涙。
お前は、何の為に流れでる。
『クローバー16』
「・・・・・・・・・・あかん」
「侑士?」
まだ朝早い時間から始める練習。
侑士と向かい合うコートには俺。
「侑士?」
「・・・・・・・・堪忍。堪忍、岳人。」
突然止まった打ち合いに侑士の足元に転がるボール。
「・・・・・・・」
侑士は動きを止め、片手で目元を覆っていた。
昨日の朝の練習からたまにこうして
・・・・・・・思い出してしまうんだ。
あの日会えたの姿。
会いたくて、会えなくて。
それでも姿を見せてくれたあいつのこと。
「・・・・・・堪忍な」
向かい合うコートにいる侑士。
下を向いて手で顔を隠しているから、表情が読み取れない。
それがとても悲しくて。
俺はコートを見渡した。
昨日なかった宍戸の姿は今日もない。
鳳は動きがいつもと違う。
覇気がない。
ジローは黙々と他の三年と練習していた。
(あ。)
目が合ったのは跡部だった。
昨日の朝部活で姿を見ることのなかった跡部は結局放課後も来なかったから
部活に顔を出したのは一日ぶり。
跡部は腕を組んでコート中を見ていた。
射抜かれるような目で、誰もが凍りつくようなそんな目で。
「・・・侑士。練習しようぜ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・侑士」
侑士はしばらく顔をあげなかった。
俺も一緒だ、みんな一緒。
思い出してしまうんだ。
会いたいのに会えなかった。
幻か、幽霊か。
そんなのどうでもよかった。
ただ、会えたことだけが俺たちの心に深く刻まれて。
だって、姿を見せてくれたは
俺たちが最後に見たの抜け殻とは違う、
いつも側にいてくれた、あのだったから。
「(!)宍戸!」
「よぉ、向日。跡部の奴知らね?」
「見てねぇけど・・・・お前結局どうなったんだよ!部活できんのか?」
「跡部の奴何も言ってなかったか?」
休み時間の廊下で会えた宍戸。
学校に何時来たのかとか驚きつつもうれしさが先を行く。
宍戸は言った。
跡部が宍戸の処分を撤回してくれたんだと。
「俺が突き飛ばした女子も今日俺がクラスに入ってすぐに謝ってきてくれてよ。」
「・・・・跡部。俺たちに何も話してねえよ。」
「・・・・・本当は、様子見で今日も休もうかと思ったんだけどな。・・・・長太郎が心配で」
跡部が昨日まったく部活に来なかったのは宍戸のことで動いていたからだとわかった。
そうなると、昨日決まったばかりの処分の撤回。
確かに今日すぐにでも学校に来るってのはさすがに気が引けるのもわかる。
「向日。今朝長太郎どうだった?」
「・・・・・・・・・」
・・・・・抜け殻、みたいだった。
「らしく、なかった。」
「・・・・・・・・・そうか・・・」
鳳の目は泣き腫らしていて赤く。
ラケットを握る手に力がこもっているようには見えなかった。
らしくなかった。
いつもの鳳ではなかった。
「・・・・・・他の連中は?向日、お前は?」
「え?」
「大丈夫なのか?」
休み時間の廊下。
もうすぐ授業が始まるんだろうか。
周りの生徒は教室に吸い込まれていく。
「・・・・・・に会って」
宍戸の目が今朝の跡部の視線と重なった。
「・・・・・??」
呼びかけても返って来る沈黙に
俺があの日理解したのは
の死よりも、あいつがもう笑うことはないという現実だった。
「・・・・・・・・・・・・・・大丈夫じゃない」
「(!)・・・・・・・向日。」
「大丈夫じゃないんだ、宍戸。」
呼んでも呼んでも返って来るのは沈黙ばかり。
おい、悪友。
てめぇもう一回でいいから俺のことからかってみせろよ。
なあ、何で死んだんだよ。
かみ締めた唇。
口の中で少しだけ血の味がした。
宍戸が俺の顔を見る表情が悲しく見えるのは、
俺が今泣いているからだ。
「だって・・・・」
「向日?」
