少しの息切れ。
コートから音楽室まで忍足の後を一気に駆け抜けた。
「跡部先輩!」
「跡部!忍足!」
「おい、侑士!」
「(!)鳳、ジロー、向日。」
「なんやお前ら、ついて来たん?」
俺と忍足と同じく、鳳、ジロー、向日が後ろで軽く息を切らしていた。
「忍足先輩が深刻そうな顔だったので芥川先輩が宍戸さんに何かあったんじゃないかと・・・」
音楽室の閉じたドアの前にそろった俺達。
俺は忍足の顔を見て確認する。
宍戸の話はこいつらに知られても大丈夫なものなのかと。
忍足は俺の視線に気付くと口を開いた。
「・・・お前らも、聞いてくべきやわ。宍戸の話。」
音楽室のドアノブに、忍足が手を掛けた。
『クローバー11』
俺達が足を踏み入れた音楽室にはピアノにもたれるようにして立つ榊監督。
そして
音楽室に並ぶ机
その前のほうにうなだれるようにして座る宍戸。
「・・・跡部。それに芥川、鳳、向日まで来たのか。」
「榊監督。一体何が・・・」
「話は宍戸から聞くのが一番だろう」
榊監督の声に俺達はいっせいに宍戸に目を向けた。
うなだれたままの宍戸は動くこともしない。
「・・・・跡部。話が終わったら私を呼びに来るように。」
「はい」
ピアノから離れて
俺達が入って来たドアから榊監督は音楽室を後にした。
ドアが閉まった音が聞こえると俺達は誰からともなく宍戸との距離を縮め始めた。
「・・・宍戸?」
「宍戸さん」
宍戸のすぐ側までやってくるとジローが宍戸の顔をのぞきこむ
「・・・宍戸。」
宍戸は、
俺の声に顔をあげた。
「・・・忍足。跡部だけじゃなかったのか?」
「しゃーないわ。鳳もジローも岳人もついて来てしまってたんや。」
「・・・そうかよ」
再び宍戸がうなだれる。
俺たちの息切れは止まっていて俺はゆっくり息をはきだした。
「・・・宍戸。何があったんだよ。」
「・・・・」
「宍戸」
今度は
宍戸は俺の声にも反応せずうなだれたまま。
俺は忍足に目配せをするが、忍足はただ宍戸を見ていた。
「・・・・突き飛ばした。」
「え?」
うなだれる宍戸の声は
小さかった。
「宍戸。もう一度言ってよ。俺聞こえなくて・・・」
「ジロー。俺しばらく自宅謹慎かもしれないんだ。」
「(!)宍戸さん?!」
「・・・・・・・・・わりぃな、長太郎。」
宍戸の顔を覗き込もうとするジロー、鳳。
宍戸は、顔をあげて俺たちを真っ直ぐ見た。
「・・・わりぃ」
「・・・・何があったんだよ」
「宍戸。・・・・・・言わなあかんのはそれだけちゃうやろ?」
宍戸が、大きく息を吐いた。
俺たち一人ひとりを見て
それから、宍戸に何があったかを話し始めた。
がいなくなって
一体どれくらいのときが経ったのか。
指を折って日を数える気にはなれなかった。
。
今日な、クラスにあったお前の机を
教師がどこかに持っていったんだ。
俺の斜め後ろの席がお前ではなくなったんだ。
「・・・・・」
斜め後ろを見ないように
俺は自分の席につくたびに
頬杖ついて空を見た。
。
クラスの連中が前より笑うようになった気がする。
それは俺が以前より笑わなくなったからかもしれないけど。
なあ、。
俺も前よりお前のこと思い出さないようにしてる。
コートではだいぶ慣れたけど。
クラスではそうもいかなかった。
変わっていくまわりに取り残されても
変わるんじゃなくて戻りたかった。
お前がいた時みたいに。
は、いなくても。
「宍戸くん!宍戸くん!」
「え?」
クラスメイトの女子が話しかけていたことに俺は空を見ていて気付かなかった。
「わりぃ・・・なんか言った?」
「もう一回言うね!」
座る俺の机の前の席に座って
そいつは俺に言ってきた。
「テニス部、マネージャーって募集しないの?」
「(!!)」
「ほらさん。・・・・あの、亡くなっちゃったでしょ?人手足りなくて大変じゃないかなぁって!」
「・・・・・」
「宍戸くん?聞いてる?」
‘マネージャーって募集しないの?’
