「ジロー。・・・ジロー、起きぃや」
「・・・・」
「・・・ジローが起きてくれんと俺が跡部に怒られんねん」
「・・・忍足じゃ嫌だ。」
「・・・・なんでやねん。樺地か跡部やったらええんかい」
「・・・がいい。」
ジローは、毎日泣いてばかりいる。
「がいいよ・・・」
グラウンドの片隅、草むらの上
ジローの背中が小さく震えていた。
「・・・・・・・・・涙が止まったら、ちゃんと部活来ぃや?」
泣いても、いいと思う。
『クローバー4』
心を隠すことには、慣れていた。
「遅かったじゃねえか。・・・ジローは?」
「そのうち来るわ」
「起きてたか?ジロー」
「・・・ああ」
起きて、泣いていた。
部活の始まっていた放課後のここは部室
跡部はイスに座って練習の日程や方法をノートに書き出していた。
「だいたいなんで俺にジローを起こしに行かせたん?樺地がおるやん」
「ジロー探してた時にそこにお前がいたからだろ?」
「・・・宍戸とか鳳とかもおった気ぃすんねんけど」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさとコートに行け」
「なんやパシリやん!俺ただのパシリやん!」
「さっさとコートに行け。パシリ。」
「・・・・・」
跡部は、あまり笑わなくなった気がする。
もともと常に笑っているような奴じゃないが。
時々、遠くを見て
何かを真剣に考えているように見えたし
何かを思い出しているようにも見えた。
「・・・ジロー」
「ん?・・・ああ、来たんやな」
部室の開けられた窓から
ジローがコートの上に立っているのが見える。
そこから、鳳や宍戸の姿も見ることができた。
「・・・・・・」
コートは
俺達にとって立っていたい場所。
でも今は、立っていることがとても苦しい場所。
宍戸も鳳もジローも
・・・・跡部も
俺にはとても苦しそうに見えた。
(の、せい。)
想いと思い出。
のことを
一番強く思い出させる場所だから。
「・・・なぁ、跡部・・・」
俺が窓の外から目を移して見た跡部は、
腕を組んで何かを考えていた。
何かを思い出していた。
「・・・跡部、お前。・・・何考えとるん?」
コートが目の前にあれば
いつも冷静な跡部もテニスのことしか考えなくなる。
なのに
今も合ったと思った跡部の目は
どこか遠くを映していた。
「・・・・・・・・・・・・お前は?」
「え・・・・・・・?」
「お前は何考えてんだよ、忍足。」
「忍足、あたし達の前では・・・・」
隠すことには、慣れていた。
「忍足、あのね・・・・」
(・・・・・・・)
「それでさー、聞いてよ!・・・・」
(・・・・・・・)
「忍足!」
(・・・・・・・)
「部活がんばろうね!!」
(・・・・・・・)
残像に追われてる。
空耳に侵食される。
は俺の側にいすぎた。
コートだけじゃなく、歩を進めても歩みを止めても。
側にはがいた。
・ ・・・・・いや、俺がの側にいようとしていた。
残像を追いかける。
空耳に耳を傾ける。
<どんっ!>
「・・・っと!」
「あっすみません!よそ見してて・・・」
「いや・・・・・って鳳やん。」
「あっ。なんだ、忍足先輩。」
「なんだとはなんや。かわいない後輩やなぁ」
「あ、ぶつかってすみませんでした。」
「俺もよそ見してたしな。おあいこや。」
屋上に続く階段。
ぼーっとしていたせいか上から人が降りてくるのに気付かなかった。
「忍足先輩サボりですか?」
「え、ああ・・・・。」
「俺は今サボり終えたところなんです。」
そう言いながら笑う鳳の目は、赤くはれていた。
「・・・・・鳳。」
「はい。」
「もう一時限だけさぼったほうがええで。・・・・目が目立つ。」
「(!!)」
鳳はとっさに自分の目元に触れる。
よく見れば頬にも、涙の痕。
「あのっ・・・その・・・、」
