あの日俺も死んだんだ。
あなたと一緒に死んだんだ。
『クローバー13』
世界は、白と黒。
〈ガチャッ〉
「(!)宍戸!」
部室に流れ始めた静寂を打ち破ったのは部室のドアが開く音
泣き崩れた俺は座り込み、床へと向けていた顔を音のしたほうへと向けた。
そこには向日先輩が呼んだように宍戸さんが立っていた。
「(!)・・・長太郎、お前・・・」
宍戸さんと目を合わせる。
音楽室で見た涙は
宍戸さんの頬にはもうなかった。
ただ泣いた後の目だけが真っ直ぐに俺を映す。
「宍戸。跡部は?お前の処分はどうなったん?」
「・・・まだわからねぇ。跡部の奴、先に女子の方に行ったんだな。榊監督が音楽室に来て、今日のところは家に帰れだとよ」
「・・・さよか」
・・・強い人だ。
宍戸さんは強い。
宍戸さんが忍足さんから再び俺に視線を戻した。
「長太郎」
俺は肩をびくつかせる。
俺を呼んだ宍戸さんの声があまりに落ち着いていて
とても怖く感じたから。
宍戸さんは俺の前までくると俺の腕をつかんだ。
そのまま俺の腕を思いっきり引っ張ると俺を立ちあがらせた。
「しっかりしろよ、長太郎」
「っ・・・・」
落ち着いたその声は部室中に響いた。
他の先輩達の視線が自分に向けられているのがわかって
それがとても痛い。
痛くて、怖い。
‘忘れろ’なんて言わないで下さい。
「っ・・・先輩っ・・・」
「長太郎・・・」
宍戸さんは掴んでいた俺の腕から手を離した。
宍戸さんは強い。
先へ行くと言った忍足先輩の言葉に大きく強くうなずいた。
すぐに追いつくからとうなずいたんだ。
もう今はないその涙。
俺は
俺はそんな風になれなかった。
「ど・・・して・・どうして・・・」
「・・・・・」
「どうしてどこにも・・・いないんですか?」
悲しみは進もうとする足下のすぐそこに。
なぜ。
どうして。
誰を責めればいい。
誰に詰め寄ればいい。
一体誰が、何が
先輩を殺したのか。
「どうして・・・」
「・・・長太郎、しっかりしろよ!進むって決めたじゃねぇか!」
でも
でも宍戸さん。
悲しみは進もうとする足下のすぐそこに
とらわれずにはいられない。
・・・強くなれない。
強くなれない。
「っ・・・すみませんっ・・・」
「・・・長太郎」
「すみません・・・ごめんなさっ・・・」
目を合わすことができない。
宍戸さんの顔を見ることができない。
忍足先輩とも向日先輩とも芥川先輩とも
目を合わすことができない。
ただうつむいて
部室の床に涙を落とすことしか、
泣くことしか、できない。
「長太郎」
「(!)」
呼んで。
もう聞こえないフリさえ無駄だから。
呼んで、その声で。
「長太郎」
呼んでください。
俺は、死んだんです。
世界があまりに残酷にかすんでいく。
白と黒の今
色鮮やかなのはあなたのいた過去
あなたのいた過去。
「・・・会いたい・・・」
「(!)鳳!それ以上言うたらあかん!」
「幽霊でも幻でも、夢でもいいからっ・・・」
会いたい。
会いたいんです。
あなたに。
この先、あなた以外の誰かを好きになることなんてあるんだろうか。
こんなにも好きなのに。
「・・・長太郎」
「・・・・ごめんなさい、宍戸さん・・・でもっ・・・」
わかってる。
もう行かなくては。
だけど、足がすくむ。
こんなに好きなのに思い出さずにいるなんてそんなこと
できるわけがない。
「でも宍戸さんは会えたんでしょう?向日先輩だって・・・」
幽霊でも幻でも夢でもいいから。
置いて行って
置いて行ってください。
進めない。
悲しみにとらわれて
進めないから。
「っ・・・・」
「鳳・・・」
「鳳ダメだよ!立って!!」
「鳳!」
「・・・長太郎」
再び俺は泣き崩れた。
哀しみがのしかかってもう歩けない。
「会いたいっ・・・会いたい!・・・・」
俺は、死んだんです。
あなたと一緒に。
「・・・・?」
「・・・嘘・・や・・・」
「・・・・」
「(?!)」
世界は、白と黒。
「・・・・・・・・先輩・・・」
あなたと一緒に俺も死んだから。
途方もない虚しさ。
遅すぎる後悔。
さまよい続ける想い。
「っ・・・会いたかった・・・」
それは、幽霊なのか幻なのか夢なのか。
先輩は俺達を見てすぐそこに立っていた。
「・・・みんな何言ってるの?!がそこにいるの?!」
「(!)ジロー、見えてへんのか?」
「・・・・・・本当にそこにがいるの?みんなには見えるの?」
「・・・・みたいやな」
「・・・・・」
先輩の足は進み、ゆっくりと俺に近付く。
動きたいのに動けないのは
俺が進むことをやめてしまったからなのか。
先輩は俺の前まで来るとしゃがみ、俺と目線を合わせた。
交わした視線はあまりになつかしく優しくて。
先輩は俺の頬に手を伸ばすとそのまま触れた。
