「おはようございます、先輩!」




「おはよー。今日も長太郎が一番のりだね!」




先輩には負けますけど」




「部員より早く来てないとマネージャーの顔が立たなくなっちゃうよ。長太郎に負けないようにしないとね!」
























『クローバー2』
























<ガチャッ>





朝練に誰より早く行くこと



それが俺の日課だった。






「おはよう!長太郎!!」






「・・・・・」






開けた部室のドア



聞こえてくるはずの声は昨日を境に聞こえてくるはずのない声に変わってしまった。



一昨日だったら先輩がいたのに。



誰より早く部室に来て



誰か来たらすぐ練習できるようにネットをはり終えて、ボールをだして。



すべてを終えて



部室のイスに座っている。



おはようと言ってくれる先輩。



・・・昨日も



俺が先輩より早く部室に来てしまっていた。






「・・・・(不思議だ)」






誰もいないコートの上。



こんなに空虚な空間だっただろうか。



こんなに



寂しい場所だっただろうか。



目を閉じてゆっくり吸い込む朝の空気



目を開き



始めるサーブ練習。






「長太郎!あたしがボール拾いやるよ!!」


「・・・・え・・」






俺の目に映った先輩の姿は次の瞬間には消えていた。






「・・・・・」






聞こえるはずがない。



ラケットを握り直して再びボールを打ち始める。



あなたが、






「長太郎、長太郎!」


「(・・・・)」






コートに立つことは二度とないのだから。






「困ったことがあったらなんでも言ってね!」


「(困ったこと・・・)」






俺の打った何個目かわからないボールはネットにひっかかった。



困ったこと。











































「・・・・あなたが、いないことです。」












































先輩。



あなたに秘密にしていたことがあります。































































































































あなたが死んだと聞いた。



会いに行ったあなたは



確かに呼吸をしていなかった。



嘘だと思った。






(・・・思いたかったんです)






だって、先輩。



あなたを失うことになるなんて



俺達の誰が予想できたと思いますか?



俺にできたのはいつものように



誰より早く朝練に行くことだけ。



最後に、



最後にあなたと交わした言葉、なんでしたか?






「(・・・覚えてないんです)」






あなたがいなくなるなんて



知らなかったから。











「・・・・・・・・・おい、長太郎。」


「(!)はっはい!」


「そういうわけだから、跡部からな。いつも通りの練習だとよ。」


「・・・・・はい、宍戸さん」











部活の連絡も



いつも先輩の仕事だった。



休み時間に俺のクラスまで来て名前を呼んでくれて。



今日もがんばろうねと。



すぐさまうなずくしかないほどの、元気をくれた。






「長太郎」


「・・・はい」


「・・・みんな感じてることはいろいろあるみてぇだぜ?・・・俺も・・・俺だって」


「宍戸さん・・・」


「けど、頑張ろうぜ!あいつを全国一のマネにすんだろ?」


「・・・はい」


「・・・じゃあな」






宍戸さんも



他の先輩達も特に何も様子が変わることなく朝の部活を終えていた。







「(全国一のマネージャー・・・先輩はいないのに)」







握りしめた拳の指から伝わる手のひらの温度が



やけに冷たくて。






先輩。






あなたがいなくなるなんて



わかっていたなら



あなたに秘密を、きっと言えていたのに。






























































































































「一年!早くボール持ってこい!!」


「・・・・・」






跡部先輩の声が部活中のテニスコートを突き抜ける。



先輩のしていた仕事はテニス部の一年生が分担して補うことになった。






「大変そうやなぁ」


「今まではが一人でやってたんだよな」


「・・・・せやな、岳人」


「・・・・・」






世話しなく走り回る一年。






「(先輩)」






俺は静かに目を閉じた。



次に、目を開けた時























あなたがこのコートの上に、いたらいいのに。


























「・・・長太郎。大丈夫か?」


「あっ・・・はい」






部活の終わったコート



俺は動くことができなかった。



部活の準備から、今度は片付けに追われる一年。



目を開けても先輩はやっぱりここにはいなかった。



先輩が一人でやっていたことを



誰かが代わりにやってしまう。






(・・・・いつか)






そうやっていつか



先輩のしてきたことを誰かが補って



忘れてしまう日が来たら。



あなたが俺達の側にいたことさえ忘れて。



こんなにも寂しいと思うコートがそうではなくなって。






「(・・・わかってる)」


「長太郎?」











わかってる。











「・・・宍戸さん。先輩はどうやってあんなにたくさんの仕事片付けていたんでしょうね!」


「あ、ああ。」






部室ではレギュラーが着替え終わり



まだジャージに身を包んでいるのは



最後に部室に入ってきた俺と宍戸さんだった。






先輩は本当にもう全国一位のマネージャーだったのかもしれませんね!」


「長太郎、お前・・・」


「そう言えば朝もいつも一番に来てて、俺がどんなに早く来ても先輩が先にいるんですよ。」






部室の中で声を発しているのは俺だけだった。



他の先輩達はロッカーに体を預けたり



部室のソファに座って俺を目に映していた。



俺はわざと明るい声で先輩の話をする。



先輩達の顔色が怖くて伺えず



部室の入り口で突っ立ったまま



うつむきながら宍戸さんに話しかける形で頼らせてもらって、話を続けた。






先輩は・・・」


「やめろ、鳳。・・・・・・・ジロー、しっかりしろ。」


「(!!)」






跡部先輩の声に顔をあげた俺。



目にしたのは



跡部先輩と同じソファに座る芥川先輩の頬を



一筋の涙が、静かに流れているところだった。







「・・・ジロー」







忍足先輩が芥川先輩の名を呼んだ。



芥川先輩は涙を拭うことはしなかった。



一言も声にすることなく俺を見て



ただ、泣いていた。







「すっすみませんでした!(・・・・・・・・・でも)」


「長太郎・・・」














‘私がいるよ’












