメだよ!」























































































































































































































・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



顔が、赤い。



目の前の、わがままのこの人の顔が。





「わっ若!昼食べよ!!休み時間終わっちゃう!」


「・・・・・・・・・・・・」





・ ・・・・・・あの時。



ボールが飛んできたとき。



あなたは、何を必死に怒っているのかと思ったが。



俺は、



何を必死に、思わず抱きしめるほど。





(何を必死に守ろうとしたのか。)





「はい!若も座る!」


「・・・・・・・・・・・・・・」





いや、かばうのは当たり前、きっと自然なことだが。



それより。



何かが違って。



なにか、もっと別な大事な何かが違って。






「ね、若の一番ってなに?」


「・・・・・・なんですか?いきなり」


「・・・・・・聞いてみたいなぁって!」


「・・・・・・・・・・・・・・」






この胸に少しだけうずく感情はなんなのかと問いても



答えなど、知らなくて。






「・・・・・・テニスと古武術です。」


「2つ?意外に欲張りだね!」


「・・・いいんですよ。」






目の前に座るこの人が。



勝手で、わがままでどこまでもどこまでも続く空のように



俺を否定するあなたが、



俺のなんなのかなんて。
















「一つだって、こぼしはしないから。」















俺の、なんなのかなんて。






「・・・・・・・・若らしいね。」






どこまでもどこまでも。



本当に、この空はどこまでも続いているのか。



果てなど誰も見えないのに。



笑うわがまま勝手な人。



どこまでも。



どこまでもどこまでも。



何をそんなに無邪気に笑うんですか?






































































































































































































































「日吉―!」


「・・・・・・・・・・」


「あっ。そんな嫌な顔するなよ。背中大丈夫?」


「お前こそ笑顔でかけよってくるな、気持ち悪い。」


「・・・・・日吉、今のは傷つくって。」





今日の放課後の部活。



まだ人もまばらで部活が始まる前の雰囲気。



俺に笑顔で駆け寄ってきたのは鳳。



背中は、本当に平気だった。



あざは残っても痛みはさほどではないし、



テニスには支障がなく。





「長太郎。今日亮がちょっと委員会で遅れるからさきにアップしとけって。」


「あっはい、先輩。ありがとうございます」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「若、背中は?」


「大丈夫です。・・・何度言わせるんですか。」


「何度でも。」





鳳が俺の後をついてくる形で話していた。



そこにやってきたのは先輩。



やっぱり勝手な人だ。



そんなに何度も確認する必要などないのに。





「あっ。先輩。」





鳳が先輩にさっきよりも近寄る。



彼女の髪に落ち葉がついていた。



鳳のあとにそれに気付いた俺。



鳳が近づいたのはそれを取るためだと知る。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





どこまでも。



・ ・・・・・・どこまでもどこまでも。



鳳の手が、先輩の髪に伸びる。



どこまでもこの胸に少しだけうずく感情。



これは、



・ ・・・・・これは。






























































































































































































































「触るな」












































































































































































「ひっ日吉?」


「若っ・・・・・・」





気付けば、俺の手は鳳の手首を握り。



鳳の手は先輩の髪に触れることなく俺に制止され。



先輩と目が合った。




(・・・・・俺は。)




俺は。





「え?日吉、俺汚い?」


「は?」


「だって触るなってっ・・・・手、汚れてるとか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





アホか、こいつは。



鳳が俺に詰め寄る。



俺は軽蔑のまなざしで鳳を見つめる。





「日吉!そんな軽蔑した目で見ないで!!俺のこと嫌い?ね、嫌い?」


「・・・・・・うざい。」


「日吉!!」





俺と鳳の近くには先輩。



俺は鳳に詰め寄られる。



俺は鳳を見ないようにする。





「・・・・・・若、あたしが汚いとか?」


「は?」


「だから長太郎があたしに触らないようにって!・・・・・そうなんでしょ?!」



「・・・・・・・・・」


「若!あたしのこと嫌い?ね、嫌い?」





・・・・・・・バカか、この人は。



とりあえず鳳との距離が近い。うざい。



視線を先輩のほうに向ければ少し泣きそうになっているし。



なんだ、この状況。



誰か助けろ。






「・・・・・・動かないでくださいよ」


「若?」






俺は手を伸ばす。



鳳が取り損ねた落ち葉を先輩の髪からとる。



鳳から離れる。



鳳が傷つく。



「日吉ー」そんな情けない声がした。






「・・・練習行きます。先輩も仕事ありますよね」


「・・・・・若、待って!」






鳳を放っておく。



俺は自分がいるべきコートに向かう。



俺に待ってと言った先輩に無意識のうちに



笑って見せながら。




































































































































































































「嫌いじゃない。」



「え?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好きです。」

































































































































































どこまでも。



どこまでもどこまでも



広がる空に、教えよう。






「つっ、付き合う?若!」



「・・・俺には一番がある。」



「あたしの一番は若だもん。」






この胸の問いに関する解。



勝手な人がいる。



わがままな人がいる。



先輩は笑うってはダメだという。



でも、あなたの前で、頬の筋肉が緩まずにいられない。

















「あたし、若といるの好きなんだ。」















なんて、勝手な。



心地のいいわがまま。



俺の考えも行動も否定して、



そんなわがままがくれるなんとも勝手な心地よさ。



この胸の問いに関する解。



まだ、部活が始まりきる前に。



あなたを好きな他の人たちがここにいないうちに。



誰も聞いていない。



コートの隅で。








































































「言っておきますけど俺は一番が増えたって、一つだってこぼしはしない。」





























































































































































どこまでも。



どこまでも、どこまでも。



続いているという空。



それは誰にも果てが見えない。





「っ・・・・・・長太郎ー!若があたしのこと好きだってー!!」



「ちょっ・・・なっ・・・・」





どこまでもどこまでも勝手なあなた。



どこまでも



心地のいいわがまま。








「あっ侑士たち来た!」


「(げ。)」








どうか、今の先輩の叫びが届いていませんよう。








、今なんやて?」



「(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)」







別に、いいけれど。



今更、別に。



もうどうしようもない。



わがままも勝手も。



全部一番にしてしまうのだから。





「あのね、若が・・・・・・・・・・・」





たとえ立ちはだかるのが、恐怖であっても。




(・・・・・・下克上だ。)




何一つ、






























































































































































こぼすつもりはない。

















































End.