誰かの気持ちが痛いくらいにわかる。
そんな感覚に
俺達の誰もが陥っていた。
『クローバー12』
「宍戸・・・」
悲しく、少し困ったような顔でジローが宍戸の肩に手を乗せた。
宍戸が、泣いていた。
久しぶりに宍戸が見せた涙。
自身の腕で何度も拭う涙は絶え間なく
宍戸の頬に幾筋もの悲しみの痕を残していった。
「宍戸・・・宍戸。」
ポンッポンッと何度も宍戸の名前を呼んではジローは宍戸の肩をたたく。
1人じゃない。
その哀しみも
得体の知れない悔しさも
1人じゃない。
1人じゃない、みんながわかっているからと。
俺も、この場にいる誰もが思っていること。
「・・・・忍足。鳳と向日とジローも連れて部活に戻れ。宍戸はここにいろ」
「・・・ええけど、跡部は?」
「榊監督とそのケガしたとか言う女生徒のところに行く。」
跡部が踵を返して音楽室の出入り口であるドアへと向かう。
「でも、跡部!」
ジローが跡部を呼んだ。
跡部は足を止めたが振り向かない。
誰もが見つめるその背中。
「・・・・宍戸を、謹慎になんてさせてたまるかよ」
跡部が音楽室のドアノブへと手を掛け、俺達から見えなくなった。
俺は跡部が出て行った音楽室のドアから宍戸に視線を移す。
「・・・宍戸。俺達行くわ」
「待って!待ってよ忍足!宍戸を1人にするの?!」
「ジロー。宍戸のことは跡部がどうにかしてくれる」
「っ・・・そうじゃなくて!」
ジローは宍戸の肩に手を乗せたままだった。
まだ腕で目元を拭う宍戸。
‘そうじゃなくて!’
わかってる。
「っ・・・・・・」
この嗚咽。
聞こえないフリなんて出来るはずもない。
「宍戸。」
「・・・・・・・・」
泣くな。
泣いたらあかん
のために。
進むんやろ?
「・・・俺たち、行くな。」
「忍足!」
ジローが俺に抗議するために俺の名前を呼んだが
宍戸は大きくうなずいた。
「ししっ・・・・」
「ジロー、行くで。」
「でも・・・・」
「岳人も鳳もや。部長命令。」
「・・・・・・・・」
泣くな。
泣いたらあかん。
止まるな宍戸。
前へ、進め。
俺は宍戸の泣き顔をもう一度だけ見る。
俺と顔を合わせた宍戸。
芯の強いその目。
俺が宍戸に背を向け音楽室の出口へ向かうと岳人が後を着いてきた。
ジローも名残惜しそうに宍戸の肩から手を離し、俺に続く。
「・・・鳳。」
俺たちがドアの前までたどり着いても鳳はまだ宍戸を見ていた。
俺たちから見える鳳の後姿はとても小さく見えて。
「・・・・行けよ、長太郎。」
「・・・・・・・」
「・・・行け!」
「・・・っ・・・はい」
口を開いた宍戸のおかげでやっと鳳は俺たちのところまでやってきた。
開いたドアを一人ひとり通り抜けていく。
「・・・宍戸」
最後に音楽室を後にしたジローの声がいたたまれなかった。
は、俺たちにたくさんのものを残した。
優しさ、励み、夢、笑顔。
悲しみ、愛しさ、涙。
寂しさ、淋しさ、さみしさ。
は俺たちにたくさんのものを残した。
では、俺たちは?
俺たちがに残せたものは、あげれたものは、
何かあったのか?
・ ・・・思い浮かばない。
(。宍戸には会いにきたん?)
廊下をコートに向かって歩く俺たちは終始無言。
誰もが宍戸の話を反復していたんだろう。
が死んでも良かった?
