思わず寒いと声に出してしまうほど




その日は夏が過ぎてから、一番の寒い日だった。



















「・・・ねぇ跡部。やっぱり手伝う」















生徒会室で俺の隣に座っていた




机に積まれていた書類へと手を伸ばした。
































『未完成な時計3』






































「手伝わせるために連れてきてるんじゃねぇって言ったろ?」


「だって毎日一人でこんなにたくさんの書類と向き合ってるんだよ?隣で座らせられてる身にもなって」


「・・・・・・」





俺の中でのの印象はだいぶ変わりつつあった。



こうして毎日一緒にいるからなのか



言葉使いや性格。



今まで視線に入ってもただそれだけだった





「・・・跡部は背負いすぎだよね」


「あ?」





書類に目を通しては分類し



ファイルにわけ



今年度の生徒会で必要そうな書類は



さらに別の戸棚にわける。





「もっと人任せな人だと思ってたけど」


「・・・・・」


「部長とか生徒会長とか」





手と目を動かしながら話す



の言葉に手を止め



を見る俺。





「・・・でも、無理はするものじゃないと思う」


「・・・くくっ・・・心配か?」


「思いやりって言って。」





喉をならして笑い



俺は再び書類に目を通し始める。






「・・・・無理はしてない」


「・・・・ふーん」





2人とも視線は手元にある。



知れば知るほど



傍にいればいるほど



はおもしろい。



整った顔。



人形のように精巧な笑顔。



そんなものに隠されている自身。








〈ガチャッ〉








「・・・跡部、・・・と邪魔だったか?」


「(!)亮!」


「(・・・・亮?)」








生徒会室のドアを開けたのは宍戸だった。



俺の隣で宍戸の姿を確認した



宍戸を亮と呼んだ。





「話すのは久しぶりだな、


「そうだね!あっでも部活は最近見に行ってたよ」


「知ってる。跡部が女連れて来てるって部員が騒いでたからな。」





宍戸は生徒会室の中にはいりドアを閉めると



俺とに向かって歩を進める。





「・・・お前ら面識あったのかよ」


「ああ。一年のときにな」


「亮とは委員会が一緒で話があったから」


「(・・・それで、亮かよ)」


「亮、髪伸びたね。切らないの?」


「今のところな。そういえば、相変わらず頭いいのな。試験2位だろ?」


「・・・跡部には負けたけどね」





・・・なんなんだ。



この疎外感。



は相変わらずの作り物の笑いを浮かべて



宍戸と話を弾ませていた。



宍戸は宍戸でに気兼ねなく話しかけ



まったくの傍観者と化した俺。





「・・・おい、宍戸」


「あ?」


「あ?じゃねぇよ。俺に用事があって来たんじゃねぇのかよ」


「・・・・あ。」





俺は髪をかきあげ小さく溜め息を一つ落とす





「悪い跡部、忘れてた。今日の部活なんだけどよ。お前生徒会で少し来るの遅くなるだろ?」


「個人的な仕事だ。すぐ終わる」


「跡部が来るまで適当に試合でいいか?」


「・・・ああ。」





は俺と宍戸の話を黙って聞いていた。



宍戸に部活の連絡事項を伝え終えると



宍戸は生徒会室のドアを開ける。





「それじゃあな、跡部。。」


「部活がんばってね。亮。」





宍戸が生徒会室を去り、



ドアが閉まる。





「・・・跡部。またなんか仕事あるの?」


は先にコートに見に行ってろ」


「・・・・無理はするものじゃないってば。そのうち倒れても知らないよ」


「そういうのを心配って言うんだぜ?。」





俺は不敵に笑ってみせるがは違った。



再び見たことのない表情。



真剣なそのまなざし。



本当に、







(読めねぇ奴)






「・・・・そんなことより、宍戸と面識があったなんて初めて聞いたぜ?」


「言ったことないからでしょ」


「名前で呼び捨てだしな」


「・・・・・なあに、跡部。ヤキモチ?」





俺に向けられたのは



いつも通りの愛想笑い。



口元を手で覆ってくすくすと笑う





「・・・・だったらどうする?」


「え?」


「俺が焼いてたら?」





そう言ったのはの耳元で。



一瞬飛び上がったの肩。



今はどんな顔をしているのか。





「・・・・跡部」


「景吾だろ?


