これはゲーム。
はまったほうが負け。
『未完成な時計10』
「ヤバイ!!凍傷になる!!」
「岳人が手袋つけてやらんからやろ?」
「侑士が突然雪合戦やるからだろ!!1人だけ皮手袋しやがって!!」
誰もが手をこすり、その手に息を吹きかける。
雪と寒さに漂わせていた身を、暖房で暖めた部室に避難させようと
次々に部室の中に入っていく。
今日の部活動は、忍足が無理やり収集をつけ、俺が終わりを告げた。
「・・・・どうした?。入ってこいよ。」
「・・・でも。」
「お前だけ寒い中で待たせるわけねえだろ?」
俺が開け放しにしている部室のドア。
手を差し出せば、は素直に俺に手を重ねた。
レギュラー以外は立ち入り禁止のこの部室。
入るのに躊躇するのは当たり前だ。
心配そうな顔をするを引き寄せ、
顔の近くで視線を合わせる。
「いいから、入って来いよ。」
一瞬きょとんとした表情で俺を驚き見るは、微笑んで小さくうなずいた。
手を繋いだまま、部室の中に入ったのは、俺とが最後。
部室のドアを閉めると、部室の中に置いてあるソファのところに俺は腰掛け。
にもそこに座るようにソファを叩いて促した。
はやはり少しためらって見せるが、
俺がじっと見つめれば、素直に言うことを聞いた。
「ー!寒いー!!あっためてー!!」
「えっ・・・芥川くっ・・・・」
のところにジローが飛びついてきた。
に抱きつこうとするが、
俺がそれを許さない。
ジローがに抱きつく前に、俺はの肩を抱いて俺のほうに引き寄せる。
足を組み、ジローと距離をとらせ。
「最後の忠告だ、ジロー。に触るんじゃねぇよ。」
部室の中にいた全員が俺を見ていた。
の表情は伺おうとはしなかったが、きっと少し驚いた顔をしているのだろう。
ジローは次第に頬を膨らまし、俺に抗議の目を向ける。
俺はジローに不敵に笑ってみせるだけで、その抗議の目は無視だ。
「おいおい、なんだよ跡部。だいたい今日の雪合戦何?お前ら付き合ってたんだろ?もともと。」
「こら岳人。追求するんやない。」
「ま。ジローが悪いんじゃねえの?なぁ、長太郎。」
「宍戸さん。芥川先輩いじけちゃいますよ。」
「ぶー!跡部ずるいCー!を独り占めー!!」
「あん?うるせえよ。」
暖房に手をかざしてる奴、ロッカーにもたれてかかってる奴。
様々なレギュラー陣。
俺のほうを向いて、あきれたように笑っていたり、からかうように笑っていた。
。
お前は今、どんな表情をしてる?
「これくらい恋人として当然の権利だろ。」
吐き出した自分の言葉に
の顔が見たくなる。
引き寄せるために、抱きとめているの肩に触れる手。
それにこめる力を少し強め。の顔を覗き込む。
は目を見開いて俺を見ていた。
(驚いてばかりだな。)
に微笑めば、が笑った。
不敵に。妖艶に。
「・・・何、その言い方。」
「気に入らなかったか?」
「‘これくらい’?」
「なら、なんて言えば?」
「くすくすっ・・・さあ。」
の額に俺の額をひっつける。
の温度は冷たい。
が小さく笑うと、なんだかくすぐったい感情に襲われる。
「あかん。はよ帰って欲しい。あの2人。」
「・・・なんか俺、寒くなくなった。てかあっつくね?部室。」
「・・・宍戸さん?大丈夫ですか?」
「・・・・ん?ああ。なんか戻ったかなと思ってよ。」
「戻ったって?」
「・・・・なんでもねえよ。」
けして
誰のものにもなることのない2人だった。
誰のものにもなるつもりはなかった。
俺も。
こいつもきっとそうだ。
くだらない感情に流されるわけもなく。
慣れてしまったその感情に、あきれと、くだらなさを覚えていた。
なのに、なぜだろうか。
に会って。
お前が好きだと想って、俺は。
永遠を信じた。
「あれ?跡部車呼ばないん?珍しい。」
「ああ。・・・まあな。」
握り締めた手を離すことはなかった。
暗がりが空を覆い、帰り道を辿る。
他のレギュラー達に別れを告げれば、俺はと2人になる。
「・・・景吾。」
「あん?」
「いいの?寒くない?」
「・・・・いいんだよ。」
車は呼ばない。
が理由を知っていて聞くから、
2人とも、いまだゲームの中のよう。
からかうように、確かめるように、不敵に笑いあう。
踏みしめる雪。
の靴音が愛しかった。
永遠を信じた。
信じてみようと思った。
正確な時など刻めないから。
歩く道は、ずっと雪で埋まっていた。
の俺の手を握る力が、少し強くなる。
「?」
「・・・・・・・どっちが先だと思う?」
「・・・・・・・・・・・」
「どっちが先に負けていたと思う?」
初めのゲーム。
はまったほうが負け。
寒い寒い空気の中で、その手だけが唯一の温もり。
「・・・・・・だろ。」
「景吾でしょ?」
「俺は負けねえよ」
「あたしも負けない。」
「・・・・いつからだ?」
「・・・気付いたら。・・・景吾は?」
「気付いたらだ。」
2人同時に踏みしめていたはずの雪の上でとまる足。
それは、なんの会話か。
2人とも重々わかってる。
そう、気付いたら。
気付いたら、が欲しかった。
「・・・・言ってよ。」
「お前は?」
「景吾が言ってくれたら言う。」
「くくっ・・・素直じゃねえなぁ。もうゲームは終わりだろ?」
足は止まり、繋ぐ手は離れず。
だが、お互い顔を見合わせることはしない。
これは、ゲームの延長線。
そうじゃない。
わかってるからこそ、言わないのはお互い様。
今は、手を繋ぐ理由も、
「。」
キスをする理由も。
冷たい唇。
長い長いキスを一度だけ。
顔を離せば、繋がっていないほうの手で、が俺の頬に触れ。
俺はその手に手を重ねた。
かすかに微笑みあう2人。
これはゲームの延長線。
そうじゃないから。
「好きだ、。」
キスをしよう。
キスを交わしては、唇を離し、
見つめては微笑む。
嘘偽りのない、の一瞬の表情を見つける。
「・・・景吾?」
「・・・綺麗だな。」
「え?」
思っていたよりも、ずっと。
の、本当の笑顔。
繋いでいた手を、俺から離した。
抱きしめたかったから。
俺の腕の中に小さく納まった。
「・・・・・・・・おい。」
「ん?」
「お前は?」
俺たちの終わりを告げた雪。
俺たちの始まりを告げた雪。
白銀に囲まれて。
の声が、俺の体に入ってきた。
「好きだよ、景吾。」
誰のものにもなることのない2人だった。
けして。
けして。
お互い以外は、けして。
「ねえ景吾。」
「あん?」
「・・・・あたしでいいの?」
「・・・・そうだな、お前でいい。」
「・・・・・・・・・・・」
抱きしめていた体を離して、を見た。
俺の言葉が気に入らなかったらしいは
俺に怪訝な表情を見せる。
「・・・・バーカ。」
今一度、長い長いキスを交わし。
の髪を指に絡めて、その顔を覗き込む。
お前に会って、永遠を信じた。
時間切れなどない。
正確な時など刻めない。
そんな永遠。
「嘘だよ、。」
が、嘘偽りのない笑顔を見せた。
「お前がいい。」
永遠が、終わるまで。
end.