哀しい、夢だった。




















『クローバー6』

















「跡部!」






部活が終わり



レギュラー達が戻って来た部室



一足早くジャージから制服に着替え終えた俺はロッカーをしめ



レギュラー達とほぼ入れ替わるように部室から出て行こうと



ドアノブに手にをかけたところだった。






「跡部!俺達!!」


「・・・」


「俺達は・・・・」






背中ごしに受けるのはジローの声だった。



わざと振り向かない俺はレギュラー達の顔を見ることはしない。



お前らの泣き顔なんて見る気もない。






「・・・・・」






〈ガチャッ〉






「っ・・・跡部!」






見る気も、ない。



開けた部室のドア。



呼び掛けに応えることもなく



俺は外へと歩を進めた。








「俺達は・・・」








ジローの最後の声は俺に届くことはなかった。













































































































































































静かな校舎内で



聞こえていたのは俺の足音。



長い廊下を渡りきり突き当たりの階段を上がる



放課後の、大抵の部活は終わり生徒の多くが帰途の中



俺には向かう場所があった。



階段を上り切った奥にあるドア






〈ガチャッ〉





「・・・・・」





聞こえてきたピアノ



ショパン



【幻想即興曲】



たくさんの机が並べられ



奥にある一台のピアノ



たった今ショパンを奏でる弾き手は



この音楽室に足を踏み入れた俺に気付いているのかいないのか。



ピアノの演奏が止むことはなかった。















「・・・・・」













「何よ、下手で悪かったわね」






いつかのショパン






「下手でも好きなの」






いつかの幻想即興曲



けして繊細ではない鍵盤のタッチ



転ぶ指使い



それでも俺の心を貫いた音






























































「・・・・・・榊監督」







ピアノの音が止む



まだ音楽室の入口に立っていた俺は教室の中央まで進み



一つの机の上に座った。






「跡部か。何か用か?」


「用と言うよりは連絡です。」






ピアノを前にイスに座ったまま榊監督は俺の話を聞いていた。






「監督。現レギュラーを・・・・。レギュラーを全員下ろそうと思います。」


「・・・全員?跡部、どういう経緯だ。」


「・・・最近の練習から判断しました。今のあいつらでは全国へ辿り着けない」


「・・・・跡部。あいつらは敗者か?」


「・・・・・・」






俺の目にピアノが映った。






「あいつらはまだ戦っているのではないのか?の死から。」



「・・・・・戦う前から勝てないでいるんですよ、あいつらは」






お前らの泣き顔なんて見る気もない。



だから俺は



振り向かない。






「・・・考え直せ跡部」


「(!)監督!部長の俺が決めたことです!あいつらじゃ全国へは・・・」


「考え直せ。跡部」


「・・・・・・」






榊監督の手が再び鍵盤の上に移動した。



聞こえてくるピアノ



ショパン



【幻想即興曲】






「・・・・・・」






「景吾。景吾もピアノ弾けるんでしょ?弾いてよ!」






いつかのショパン



いつかの幻想即興曲



榊監督のピアノは



俺が音楽室のドアを閉めたと同時に聞こえ無くなった。








「跡部!」


「・・・・忍足」







音楽室へと続く階段。



その途中に忍足はいた。






「堪忍。待たせてもろうたわ」


「・・・・」


「あっ跡部!」






忍足を通り過ぎ



俺は靴を履き替えるべく昇降口へ歩く。






「なぁ、跡部。俺達はやっぱりレギュラー落ちなん?」


「・・・・」


「・・・のこと、忘れなあかんの?」






俺の後ろをついてくる忍足の問いに



答えるつもりはなかった。






「跡部。俺達は・・・」


「(・・・ジローも言いかけてたな)」






‘俺達は’