「え?」





もう一度、その耳元でささやいた。









「そう呼べよ。」









今日は寒い。



校舎の中は外よりはましだが。



それでも寒い。



だからか、



俺の手が触れたの頬は冷たかった。





「・・・・・それもあたしを落とすため?」





見詰め合った



触れた頬。



白いのはその肌。



の手が頬に触れる俺の手の上にゆっくりと重なった。





「なら、あたしもがいい。」


「・・・が、いい?でいいじゃなく?」





俺はをからかった。



そのつもりだった。



は瞼を軽く伏せ、



その長いまつげが白い肌に少しかかる。



思わず息を呑んだのは、



それがあまりに綺麗だったから。


































































































「ドキっとした?景吾。」






























































































































































そう言って目の前の冷たい女は作り物の笑いを浮かべた。



・・・・・たいした策士だ。



それは俺を落とすためにした表情。



選んだ言葉。





「・・・・笑えねえ冗談だな」


「・・・何よ。焼いてたくせに。」


「・・・・・当たり前だろ?」





嫉妬したわけじゃない。




















「お前は俺のものになるんだからな、。」


















距離を縮めたほうが落としやすい。



そう思ったから



選んだ表情、言葉。



が俺の手に重ねた手を離すと



俺はの頬からそっと手を離した。



冷たい感触はまだ手に残り。






「あ。景吾」


「あん?」


「本当に無理はダメだよ。寒くなってくると疲れてるだけで風邪引くんだから」


「俺を誰だと思ってるんだよ」


「俺様」






さらっとそう応えた



俺は思わず小さくふきだす。



そうやって心配するフリも策略なのだと思いながら。





















































































































































































放課後。



生徒会の仕事を終えた俺は部活へ向かい、



コートの周りにがいることを確認してから



部活をしきり始める。



外は寒い。



吐き出す息が時々水滴の粒へと変わって



空気中に白く現れる。



は制服のブレザーの中に来たカーディガンの袖で手元を覆って



寒さをしのいでいた。





「・・・跡部。」


「あ?」


「ちょっといいか?」





俺を呼んだのは宍戸。



白い息を吐き出し



声を小さくして話を進める。



コートの脇で、俺も宍戸も今は自分のコートに入る番を待っている。






のことなんだけどよ・・・・」


「・・・がどうした」


「跡部。付き合い始めたんだよな。」


「・・・・・ああ」


「あいつなんかあったのか?」


「・・・どういうことだ?」






コートを囲むコンクリートの階段に座る



俺は一度へと目を向け再び宍戸へと視線を移した。





「・・・・・うまく言えない。けど違う」


「・・・・・・・・・・・・・」


はあんな風に笑わない。」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・なんか不自然って言うか・・・・・前はもっと自然に・・・・」





整った顔。



人形のように精巧な笑顔。



作り物の、



不自然な、

















愛想笑い。

















「悪い跡部・・・変な事言ったな。ちょっと気になったからよ」


「・・・・・・・・・・・・・」





‘前はもっと自然に・・・・・・・・・’





なら、あの笑みはいつできた?



なぜできた?



今日は寒い。



ラケットを握る手は外の気温に感化され、



・・・・いや、



の頬の体温に感化され、



冷たいまま。





(・・・・本当の、・・・か)





日が傾き始めるのが早まり



ライトアップされたコートで



今日の部活は終わりを告げた。



俺は制服に着替え終えると



いつもを待たせている校門へと足を進める。



吐き出す息。



白く。



白い、の手。



それを隠すカーディガン。



制服のポケットに手を入れ、冷えた手に気付き歩く速度が速まったのは



無意識のうち。



その冷えた頬を思い出し。






「・・・・・・・・・・・」






見つけた姿に



今まで早めていた足を止めてしまったのは



が、






「・・・・・景吾。いるなら声かけてよ」


「・・・・ああ。待たせたな。」


「・・・・景吾?どうかした?」


「・・・・・・・いや」






吐き出す息。



白く。



冷たいのは、



俺の手なのか。



お前の頬なのか。


























































はあんな風に笑わない’







































































































































































「そう言えばまだ景吾の家の車来てないよ」


「連絡してないからな。」


「え?」


「歩いて帰る。」





俺が学校の敷地から足を踏み出した。



いつもなら俺の家の車でを乗せて2人で帰るが



今日はそれをしなかった。





「でもっ・・・景吾・・・寒くない?」


「我慢しろ」


「あたしじゃなくてっ・・・」





俺の隣に駆け寄り歩き始めた



歩幅をあわせ。



































































































































































































「歩いたほうが、一緒にいる時間が長くなる」












































































































































































































校門で俺を待つその姿。



見つけたそれに



今まで早めていた足を止めてしまったのは



が、







泣いているように見えたからだ。







「・・・・・・よくもそう女の子が喜びそうな言葉がでてくるよね」


「お前こそ、よくもそう男共がよってきそうな笑みばかり浮かべられるな。」


「景吾はよってくるの?」


は喜ぶのかよ?」






どちらからともなく、笑い出す。



だが、その笑顔さえ



精巧な人形のようにただ綺麗なだけでしかなく。





「・・・・・・・・・」


「なあに、景吾。人の顔ばっかり見て」


「さみぃ・・・・」


「そうだけど」





寒さに負けて、



どちらからか繋いだ手。



















「景吾って意外にあったかいよね」


「・・・つめてー女」


「・・・・・・・・・・・・あっためてくれる?」

























瞼を軽く伏せ、



白い肌にかぶせ。



白い息が、



それを装飾し。


























































































「ドキっとした?景吾」

















































































































泣いているように見えた。



その、姿が。





「・・・・・笑えねえ冗談だな」


「・・・・あっそうですか」





・・・・・・・・・・・・・・もし。



もし、宍戸の話の通り。



以前のに本当の笑みがあったなら。



何かが原因でそれが欠落してしまったとしたら。



それを取り戻したとき。



はきっと



俺のものになる。



それが俺がこのゲームに勝つとき。





「あっ。ちょっと手あったかくなってきた。」





だが、



今日は寒い。



だから今だけは



寒さに負けて。






































































































































































































待たせた分だけ冷やしてしまったその手を




ただ強く、握りなおした。















































































































































End.