「だって・・・・・・っ・・・だってあいつ、笑ってくれたっ・・・・・」
幽霊か、幻か。
そんなのどうでもよかった。
鳳の前で立上がったゆうは
確かに一度だけ、俺と目が合ったんだ。
確かに
笑いかけてくれたんだ。
なあ、なんで死んだんだよ。
誰か、教えて。
を帰せ。
「・・・・向日。」
救いは廊下に人が少なかったことだった。
俺は目を腕でこする。
にじむ目に浮かぶのは、
の笑った顔。
侑士の見えない表情。
抜け殻のような鳳。
あの日の笑わない。
心配した顔をして俺の目の前で立っている宍戸。
涙。
お前は、何の為に流れでる。
本当は、放課後の部活に俺は行きたくなかった。
見たくなかった。
苦しむみんなの姿。
だって、。
どこにもお前がいない。
会えるのなら何度でもと願ってしまう。
けれど会えても、側にはいない。
グリップを握り締めてボールを打ち下ろすような、
そんな気力、ありはしない。
「鳳!コートに入れ!!」
「跡部?」
いきなりの跡部の声は、放課後のテニスコートによく響いた。
鳳は肩をびくつかせ、とまどいながらも跡部の方へ歩いていく。
俺と侑士が、跡部が鳳を呼んだコートの隣で練習していた。
練習に顔を出した宍戸はさっきまでジローと打ち合っていたけど跡部の声に動きが止まる。
「鳳。」
「はっはい・・・・・。」
「俺と試合だ。」
「「「「「!!」」」」」
レギュラーの誰もが注目していた跡部の言葉に驚きを隠せない。
「ちょっ・・・・・待てぇや、跡部。いきなりすぎや!」
「ただ試合をしろと言っただけだ」
「あのっ・・・俺っ・・・・・」
「逃げんじゃねえぜ?鳳。」
鳳は、抜け殻だった。
うつろな目。
弱弱しい打球のインパクト音。
跡部と鳳の試合は、
見るに耐えなかった。
<ザァァァ・・・・>
「長太郎!」
「立て。」
「っ・・・・・・・」
「立て、鳳。」
跡部のラインぎりぎりで決まったボールを追いかけようとして、鳳が転んだ。
肩で息をする鳳からは汗が流れる。
鳳は立ち上がろうとする。
でも、力が入らないのか。
立ち上がろうとするたびに体勢を崩してばかりいた。
「跡部、少し待ってやれよ!」
「待つ?そんなことするわけねえだろ」
「お前の言いたいことも思ってることもわかる!!あいつだって進もうとしてる!だから今はっ・・・・・」
「今は?今はなんだよ?」
宍戸が跡部の近くに走りよって必死に鳳のフォローをしていた。
俺の隣で侑士は鳳を見ていた。
ジローも鳳を見て、俺は
俺は跡部と宍戸を見ていた。
なぜ跡部は鳳を呼んだのか。
そんなこと俺たちが一番よく分かってる。
「跡部!長太郎は・・・・・」
「ジローから話は聞いている。」
「っ・・・・・・・・・・」
「お前まだ泣いてるわけじゃねえよな、鳳。」
「跡部!!」
跡部は転んだまま起き上がれずにいる鳳のところへ向かい始めた。
鳳はうつむいて近づいてくる跡部を見ようとはしなかった。
宍戸はただ跡部の姿を目で追う。
「鳳。いいこと教えてやる。」
跡部が鳳の近くでしゃがんだ。
「人はいつか死ぬもんだぜ?」
「(!)跡部!そんな言い方はやめろ!!」
「宍戸!落ち着け!!今度こそ謹慎処分くらいたいんか?!」
「でもっ・・・そんなこと・・・・」
「だったら!!」
「!!」
「・・・・・だったら」
跡部の言葉に宍戸は跡部に詰め寄った。
仲裁に入った侑士。
コートに響いたのは跡部の怒鳴り声だった。
時間が止まる。
止まった気がする。
なあ、。
なんで死んだんだよ。
「レギュラー、部室で話そうや。・・・・鳳、立てるか?」
侑士が鳳に手を貸して、鳳は立ち上がった。
侑士の提案に跡部が一番に部室に向かって歩き始める。
その後に無言で続く俺たち。
俺は一番後ろを歩いてくる鳳の顔を見た。
鳳は目にうっすらと涙を浮かべていた。
なあ、なんで死んだんだよ。
なんで、なんで?