宍戸に非などあるものか。
俺がその場にいても宍戸と同じ行動をとっていたと思う。
泣いてもいいと思っていた。
のせいで
のせいでこんなにも苦しく、悲しい想いを背負ったのだから。
でも、今は
泣いてはならないと思う。
のために。
俺たちの、
全ての理由は、お前にある。
「(?)なんや騒がしい・・・」
部活はもうすぐ終わりを迎える時間帯だった。
コートに近づくにつれて部員たちがざわざわと何か騒がしい。
俺たちがコートに足を踏み入れてもそれは変わらず、俺は近くにいた名前も知らない一年部員に声をかけた。
「何があったん?」
「あっ・・・忍足先輩。その・・・・」
「はよ言えや」
「はい・・・えっと」
俺はコート中を見回す。
部員達は
固まってひそひそと話す者。
何か大声で騒ぐもの様々だった。
「実は洗濯していたタオルが勝手に干されてたり、ボール拾いする前に散らばってるボールの数が減っていたり・・・」
「・・・誰かがやったんやろ。それくらいで・・・」
「実はその・・・・先輩の姿を見たって言う奴が何人かいて誰もやった覚えがないなら先輩の幽霊がやったんじゃないかと騒いでいるんです。」
「・・・・・・幽霊?」
宍戸が言っていた。
が悲しい顔で宍戸を見て立っていたと。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・侑士」
俺のすぐ後ろにいた岳人、ジロー、鳳も同じ話を聞いていた。
岳人が俺の名を呼んだがさほど気にせず俺は応えなかった。
ジローは驚いたような顔をし鳳は今の話よりも宍戸が気がかりだったのだろう
うつむいて唇を噛み締めていた。
幽霊?
・・・・・・・。
「部活終わり!片付け!!」
俺の声に気付いた俺の周りの部員たちは片付けを始める。
それに気付いたほかの部員たちも俺たちレギュラー陣がコートに入ったことに今更気付いたらしく、
慌ててコートを片付け始めた。
「侑士、俺・・・・」
「そう言えば今日は岳人が戸締りの当番やったっけ?」
「侑士!」
理由もわからずにイライラする。
幽霊?
いるわけがない。
俺は部室へと足早に向かった。
幻想だ。
への想いが見せる幻。
幽霊?
が?
が俺たちにたくさんのものを残したからそんなものが見えるんだ。
俺たちがに何も残せなかったからそんなものが見えるんだ。
俺に続いて岳人が部室の中に入ってきた。
遅れてジロー。その後を鳳が。
「侑士、俺な。俺も見たんだ。・・・・・・・・・を」
「(!!)」
「向日。向日もを見たの?」
ジローが岳人に聞く。
幽霊?
いるわけがない。
「笑いかけてくれて。クローバーが消えたら消えた。」
「クローバー?」
幻想だ。
への想いが見せる幻。
幽霊?
が?
「岳人。冗談やめえや。お前まで・・・・」
「冗談じゃねえよ!本当に見たんだ!」
「もうやめえや!岳人!!」
部室中に木霊した俺の怒鳴り声。
岳人が俺を驚いた顔で見ていた。
が俺たちにたくさんのものを残したからそんなものが見えるんだ。
俺たちがに何も残せなかったからそんなものが見えるんだ。
「・・・・堪忍。せやけどそんなんあるわけないやん」
「・・・・侑士」
会えるものなら会いたい。
でも会えるはずがない。
わかっているから。
わかっているから言ってはならない。
優しさ、励み、夢、笑顔。
悲しみ、愛しさ、涙。
寂しさ、淋しさ、さみしさ。
残された者への残されたものたち。
「・・・・・・・・鳳」
ジローが鳳の名前を呼んだ。
俺も岳人も何があったのかと鳳を見た。
「っ・・・・すみません・・・俺・・・・」
この嗚咽。
聞こえないフリなんて出来るはずもない。
泣くな。
泣いたら、あかん。
「鳳」
「すみません、忍足先輩・・・・でもうまくなんて、笑えませんっ・・・・さんが死んでも良かったなんて言う人がいるなんて」
見え始めたほころび。
泣いたらあかん。
のために。
ああ、でも
泣いてしまうのはのせいなのに。
俺たち全ての理由はお前にあるなのに。
「・・・・・泣くなや、鳳。進むんやろ?」
鳳の肩に手をのせると
鳳はそのまま泣き崩れた。
優しさ、励み、夢、笑顔。
悲しみ、愛しさ、涙。
寂しさ、淋しさ、さみしさ。
ほころびは、広がるばかり。
。
会えるものなら、会いたい。
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