頬は触れられているというよりはただ温かく感じる。
瞬時に頭をよぎった冷たくなったあの日のあなた。
優しいまなざしが胸から込み上げてくるものを増す。
「っ・・・先輩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好きですっ・・・ずっと、ずっと・・・」
聞こえて、いますか。
聞こえますか。
ずっと伝えたかった。
聞こえますか。
こんなにもあなたが好きです。
涙が止まらないからうつむくしかできなくて。
「・・・」
俺のすぐ側で立っている宍戸さんが先輩を呼んだ。
顔を上げた俺の目に飛び込んで来たのは
困った顔して笑っている先輩。
悲しそうな寂しそうな。
今にも泣き出してしまいそうな。
「っ・・・先輩・・・」
どうしてそんな顔をしているんですか、なんて
聞かなくてもわかったんだ。
「・・・違う。っ・・・違います!・・・俺が止まったのは先輩のせいじゃなくてっ・・・」
あなたが足枷になっているんじゃない。
あなたが拘束する鎖になってるんじゃない。
俺があなたを勝手に好きでいる。
あなたが悪いんじゃない。
俺が悪い。
「・・・そんな顔、しないでください・・・・」
俺が悪い。
俺が悪いから。
先輩はまだ俺の頬に触れていてくれた。
温かくて、涙が止まらないから
先輩は困ったように笑い続ける。
「・・・・進む・・から・・・」
進むから。
「だから、笑ってください・・・」
‘私がいるよ’
そう言ってくれた時のように。
笑って。
どこにもいかないで
側にいて。
幽霊でも幻でも夢でもいいから。
ここにいて。
ここにいて下さい。
「好きだからっ・・・先輩。ここに・・・側に・・・」
涙が止まらない。
世界は、白と黒。
俺は死んだんだ。
あなたと一緒に、死んだんだ。
「 」
「・・・え?」
先輩が、何か言った気がした。
「先輩っ・・・」
先輩は俺の頬から手を外すと俺の右手を両手で包んだ。
右手は温かい。
ゆっくりと目を閉じた先輩
焦がれて、焦がれて、恋焦がれ。
「ちょ・・・たろ・・・」
「(!)」
呼んで。
何度も。
呼んで、その声で。
「長太郎」
呼んでください。
「大好きです、先輩。」
涙があとからあとからこぼれ。
先輩が俺に思いっきり笑いかけてくれた。
あのときの
あの何よりも好きな笑顔で。
「先輩?」
俺の右手が開放される。
「っ・・・ダメです!ここにいてくださいっ・・・」
先輩が立ちあがる。
〈ザァッ〉
「(!?)」
〈バタンッ〉
突然吹いた突風で
いきなり開いた部室のドア。
「っ・・・先輩・・!」
風が強すぎて目が開けられない。
動きたくても動けない。
部室にいる先輩方は声さえもでない様子で。
〈バタンッ〉
部室のドアが勢いよく閉まる。
やんだ風と、
姿を消した先輩。
「っ・・・・」
「」
「・・・」
部室のあちこちから聞こえるあなたの名前のつぶやき。
「・・・長太郎。立てるか?」
「・・・・」
「・・・長太郎?」
「大丈夫です。・・・大丈夫です、宍戸さん。」
宍戸さんが手を差し出してくれたけど
俺はその手をとることはしなかった。
歩きだすなら
まず自分で立ち上がれ。
「・・・・・」
流れでる涙を少し乱暴に拭った。
拭った右手の拳がまだ温かい。
何か違和感を感じたてのひらに
俺は拳を開いた。
「・・・クローバー?」
俺の手に乗る3枚の葉。
あなたが置いていったのか。
「・・・・・」
いつも信じてくれた。
弱気で自信のない俺をあなたは信じてくれた。
・・・裏切りたくない。
進むと言ったから。
笑っていてほしいから。
困ったような哀しいような寂しいような
そんな笑顔は見たくないから。
「・・・写真」
「・・・なんだよ、侑士」
「跡部も見つけてたんやな、この写真。・・・なあ、岳人」
「ん?」
「・・・ほんまに幽霊だったんやろか」
「・・・・・・・・・・」
でも
哀しみは進もうとする足下のすぐそこに。
好きなあなたを思い出さずにはいられないから
とらわれてばかりいる。
「・・・長太郎」
「・・・進みます。・・・でもっ・・・」
忍足先輩が部室の机から写真を持ち上げた。
部誌とスコアと一緒にあったそれは
跡部さんが置いていったものらしい。
「でも、宍戸さん・・・・」
泣きながら歩いていくしかできません。
忍足先輩の頬に一筋涙がつたった。
この人の涙を見たのは確か二回目だと
ろくに考えもせずに思った。
先輩、
聞こえていますか。
聞こえますか。
途方もない虚しさ。
遅すぎる後悔。
さまよい続ける、この想い。
俺の手のひらにのったクローバーの葉の一枚が
俺の落とした涙で揺れた。
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