「屋上、譲ったるわ。」
「え、でも・・・・忍足先輩!」
俺は階段を降り始め、踊り場のところで足を止めた。
「そんな目してたら宍戸に怒られるで?」
「・・・・っ・・・ダっダメですよね!俺どうしても、慣れなくて・・・・」
「・・・・・・慣れる?」
「・・・・・慣れないんです。先輩のいないコート・・・・」
は
俺たちの側に、いすぎた。
鳳はまた今にも泣き出しそうになっている。
(の、せい。)
「・・・・・授業でたいんやったらその目、治さなあかんで?」
「・・・・忍足先輩は強いですね。」
「・・・・・別に。そういうわけちゃうわ。」
悲しみは全て、のせいだった。
宍戸も鳳もジローも
・・・・跡部も
俺にはとても苦しそうに見えた。
誰もが受け入れようと必死なのに。
全部、のせいだった。
が悪い。
突然俺たちの前からいなくなって。
宍戸も鳳もジローも
・・・・跡部も
‘お前は何考えてんだよ、忍足。’
「・・・・・・」
俺は強いわけじゃない。
ただ鳳や宍戸やジローみたいに。
の死にただ悲しいだけの感情を抱いていない。
俺は、を恨んでた。
を、
憎んでた。
「忍足!あのね・・・・。」
隠すことには、慣れていた。
「忍足、お疲れ!」
「ああ。もな。」
「・・・・・ねえねえ、忍足。」
「何?」
「跡部からね、聞いたんだけど。」
二年の秋。
他校との練習試合を終えて俺とは部室で偶然2人きりになった。
他の部員はみんな帰り、あとはが部誌を書き終えて部室の鍵を閉めれば、それでの仕事は終わり。
俺は折角と2人になれたこの空間がもったいなくて
が部誌を書き終わるまで待っていようと決めた。
「忍足が心を閉ざすことができるって本当?」
部誌を書くの手はとまり、俺を見つめていた。
「え。ああ。まあ。」
「・・・・それって試合中だけだよね?」
「?」
「・・・・・隠さないでね。」
「え?」
側にいすぎた。
・ ・・・いや、俺がの側にいようとしていた。
「あたし達の前では、心を閉ざしたりしないで。」
は、跡部から俺が心を閉ざすことができると聞いて、不安になったと言った。
コートの上にいる俺が、廊下で出会う俺が、
跡部にも、宍戸にもジローにも、誰にも
心を、隠していたとしたら。
「それに気付かなかったとしたらあたしはマネージャー失格。・・・・忍足。」
無意識に人との距離を置こうとするのは昔から俺のくせ。
信頼できる仲間でも、俺の本当を見せてはいないかもしれない。
の話を聞いてそう思っていた。
「あたしが、いるよ。」
知っていてほしいと、思った。
「・・・・・。」
「ん?」
2人きりの空間。もったいなくて。
いつも側にいようとしていて。
例えばを傷つけようとする全てのものからを守りたいと願っていて。
知っていてほしいと、思った。
叶わなくても。
「俺な、のこと好きやねん。付き合ってくれへん?」
守りたいと思った。
守ろうと決めていた。
叶っても、叶わなくても。
「・・・忍足・・・・・」
「・・・・・・・・・」
隠したくなかった。
の前では、心を見せていたかった。
「・・・・・・忍足が・・」
「俺が?」
「跡部に勝ったら・・・・付き合う!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
の答えはそれ。
跡部に勝つ。
もちろんテニスの話。
は何を思ってか、そんな条件を出してきた。
「・・・・。それ無理や思うてるやろ?」
「思ってないよ」
「ほんまに?」
「ほんまに。」
俺はの想いを聞こうとは思わなかった。
ただ知っていてほしいと。
「・・・・・・・・・・・・せやったら、待っててくれるん?」
「うん!待つよ!!忍足が跡部に勝つまで!!」
は待っててくれると言った。
冗談だったのか、本気だったのか。
今となっては分からない。
