「ねぇ跡部ー!!はー?」



「あん?なんだよ、ジロー。寒さで目も悪くなったのか?」



「だってどこにもいないC−!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」










朝も放課後も、は毎日テニス部の練習を見に来ていたはずだった。











そのはずだった。
























『未完成な時計6』

























「・・・・おい。」


「・・・・おはよう、景吾。」





HRが終わって1時限目が始まる前。



俺は自分の教室からでて、の教室に向かった。



次が移動教室なのか。



探しに来た奴には、廊下で会った。



俺の姿を見た周りの友達らしき女子は先に行っていると言いながら、



俺とを二人にする。



俺の顔を見るとはいつも通りのあいさつをした。





「・・・・今朝、なんで練習見に来なかった?」


「別にいいでしょう?約束してたわけでもない。」


「いいわけねぇだろう?お前は俺のゲームの相手と同時に俺の女よけ。」


「・・・・悪かったわね。そんなにあたしがいなくて寂しかったわけ?」





は今朝、テニス部の練習を見に来なかった。








「・・・そうだな。」








はからかうように俺に不敵に笑っていた。



















































































「寂しかったかもしれないな。」



















































































目をそらすことなく俺は言う。



寒い日は続き。



毎日来ていたはずなのに、今日に限ってお前がいなかった。



昨日の、お前の言葉が俺の頭をよぎった。



「あたしの笑顔って、そんなにおかしい?」



そのまま俺はを追いかけることをしなかった。



ただのゲーム。





ただの、ゲームだからだ。





の笑みが俺に近づく。



もうすぐ始まろうとする授業に生徒たちの姿は廊下には、俺と以外見えなかった。



は整った顔にそのあまりに綺麗な笑みを浮かべながら、俺の前まで来ると、



俺の頬に片手を添えた。



俺もに対して笑みを浮かべ、の俺に触れる手に手を重ねる。





「・・・相変わらずだな、お前の笑み。」





そんなんじゃ俺は落とせない。



その偽ったままの笑みでは。



そうからかって発したつもりの言葉だった。








「・・・・・・・・・・ねえ、景吾」








の笑みは変わらなかった。



一瞬、瞳の奥が揺らいだように見えた以外は。





「あたし、あきちゃったの。」





が一度伏せた瞼をゆっくりと上げる。



口元は笑ったままだった。

























































































「ゲーム。終わりにしましょう?」
























































































































が俺の頬から手を離せば、



俺の手も自然との手から離れる。



俺はその言葉に目を見開き。は不敵に笑ったまま。




<キーンコーン・・・・>




授業の始まりを知らせるチャイムが廊下に響く。



教室に向かうためなのか、俺の隣を通り過ぎていく





(・・・・どういう、つもりだよ。)





俺はお前のものになってない。



お前は俺のものになってない。



雪はまだ降っていない。



ゲームはまだ、終わりじゃない。





「・・・俺の勝ちでいいってことだな?」





俺の後ろにいるに、俺は振り返らずに問う。



の廊下を進む靴音がとまった。





「違うわ。勝ち負けはない。あたしが飽きただけよ。ゲームは中止。」


「はっ!そういうのは棄権って言うんだよ。俺の勝ちじゃねえか。」


「・・・違うわ。」





俺がからかうように笑えば、



の声のトーンが低くなる。



俺はいまだ振り返らない。



もこちらを見ていない気がしていた。



・・・・ふざけんなよ。このゲームに中止はない。



棄権なんて選択肢も、やるつもりはない。





「違わない。俺の勝ちだ。」


「・・・・認めない。」


「ふっ・・・随分勝手だな。負けず嫌い。」


「・・・・・・・・わかったフリなんかしないでよ。」


「あ?」





続かない会話に、俺は振り返る。



見えたのは、の後姿。







「あたしのこと知ってるフリなんてやめてよ!!」







氷帝の各教室は、締め閉め切ってしまえば



廊下に音が漏れることがなければ、廊下の音が聞こえることもない。



俺たちの会話は他の誰も聞いていない。



が声を荒げるなんて初めてだった。



俺が見たの後姿。






・・・・あの日のようだった。






あの、寒い日。部活の終わりを待っていたお前。



その姿。



泣いているかと、思った。






「・・・おい、・・・・・・」


「・・・・・・・・・授業、始まってるよ?景吾。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」






が、廊下を再び歩き始める。






























































































「飽きたのよ。ゲームにも。景吾にも。」

























































































































































俺に一瞬だけ振り返るとが笑った。



静かに微笑んだ。あの、作り物の笑みで。





「・・・・・・・・・・・・・・・・」





(・・・ふざけんなよ)





コツコツとの靴音。



俺はその後姿を目に写し、立ち尽くし。



の足は止まることなく、俺から遠ざかっていく。












ふざけんなよ。












ゲームは、終わっていない。




















「っ・・・景っ・・・・」


「ちょっと来い。」


「やだっ・・・離してよっ・・・・!!」


「・・・・・・・・・・・・」


「景吾っ・・・・・!!」























俺が少し走り出せば、すぐさまに追いつく。



その手首をさらい、強く握り。



目を合わせただけで、お前を引っ張って。



が歩いていた方向と逆に歩きだす。





「景吾っ・・・・」


「・・・・・・・・・・・」





お前の声など聞く気もなかった。



俺はこのゲームにあきたわけじゃない。



お前にも飽きていない。



まして、俺にあきただと?