今が大変なのは確かだった。
本来ならマネージャーがいてこなしてきた仕事を
部員、さらにはレギュラーまでもが手を出さなくてはならなかった。
・・・・・・跡部が、いいと言うかもしれない。
新しいマネージャー。
「・・・・・・・・・」
「宍戸くん?」
俺たちはいろんな思いを抱いていた。
が笑うのをやめたあの日から
それぞれの思いを。
忍足が泣くのをやめなければと言った。
それは痛いくらいに俺の胸を突き刺して。
俺は、戻りたかった。
がいたころの俺達に。
でも
戻れなかった。
お前がいないから。
「宍戸くん?聞いてる?」
「・・・わり。俺じゃなんとも言えないから」
でも、必死だ。
みんな、泣かないように。
なあ、。
お前がいた景色を一つ塗り替えるたび、
俺たちは戻るんじゃなくてきっと変わっていく。
変わっていく。
それでも、
「跡部に・・・・」
「え?」
「跡部に聞いてみろよ。マネージャーなってくれるんだろ?」
戻れないから変わるしかないかもしれない。
必死だ。
みんな、泣かないように。
「ありがとう、宍戸君!跡部君に言ってみるね!」
がいなくなって
一体どれくらいのときが経ったのか。
指を折って日を数える気にはなれなかった。
どんなに時が経っても、記憶は思い出なんかになってくれない。
今でも鮮明に、の
笑顔。
「(なあ、。)」
空に向けたなら少しはに届くだろうか。
変わっていく景色の中で
全国1位のマネージャーの称号は、
ではなくなってしまうかもしれないと。
なげかけた。
「跡部。今日臨時委員会で少し部活遅れる。」
「さっさと来いよ。」
「分かってるっての」
戻りたかった。
本当は変わりたくなんてなかった。
今でも、
今も色あせずこんなにも色鮮やかに、の笑顔。
叶わない願いを心に描いた。
もし、もう一度俺たちの前でお前が笑ってくれたなら戻れる。
戻れる、あの頃に。
「えー本当に?!」
「うん!まだ跡部君には話してないんだけどね」
思っていたより時間が長引いた臨時委員会。
俺は急いで部活に向かおうと荷物を取りに自分の教室に戻る廊下を歩いていた。
教室のすぐ前の廊下で聞こえてきた声は、
今日俺に話しかけてきたあのクラスメイトだった。
友達らしいだれかと2人でいるようで
俺は廊下で聞こえたその会話になぜか足を止めてしまって教室に顔を出すことが出来ずにいた。
向こうの2人はまだ俺がすぐそこにいることに気付いていなかった。
「でも以外だね。宍戸くんそんなこと言ってくれたんだ!」
「だよね!今まではさんがいて話しかけにくかったけど今はいないしさ!」
「・・・・・・・・・」
戻りたかった。
「って言うかさー。さんって本当に邪魔だったよね。いつもレギュラーの近くにいてさ」
「でももうじきあたしがマネになれそうだし?」
「あ!あたしもレギュラー陣に紹介してね!特に忍足くん」
「狙ってるんだっけ?」
「当たり前じゃん!」
戻れなかった。
「マジさんがいなくなって良かった。」
「ホント。死んでくれてよかったよね!!」
笑えよ、。
<どんっ>
「キャッ!!」
「しっ、宍戸くん?!」
「・・・・・・・・・・・」
俺は今日俺に話しかけてきたクラスメイトの女子を思いっきり突き飛ばしていた。
が死んでよかったといった奴。
そいつはイスに座っていて、俺が押した力でイスから後ろへ落ちて壁に頭をぶつけたらしい。
自分の後頭部を抑えて痛みに顔をゆがませていた。
「ちょっと宍戸くん!何すっ・・・」
「うるせぇ!!」
顔をゆがませるそいつと話していた見たこともない女のほうが俺に抗議しようとするがそんなこと知ってことじゃない。
俺が怒鳴るとそいつはひるんだ。
「死んでよかった・・・?」
俺はいまだに後頭部を痛がる女を睨みつけた。
女はただ驚きと苦痛が混ざった色を顔に浮かべて俺を見た。
「あいつが死んでよかった?が・・・が、死んで・・・。」
会えもしないのに
会いたいと願わずにはいられない。
流れる涙にどんなに悲しみをのせてもが残した悲しみの永遠の一瞬
枯れ果てるまで泣くには俺の一生を必要とするくらい
大切な、人だったのに。
「が死んでいいはずなんかなかったんだよ!死ぬなら・・・・・」
「っ・・・・・」
睨みつけて、睨みつけて。
が死んでよかったといった奴を睨みつけて。
「死ぬならお前らが死ねばよかったんだ!!」
笑えよ、。
俺たちを元に戻して。
戻りたい、戻れない。
、。
どんなに泣いてもどんなに願っても
帰らぬ人。
「(!!)血が・・・・」
「ちょっ・・・先生!誰か、来てください!!先生!!」
俺が突き飛ばした奴の手には血がついていた。
壁にぶつけて切ったのだろうか
もう1人の女が教室を飛び出した。
「っ・・・・・・」
目の前に座り込む女は後頭部を抑えなおした。
それを見ていた俺ははっとする。
‘死ぬならお前らが死ねばよかったんだ’
なんてことを、言ったのだと。
そして見つける。
笑って欲しいと願ったお前が。
「・・・・・・・・・?」
俺を見て悲しい顔で立っているのを。
片付けられてしまったお前のもとの席の場所で。
「どうしたんだ?おいっ立てるか?」
駆けつけた教師は2人。
1人は俺が突き飛ばしたそいつを保健室へと連れて行った。
そしてもう1人が榊監督。
俺の名を呼び、自分の後を着いてくるように俺を促した。
俺は悲しい顔で俺を見つめるを見続けていた。
「・・・・・・・・・・・・俺、最低だな。」
醜い。
醜い、醜い、醜い。
汚い。
「の代わりにそいつらが死ねばよかったと思ったんだ」
の死を喜ぶ奴なんて。
音楽室に集まった誰も
俺に声をかけようとはしなかった。
みんな俺の顔を複雑な表情で見ていた。
俺たちはいろんな思いを抱いていた。
が笑うのをやめたあの日から
表面上の、それでも耐えて。
悲しみをこらえて。
でも、少し見えたほころび。
「・・・・笑えよ、。」
そんな悲しい顔がさせたかったんじゃない。
どんなに泣いてもどんなに願っても
帰らぬ人。
「・・・・笑え・・・笑えよ・・・・・」
再びかすみ始めた目の前に、
俺はなす術もなかった。
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