先輩達に向けて下げた頭を



俺はあげることができなかった。






「長太郎」






あなたの声が俺の名前を呼ぶのが













聞こえた。












お願いします。



誰でもいいんです。



先輩の話をしてください。



誰でもいいんです。






「(!)・・・長太郎」


「すみません・・・でも俺・・・・・・忘れたくないんです。」






頭を下げたままの俺の立つ床



ぽつぽつと涙のしみができていく。






「・・・鳳っ」


「岳人。」






俺は、顔をあげた。



忍足先輩は向日先輩の肩に手を置き向日先輩を制止していた。



二人は俺を目に映す。







‘私がいるよ’







そう言ったあなたは



もうここにはいない。






「こっ声に、してないと、先輩の話を・・・・してないと・・・・」


「長太郎・・・」


「宍戸さん、俺、忘れたくな・・・くて・・・」






部室中の視線が俺にある。



先輩。



秘密を



あなたに秘密にしていたことを。



俺は


















































あなたが好きでした。




































































「もう・・・・今日なんですね」


「長太郎」


先輩がいなくなったのは昨日なのに・・・」






涙は、途切れることを知らず俺の目を支配する。



芥川先輩も俺を見て、いまだに涙を拭うことをしようとしなかった。



俺も拭おうとはしない。







「いつか・・・」






一度でいいから伝えたかった。



だけどいつだって、みんなに囲まれ



笑っていたあなただったから



ずっとその時が続くなら



それでいいと思った。







ずっと、続くなら。







「・・・・先輩方は怖くないんですか?(知らなかったんだ。)」






昨日、あなたは死んだ。



この場にいる俺達全員は



先輩の抜け殻に会いに行った。






「怖く、ないんですか?(忘れること)」






秘密を。



あなたがいなくなるなんて知らなくて



打ち明けることができなかった秘密。



先輩が一人でやっていたことを



誰かが代わりにやってしまう。






(・・・・いつか)






そうやっていつか



先輩のしていたことを誰かが補って



忘れてしまう日が来たら。



あなたが俺達の側にいたことさえ忘れて。



こんなにも寂しいと思うコートがそうではなくなって。






(わかってる。)






あなたはここにはいないから。



だけど



あなたを忘れる俺なんか



あなたを好きだった俺を忘れる俺なんか


















































































































俺じゃない。




















































































































































「俺は、怖いんです。」






あなたが俺達と一緒にコートの上にいることは



もうない。



お願いします。



誰でもいいんです。



先輩の話をしてください。



誰でもいいんです。



ただ、あなたを



忘れたくなんてないから。






「・・・怖ないわ。そんなことまったく。」



「俺も侑士と同じ。」



「しゃくだが、忍足に同感。」



「しゃくって、宍戸。一言余計やわ。」



「・・・俺も。忘れることなんて怖くない。ね、跡部」



「・・・・・・」






跡部先輩は芥川先輩の問いに何も口にすることはなかった。



ただ貫かれそうなほど鋭い視線で俺を見ていた。



あなたがいなくなったのは



まだ昨日のこと。



たった一日でわかった。



先輩のいない



空虚な、この空間。



寂しさと悲しみの







あなたのいない喪失感。







たった一日。



それだけでこんなにも怖くなる。



あなたのいないこれからの日々。



それでもめぐる毎日。



止まることは許されない俺たちだから。



振り返っても見なくなるくらい、



あなたを遠く、置き去りにしてしまうかもしれない。







「忘れるわけがねぇんだよ。」



「宍戸の言う通りやで。俺達がいるかぎり、が消えることはない。」



「考えてみろよ、長太郎。あいつのことを俺達の誰が忘れんだよ。お前が忘れんのかよ」









「長太郎」









先輩の声が俺を呼ぶ声が



聞こえた。









「忘れるわけないねん。確かにはここにいたんやから。」









涙がこの目を支配する。



最後に、



最後にあなたと交わした言葉、なんでしたか?






「(・・・覚えてないんです。)」






会えなくなるなんて知らなかったから。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひどい人ですね」






一度でいいから



伝えたかった。



・・・・・ひどいよ、先輩。



置いていかないでください。






「っ・・・・・」






哀しいばかりで



ただ哀しいばかりで



あなたがいた時のあまりに鮮明な記憶は



あなたのいない世界と共に涙でかすむ。












好きでした。












・・・いえ



今も、好きでいます。










見渡しても



どこにもいないあなたの事が。



最後に交わせた言葉が、



あなたに秘密を打ち明けたものだったなら



そしたら、よかったのに。



そしたら、覚えていたのに。



最後にあなたと交わした言葉。



忘れるはずなどなかったのに。












































































































































今朝も一番のりで俺は朝練へ。



先輩。



部室のドアを開いても、あなたの声はしません。



でも、これからも



あなたより先にここに来ますよ。



もうここに、あなたが来ることはないと知っていても。



あなたがいつも座っていたイスの前で



俺は秘密を声にした。






















































































「好きです。先輩。・・・・・・・・こんなにもひどい、あなたのことが。」


















































End.                               気に入っていただけましたらポチッと。