俺はに、想いを告げていた。
なのに、まるで裏切られたかのよう。
‘待ってる’と言ったのに。
守ろうと思った。
守ろうと決めていた。
なのに、
守れなかった。
の、せいだ。
勝手に、俺たちの前から消えて。
のせいだ。
お前が悪い。
お前が
俺たちに悲しみだけを残して消えた。
「忍足」
「(!!)あ・・・・なんや跡部。」
「今日の部活は俺と試合しろ。」
「・・・なんや、やる気満々やん。どないしたん?」
「・・・・・・別に。」
コートは
俺達にとって立っていたい場所。
でも今は、立っていることがとても苦しい場所。
宍戸も鳳もジローも
・・・・跡部も
俺にはとても苦しそうに見えた。
放課後。
俺と跡部は試合をする。
俺の打つ決め球は何度となく跡部に拾われる。
「はあっ・・・はあ・・・・・」
「なんだよ。もうばてたんじゃねえだろうな?」
「・・・負けへんわ!!」
‘待ってる’
俺がこのまま跡部に勝てなくて、
それでもお前は待っててくれたんやろうか。
は俺のこと好きやったんやろうか。
冗談?それとも本気だった?
俺が跡部に勝つことなんてないって、ホンマはそう思ってたん?
守るって俺が決めてたのお前は知らんかったんやろ。
、お前。
死ぬ前の晩。何考えてたん?
少しは俺のこと思い浮かべてたか?
・ ・・・・お前のことだからきっと。
部員みんなのこと思って眠ったんやろな。
明日の部活のこと考えて。
でもには明日がやって来なくて。
ボールがコートを行き来する。
「・・・・・・跡部。」
「あん?」
苦しい。
緑のコート。
空耳で、がどっちつかずの応援をしてる。
「俺・・・・俺いつか、絶対お前に勝ったるわ!」
6−2。
跡部の勝ちだった。
苦しい。
苦しい、コートの上。
の残像。
空耳。
鳳が宍戸がジローが跡部が。
苦しそうに見えた。
‘お前は何考えてんだよ、忍足。’
のこと。
憎い。
を恨んでる。
‘待ってる’と言ったのに。
まるで裏切られたかのように、はいなくなったから。
悲しみをくれたのはだった。
でも側にいさせてくれたのもだった。
幸せをくれたのは、
だった。
(のせい)
こんなにも苦しいのは。
「・・・・部誌って何書くん?」
部室に1人取り残される俺。
の仕事だったそれはレギュラーが交代ですることになった。
部誌を書いて、最後の戸締り。
今日は俺に番が回ってきて、部誌を開いて書いたこともないそれに悩んでいた。
「・・・・・・・・・」
いつもはが書いていた。
さかのぼれば全てちゃんとつけてある。
ぺらぺらとめくるページ。
その日の練習内容。時間。誰がいなかったとか。俺が知らない一年の名前まで。
毎日、は何を思いながら書いていたのか。
「・・・・・・ん?なんやこれ。写真?」
めくるページの間から一枚の写真が落ちた。
(・・・・あ)
いつだったか岳人がふざけてカメラを学校に持ってきたときのもの。
いつ現像されていたのか。
映っていたのは俺、跡部、ジロー、鳳、宍戸。
そして中心に、。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
写真の中のは
俺たちが見た遺体とは違っていつもの姿のだった。
・ ・・・せめて
死んでしまったのではなく、ここに閉じ込められているだけなら。
変わらず側にいられたのに。
「・・・・・・・・強いんとちゃう。」
写真の上に雫。
たった今俺の目から落ちたもの。
心を隠すことに慣れていただけで。
ただ、の前では、
隠すことには慣れていなかった。
(・・・・・・・・・・泣いてもええと思う。)
悲しみはすべて。
のせいだから。
勝手にいなくなったお前の、
好きなったお前の、せいだから。
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