誰か教えて。
を帰せ。
「少し道端で休んで先に行く背中を見ていても、先に行く背中も何もそんな遠くには行けへん。」
「いつまで経っても立ち上がらなければいつまで経っても追いかけることはしない。」
「・・・・跡部。」
部室に響く侑士の声は静かだった。
侑士もまた鳳に近かった。
跡部のように無理にでも進んではいけなかった。
俺も、俺だって。
「・・・・・・・まだ、気付かねえのかよ」
鳳を跡部が睨む。
「は死んだ。帰ってこない。いつまでもあいつを引きずってんじゃねえよ!俺たちは進む。進まなきゃならない」
「っ・・・・・」
「長太郎・・・・」
「なあ、跡部。」
「・・・・・そいつがそのままなら今度こそレギュラーから外す。」
「「「「「!!」」」」」
跡部の目は冷たく、誰もを射抜くほど。
俺は汗ばむ手の平を握った。
再び嗚咽をあげ始めた鳳をみんなが見つめた。
想っては募り
問いてはうとみ
哀しんでは溺れいく。
鳳から落ちた涙。
・・・・・・お前は何のために流れ出る?
「跡部。俺もレギュラーから外してくれ。」
「(!)岳人!!」
「俺。大丈夫じゃねえもん。な、宍戸。」
「・・・向日」
必要なんだよ。
必要なんだ、俺たちにはお前が。
「俺もや。俺もや、跡部。レギュラーから外してくれ。」
「・・・・俺もだな。」
「宍戸、てめえまで・・・・・」
だから、ダメなんだ。
だから、大丈夫じゃない。
呼んだら、返事しろよ。
俺をからかってみせろっつーの。
会えるなら側にいろよ。
笑ってくれるなら、側がいい。
「みんな・・・・・・」
「ジロー。俺たちダメなんだ。」
「向日!違う!!ダメじゃないよ!思い出してよ!が一番大切にしてくれたもの」
想っては募り
問いてはうとみ
哀しんでは溺れいく。
「・・・・・・いい加減にしろよ、お前ら。」
「跡部・・・・・・」
「どんなに望んでもあいつはいねえ!いねえんだよ!!」
「あ・・とべ・・・・・」
泣いて、泣いて、泣いて。
涙がにじんだその目。
跡部の涙を見るのは初めてだった。
涙。
お前は何のために流れ出る?
悲しみを軽くしてくれるんじゃなかったのかよ
泣いても、泣いても。
を帰せと思うばかりだ。
「止まるな・・・・止まるな。俺たちは生きてる。あいつとは一緒にいられない。」
どこにもお前がいない。
俺たちには必要なのに。
どこにも。
「違う・・・・・。違うよ、みんな。泣かないで。思い出してよ・・・・・・ちゃんと思い出してよ」
「ジロー・・・・」
「想うばかりじゃなくて、願うばかりじゃなくて。ちゃんと思い出して、のこと。」
ジローは部室のドアノブに手をかけた。
俺たちはみんなそれを目で追うことが出来ない。
一度瞼を閉じ、腕で涙を拭い去った跡部が
ジローがあけたドアの後をくぐった。
鳳の嗚咽が残る部室で、俺たちは動けなかった。
侑士も宍戸も鳳も俺も。
ただ、ジローの言葉だけが耳に残って離れないまま。
‘ちゃんと思い出して、のこと’
End. 気に入っていただけましたらポチッと。