「叶えたいんや!自分たちの為に。・・・の為に。・・・・・今は、乗り越えられないでるけど、でも、いつかっ・・・・」


「いつか?」


「あとっ・・・」


「いつか乗り越えられんのか?の死を。」






振り向いた俺が見たのは



忍足の必死な顔だった。



必死に



想いを口にしようとしたいつもの忍足らしくない顔。






「(いつか、できるのか?)」


「・・・ジローが泣くのはの為や。うまく泣けない俺達の為や。」


「・・・・・」


「受け止めようとしてんねん」




































「景吾。」







































・・・呼ぶんじゃ、ねぇよ。



振り向いてもいないくせに。






「あっ跡部!」






足早に再び俺は歩きだす。



今度は忍足が俺を追って来ることはなかった。

















「景吾」














呼ぶなよ。



振り向きたくなる。























































































































































































「おいっ!ドリンクは・・・」


「うるさいなぁもう!言われなくても作ってあるよ!!」






大抵、テニス部のマネージャーをしようと入部してくる女子達は



みんな練習風景に気を取られ仕事の一つもしようとしない。






!ボール!!」


「ここにあります!」






まだ名字でしか呼び合えない仲でも



俺が部内を仕切り始めてからとの接触は多くなった。



は他の奴等とは違った。



一人で黙々とマネージャーの仕事をこなす。



は他の奴等と違った。



他の奴らと違って、俺の指示に必ず不満と文句をもらした。






!!」


「わかってるってば!スコアはそこに持ってきたよ!!」


「・・・・・」






俺が何を言っても



はその仕事を終わらせていた。







「跡部さ、あたしに指示ださなくていいよ。やらなきゃいけないことは全部やる。みんながテニス以外のこと気にしなくていいように」


「・・・」


「だから跡部も、もっと自分のこと考えてなよ」







俺は驚いた顔をしていたんだろう。



そんなことを言われたのは、



初めてだった。






「お前・・・」


「ん?」


「・・・お前なんの為にテニス部入ったんだ?」









































「跡部達が全国で一番になれるようにする為だよ。」










































がんばってる俺達の力になりたかったと



はその時笑ってそう言った。















































































































































シャワーを浴びて



まだ濡れた髪もそのままに



自室のイスに座る。






「・・・・・」






音のない空間が



なぜかひどく嫌だった。



目に入ったショパン曲集のCD



手に取って聞いた



幻想即興曲











「あれ?景吾?聞いてたの?」










ある日の音楽室



ピアノを弾くのは





「何よ、下手で悪かったわね」





いつかのショパン





「下手でも好きなの、この曲。」





いつかの



















幻想即興曲
















?」






返って来るのは沈黙ばかりで



冷たい手は握り返してはくれない。






「・・・・






閉じた瞼は開かず



ただ俺達はお前を見つめ、立ち尽くし



そうして誰もが願っていた。





















































































































君の死よ、嘘であれ。


































































































































































































「がんばってる跡部達の力になりたいと思ってたんだ」






誰もが受け入れようと必死なのに



かけがえのないものを



は俺達に残しすぎていた。



大切すぎたんだ、お前が。



嘆いても、泣いても、憎んでも。



想いはつのるばかりで。






「・・・うらやましかった・・・」






の好きな曲が聞こえる中



ショパンに隠れて。






「うらやましかったんだよ、ジロー」






人目もはばからずに泣けるお前が。







「景吾」







呼ぶんじゃ、ねぇよ。



振り向いてもいないくせに。



お前がいなくなったから



お前と一緒に叶えようとしていた、俺達の夢は



叶えようとするたびにを思い出させて。



ここに



がいればいいのにと



叶わない想いに心が支配される、哀しい夢になった。








「・・・・・」








たった、一度でいい。



ショパンに隠れて。



声を殺して。



哀しい夢でも、叶える為に。



ジローのようにの為に



他の誰かの為には泣けないから



たった一度でいい。



自分の為に泣かせてほしい。



の好きなショパンに隠れて。
















哀しい夢でも追いかけるから。



























































































































































































「っ・・・バカヤロウ・・・・・・・・・・・・」




































































































































































































君の死よ、嘘であれ。










































































End.                        気に入っていただけましたらポチッと。