そんなこと言われて、俺がお前をこのまま手離すとでも思ってるのかよ。












<ダンッ!!>











「痛っ・・・・」


「俺にあきた?・・・笑わせてくれるじゃねえか。」


「・・・・あら、気に障ったの?」


「・・・・・余裕だな。この状態で。」





生徒会室に入り、壁にを押し付ける。



俺の両手をの顔の近くに置き、閉じ込める。





「・・・今更じゃない。どれだけ近づいたと思ってるの?」


「くくっ・・・・・・そうだな」





笑みを浮かべるのは俺だけだった。



は俺を睨むようにして見ている。



昨日のを除けば



目をそらさないあたりは、今までと変わらないのに。



俺はの顔に自分の顔を近づける。



は俺を睨んだまま。



唇が合わさる寸前で、俺の目にの髪が映る。



いつも近づいては知っていったこいつの香り。











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」










・・・・・・・・・俺は、それ以上動けなかった。









「・・・・・・・・・・・・・いつもそうね。」


「・・・・・・・・・・・・・」


「景吾は、いつも。」









顔を離せば、はうつむいた。



その髪に表情は隠され、俺は、の言葉を待った。



俺の手はいまだを壁に押し付け、閉じ込める。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






の言葉は、続かない。



うつむいて、俺を目に映すこともない。



・ ・・・・・見えたんだよ。














お前が、泣いてるみたいに。













「・・・・昨日。なんで先に帰った?」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・俺はこのゲームを終わらせるつもりはない。」


「・・・・・・・・・・・勝手ね。」


「・・・どっちがだよ」





俺はが顔をあげるのを待っていた。



俺を見るのを待っていた。





「・・・どうした、。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「お前も不本意なんだろう?途中でゲームが終わるなんて。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「負けず嫌いだろ?お前は。」


「・・・・だから、知ってるフリなんてやめてってば・・・・」





誰もいなかった生徒会室は、暖房がついていなくて寒かった。



はうつむいたまま。



らしくもない細い声で、声を紡ぎ始めた。



































































































































































































































































「・・・・いつもそう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みんなはあたしの何を知ってるの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「話したこともないのに、告白してきたり・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・知らなくてかまわないなら、あたしもあたしを教えてあげない。」
























































































































































































































































































こいつは、



別に何か部活で注目されているわけではない。



生徒会に入って目立つ存在になっているわけでもない。



ただその容姿は人目を引いた。



すれ違えば誰もが振り返った。



でも、誰のものにもなることはなかった。








「・・・・・それで、できたのか?その愛想笑いは。」


「・・・・・・・・・・」


「その作り物は。」









いつも愛想笑いを浮かべ



話しかけられれば気さくに返す。



どこか他人と距離をおいて。



どこか他人から一歩引いて。





「・・・あなたと、いるときは。」


「・・・・・・・・・」


「それでも、景吾といるときは・・・・」





が顔をあげる。























「あたしはちゃんと、笑ってるつもりだった。」





















笑う。



が、俺を目に映し、



あまりに精巧ないつもの笑みを浮かべる。



確かに綺麗なのに、お前の本当ではない笑顔。



瞳だけが揺らぎ、泣きそうに見えた。







・・・・・・・」







その笑顔が、とても空虚であることに。







「誰も・・・・わかってくれない。・・・あたしの、ことなんて。・・・景吾だって・・・・・・」







きっと、気付いていたんだ。



まだ、話したこともないときから。



初めてお前を見かけたときから。



が再びうつむく。その髪で表情は隠れ。
















































































































































「・・・・・・・・・知ったフリをしてるのは、どっちだよ?」
































































































































































































見てみたかった。



笑えばいいのに。心から。



感情が、あふれだす。








「・・・・誰も自分をわかってくれないじゃねぇだろ。そんな知ったかぶりはやめろよ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・孤独なんて気取るなよ」









孤独なんて、気取るものじゃない。









「俺がお前を知ってやる。」










ゆっくりと、










「俺が傍にいてやる。孤独なんて気取らせない。」










が顔をあげ。



俺と目を合わせる。



を壁に押し付けていた手をの頬に添える。



静かに瞼を閉じたは、小さく微笑む。







「・・・笑い方なんて、忘れちゃったよ」



「・・・・別に。問題ない。」



「・・・・・・・・・いいの?偽者のままで。」







その笑みは、相変わらず。



上辺だけの綺麗過ぎたものだったが。







































































































































































「お前が偽者だと言うのなら、本物なんかいらない。」

















































































































































































心は、あいまいだった。



不確かで、未完成だった。



これは俺を落とすための策略なのか。



それはお前を落とすための策略なのか。






心は、あいまいだった。






「・・・・いつもそうよね。」


「あん?」


「・・・・・・・・キス。」






これは俺を落とすための策略なのか。



それはお前を落とすための策略なのか。



そんなこと、わかりたくなかった。









「景吾、しようとしてしない。・・・本当はそんな勇気ないんでしょう?」









が、笑う。



あの不敵な笑みで。















「ゲームは中止じゃなかったのか?」


「再開でしょ?今から。」













喉を鳴らして笑えば、お前と目を合わせる。



頬に添えたままの手。



が俺の首に腕を回せば、唇は近づく。



近づいて、静かに触れる。



寒いばかりの生徒会室で、2人の温度だけは確かに温かかった。



・・・・・別に問題ない。



今は偽りでも。



いつか本当に、笑わせてやるよ。


























































































































































































































これはゲームだと知っていて、



それを心から思う、俺がいた。








































































































































End.